TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話 作:めいでん
アパレルコラボ、どれも良すぎて破産
せっせと荷物を詰める店長は「ほら。突っ立ってないで、佐野さんも手伝います」とおれをせっついた。
「ぼうっとしてる暇ないですね。売れそうなものだけ持ち出してとっとと逃げますよ」
よくよく見ると、店長がカバンに入れているのは高級食材ばかりだった。鮑やフカヒレ、干した海鼠をギュウギュウに押し込んでいる。有事の時、乾物は宝石代わりにもなるんだなあ……。
「値段が高いものが店に溢れていることだけは老马に感謝ですね」とぼやく店長に「あのお」と恐る恐るおれは声をかけた。
「さっき言ってた、趙さんが横浜流氓のボスだって話なんですけど」
「佐野さん本当に気付いてなかったんですか。他人に興味なさすぎよ。私、あえてすっとぼけてるのかと思ってました」
店長はため息をつくと、「この店、変だと思いませんでした?」と呆れ切った顔をして言った。
「ネットに情報がないのに客は来ますし、客はガラの悪いチンピラしかいませんね。お店の管理も雑です。帳簿もない店なんてありえないね」
言われてみたら、今までタイムカードを切った覚えが一度もないな……。給与明細も貰ってないし、閉店後の締め作業もしたことない! ううん、労基署も真っ青なザル会計である。
「でもお客さんはいい人多いっすよ。確かに見た目は、ちょっと、斬新すけど」
そう、少しストリート文化にかぶれている人が多いだけで……。おれがまごついていると「面白いこと言いますね。横浜流氓の溜まり場ですよ」と店長は言った。
彼らの独特のファッションは、巷でHIPHOPが流行っている影響なのかと思っていたけれど、中華マフィアかあ。日本にいるとは思えぬほどにリアルな人間だったらしい。
「まずあんな見た目してる趙さんが堅気なわけないでしょ。バカだね」
そういえば、おれも趙さんと初めて会った時は半グレかなにかだと思っていた。
服装もヤンキー系だし、おれが悪いとはいえ、いきなりセックスを迫ってくるしで碌でもない奴だと感じたのを覚えている。
それから仲良くなって、真面目で優しいところとか、意外と面倒見がいいところとか、趣味がジジ臭かったり博識だったり、『見た目に反して実はちゃんとしている人』なんだと思っていたけれど。
……最初の直感が1番正しいことってあるんだなあ。なんだかんだ、人は見た目によるのである。
「まあ、横浜流氓と絡みがあるんだろうなってのは薄々気づいてましたけど。にしてもボスって。若すぎっすもん」
多めに見積もっても30代後半の趙さんに、マフィアの総帥だなんて無理がある。佑天飯店に訪れる客が横浜流氓だとするならば、大半は趙さんより歳上だ。
しかし、おれの疑問など屁でもないかのように「趙さんは2代目ですからね」と店長は言った。
「前は趙さんの父親がボスやってました。でも、少し前に死んじゃったよ。それで後継いだわけですね」
「世襲制なんすね。マフィア」
「老马は吠えてましたけど、私たちは血の繋がりをなによりも重視しますから」
「趙さんが仕事できる人でよかったよ。でも失脚しましたから元ボスですね」と店長は笑った。
マフィアというのもあってか、龍が如くというよりはゴッドファーザーのようである。おれは感心しながらも、「じゃあ、きっと趙さんは苦労したんすね」と呟いた。
「趙さん、見た目は確かにやばそうですけど。喧嘩はともかく
「そういうの、ですか?」
「ああ、その。肉饅頭でしたっけ」
「はあ? 趙さんは大喜びでやりそうですけどね。あの人血の気が多すぎますよ」
テレビで『まさかあの人が』とインタビューを受ける人の気持ちって、こんな感じなのかな……。ちょっとした人間不信になりそうだ。
包子を食べた時の趙さんとの差に目を回していると、「色々言いましたけどね」と店長はゆっくり息を吐いた。
「私は横浜流氓での趙さんしか知らないよ。私が知らない趙さんも、佐野さんはたくさん知ってます。きっとね」
そう言うと、店長は荷物を詰めたカバンを放り投げた。
食材で膨れ上がったカバンが何個も地面に転がっている。スー先生はそれをチラリと見てから、なんとも憂鬱そうに酒を煽った。なるほど。彼は荷物持ち要員としてこの場にいるらしい。
「最初に来た人は先生にやっつけてもらいましたが」と血を流す男を見て店長は言った。
「相手も徹底的にやるよ、そのうち別のが来ますね。その前に2階から出ましょうか」
「表から出てサクッと車捕まえた方がよくないすか?」
「外にいる連中、老马の部下ばかりですよ。タクシー捕まえる前に集団リンチに遭うだけです。頼みの先生もヨボヨボ、老い先短いね。無理無理」
大きく手を横に振ると「全く趙さんじゃないんですから」と店長はぼやいている。
「趙さん、意外とマッチョだし強そうっすもんね」
「それもそうですけど、私たちと違って趙さんは捕まっても殺されませんから」
元総帥としての人望が健在ということだろうか? いきなり頭をすげ替えたら、納得しない人もいそうだもんなあ。
おれが分かったような顔をしていると、呆れた店長は言葉をさらに重ねてくれた。
「あの老马がサクッと殺して終わりにするわけがないですよ。痛ぶったり、色々嫌がらせしてから趙さん殺しますね」
「嫌がらせっていうと……」
「そうですねえ。老马がボスになった後の横浜流氓や、私たちの首見せたりですか?」
首! おいおい、戦国時代じゃないんだぞ!
比喩ではない『首』の物騒さにおれは思わず失神しかけた。しかけたが、口内に炸裂した痛みで瞬時に飛び起きる。
あまりの辛さに悶絶している最中、店長が手に持っていたのは例の壺だった。飛び跳ね回るおれを見て「意外な使い道がありましたね」と店長は笑っている。
「こんなところで気絶してる暇ありませんよ。ほら」
店長は口に人差し指を当ててから、店の前に下されたシャッターに目をやった。外からは距離があるものの、先ほどよりも人の声がざわざわと聞こえてくる。
この辺りは商店街も近いし、もしかしたらビルの前をたまたま通りかかっただけ! なんちゃって。
……いや、希望を持つのはやめよう。こういう時のイヤな予感って、大概当たるよね。
おれたちはそそくさと2階に上がると、ゆっくり静かに扉を閉めた。
下からはシャッターを叩く音が聞こえてくる。口々に騒ぐ男の声はまるで輪唱だ。飛び交う中国語は荒く鋭く、意味が分からずとも分かるほどにおれたちへの敵意に溢れている。
おれたちは窓に立てかけられた盆栽をどかして、扉の前に全て動かした。多少は重量があるものだ。時間稼ぎの足しにはなるだろう。
「で、2階からどう外に出るつもりなんすか? まさか隠し通路があるわけじゃあるまいし」
「決まってますよ。窓からです」
と店長は窓の外を指差した。
「この辺りはビルが固まってますから。佐野さんでもなんとかなりそうね」
少し身を乗り出すだけで、隣のビルに手が届く距離だ。
普段は息が詰まると感じていた眺望の悪さに助けられるなんて、人生なにがあるか分からないものである。
「壁伝いに降りられそうですね」とおれが頷くと、静かに飲んだくれていたスー先生がかぶりを振って口を開いた。
「下はダメ、ダメよ。上から行く。こう!」
身体に縄でカバンをくくりつけているにも関わらず、まるで子リスのように颯爽と駆け上がっていく。
ベランダから室外機、室外機からパイプへと飛び移る先生の姿はまるで子リスのように軽やかだ。
おれがあっけに取られていると、「私たちもスー先生の動きを真似しますよ」と店長は言った。
「いやいやいや、無理ですって! あれ、アクション映画の域っすよ」
「人は追い詰められたらなんでもできるよ。死にたくなければやることですね」
屋上にたどり着いたスー先生はカバンを置くと、おれたちの方へ向かって縛り付けていた縄を垂らした。
どうやらこれに掴まれと言いたいらしい。うう、屋上まで行かなくてもいいとはいえ遠いなあ……。
怖気ついたおれに苛ついたのだろうか。店長は壺の中の赤々としたキムチを大量に掴むと、有無を言わせずおれの口の中に突っ込んだ。
どうやら先ほどは意識がなくなりかけていたのも相まって、伝説たるキムチの本髄を発揮できていなかったらしい。
目の前が真っ赤になるほど辛く、頭が真っ白になるほどの衝撃をもたらすキムチはもはや食品のレベルを越えている。
おれは窓枠を掴むと一目散に外へと飛び出した。
壁を蹴飛ばして、上へ上へと駆け上がっていく様は、自分で言うのもなんだがゲームの主人公のようである。にしてもすごい! ドーピングありきとはいえ、今ならパルクールの世界大会に進出できちゃいそうだ。
無事縄にしがみついたおれを見て「おお、佐野さんもやればできますね」と店長は軽く手を叩いた。
それから店長は窓枠に足をかけると、ジャンプ! さながら雑技団のようにぴょんぴょんと隣の壁へ飛び移っている。
単なる雇われ店長でもここまで動けるなら、パルクールの世界大会、絶対無理だな……。
龍が如くの世界では一般人でも身体能力が飛び抜けていないとやっていけないようである。
ちょうど来訪者が2階に押し入る最中、おれたちは屋上にたどり着いた。顔を少しだけ覗かせて、部屋を踏み荒らす連中の顔を見る。
「ラオマーさんはいないっぽいですね。知らない人たちばかりです」
「仮にも今のボスがこんなところに出てこないよ。でもその方が都合がいいです。思いっきりやれますから」
思いっきりやるって、どういうことだ?
「逃げるんじゃないんすか?」とおれが尋ねると、「その前にひと仕事しなくちゃね」と店長はポケットに手を突っ込んだ。
ゴソゴソと取り出したのは見覚えがあるようでない黒い塊。
手慣れているのだろう。おれがあっと声をあげる間もなく、店長はピンを引き抜くと、開けっ放していた窓に放り込んだ!
すると、もう一瞬だ。
汚いビルの一室が太陽のように光ったかと思うと、轟音を立てて吹き飛んだ。モクモクと上がる煙は周囲に粉塵を撒き散らしている。
「よし。これでしばらく追ってこれないはずですね」
「いくらなんでもやりすぎっすよ」
「あっちは殺そうとしてきました。多少痛い目見ても因果応報ですね。そう思います」
手榴弾での反撃は多少のうちに入るのか……。
おれが白目を剥いていると、黙っていたスー先生が口を開いた。
「
「
「
おお。なにやら中国語で会議しているけど、何が何だかさっぱり分からない!
早々に蚊帳の外に追いやられたおれはのんびりスマホを確認していた。コウジの件もあってしばらく画面を見れていなかったから、いくつかの通知が溜まっている。
その中には趙さんからのものもあった。……一体、何が書かれているんだろう。
画面を見つめながら中身を開きあぐねている間に、ふたりの話し合いが煮詰まったらしい。「佐野さんはどう思います?」と店長は困った顔をして言った。
「どうしたんすか?」
「今、異人町を抜け出すのは目立ちます。でも街には老马の手先がたくさんいて隠れる場所が思いつかないよ。なにかいい土地ありますかね」
「横浜流氓から隠れられて、しかも安全な場所ですか」
普段あまり店から出ない人間に聞かれても!
店と大海原との往復しかしていないような人間に尋ねるのはだいぶ酷な問いである。
おれは頭をひねりながら街のことを考えた。
ラオマーさんはこの街土着の人間だ。だから街の施設には影響が及んでいる可能性が否めない。警察もダメ。殺人事件にも関わらず、名前を出しただけで外部からの人間以外は関わろうともしなかったあたり、ラオマーさんは相当内部に入り込んでいるに違いない。
はあ。あの警察官とおれ以外に、街と縁のゆかりもない異邦人がいてくれたらなあ。
とため息をつこうとして、おれは気がついた。
いるじゃないか。この街の外からやってきて、不死鳥のように蘇った男。数年前まで街に縁がなく、異人三のどの組織ともつるむはずがない男。横浜流氓の人間より、きっと数段は強いであろう男。
「見つけたかも、世界で1番安全な場所」
そう、そこは大人たちの憩いの場。世界一美味しい冷麺が食べられる場所だ。