TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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龍が如く8発売おめでとうございます!


6 神室町って言いました?

 

 

 男が営んでいるのはバーだった。

 煉瓦造りの外観は洒落ていて、いかにも元町に構えていそうなお店である。白い看板にはサックスを演奏する男の絵と共に『Survive bar』と書かれていた。『サバイブ・バー』……店名だろうか。

 

 

「やってるお店って、ジャズバーなんすね。今まで行ったことなかったけど、すげえお洒落だなあ」

「まあな。カラオケもできるから気晴らしに歌ってもいいぞ」

 

 

 カラオケもできるバーって、それはもはやスナックなんじゃね? と思ったが、おれは言わないことにした。

 施しを受ける立場の身だ。わざわざ藪をつつく必要はないだろう。

 

 店内に入ると、胸元を大きく開けた女性が「マスター帰ってきたんですね。あ、可愛い女の子も一緒だぁ」と出迎えてくれた。思わず谷間をチラ見しそうになるのをぐっと堪えて会釈する。

 

 

「買い出しの帰りに思い詰めた顔をしていたこいつと会ってな。一旦店に連れてきたんだ」

「ふぅん。マスターってば、相変わらず優しいですねぇ」

 

 

 女性は穏やかに微笑むと「あ、私の名前は柳いろはって言いまぁす」とおれに小さく手を振ってくれた。

 

 可愛い!

 最近はむさい男衆や妙齢のおばさまとしか関わりがなかったので、思わず胸がトキメいてしまう。

 おれは鼻の下を伸ばしながら「佐野って言いまぁす!」と言って大きく両手を振った。

 

 

「なんだ。急に元気になったな」

「きっとお店に着いて安心したんですよぉ。ほら、店の中は暖かいから」

 

 

 いえ、純度100%の性欲です。

 ただ、外の寒さが寂しさをいっそう強めていたのも事実だった。息を吐いても白くならない空間は心にゆとりを与えてくれる。

 

 木目調で統一された店内は随所にマスターのこだわりが感じられた。

 棚には所狭しとCDやレコードが並べられ、その横に巨大なスピーカーが何個も嵌められている。店の真ん中には高そうなグランドピアノが置かれ、カラオケスペースにはこれまた高そうなサックスが飾られていた。

 

 これ楽器と音響だけでいくらかけているんだ? 最低でも数百万はかかるよな。

 少なくともおれとは無縁の格調高さが店全体から伝わってくる。これは口が裂けてもスナックとは言えない。

 

 おれが店内を見回している間にマスターはカクテルを作ってくれたらしい。カウンターにグラスを置くと、「温かい酒でも飲んだら心も少しは安らぐだろう」とおれに言った。

 

 

「飯はもう少し待ってろ、すぐ作る」

 

 

 粋な店に負けないほど粋なオジ様だ……。

 英国紳士というのはマスターみたいな人のことを言うんだろうな、とおれは思った。ハニーレモンの香りがするブランデーは飲みやすく、体をぽかぽかと温めてくれる。

 

 気の利くマスター。可愛い店員。美味しいお酒。

 なんて良い店なんだろう。これでおれが文無しでなければ完璧だ。

 

 

「あの。お酒飲んじゃってから言うのもアレなんですけど。おれ、手持ち全然ないけど大丈夫なんすか? 一円たりとも払えないっすよ」

「金を払わせるために連れてきたわけじゃねえ。それにここの常連もツケ払いがほとんどだ。気にすんな」

 

 

 ツケ払いで店が成り立つのか? このバー、よく潰れないな……。

 話を聞くと、どうやらこの店はマスターの道楽でやっているらしい。凄まじい額の設備投資がされた店内にも関わらず、ツケ払いが横行する経営状態。きっとマスターはよほどの金持ちなんだろう。医者の息子や政治家の2世、はたまた不動産王なのかもしれない。

 

 

「俺はな。自分の店の周りで、辛気くせえ顔をしてる奴を見るのが我慢ならなかっただけだ」

 

 

 マスターはキムチを器に盛り付けながら、ぼそぼそとおれに呟いた。それから刻んだきゅうりとハムを散らして差し出したのは冷麺だ。バーで冷麺出てくるところ初めて見たよ。

 

 冬真っ盛りの時期に食べる冷麺は珍しいなと思ったが、暖かい部屋で食べる涼しげな食べ物はなかなか乙なものだった。コタツで温まりながら食べるアイスくらいの良さがある。

 うーん贅沢。背徳感って最高のスパイスだよね。

 

 ちゅるちゅる麺をすすっていると、マスターは満足そうに「美味えだろ」と微笑んだ。

 

 

「まじで美味いっす。盛岡で食べたのより美味いかも」

「マスターはねぇ、冷麺のプロなんですよぉ。昔から大好きで極めたんだって。うちの看板メニューなんだぁ」

 

 

 きっと冷麺を目玉にしているバーは世界初だろう。

 

 おれが器に残った汁を飲み干すと、マスターはスッと2杯目のドリンクを差し出してくれた。食後のホットコーヒーだ。この店は隅から隅までホスピタリティが行き届いている。

 

 

「飯食って少しは落ち着いたか?」

「あ、はい。本当にありがとうございます」

 

 

 おれは手を合わせながら深々とお辞儀した。日本人らしくスト2のダルシムスタイルだ。

 

 

「お前が何であんなところで黄昏ていたのか俺は知らねえ」

 

 

 マスターはグラスを拭きながらおれに向かって語りかけた。メガネ越しに向けられた眼差しは僅かに憂いを帯びている。

 

 

「だが、顔馴染みの奴には言えねえ悩みでも、行きずりの他人になら言えることもあるだろう。死に急ぐな」

 

 

 

 マスターには空き地にいたおれが自殺志願者に見えていたらしい。実際のところホームシックになっていただけなんだけどな、と思いながらおれはマスターをじっと見つめた。

 弱者を憂い、救いの手を差し伸べる。

 将来マスターのように他人を気遣える大人になりたいものだ。32歳はもうだいぶ立派な大人ではあるんだけどね……。

 

 

「ええと、おれは最近この街に来たんすけど。金もなけりゃツテもないし、街は物騒だしで、これからやっていけるのかなあって悩んでて」

「女の子が1人で異人町で暮らすなんて佐野ちゃんすごいねぇ」

「実は知り合いが住む場所も働き口も紹介してくれて、そこで住んでるんす。よく家に来るから、ほぼ2人暮らし? みたいな。生活費もその人が出してくれてて」

 

 

 全部給料から天引きされるんだけどな!

 そんなことは知らないいろはちゃんは「ええ、その人すっごく良い人!」と瞳を輝かせている。

 

 確かに良い人ではあるんだよな、とおれは趙さんの顔を思い浮かべた。

 得体の知れない初対面の女に衣食住を提供してくれる度量の広さ。いつもおれの様子を気にかけてくれる優しい性格の持ち主だ。ただ、いきなり16連勤させたりとシフトの組み方が少しばかり最悪なだけで……。

 

 

「うーん、それって彼氏さん?」

「いや、友達ですかね」

「そうなんだ。そんなに助けてくれるなんて、親友って感じだねぇ」

「そうっすね。相性はいいですよ」

 

 

 この場合の親友(ベストフレンド)はベスト・セックス・フレンドの略語である。

 

 

「でも、いつまでも負担になるわけにはいかないんで。いつかはここでひとり立ちしなきゃとは思ってるんすけど」

「できるさ。人間、やろうと思えばなんだってな」

 

 

 マスターは少し微笑むと少し遠い目をして言った。

 

 

「俺も何年か前にこの店を立ち上げたばかりでな。バーで働いた経験もなくてよ、最初は苦労したもんだ。でも今では少ないながらも常連もいる。だからお前も大丈夫だ。根拠はねえがな、言い切れる」

「完全未経験でこの店始めたんすか。そりゃすげえや」

「まあな。それほどでもあるぞ」

 

 

 にやりと笑うと、「昔死にかけてから、残りの人生は全力で好きに生きることに決めたんだ」とマスターは言った。

 事故や病気で生死を彷徨うと死生観が変わるっていうもんな、とおれは納得した。マスターの顔に大きく残されたサンマ傷はその名残なのかもしれない。

 

 

「前は神室町で仕事をしてたんだが、店を始めるのを機にこっちに引っ越したんだ。俺もお前と同じ新参者だな」

「へえ。マスターも最近この街に来たんすね。じゃあ仲間だ。カムロ町かあ。前住んでたところ、北海道あたりすか?」

 

 

 聞き馴染みのない地名は8割が北海道だと相場は決まっている。少なくともおれはそう信じていた。ほら、カムロって音の響きが室蘭っぽいし。

 おれの言葉に「お前、よほど田舎から来たんだな」とマスターはくつくつと笑っている。いろはちゃんも「あはは、佐野ちゃんったらカワイイ!」とあどけない笑みを浮かべていた。

 え、これ馬鹿にされてる? でも知らないもんは知らないもんね。

 

 

「新宿だよ。新宿神室町。昔は東洋一の歓楽街と言われてたんだけどな」

「ああ、歌舞伎町すね。それならおれだって知って」

 

 

 るんすけど、とおれは続けようとして、ふと嫌な予感が脳裏を掠めた。マジで答えを当てたくない最低最悪のチキチキクイズ大会の開幕だ。

 

 

「……今、神室町って言いました? 新宿にある、神室町?」

「ああ。それ以外ないだろ」

 

 

 おれは勢いよく机に突っ伏した。

 この街、龍が如くの世界にあるんかい。そりゃ暴力団にも出くわすわけだよ。

 

 おれはチラリと目の前の男の顔を見た。

 眼鏡で和らいでいるものの眼光は鋭く、眉間には深くしわが刻まれている。どこかで見たことのある特徴的な大きな傷跡を持つ、異常な冷麺好き。極め付けに昔は神室町で働いていたという情報。

 

 

「あのお。マスターって、お名前はなんて言うんですか」

「大して名乗るもんでもねえ。俺はサバイバーのマスター、それだけでいい」

 

 

 このバーの名前は『サバイブ・バー』ではなく、『サバイバー』というようだ。

 

 なんか誤魔化されたけど、マスター、改めて見るとどう見ても柏木さんだよね……。

 3で蜂の巣にされていた気がしたが、どうやら生きていたらしい。きっとそれでヤクザを引退してバーを開業したんだろう。

 

 おれは考えを改めた。

 この街でひとり立ちなんてどだい無理だ。なんたってここは龍が如く。何もしなくてもチンピラに絡まれ、頻繁に殺しが起こる世の中だ。

 神室町じゃないだけまだマシだが、たまの休みに殺人現場に遭遇するこの街の治安は終わっている。

 

 今おれがしなきゃいけないことはただ一つ。趙さんに『キミ飽きちゃった。じゃあねー』と言われないように必死でご機嫌を取ることだ。

 この状況で家と職を奪われたら、冗談抜きで人生終わる……!

 

 

「お、おれ帰らないと。その、家主にも心配かけちゃうんで。早く帰ってくるよう言われてたのに、もう夜遅くなっちゃったし」

「えぇ。佐野ちゃんもう帰っちゃうんですかあ? 寂しいなぁ」

 

 

 そう言っていろはちゃんは眉根を下げておれを見た。

 

 キュン!

 ……いや、いかに巨乳といえども、いろはちゃんにトキメいている場合ではない。今すぐおれは家に帰って、趙さんをトキメかさなければならないんだ。

 

 

「せっかくだから一曲くらい歌っていきましょ。私、佐野ちゃんの歌聴きたいなぁ」

 

 

 いろはちゃんは少し前屈みになっておれにねだった。

 見えそうで見えない胸の全容と上目遣いのダブルパンチがおれを襲う。

 

 

「じゃあ一曲だけ!」

 

 

 おれはカラオケスペースに乗り込むと、意気揚々と歌う曲を選曲した。

 とはいえ、おれがこの世界で歌える曲はただひとつ。親の顔より見たかもしれないネットミームと化したあの曲だ。

 

 

「男、佐野久太郎! 歌わせていただきます『ばかみたい』!」

 

 

 いろはちゃんは手を叩きながら見守っている。マスターはというと、タンバリンまで持ち出して、リズムに合わせてシャンシャンと合いの手を入れてくれた。

 哀愁の漂うメロディに乗せて歌う失恋ソングは昭和の香りを放っている。熱を込めて歌っていると、頭の中に浮かんできたのはコウジの姿。ウイスキーをロックでキメるコウジが眺める写真に写っているのは趙さんだ。存在しない記憶にも程がある……。

 

 おれはこぶしを効かせて熱唱しながら趙さんのことを考えていた。

 この街は危険だと言った趙さんの言葉は正しかった。ちょー可愛い外見のおれには屈強な後ろ盾が必要だ。

 婚約までした彼女には悪いけど、この関係(セフレ)を続けるのはもはや緊急避難だ。再会した時に事情を話せば、きっと許してくれるに違いない。

 

 くそう、待ってろよ、趙さん!

 絶対におれを捨てられないくらいメロメロにしてみせるからな!

 

 

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