TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話 作:めいでん
龍7、ドラマ化記念でセール中!
高級食材をタダで貰える佑天飯店だが、別に食材を買い出さないというわけではなかった。厨房に立つ店長の代わりに、八百屋や肉屋におもむくのも、おれの仕事のひとつである。
話を聞く限り、ラオマーさんは輸入専門の卸売業者さんらしい。長い長い航海を経て、ようやく届く荷物なら、扱う商品が乾物ばかりになるのも納得だ。
八百屋にはたくさんの野菜が並べられている。なるべく瑞々しいものを手に取り、会計を済ませると、おれは足早に店を出た。
にしても、冬野菜って重たいんだよなあ。にんじんに大根、キャベツに白菜。そりゃあ、宅配サービスが流行るわけだよね。
あまりの重さによろめきながら歩いていると、突然ひょいと荷物が軽くなった。ふと手元を見ると、買い物袋は宙に浮き、骨ばった男の手によって運ばれている。スリだ!
おれは買い物袋を引っ掴むと、男から奪い返そうとした。だが、想像よりも男の力が強くてびくともしない。なんとか取り戻そうと格闘していると、頭上から「俺の顔忘れちまったか?」と呆れたような声が降ってきた。
「あれ。ナンバさんだったんすか」
「よお、佐野ちゃん。買い物か?」
久しぶりに会ったナンバさんだが、その笑みは久しさを感じさせなかった。「どこまでだ? 重いだろうし持ってくよ」と言うナンバさんの様子は距離を置く前となにも変わらない。
「いいんすか、ナンバさん。おれと一緒にいて」
「なんだなんだ? どうした、急に」
「ホームレス辞めたんすよね。ほら、お仕事とか」
おれが言葉を濁していると、「今日の佐野ちゃんはやけに殊勝だなあ」とナンバさんは言った。
「まあ、確かにあんまりサボると怒られちまうかもしれんが。たまたま会ったダチと話すくらいなら許してくれるさ」
変わらずに気やすい態度で話しかけてくれるナンバさんに、「じゃあ、近くですし、お店まで運んでもらっちゃおうかな」とおれも全力の笑顔で返した。
「おお! 例の町中華か。行ってみたかったんだよなあ」
「今度、暇な時食べに来てください。店長が腕によりをかけますよ」
「そこは佐野ちゃんじゃないのな」
「おれは食べる専門すもん」
階段を降りて店の中に入ると、XO醬の匂いが勢いよく鼻に飛び込んできた。店内の客は誰もおらず、ただひとり店長だけがカウンターで賄いを食べている。
皿から伝わる弾ける熱気にひりつく油、そして粘膜に残る磯の感触。今日の賄いはどうやら海鮮炒めらしい。
ふと横を見ると、ナンバさんはギラギラと目を血走らせていた。手のひらで押さえている腹からはぐうぐうと音が鳴り、口元には透明のなにかが煌めいている。どうやらホームレスから足を洗っても、まだまだひもじい思いをしているようだ。
ナンバさんは腕で口元を拭うと、「なあ。この店、今から4人案内できたりしねえかな」とおれに尋ねた。
「別に大丈夫っすよ。今日は客入り悪いし、予約もなくて閑古鳥鳴いてますもん」
「助かるぜ。実は近くに連れがいてよ」
とホッとしたようにナンバさんは言った。
「腹ごしらえもしたいし、積もる話もあるしなあ。佐野ちゃんと会わない間に色々あったんだぜ?」
そう言って、ナンバさんが連れてきたのはなんとも奇妙な面々だった。
まず、CMでよく見る一番製菓の春日さん。ハードボイルドが似合う渋い雰囲気のおじさまに、ソンヒさんに負けず劣らずの美貌を持つ若い女性だ。ううん、全くもって統一感のない組み合わせである。
「この子が俺のダチの佐野ちゃんだ。ホームレスん時はよくご飯持ってきてくれてなあ。本当に助けられたもんだ」
「佐野です。どうも」と軽く会釈をすると「俺は春日一番って言うんだ。よろしくな、佐野ちゃん」と春日さんは握手をしてきた。着ている赤いスーツのとおり、気さくな性格をしているらしい。
「噂はかねがね。おれ、猪狩とも友達なんですよ。ほら大海原にいる、変な奴」
「へえ、佐野ちゃんは猪狩のダチでもあるのか。世間は狭えなあ」
「なんか、ご迷惑をかけてるみたいっすね」
なにせ、春日さんは原価60円の鉛筆を50万円で売り付けられているのである。
おれと春日さんが互いに苦笑いを浮かべる中、「横にいるのが足立さん。そんで、この女の子はサッちゃんだ」とナンバさんは紹介を続けた。
はっきりとしているけれど、どこか甘さが残る顔立ちのサッちゃんは正統派の和風美人である。
ナンバさんたちと一緒にいるってことはソープで働いている嬢なのかなあ。あまりの安さに衝撃を受けたあの店は、質も兼ね備えた超優良店だったらしい。
おれが美人の顔面をうっとりと眺めていると、「でもこんな可愛い子と友達だなんて、ナンちゃんも隅に置けないわね」とサッちゃんは言った。
美人に可愛いって言われた!
おれが鼻を伸ばしていると、「いや、佐野ちゃんは彼氏も彼女もいるからなあ」とナンバさんは言った。
「彼氏と彼女ぉ? しれっと2股かけてるなんてイケイケじゃねぇか。イイねえ、俺も昔は道ゆく子猫ちゃんたちとブイブイ言わせてたもんだ」
「今どき子猫ちゃんはないわよ。足立さんの言葉、たまに随分時代を感じるのよね……」
「おいおい、サッちゃん。誰がオジサンだって? まだまだ若いモンには負ける気はしねえぞ」
ダンディな見た目に反して、足立さんは相当陽気な人らしい。
着古した青いジャケットを羽織る姿は堅苦しい職人のようにも見えるのに、中身は昔ながらのオヤジのようだ。
でも、このジャケット相当しっかりした生地で作られているなあ。かなり使い倒された形跡があるのに、糸のほつれすら見つからないや。書かれているロゴはブランド名だろうか。
ええっと、『THE BIG WAVE OF THE FUTURE』……未来の大波か。うーん、それっぽいな。続けて、『YOKOHAMA M.M. ARMY』と書かれている。横浜みなとみらい、軍?
「もしかして、足立さんは自衛隊の人なんですか?」
「惜しいな、俺は少し前まで警察にいたんだ。これでも昔は悪い奴をとっ捕まえてはギャフンと言わせてた敏腕刑事よ」
「そっから、足立さんは免許センターの受付に左遷されたんだよな」
「おい春日! ちょっとは俺にもいい格好させてくれ」
刑事! おしまいだ!
思わず白目を剥きそうになったが、おれは無理やり口角を上げた。
この店と公権力との相性は最悪だ。
少し前まで保健所の許可すら取っていなかったし、籍を置いている人間も、不法移民だった店長に、横浜流氓の関係者らしい趙さんとグレーゾーンの揃い踏み。当のおれは偽造身分証を日常使いしていて、死体遺棄の共犯だ。
ナンバさんには悪いけど、さっさと飯食わせて帰ってもらおう……。
おれは4人にメニュー表を渡すと、早く選ぶよう促した。お腹が空いていたのだろう。全員目を輝かせながら、ああでもない、こうでもないと注文を長々と決めている。もどかしいっ!
「そういえばよ、佐野ちゃんは横浜流氓って知ってるかい?」
と注文をおれに伝えながら春日さんは言った。
「そりゃあ、この街に住んでる人間なら誰だって知ってますよ。中華マフィアっすよね」
「実はな。俺たちはその横浜流氓について知りたくて、ここら辺で聞き込んでる最中なんだ。なんでもいい。知ってることがあったら是非教えてくれねえか」
「うーん。ここら辺に住んでますけど、おれは日本人ですからね。正直蚊帳の外っていうか。肉饅頭の噂くらいしか知らないんですよ」
嘘ではない。だっておれは本当に知らないからね。
ただ、趙さんどころか厨房にいる店長も横浜流氓のことはよく知っているはずだが、わざわざ藪を突く必要はないだろう。店がマフィアと繋がりがあることを警察関係者にわざわざ臭わせるなんて、する奴がいたらよほどの馬鹿だ。
おれはビールを注ぎながら「あんまり危ないことには首突っ込まない方がいいんじゃないすか?」と春日さんに言った。
「この街は結構物騒ですし。横浜流氓なんて見えてる地雷ですよ」
「もちろん危険は承知の上だぜ。それでも知りたいんだ、横浜流氓の馬淵がどんな奴なのかってのをな」
「まあまあ、一番。急に言われても、佐野ちゃんも頭ついてけねえだろ」
ナンバさんはジョッキを乾かすと、「なあ。佐野ちゃん」と言葉を続けた。
「俺な、実はホームレス辞めてすぐに、一番と足立さんと一緒に就職したんだ。それがソープランドのボーイでさ。店長はろくでなしのクズだったが、意外と人情には厚くてよ。まあ、良い面も少しはあった」
ナンバさんは懐かしむように言葉を噛み砕いてから、ビールを注いで、またひとくち飲んだ。
「でも死んだ。殺されたんだ。横浜流氓の馬淵って奴に」
そう言って、ナンバさんはふっと息をついた。その表情にはどこか無念さが感じられる。
「馬淵は仲間内じゃラオマーとも呼ばれているらしい。どうだ、なにか知らねえか?」
知らないとは言えなかった。
言葉に詰まるおれを見て、割って入ったのは店長だ。「ご飯できましたね」と机に皿を並べる店長には有無を言わせぬ迫力がある。
断固として会話を許さず、食べ終わり次第「閉店時間です」と4人を即座に店から叩き出した店長の手腕は鮮やかだった。店長とラオマーさんは非常に仲が悪いけれど、相手が殺人を犯しても情報を漏らさぬくらいには、やはり血の結束は堅いらしい。
店のドアをピシャリと閉めると、「なんですか、あの客。こそこそ嗅ぎ回っていやらしいですね」と苛立ちながら店長は言った。
「あのお、店長。ラオマーさんって、人を殺すような人なんですか」
「するかしないかで言ったらしますね。なんでソープの店長かは分からないよ。でも多分、あの男本当のこと言ってますね」
いいお客さんだと思ったのに!
おれがゲンナリしていると、「だから前に老马は性格が悪いと言いましたね」と店長は言った。人殺しを性格が悪いの一言で終わらせていいのかは謎である。
「しかもラオマーさん、横浜流氓の一員だったんですね。例の輸入会社ってのは?」
「別におかしくないよ。横浜流氓の人間が会社も経営してる。それだけですね」
なんだかよく分からないが、そういうものらしい。
おれが相槌を打っていると、「ほら老马の会社の『横濱貿易公司』、横浜流氓と少し似てるでしょ?」と店長は笑う。
店じまいをしながら雑談していると、テーブルの方からバイブ音が聞こえてきた。あー、スマホ忘れちゃったのかな。
画面を見るとメールの通知が届いている。『ニック・尾形さんからメールの通知が届いています』……いったい誰のスマホなんだろう。
おれがしげしげとスマホを眺めていると、横にいた店長が突然スマホを掴んで眉根を歪ませた。
「これ、通話中ですね。さっきの会話、全部聞かれてました」
「え」
おれと店長はふたりで顔を見合わせた。ただただ気まずい空気が流れる中、外から「ごめんな、佐野ちゃん。開けてくれねえか? スマホ忘れちまってよ」と春日さんの明るい声が聞こえてくる。
「どうします?」
「……気づかなかったことにして、そのまま返します。これ以上、老马に義理立てるのも面倒ね」
店長はあっさりラオマーさんを売ると、「趙さんには内緒ね。私も佐野さんが女と2股してるの黙ってます」とおれに言った。
店長にとって、ラオマーさんの情報は、おれの2股くらいどうでもいいものらしい。
おれは引き戸の鍵を開けると、「すまねえな、おふたりさん」と大胆不敵に笑う春日さんが登場した。
「知りたい情報が聞けてよかったですね」
「まあな。実を言うと、街中聞き回っても横浜流氓のことはみんな話してくれなくてよ。手詰まりだったから助かったぜ」
盗み聞きをしていたことを隠す気はさらさらないようだ。嫌味もさらっと受け止めて、和やかに返事をする春日さんはおれより何枚も上手である。
春日さんはスマホを受け取りながら、「ここら辺で店出してるんだ。立場ってもんがあるだろうし、あんたにも悪かったな」と店長に詫びた。それからおれの方を向くと「なあ、佐野ちゃん」と春日さんはおれに笑いかける。
「騙すような真似をしたのは悪かったが、俺はナンバの恩人に会えて本当に嬉しかったんだぜ」
春日さんは近くの席に座ると、しっかりおれの目を見据えて言った。
筋骨隆々の厳つい男。着崩した赤いスーツにチェーンのアクセ。威圧するようなパンチパーマに、彫りの深い顔立ちが合わさった外見は一見すると近寄りがたい。だが、それら全ての印象を優しげな雰囲気で打ち消していた。
ああ、そっか。背が低いおれに目線を合わせてくれたんだ。
「ナンバとおれは一蓮托生の仲間なんだ。ナンバだけじゃねえ。足立さんも、サッちゃんも、俺には勿体無いくらいの仲間だ」
ナンバさんはいい友人を持ったようだ。
「仕事仲間っていうか、もはや魂の友って感じなんすね」とおれが言うと、「ダチなんだけど、なんか……仲間って言った方が面白いじゃねえか」と春日さんは少し照れたようにはにかんだ。
「その方が、異人町を股にかける大冒険って感じするだろ? 俺が勇者で、足立さんは戦士。ナンバは魔法使いで、サッちゃんは僧侶だ!」
「あはは、なんかドラクエみたいだ」
……ドラクエみたい?
笑いながら、おれは心が冷えていくのを感じていた。
統一感のない春日さんたち御一行。見た目も性格もてんでバラバラな4人組は、まるでゲームのキャラみたいだ。
談笑を続ける春日さんは、初めてCMを観た時に感じたとおりどこか聞き覚えのある声をしている。
どこか? いや、心当たりはある。春日さんと同じ、赤いスーツを着崩していた人物が龍が如くにはいなかったか?
そしてそれは、桐生一馬と対になる存在。シリーズの根幹に位置する重要人物だ。
おれは流し見していたメディアの記事を思い返していた。リンクを開きもせず、見出しだけ見てスワイプしていた新作の記事。
そこには書いてあったはずだ。
「もしかして、これ。原作イベント?」
おれの言葉に答えられるものはなく、「なんだあ? それ」と気の抜けた春日さんの声だけが部屋にこだました。