TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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大変お待たせしました…


27 神頼みっすよ

 

 

 サバイバーは何もかも異質だった。

 どこを歩いてもヒリついていた外とは全く違う。相変わらず客がいない店内は静けさを保ち続けていて、普段と変わらない日常を与えてくれる。

 

 何度も死線を乗り越えてきたマスターはともかく、にこやかに笑ういろはちゃんにも何ひとつ変わった点はなかった。

 可愛いえくぼを作りながら、いつもどおり涼しい顔して賄いの冷麺を啜っている。

 

 肝が据わっているのか、なんなのか。ともかく柏木印のカラオケバーは伊達ではないということだ。

 

 

「いやあ、アナタは命の恩人ですね」

 

 

 と言って店長は麦茶をぐびりと飲んだ。

 横では先生が出された酒を嬉しそうに眺めている。おれはといえば、疲労困憊。出された飲み物に口もつけず、ぐったりと机に突っ伏していた。

 

 街を駆け抜けてきたんだ。寒空の下、誰にも見つからないように屋根を伝ったり物陰に隠れたり。ううん、本当にキムチがあって良かったなあ。

 全く、スネークじゃないんだからさ。段ボールミッションはもう懲り懲りである。

 

 店長は汚いボール紙のパックをカバンから取り出すと「これはほんのお礼ですね」とマスターに渡した。

 

 

「なんすか? それ」

「皮蛋。アヒルの卵です」

 

 

 要は、おれがテキトーに詰めた1番の安物を他人に押し付けたというわけだ。

 

 命の恩人ならフカヒレでもあげたらいいのに……。

 だが、マスターの心はしっかり射止められたようで「冷麺にも合いそうだ」と嬉しそうに目を細めている。

 味玉の代わりにピータンかあ。冬ということを考えなければ、載せるのも涼しげで良いかもしれない。

 

 グッタリしているおれを見て「しかしお前も難儀なもんだ」とマスターは言った。

 

 

「コミジュルと仲良く飲んでいたと思ったら、次の日にはこの騒ぎだろ。持ってるな。いや、呪われてんのか」

「呪われてるって……」

 

 

 友達は目の前で殺されるし、無駄に警察に長時間拘束されるし、店は襲われるし、お世話になっている人はマフィアのお偉いさんだったし。……わずか1日の出来事でこれだ。厄除けに行くべきなのかなあ。

 

 おれはかぶりを振ってから「それにソンヒさんのことコミジュルって呼ぶのやめてくださいよ」とぶうたれた。

 

 

「ソンヒさんがどんな立場であれ、おれにとっては貴重な女友達なんすから」

「立派な志だな。彼女も嬉しいだろう」

 

 

 マスターは穏やかに笑っている。その一方、店長は怪訝そうな顔を浮かべておれの顔を覗き込んだ。

 

 

「佐野さんコミジュルとも関わりあるんですか。私聞いてないよ」

「つい先日、こいつが女と遊びにきたんだが。それがコミジュルの総帥でな。俺も思わず驚いたもんだ」

 

 

 ふうん。バリキャリそうだとは思ってたけど、ソンヒさんも総帥だったのかあ。

 ……。

 …………。

 …………………!?

 

 

「佐野ちゃん大丈夫? 急に椅子から転げ落ちるなんて、疲れてるんだよぉ」

 

 

 端の方にいたいろはちゃんがパタパタと駆け寄ってくる。差し伸べられた手を掴むと、おれはゆっくり上体を起こした。

 マヌケな顔を晒しているおれを見ながら、いろはちゃんは「なにもないところでコケるなんて。あは、可愛い」と愉快そうにけらけら笑っている。

 いろはちゃん相変わらず胸おっきいなー。あ、パンツ見えた。……じゃなくて!

 

 

「そ、総帥だったんすか。ソンヒさん。コミジュルの」

「なんだ? 知らなかったのか」

「はぁい。マスター、私も初めて知りましたぁ」

「普通の人間ならそうだろうが、少なくとも横浜流氓の間じゃ常識だと思ってたがな」

 

 

 ……デジャヴなやり取りだ。

 

 とはいえ、おれはあまりショックを受けていなかった。

 もちろん、椅子から落ちる程度には衝撃的だったが、2回目というのもあるし、むしろ腑に落ちるものがあったのだ。

 

 マスターはあまり敬語を使わない。

 これは別におれを舐めているというわけではなく、ナンバさんたちにも呼び捨てである。店員のいろはちゃんにも男女関係なく、分け隔てなくハードボイルドに接している。

 

 そのマスターが唯一敬語で話していたのがソンヒさんだ。

 元とはいえ、東城会の三次団体にいたマスターが敬語を使う相手など限られている。裏の世界はケジメとメンツを重視する、仁義ある縦社会なのだ。

 

 そういえば、柏木さん。二次団体の桐生や錦にも上から話していたなあ。

 まあ幼少期から知っている仲だ。ヤクザの掟ってやつにも、きっと例外があるんだろう。

 

 おれが思考に耽っていると、なにかを閃いたように店長があっと声を出した。

 

 

「なるほど。その女が例の浮気相手ですか。なかなかいい趣味してますね」

「違いますよ」

「じゃあどういう繋がりですか。佐野さん知り合い少ないでしょ」

「そりゃあ、友達の友達すよ。紹介ってわけじゃなかったですけど」

 

 

 まあ、嘘はついていない。趙さんのことを友達と呼べるかは微妙だけど……。

 家主? セフレ? パトロン? 雇用主? うーん、流されて過ごしてきたからか、あんまりどれもピンと来ないや。

 

 そういえば、ソンヒさんがコミジュルなら横浜流氓とはがっつり敵対関係にあるんじゃないか?

 

 同じ街の総帥同士だ。お互い知り合いなのは不自然じゃない。

 でも、異人町は三つ巴の冷戦状態だ。

 それこそ星龍会の組員が、他所の縄張りに近寄るのを躊躇うくらいには緊張が走っていたはずだ。現にコウジは佑天飯店のあたりにはテコでも近づこうとしなかった。ヒラの構成員ですらそうなのだ!

 

 それなのに、総帥であるソンヒさんが、敵の長に近しいおれと仲良くしたり、おれ経由で塩ならぬ漬物を贈ったり。いくらなんでもそんなわけがないじゃないか。

 

 おれはもしかしたら、肉の壁について大きな勘違いをしていたのかもしれない。

 

 

「肉の壁って張りぼてだったんすか。冷戦って、狂言でも起こせるんですね」

「みたいだな。3組とも東城会も近江の連中もずっと騙してよ、異人町は大したもんだ」

 

 

 マスターは食器を拭きながら眉をぴくりと動かして言った。

 

 

「薄々勘付いてはいたがな。俺もちゃんと知ったのは今朝だ」

「え、随分最近っすね」

「馬淵って奴が街中に真相をぶち撒けて、張りぼてが崩壊したからな。どさくさに紛れて近江もカチコんで、今や異人三全体が大混乱だ。お前も逃げてきたんだろ?」

 

 

 近江かあ。もしかしなくても、毎度お馴染みのあの近江連合のような気がする……。

 なんで横浜に来てるんだ! せっかく東城会が無くなったんだから大人しく関西に引っ込んでくれ!

 おれは心の中で叫んだ。海外マフィアを抜いても、ただでさえ異人町には星龍会がいるのである。暴力団は街にひとつで十分だ。

 

 おれが頭を抱えている間、「異人三全体? 横浜流氓だけじゃないの、意外ですね」と店長は首を傾げて言った。

 

 

「右腕が裏切ったんだ。1番被害が大きいのは横浜流氓だろうが、星龍会もコミジュルも造反の動きがあったみたいだな。肉の壁が互いの上層部がついた真っ赤な嘘だってんなら、組織に不信感を持つ人間も出るだろうよ」

「え、じゃあ、ソンヒさんも危ないんですか」

「コミジュルは今、趙からの依頼で春日たちが加勢に行ってる。星龍会はもう鎮圧したと聞いたが、詳しいことは知らん」

 

 

 どうやら主人公はゴタゴタで引っ張りだこらしい。

 

 であれば、ソンヒさんは春日さんに託した方がいいだろう。

 素人が出しゃばっても足を引っ張る未来しか見えないし、仮にもヤクザゲーの主人公だ。そんじょそこらの悪党共には負けないはずである。

 今のおれがその場にいて出来ることなんて、ソンヒさんの無事を祈りながら、野次を飛ばすくらいしかないからね……。

 

 

「趙さんからの依頼でってことは、割と近々まで趙さんと連絡取れてたんですね」

「少なくとも昼まではな。その後は連絡が取れねぇつってたが」

「趙さん、いつの間にあのワカメ頭と仲良くなったんですか。私、頑張って追い払ったのに」

「俺に聞くな」

 

 

 不平を垂れる店長から目を逸らすと、「お前にも何かしら連絡が来てそうなもんだがな」とマスターは言った。

 

 

「連絡は来てたんですけど、色々あってまだ見れてないんです」

「馬鹿。佐野さん一緒に見ますよ。ほら、なんと書いてありますか」

 

 

 趙さんからの連絡は、始めの方はたわいもないものだった。

 夜遅くなるから先に寝とけだとか、外出はやめておけだとか、そういったいつもの小言の類だ。

 その後しばらくしてから、長々と……本当に長々とした文章が送られていた。

 ネカフェでもなんでもいいから、今すぐこの街から出ろと。そしてナンバさんを見ても決して近づくなと。それから横浜流氓と趙さんについて。最後は詫びの一文で締められていた。

 

 何に対しての謝罪なのかは、おれには分からない。

 

 

「見るからにただ事じゃない文章ですね。全く。佐野さんがもっと早くに教えてくれたら、私この街からとっとと出て行けたよ」

「そんなこと言われても、おれこの時警察いましたもん」

「じゃあ老马が全部悪いですね。あの男、呪ってやります」

「ふたりとも落ち着きましょうよぉ。ほら、冷麺でも食べてっ」

 

 

 出された冷麺には黒光りする卵が載っている。先ほど店長が贈ったピータンに早速出番が来たらしい。

 黒曜石のように透き通った黒い白身は琥珀糖を彷彿とさせる。ねっとりとした黄身はなんとも濃厚だ。慣れない味、けれど美味しい。美味しいのだが、水を飲んでも喉に纏わりつくような不快さがあった。

 

 

「それで、これからどうするんだ。落ち着くまではサバイバーで匿ってやってもいいけどよ」

「ありがたく居させてもらうよ。本当にアナタは命の恩人ですね」

 

 

 店長は手のひらを合わせてにこにこと笑っている。

 スー先生もサバイバーにすっかり馴染んだようで、カウンターに置いてあるウイスキーを勝手に手に取り、なみなみとグラスに注いでいた。

 

 安心感からか、肩の力が抜けたのを感じる。

 肺の奥底に溜め込んでいた息がどっと湧き出て、身体が軽くなっていくのが分かった。

 それでも身体中に滲み出た汗の冷たさが真綿で首を絞めるようにじっとりと纏わりついている。

 

 このままでいいのか?

 自分だけ安全圏でのこのこ過ごして、散々世話になった人を見捨てても?

 

 

「おれ、やっぱり趙さんのこと心配です。いくら殺されないって言っても、何されてるか分かんないし。だから、」

「やめとけ」

 

 

 マスターはにべもなくおれの言葉を遮ると、ひと息ついてから言った。

 

 

「趙は武闘派で、功夫にも剣術にも通じていると聞いている。そんな奴でさえ十中八九とっ捕まってるんだ。お前が行っても無駄に被害が増えるだけだぞ」

 

 

 趙さん、剣も使えるんだ。あの人本当になんでもできるな……。

 けれど、普段から厨房で大きな肉斬り包丁を軽やかに扱うのを見ているからか、総帥だった事実と比べるとそこまで意外性はないかもしれない。

 

 

「俺の古い知り合いには、確かにヤクザの組丸ごと相手にしても足りるくらいには腕っぷしが強い奴もいた。だが佐野は……」

 

 

 マスターはおれの身体を節々まで見て、それから分かりやすくため息をついた。

 伝説の龍と比べられたら、たとえどんな格闘王者でも形無しである。

 

 

「訓練を受けてるならともかく。お前、実は喧嘩強いのか」

「喧嘩なんて、体育でやった柔道の組み手くらいっす」

「どう考えても無理だ。おまけに丸腰」

 

 

 マスターはさらにため息をついてお湯を沸かし始めた。

 おそらく温かいお茶かコーヒーを出して、暗に落ち着けと言うつもりなのだろう。

 

 だが、おれには勝算があった。

 もちろん正攻法なら即座に捕まることだろう。おれは主人公じゃないし、桐生でも春日さんでもない。真島のような強さも因縁もない。華は間違いなくあるけれど、この世界じゃろくにキャラも立ってないモブAだ。

 

 だけどおれは、主人公専用のチートアイテムを使うことができるたった3人のモブなんだ。

 

 

「武器はなんとかします。なんとか……当てがあるんです。それから喧嘩もしなくて済むようにします(・・・・・・・・・・・・)

「どういうつもりだ」

「それはもちろん、神頼みっすよ」

 

 

 おれは別れた親友の顔を思い出していた。

 SPIのためなんかじゃない。あの日大量に押し付けられた鉛筆は今日このためにあったのだ。

 

 

「神様ってやつは、門を叩けば開けてくれるもんなんですから」

「気が動転してスピってんじゃねえか」

 

 

 おれがマスターに笑いかけると、マスターはほとほと困った顔をして眉根を寄せた。

 

 






マタイによる福音書7:7-12

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