TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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25 クーデターが起きました

 

 

「……でもさあ。ボクたち以外さっさと帰っちゃうなんて、薄情だと思わないかい? 何時間もずっと篭りきりで疲れちゃったよ」

 

 

 街はとっくに寝静まり、虫の声だけが響いていた。

 コンビニの明かりが煌々と輝く中、猪狩はかじかんだ手を擦っている。おれは駐車場の縁石に腰掛けながら、ぼんやりと猪狩の愚痴を聞いていた。

 

 

「ようやく終わったかと思いきや、少ししたらまた取り調べだろ? 悪事を働いたわけでもないし、あの場にいたってだけなのにね」

 

 

 矢継ぎ早に捲し立てると、猪狩は軽く息を吸った。

 猪狩による警察への悪口はどうやらまだまだ続くらしい。

 

 

「ただでさえ、こちらはそれどころではないのにさ。数十分でパパッと纏められないのかな。仰々しいのは採用面接だけで十分だよ。いくら殺人事件でも、ソオロオ・インベスティゲエションにはいい加減ウンザリするね」

 

 

 猪狩が大きくため息をつくと、白い息が宙に溶けていった。

 凍えるように寒い横浜の街に呼応するかのように、おれの心は淡々としている。それは、きっと横にいる猪狩も同じだろう。

 ヤクザの抗争なんてものを、おれたちが真っ向から受け止めるには、あまりにも現実味がなかったのだ。

 

 

「ねえ、聞いてるかい?」

「聞こえてますよ、ちゃんと」

 

 

 おれは手に持ったカップ酒をくるくると回転させて、じっくりと眺めていた。

 労働者階級のお供としての印象が強いカップ酒だが、生存戦略だろうか。最近のものはデザインまで手が込んでいるようだ。のっぺりとした雪だるまが淡く小瓶に印刷されている。

 

 思えば昔からそうだった。

 志望校に落ちた時も、親戚が病死した時も。ワンピースの続きどうなるんだろうとか、今日は天気が悪いなあとか、そういうことばかり考えていたような気がする。

 どうやらおれは、壁に当たるとどうでもいいことばかり目についてしまうタチらしい。

 

 猪狩は星空を見上げると、「本当に死んじゃったんだね」と呟いた。

 

 

「なんかね、全然実感が湧かないんだよ。直接見てないってのもあるけどさ。ボクが駆けつけた時にはもうブルーシート張られてたし……」

 

 

 おれの方を見る猪狩の顔は、まるで迷子の子供のように眉を八の字に曲げている。

 

 

「今もこうやって佐野さんと軽口叩いてたら、『勝手に殺すな!』って怒りながらひょっこり現れそうな気がするんだ」

 

 

「もう2度と会えないなんてね」と猪狩は言うと、再び目線を空高くはるか上へと戻した。冷たい空気で澄んだ空は小さな星々もよく映しだしている。

 

 

「分かりますよ。おれはその時現場にいたけど、猪狩さんと同じですもん。突然すぎて、感情が追いつかないってのもありますけど。コウジさんって、ゴツいし人相悪いし、死んでも死ななさそうっていうか……。なんか、化けて出てきそうじゃないっすか」

「フフ、そうなったらボクの占い検定の出番だね」

 

 

 猪狩はクスッと笑ってから、ゴミ箱にレシートの屑を入れて、「そろそろ戻ろうか」とおれに話しかけた。

 

 

「もう終電なくなっちゃったし。大人しく取り調べを受けるしかないよ」

 

 

 コンビニに行っている間に、警察署の照明は軒並み落とされていた。

 閉じられた門を勝手に開けて中に入ると、唯一電気が点けられた階へとおれたちは向かう。パソコンや書類が置かれた机だけが寂しく立ち並ぶ部屋を抜けて、ひとりでポツンと佇む警察官に声をかけた。

 

 

「あ、無事戻られたんですね。では再開しましょうか」

 

 

 警察官はおれたちに椅子に座るよう指示すると、カタカタとキーボードを打ち始めた。

 警察官が問いかけて、おれが答える。文字を入力して、また質問。永遠にその繰り返しだ。

 

 おれは眠気を耐えながら、警察官に対して陳述をしていた。

 時刻はもう2時を回っている。ぐるりと周りを見回しても、おれと付き添い人の猪狩、そして目の前にいる警察官以外は誰もいない。最初はもっとたくさんの人がいたのだけれど、おれがラオマーさんの名前を出した途端、目の前の男以外の全員がそそくさと帰り支度を始めたのである。

 

 ラオマーさんの影響力って、凄いんだな……。

 反社と社長の二足の草鞋を履いているラオマーさんだ。高額商品をタダで譲れるくらいにはお金に余裕があるようだし、もしかしたら警察に賄賂でも掴ませているのかもしれない。異人三と警察がズブズブなら、街の治安の悪さにも納得だ。

 

 ただひとり、律儀に取り調べ続ける男に「あのお」とおれは声をかけた。

 

 

「周りの人、みんな帰っちゃいましたけど。おまわりさんは帰らなくていいんですか? 別に後日でも、おれはいいですし」

「ああ。もう帰りたいですよね。本来はこんなに遅くならないのですが、今回は殺人事件なので。記憶が確かなうちに色々お伺いしたいんです。犯人でもないのにすみません」

 

 

 男はぺこりと頭を下げてから、「実は私、外様なものでして」と加えて詫びた。

 

 

「この秋に神室署から人事交流で来たものですから、異人町は不慣れなんです」

「神室署って言うと、神室町の? 大変そうですね。東城会もいましたし」

「そうですねえ。特にミレニアムタワーのあたりはよく爆発しますから」

 

 

 どうやら神室町には桐生一馬の軌跡がしっかり残されているらしい。

 カラカラと男は笑ってから「でも今の都知事のおかげで、かなり平和になったんですよ」と明るく言った。

 

 

「ずっとヤクザ絡みの仕事してた前の上司も、暇になって孫との時間ができたと話していました」

「平和っすね」

「今は神室町より、この街の方が危ないかもしれませんね」

 

 

 そう言って男は席を外すと、別の部屋から取ってきた写真立てをおれに見せた。綺麗な建物の前で、男2人が仲良さげに写っている。

 ひとりは目の前にいる男。もうひとりは、黒髪を後ろに流した、濃い眉毛、異様に見覚えのある……。

 

 

「これが私が神室町にいた時の写真ですね。警察署も立派になったものだから、つい気が緩んで当時の上司と撮影した写真です」

 

 

 この人、伊達さんの部下じゃん!

 おれがあまりにも写真を凝視するものだから、猪狩は「このおじさんは有名人なのかい?」と困惑している。

 有名も有名。見た目は渋い中高年だが、なにせ龍が如くの世界ではマリオでいうとピーチ姫だ。

 

 

「その、前の上司の人。お孫さん、いらっしゃるんすね……」

「ああ。3人いらっしゃるんですよ。逆に若く見えますよね」

 

 

 時の流れとはかくも残酷なものである。伊達さんに孫がいるってことは桐生の歳は今……考えたくない!

 おれはめまいがするのを感じながら愛想笑いを浮かべていた。

 仕事への熱量ゆえに何度も生死を彷徨ってきた伊達さんだ。孫と戯れられるくらい平和が訪れたことを、きっと喜ぶべきなんだろう。

 

 警察官は写真をしまうと、「このくらいの雑談はしないと身が持ちませんからね」と笑みを浮かべた。

 

 

「では当時の位置関係の確認をしたら、写真を撮らせていただいて。それから調書の読み合わせをします。中身に問題がなければ、押印してください。それで全て終わりです」

「おれ判子なんか持ってないですよ」

「終わりと言われてもですね、とっくに終電が過ぎているボクたちに、どうやって帰れと言うんですか」

「ならサインだけでいいですよ。後者については、始発まで時間がありますから、どうぞ仮眠室でお休みください」

 

 

 そういうわけで、おれと猪狩は仮眠室のお世話になることになった。

 肉体的な疲労からか、はたまた精神的な疲労からか。ベッドの硬さに文句を言っていたおれたちだが、いつのまにかこてんと眠りに落ちていた。

 

 夢の中ではコウジが花火を持って遊んでいる。

 横にいる猪狩がコウジに花火を渡し、どんどん火を灯していく。線香花火、手持ち花火、ロケット花火と次第に規模が大きくなっていき、ついに打ち上げ花火に手を出そうというところで、コウジの体がぱんと赤く弾けた。

 

 最悪の夢だ。

 おれは布団から飛び起きると、身体中から吹き出た汗を拭った。隣のベッドで寝ている猪狩も眉間に皺を寄せてうなされている。先ほどまで取り調べを行っていた警察官はというと、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。殺人事件の捜査など、彼にとっては日常の一部にすぎないのだろう。

 

 コウジは死んだ。そして死人は決して生き返らない。

 この世界はゲームの世界かもしれないが、おれたちにとっては紛れもない現実なのだ。

 

 おれはまぶたを再び閉じると、コウジを思って少し泣いた。

 声を立てないように努めても、涙は勝手に流れるものだ。枕が濡れる面積が徐々に増えていくのを感じながら、おれは再度意識を落としたのだ。

 

 その結果、おれを朝一番に出迎えたのは、もはや別人のように見えるほど腫れて潰れた両目だったというわけである。

 

 

「佐野さんの目、すっかり腫れ上がってるじゃないか。大丈夫かい?」

「猪狩さんこそ」

「ボクはいいの! まったく、始発どころか結構寝ちゃったしさ。叩き起こされずにすんでよかったよ」

 

 

 猪狩はやれやれと首を振ると、「とりあえずボクは家に帰るよ」とおれに言った。

 

 

「取り調べも終わったしね。佐野さんもお家でゆっくり休んだ方がいいよ」

「そうします。連絡なしで警察署来ちゃったから、趙さんも心配してるだろうし」

 

 

 しかも、幼馴染が犯人ならば尚更だ。

 猪狩と別れたおれは、趙さんにどう説明するか考えながら、佑天飯店への帰路へとついていた。コウジのこと、ラオマーさんのこと、警察のこと、そしておれの友達が死んだこと。

 

 ぐるぐると思考を巡らせながら、おれはいつもの道を歩いた。

 

 街中で殺人事件があったからか、今日の異人町はいやにざわめいている。

 現場となった商店街はもちろん、なんの特徴もない駅前でさえ騒然としているような気がした。佑天飯店の周りも同様で、普段よりも人の怒声が飛び交っている。

 

 佑天飯店も例に違わず物騒な気配を放っていた。

 豪快に破られたガラスの入り口からは、血を流して倒れる男の姿がのぞいている。ギョッとしておれが近づくと、常連客のスー先生が男を足蹴にしながら静かに酒を啜っていた。店の奥では、店長が棚からものをひっきりなしに物色している。

「何やってんすか」とおれが声をかけると、店長はぎゃあと叫び声を上げた。

 

 

「って、誰かと思いきや佐野さんですね。妖怪かと思いました」

「目腫れてるだけっすよ。何してるんすか?」

「何してるもないよ。ここから逃げる準備してます」

「逃げる準備?」

 

 

 おれが首を傾げると、店長は「クーデターが起きました」とため息をついた。

 

 

「趙さんはもうダメね。私は勝ち馬に乗りますよ。ここから逃げて別のチャイナタウン行きます」

「は? クーデター?」

「老马が趙さんを下しました。趙さん派の私たち終わりだね。ここにいたら佐野さんも殺されますよ」

「なんの冗談すか。殺されるって……」

「何寝ぼけてますか。趙さん横浜流氓のボスよ。この街の常識ですね」

 

 

 絶句するおれをよそに店長は一際大きなため息をついた。

 

 趙さんが星龍会から一目置かれていたのも当然だ。敵対組織の総帥だなんて、要注意人物以外の何者でもないだろう。

 コミジュルの縄張りがある福徳町に頑なに寄りつこうとしなかったのも、立場上本当に行くことができなかったのだ。

 

 なるほど。ラオマーさんが以前自らを趙さんの手下と話していたのは、どうやら文字通りの意味であったらしい。

 

 趙さん。趙さんは無事なんだろうか。

 人殺しをものともしないラオマーさんに負けてしまった趙さんは、今どこにいるのだろうか。そもそも生きているのだろうか。それとももしかしたら、もうすでに……。

 

 少なくとも店長は趙さんを見捨てるつもりらしい。

 彼女の顔に浮かぶ表情は呆れと困惑を交えながらも、先を見据えて生き足掻こうとする欲望に塗れたものだった。

 

 

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