TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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あらすじ部分にしれっと挿絵を追加しました(ミチオの丼の位置を素で描き間違えました…)


閑話 星星の火、焼ける広野

 

 

 革命とは晩餐会でもなければ、文章を書き記すことでも、絵を描くことでも、刺繍をすることでもない。

 洗練された、ゆったりとした、穏やかな、素直な、親切で礼儀正しい、控えめなものではありえない。

 革命とは暴動であり、ある階級が他の階級を打倒する激烈な暴力である。

 

 ……最大限の力を行使しなければ、農民は、何千年も続いてきた地主の根深い権威を覆すことはできないのだ。

 

 

 毛沢東「湖南省農民運動の視察報告」(1927)より

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 暗がりの中、行燈が照らし出す光景は大層奇妙なものだった。

 

 石畳の上には紳士服を纏った男どもが転がっている。招かれざる客だとしても、礼装でやってきた星龍会の面々はどこまでも昔ながらの極道らしいと男は思った。

 

 目の前で膝をつく星龍会の若頭、名を高部と言っただろうか?

 拳銃を突きつけられても、なお相手に啖呵を切れる度胸は一大勢力を誇る組の屋台骨なだけはある。目線を下にやると、今も高部は男を睨み続けていた。

 

 きっと数多くの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。

 横たわっている者どもも、今まで守ってきた境界線を破り、横浜流氓の本拠地へ殴り込みにきた連中だ。どれほどの覚悟を持ってこの場にいるのかは、想像に難くない。

 

 息も絶え絶えな極道たちは、もうひと組の客とは何もかも対照的だった。

 だってそうだろう? 拳銃も刃物も持たず、女を連れた集団など裏の世界ではあり得ない。

 

 男はため息を噛み殺すと、目の前の4人組を見た。

 異人三の一角を担う星龍会と横浜流氓。その2組の抗争があわや幕を開ける――というところで、間に入ったのは彼らだった。

 襲撃をかけんと意気込む極道を力づくで止めた4人組は、『馬淵の造反』という全く有難くない情報を携えて、戦争に待ったをかけたのだ。

 

 よほど命知らずらしい。

 そのうちのひとり、春日一番などは説教まで始めたのだ!

 街を巻き込み、より多くの血が流れると、抗争はまだ止められるはずだと、生意気にも組織の長なら人の話を聞けとまで……。

 

 だが、その説法で少なくとも男は救われた。

 おそらく星龍会の連中も同じだろう。この場にいるもので、心から抗争を望んでいる人間など誰ひとりとしていないのだ。

 

 男はあごをひと撫ですると、高部に向けていた銃を下ろした。

 

 どれだけ男が凄んでも。どれだけ男が脅しても。相対する春日一番の瞳はどこまでも澄み渡っていた。

 横浜流氓にとっては不幸なことに、『抗争の火種を作ったのは馬淵である』というのもあながち嘘ではないらしい。

 

 馬淵が裏切ったという証拠を現に提示できるのであれば、襲撃を仕掛けた星龍会組員の保護をする。

 男が4人に持ちかけた条件は、肉の壁の崩壊を止めるために男に打てる唯一の手であった。

 

 総帥という立場では、この慶錦飯店から離れることは許されない。殴り込みに来た敵対勢力を、ただで放免するわけにもいかない。

 なんの柵もなければ、自分から馬淵を問い詰めに行くことができるのに!

 

 男は奥歯を軋ませると、4人にコミジュルへ向かうよう言った。

 街の全ての情報を握る彼らであれば、この4人に証拠を渡すに違いない。馬淵が真に離反したとするならば、あえて男に情報を寄越さなかった連中ではあるものの、抗争を望んでいないのは彼らも同じだからである。

 

 慶錦飯店から立ち去ろうとする4人に、ふと思い出したかのように「あ、そうだ。ちょっと待ってよ」と男は気さくに声をかけた。

 拳銃を片手に持っているとは思えないほどに、朗らかで明るい声である。

 

 

「なんだ? 他にも俺たちにやれってことがあんなら、言うなら今のうちだぜ」

「いやあ。春日くんじゃなくてさ。そっちの薄汚れた眼鏡かけてるの」

「俺かよ。また嫌味言おうってんじゃないだろうな」

「嫌味なんてわざわざ言わないよ。言ったことないし。ねえ、キミがナンバくん?」

 

 

 怪訝そうな中年を頭から爪先までジロジロ眺めると、「ふぅん、なるほどね」と男は呟いた。

 

 

「オッケー。もう用はないから行っていいよ」

「なんだよ。気味が悪りぃな」

 

 

 ナンバは後ずさると「おお、怖」と身をすくませた。

 相手が銃を持った、しかもマフィアの総帥だということを考えると、なおも戯けられる彼の胆力は相当なものである。

 

 顔色を悪くしたナンバとは逆に、春日は張り詰めていた顔を崩して少し笑った。

 

 

「なあ、趙さんよ。佐野ちゃんが働いてる店、あそこはあんたの店だろ。どの料理も美味かったぜ。大したもんだ」

 

 

 目を丸くする3人に対して春日は依然として堂々としている。

 無言で口角を上げる男の様子を肯定と受け取ったのか、春日はさらに言葉を続けた。

 

 

「俺が店に携帯を取りに行った時、店の2人が『趙さん』について話してたんだ。横浜流氓で趙って言ったら、あんただろ」

 

 

 それから春日は一息つくと、「おおかた、ナンバのことは佐野ちゃんから聞いてたんだろうな」と仲間に笑いかけた。

 

 

「ああ、それで『佑天飯店』か。言われてみると、横浜流氓のボスの名前をひっくり返しただけじゃねえか」

「佐野ちゃんのぴってコイツかよ。趣味悪りぃ〜」

「じゃあ、この趙って奴が二股かけられてるってこと?」

 

 

 3人から口々に飛び出した感想は多様性に富んでいる。

 そこに含まれていた若干不名誉な内容には目を瞑りながら、「うちの店来てくれたんだ。わざわざご来店、ありがとうございました」とうやうやしく男は返した。「あの店は趣味でやってるんだけど、味には結構こだわっててね」

 

 

 そう言って、くつくつと笑うと男はさらに言葉を紡いでいった。

 

 

「で、なに。脅しのつもり? さっきも言ったけど、俺はここにいる全員ぶっ殺して戦争始めてもいいんだよ。それはね、あの店の連中も例外じゃない」

 

 

 男は笑みをこぼしながら手に持つ銃で遊んでいる。

 

 

「あの店にいるのは横浜流氓の人間じゃないからね。特にキミたちと仲良い方? 一応雇ってはいるけどさ、俺たちとは縁もゆかりもない日本人じゃんね」

 

 

 ゆらゆらと拳銃を揺らしながら男が近づくと、3人は先ほどまでの軽妙さが嘘のように口をつぐんだ。すっかり身体をこわばらせて、警戒心を露わにしている。

 

 3人。そう3人だ。

 ただひとり。春日一番は、まっすぐに男を見据えて笑っていた。

 

 

「脅しなんかじゃねえ。俺はよ、あんたとは仲良くなれそうだって思ったんだ」

 

 

 そう言い切る春日一番に悪意はなかった。

 拍子抜けするくらい単純で、素直な目の前にいる存在は、男にとっては信じられないほどに眩しかった。

 

 

「俺は少ししか話してねえが、佐野ちゃんはあんな感じだろ? あの子を大切にしてるんなら、あんたもきっと根はいい奴なんじゃないかと思ってよ」

 

 

 異人町の人間ではない異邦人。あまり知らぬ他人をよく信じ、言葉を尽くし、身を尽くす人間が、屈託のない笑みを浮かべている。

 それを目の当たりにした男は、なぜか無性に女のことを恋しく思った。

 

 

 福徳町へと向かう4人を見送ると、男は星龍会の面々を客間に放り込んだ。気丈に振る舞う高部以外の若衆はすっかり伸びていたものだから、全員ソファーに寝ころばせている。

 男は監視の部下を外すと、「お茶でも飲む?」と高部に尋ねた。

 

 

「気ぃ張ってばっかで疲れたでしょ。少しは休んだら?」

「随分と舐められたもんだな。そんな仲良し気分でいられると思ってんのか?」

「まさか! でも不毛じゃんよ。あんたらの部下が馬淵に殺られたのはご愁傷様って感じだけど、だからって結果は変わらないしねえ」

 

 

 急須に注がれた湯はじわじわと茶葉を緩めていく。

 男は客人に茶を用意しながら「分かってるとは思うけど、暴れない方がいいよ?」と釘を刺した。

 

 

「仇討ちは結構だけど、武器も奪われた、手負いの状態で勝てるほど俺は弱くないからさ」

 

 

 高部は眉間に深く皺を刻みこむと、机に置かれた茶を啜った。それから大きく舌打ちすると、「クソ不味いな」と言い放つ。

 

 

「うーん、これ30年物の高級品なんだけど」

「じゃあ次は100年物でも持ってこい」

 

 

 吐き捨てるように言ってから、高部は煙草に火をつけた。

 バチバチと火花を散らしながら、異国のような臭いを撒き散らすそれに男は顔を顰めらせる。

 

 

「ここ禁煙なんだよね。電子タバコならまだいいけどさ」

「あいにく紙巻きじゃないと吸った気がしないんでよ」

 

 

 高部は悪びれもせず、クッションに向かって煙を吐いた。

 どうやら高部は少しでも胸がすくように、地道に嫌がらせをすることに決めたようだった。ガラムのように癖の強い銘柄では、並の消臭剤では楽に臭いを取ることはできないだろう。

 

 煙を燻らせながら高部は天井を眺めていた。

 眼光の鋭さは時間が経っても衰えず、延々と歯を食いしばり続けている。

 

 高部の態度。表情。その仕草。どれを取っても激情家の一言に相応しいものである。

 そんな高部を見て、ここまで感情を表に出せるのは羨ましいなと男は思った。

 総帥の座に就いてからというもの、男は自らの右腕にすら内心を曝け出せなかったのだ。全てを笑顔で包み隠してきた男には、高部の姿は遠い遠い国の民のように現実味のないものだった。

 

 煙草は2本目に突入したようだ。

 肺に煙を入れてから大きくふっと息を吐き出すと、「そちらさんも本当のところは分かってんだろ」と高部は言った。

 

 

「春日はあんな嘘をつけるタマじゃねえ。右腕に裏切られてザマァねえな」

「星龍会の若頭ともあろうものが、随分堅気を信頼してるんだね」

「俺は親父の意向に従ってるだけだ」

 

 

 高部は茶器に煙草の灰を落とした。

 縁に打ちつけるたびに降りしきる灰はまるで雪のようである。

 

 

「単なる横浜流氓の内輪揉めなら、こっちとしても良かったんだがな。街全体巻き込んで革命でも起こす気か?」

 

 

 男は黙って高部の言葉を聞いていた。

 高部は煙草を咥え直すと、深く深く息を吸う。吐き出した煙は部屋中に広がって、白く男の視界を染め上げていた。

 

 

「どうケジメつける気なのかは知らねえが。あんたが部下の手綱をちゃんと握れてたら、うちのモンは死なずに済んだんだ」

 

 

 高部の声は染み入るように部屋に溶けていった。

 あたりは静寂に包まれ、部屋を暖める空調の音だけがカタカタと鳴るばかりである。

 

 沈黙が支配する空間で、男はゆったりと茶を啜っている。

 それから茶器を机に置くと「あの時のお肉さ」と口火を切った。

 

 

「前に貰ったハム、美味しかったよ。ありがとね」

「お前にやったわけじゃねえ。久太郎(・・・)にやったんだ」

 

 

 高部は再び大きな舌打ちをすると、「あいつも可哀想にな」と息を吐いた。

 

 

「うちの若い衆が馬淵に弾かれた時、あの場にいたんだろ?なんせ第一発見者だ」

 

 

 男は表情を変えずにぴくりと眉を動かした。

 ひと呼吸置いてから「へえ、そうなんだ」と口を開く。

 

 

「知らなかったよ。そっか。死んだの、例の勉強してた子か」

 

 

 高部は眉根を寄せると「それが皆殺しにする、つってた男の面かよ」と言って、吸い殻を茶器に擦り付けた。

 

 

「あいつはそのまま警察にしょっ引かれたと聞いた。まあ、その方が安全かもな」

 

 

 じゅ、と音が鳴り火種が消えると高部は茶器から手を離した。

 吸い殻が浮かぶ茶褐色の液体は、元が高級品だとは思えぬほどに汚らしい。灰が混ざった澱んだ海は、まるでこの街のように混沌としていた。

 残ったものを全て捨てて、淹れ直さなければ飲めたものではないだろう。

 

 

「この街はもう、なにが起こってもおかしくねえ。あんたもそう思うだろ?」

 

 

 銃撃事件の勃発前に送られてきた件の動画。それ以来、男には馬淵からの連絡はない。

 窓の外では竹がそよめいている。いつもは鬱陶しい街の喧騒が懐かしく感じられるほど、異人町は静まり返っていた。

 

 苛立っているのだろう。高部はもう次の煙草に手をつけている。高部が新たな煙草を吸うごとに、口元で弾けた火花が飛んで華美な机を焦がしていた。

 

 






冒頭の言葉は毛沢東が書いた「湖南省農民運動の視察報告」から引用して訳しました(激烈な暴力である、までは毛沢東語録第二章にも引用されています)。
私が訳した文なので、世に出回っている邦訳とは違う部分も多々あります。比べてみよう!

ちなみに毛沢東のこの言葉は論語の学而第一の十を踏まえたものです。いかにも中国っぽいですね。
今回は題も毛沢東関連のことわざに因んだので、調べてみると面白いかもしれません。

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