TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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4 これが我々の生業ですから

 

 

 怒涛の16連勤! が! 終わった! よっしゃあ!!

 

 おれは拳を突き上げながら真っ直ぐ布団にダイブした。

 注文を取るだけの楽な仕事とはいえ、開店時間から閉店時間までずっと立ち作業というのは堪えるものだ。

 まさかTSしてまで社畜になるとはね。我ながらよく頑張ったよ。

 

 というわけで明日は久しぶりの休日だった。

 佑天飯店の世話になり始めてからずっとバタバタしていたので、存分に寛ぎたいところだ。

 

 

「落ち着く場所ねえ。ここら辺ならバッティングセンターあたりがオススメだよ」

 

 

 と趙さんは「別にいいけどさ、コトの最中に聞くことじゃないよね」と若干萎えさせながらも教えてくれた。

 

 だって趙さん最近終わったらすぐ帰るからなあ。

 セフレ側としても一周回って好感が持てる潔さである。割り切り方が清々しいよな、と感心していると「キューちゃん、またろくでもないこと考えてるね」と呆れたように趙さんは言った。

 

 

「最近本業が忙しくてね。あんまりキューちゃんに構えなくて申し訳ないけど、どう? 不自由してない?」

「全然休みがない以外は大丈夫っす」

「そうなんだ。明日休みで良かったね」

 

 

 趙さんはしれっとそう返すと「バッセンで汗を流すと気持ちいいよお」とおれの胸をまさぐった。誤魔化し方が雑にもほどがある。

 

 

「それに、あのあたりは治安が良いし景色も綺麗なんだ。人も少ないからゆったりできる」

「そういえば、この街は治安が悪いって言ってましたね」

「うん。だから遊びに行っても夜になる前に戻った方がいいよ」

 

 

 そう言うと、趙さんは心底参ったと言わんばかりにやれやれと首を振った。

 

 

「この間も東京湾に死体が浮かんでさあ。みんな大騒ぎで大変だったよ」

「そんなアウトレイジみたいなこと現実にあるんすね」

「まあね。この街だとたまにあるかな」

 

 

 そこそこの頻度で海に死体が浮かぶ街、世紀末すぎる……。日本にいるはずなのに犯罪都市シカゴかと疑うくらいの口ぶりだ。

 まさか刃牙の世界に転移したんじゃないだろうな、とも一瞬考えたが、流石にそれはないだろう。女になった挙句漫画の世界になんてネット小説の読みすぎだ。

 

 

「バッセンはここから北西の方にあるよ。まっすぐ北に進むと、中華街や大きい公園があるからそこで観光するのもいいかもね」

「へえ、中華街! もしかして横浜なんすか? ここ」

「キューちゃん、この街がどこにあるかも分かってなかったんだね……」

 

 

 中華街のすぐ近くということはこの街は山手か石川町? 大きな公園というのは山下公園に違いない。

 でも、横浜駅の西口ならともかく、みなとみらいに治安悪いイメージないんだけどなあ。

 

 趙さんはゆっくり起き上がると「明日に備えて早く寝たら?」と言って服を着込み始めた。どうやら完全に萎えてしまったらしい。

 

 

「遊ぶ分のお金はいるでしょ。渡しとこうか」

「どうせそれも天引きされるんすよね。大丈夫です、おれは0円娯楽に勤しむんで」

「0円娯楽?」

「適当な店見ながらブラブラして、中華街の雰囲気を楽しんでから弁当食って、公園で寝そべって昼寝するんす。教えてもらったしバッセンにも行きますよ。打たないけど」

「盛大な冷やかしの旅だね。それってさ、虚しくないの?」

「おれにはヒッピーの才能があるんです」

 

 

 趙さんは本日何度目かの呆れ顔を見せるとおれの頬を摘んで言った。

 

 

「弁当ウチから持ってくんでしょ? 炒飯くらいなら俺が作ってあげるよ」

 

 

 文無し界の救世主(メシア)……!

 思わず両手を組んでひざまずくと、「大袈裟だね」と趙さんは笑った。

 

 ちなみにおれの行動は全然大袈裟なんかじゃなかった。

 趙さんの料理にはひざまずく価値が十分ある。とにかくそれくらい美味いんだ。

 

 

「冷めてもめちゃウマで最高じゃんね〜」

 

 

 一晩明けた今日、おれは海風に当たりながら弁当を貪り食っていた。

 塩胡椒が効いたパラパラの炒飯は即席で作られたものとは思えぬほどにレベルが高い。趙さんは中華鍋を軽々振り回すと数分で調理を終わらせていたが、何年経ってもおれには真似できない芸当だ。

 

 

「趙さんの本業、コンサルじゃなくて料理人かもなあ」

 

 

 だとしたら色々と納得だ。

 ただの町中華にやたら高級そうなフカヒレが常設メニューで置いてあるか? 否!

 寝る前に淹れてくれるコーヒーも、道具から湯の温度まで端々からこだわりが目に取れた。佑天飯店のキッチンでたまに作られる趙さんの料理は常に下処理まで完璧だ。

エビの背腸なんて、素人はいちいち取らないよ。

 

 きっと名のある料理人なんだろう。

 最近すぐ帰るのも、趙さんが普段働いている店が本当に忙しいだけなのかもしれないな、とおれは思った。

 なにせ忘年会シーズンだ。佑天飯店(街の片隅にある町中華)ですら首が回らないのだから、趙さんの店は舞い込んだ予約分を捌くのにてんてこ舞いに違いない。仕込みだけでも相当時間がかかるはずだ。

 徹夜で作業してるのかなあ。うーん、趙さんの顔色の悪さも当然だ。

 

 おれは弁当を食べ終えると地べたにごろりと寝転んだ。

 頬に芝生が刺さるほど緑が生い茂るこの公園の名は、もちろんのこと山下公園——ではなく浜北公園(・・・・)だ。みらいタワー(・・・・・・)や大観覧車でお馴染みのギャラクシーランド(・・・・・・・・・)が一望できるこの公園は、さぞ夜にはカップルで賑わうことだろう。

 近くには中華街のような観光名所もあり、通り道にある馬車道はレトロモダンな西欧建築が建ち並ぶ。治安の悪さに反して洒落っ気のあるこの街は伊勢佐木異人町(・・・)というらしい。

 

 

「……全部知ってんのと微妙に違ってて超キメェ!」

 

 

 おれにとっては、みらいタワーはランドマークタワー。ギャラクシーランドはコスモワールド。伊勢佐木異人町はヤクザが闊歩するドヤ街が近隣にあることで有名な伊勢佐木長者町だ。

 立地も若干異なるようで、恋人たちの聖地・桜木町やオフィス街の関内、中華街や山下公園なんかの横浜屈指の観光名所、それに黄金町や福富町、寿町あたりのアヤしい場所がごちゃ混ぜになっている。

 

 佑天飯店の近くにある映画館(うみねこ坐)はもしかしてシネマリンか? 中高の時、学校サボってよく行ったなあ。

 定期券が関内乗り換えでさ。このあたりの土地勘はかなりあるんだよな。6年間ずっと男子校だったから桜木町には縁遠かったけど……。

 

 おれはあくびをひとつすると全身の力を抜いて目を閉じた。何事もやってられない時はふて寝に限る。

 今の時刻は14時だ。起きる頃には日が暮れているだろう。

 

 そういえばバッティングセンターにまだ行ってないから、起きたら散歩がてら寄って帰ろうか。確か西の方にあるんだっけ。

 遠回りになっても、懐かしい街並みを眺めながら青春時代を思い返せるならたっぷりお釣りがくるはずだ。

 

 おれは趙さんの忠告を無視することにした。

 多少治安が悪かろうが、少しくらい暗くなっても大丈夫。だってこの街はよく知っている。伊勢佐木町のあたりはおれたちはまっこ(横浜育ち)のホームみたいなものなんだ。

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎

 

 

 

「監視カメラが壊れてたねえ。ま、いいけどさ。この女がどこのどいつかはまだ分からないの?」

『貴方から送付された写真を照合しましたが、異人町及び異人町に関連する者にそれらしい人物はいませんでした。彼女が名乗ったという名前も調べましたが、同様ですね』

「へえ。コミジュルの情報網にも引っかからないなんて珍しいね。調べてくれてありがと」

『いえ。これが我々の生業ですから』

 

 

 暗がりの中、携帯に話しかける男は女の写真を見つめていた。画面の中ではにかむ女は騒乱とは無縁そうな出立ちをしている。

 美しい顔立ち。豊満な乳房。とびきりの容姿を持った女と男が関わりを持ってからおよそひと月が経過した。

 男は狂言ばかり唱える女を愉快に思っていた。馴れ馴れしくも愛嬌があり、男が作った飯を食べる姿は飼い犬のように愛おしかった。ただ、同時にある不快感を覚えていたのも事実だった。

 

 女から溢れる恵まれた環境で育った者特有の余裕。世の中には善人しかいないと心から信じている間抜けさ。

 それが男はたまらなく嫌だった。

 

 

『そういえば、話は変わりますがソンヒから伝言がありまして』

「なに?」

『男なら少しは女に奢ってやれ、だそうです』

「余計なお世話だよ。イヤだねえ、野暮なことに口出すオトナって」

 

 

 男は口を窄めてからぐるりと周りを見渡した。街灯の側や電柱の近く、あらゆるところに監視カメラが設置されているこの街にプライベートなどありはしない。

 そんな男の様子を間近で見ているかのように、電話越しから呼応して笑い声が聞こえてくる。

 

 

「俺、こう見えて総帥だよ? あんまり舐めてもらっちゃ困るなあ」

『舐めているつもりはありませんが、失礼しました。ああ、あともう一つ伝言が』

「まだあるの? 大したことじゃなかったら叩き斬っちゃうよ」

 『そうですね。貴方も少しは関心があることだと思いますよ』

 

 

 そう言って電話の向こう側にいる男——ハン・ジュンギはひと呼吸置くと、彼の上司からの言付けを伝えるべくゆっくり口を開くのだ。

 

 

『今度その女を少し借りる、とのことです』

 

 

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