TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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龍が如く8、楽しすぎる(まだ3章序盤)


7 少し私とお茶でもしないか

 

 

 サバイバーを後にすると、さっき貰った地図を頼りにおれは道を歩いていた。スマホがないおれを憐れんでマスターが恵んでくれたんだ。

 

 マスターには足を向けて寝れないな、とおれは思った。もしマスターが本当に龍が如くに出てくる柏木さんなら、これまで色んな悪事を行ってきたに違いない。けど、少なくともおれにはすごく親切にしてくれた。

 今度お金が入ったらサバイバーにまた行こう。ご馳走して貰った分たくさん酒を頼むんだ。

 

 街灯の光を反射した川の水面が揺らめいている。

 ヘドロの腐敗臭が漂うドブ川も夜の冷たい空気にかかれば幻想的に見えるものだ。近くでホームレスが寝そべっていても、川はただ静かにキラキラと光っている。なんか、社会の縮図って感じだね。

 

 おれは橋を渡るとまっすぐ道を進んでいった。地図によるとこのルートが一番近道らしい。

 入った路地は薄暗く、これまでの街並みとは異質なものだった。薄汚れた建物の数々は開発されてから時間が経っていることを示しており、あたりには嗅ぎ慣れない香辛料の臭いが漂っている。人通りもほとんどない。壊れたネオン看板の灯りだけがいやに怪しく薄ぼんやりと光っていた。

 

 目の前にある雑居ビルは、SF映画に出てきそうなくらい大きなパラボナアンテナが屋上に堂々と備え付けられていて、見るからにロクでもないなにかを受信していそうだ。たとえばそう、本国からの暗号通信みたいなね。

 

 周りの店に貼られた張り紙も、街行く人が話す言葉も、皆隣国の匂いを纏っている。それでいて、ノースなのかサウスなのかは分からないが、観光地化している新大久保とは違い陰鬱な雰囲気が漂う、今どき日本じゃ珍しいディープ・コリアンタウン。つまるところ。

 

 

「ここって現実だと福富町のあたりだよなあ」

 

 

 猛烈に佑天飯店に帰りたくなってきた……。

 女子供は近づくなと口酸っぱく言われ続け、大の男でもラーメンだけ食べてさっさと去るのが福富町だ。それが龍が如くでの『福富町』ともなれば、もうお察しである。

 

 おれは小さく縮こまりながら小走りで通りを駆け抜けた。

 冗談じゃない。こんなところ、一秒だっていてやるもんか!

 

 おれが脇目も振らず歩いていると、近くでどんと鈍い音がした。破裂音とはまた違う、なにかを叩きつけたような厚みのある音だ。正直イヤな予感がかなりするが、右の脇道から聞こえてきた気がする。

 こっそり脇道の方をのぞくと、そこには大男がひとりポツンと立っていた。持っている大ぶりの牛刀からは赤い液体が滴っており、ほつれたみすぼらしい前掛けは赤茶色の斑点に彩られている。男が被る白いマスクは呼吸のためか空気穴が開いており、どこぞの湖(クリスタルレイク)にいる殺人鬼を連想させた。

 

 殺人現場との邂逅、再び――?!

 

 おれはあまりの恐怖でコントみたいにすっ転んだ。慌てて走り去ろうとするも、腰が抜けてうまく立てない。

 高部さんは話が通じたけれど、このジェイソンもどきは多分ガチのヤバい人だ。何をしでかすか分からないという点で圧倒的にヤクザの方がマシである。

 巨男はおれの方を向くと何かをぶつぶつ唱えている。ホッケーマスクから漏れる声はくぐもっていてよく聞こえないが、十中八九ろくなことは言われていないだろう。

 

 趙さんのアドバイス、ちゃんと聞けば良かったなあ。

 TSしてゲームの世界に来てまで変質者にバラされて死ぬってあまりにも夢がなさすぎる。もういっそのこと辞世の句でも読んでみようかな。露と落ち、露と消えにし、我が身かな……うん、丸パクリだけど良い感じだ。

 ついでに十字でも切っておこうか。手のひらも合わせておこう。八百万の神・仏・キリストその他全ての神を拝み崇め奉れば、きっとどれかは窮地を助けてくれると信じたい。

 

 

「お前、そこで何をしている」

 

 

 あやしい踊りを踊っていると、頭上から凛とした声が投げかけられた。

 面長の顔にキリッとした瞳。すらっとした脚を大胆に露出した姿にいやらしさはなく、健康的だ。アイドルのようなピンク髪も生まれつきかと錯覚するほどに違和感がない。

 韓ドラに出てきそうなタイプのおねえさまだ。彼女の華のある外見は汚れた街並みからひどく浮いて見える。

 

 おねえさまはおれと男を見比べると状況を察知したらしい。彼女は眉ひとつ動かさず、「気持ちは分かるが、少し落ち着け」とハンカチを出しておれの顔を拭った。涙と鼻水が混ざったシロモノがゆっくり拭き取られていく。それから彼女は男の方を向くと、ため息を吐きながらこう言った。

 

 

「私たちはお前の邪魔はしない。だから練習を続けるんだな」

 

 

 男はおねえさまの言葉を聞いてか、うんうんと頷いておれたちに背を向けた。それから牛刀を振り上げると、一心不乱に肉塊を滅多刺しにしている。鮮血がブシャブシャと噴き出して夜が深くても分かるくらいに地面を真っ赤に染めていた。

 

 何が何だか分からないが、どうやらジェイソンもどきのおれへの興味は失せたらしい。

 

 

「ほら、立てるか? 自主練中のジエイに出くわすなんて災難だったな」

「自主練中ぅ?」

「奴はそこの肉屋の跡取りなんだが、肝心の解体の腕がからきしでな。だからこうやって夜に練習してるのさ。あれはただの牛肉だ」

 

 

 おねえさまが指差した看板には『お肉の慈英』と書かれている。佑天飯店の例に漏れず、個人経営の店は自分の名前をつけがちらしい。

 なるほど、ジエイって名前だからジェイソン風のホッケーマスク被ってたのね。……紛らわしい真似すんな!

 

 おれがほおを引き攣らせていると、「肩でも貸してやろうか」とおねえさまは言った。

 

 

「す、すみません。ビビりすぎて腰抜けちゃって」

「無理もないさ。事情を知らずに夜アイツを見たらホラー映画の殺人鬼にしか見えないからな」

 

 

 おねえさまが差し出した手を取って、おれはゆっくり立ち上がった。と言ってもまだ足取りはフラフラだ。生まれたての子鹿だって、まだ少しはマシに歩けるに違いない。

 

 

「一旦どこかで休んだ方がいいと思うぞ。このまま帰るのは危険だろう」

「気持ちはありがたいんすけど、家で待ってる人がいるんですよね、多分。今頃怒ってるだろうからなあ。なるべく早く帰らなきゃ」

 

 

 セフレの家を訪ねたのにセックスチャンスを逃す悲しさったらないからね……。彼女となら一緒にいるだけで楽しいけれど、穴要員はまた別だ。やり場のない虚しさを抱えてトボトボ家に帰る惨めさ、おれにも経験あります。はい。

 

 頭を掻いているおれを見て、おねえさまは「それは趙のことか?」と微笑んだ。

 

 

「お前のことは趙から聞いている。いなくなったと心配していたぞ」

「え、おふたり知り合いなんすか」

「まあ、それなりに因縁があってな」

 

 

 どうやら趙さんはなかなか戻らないおれを心配してくれていたようだ。穴のことしか考えられないみみっちさとも無縁。いやあ、人間出来てるね。間接的にだけど、非モテと爆モテの違いをまざまざと見せつけられた気がする……。

 

 

「お前、趙の店の店員なんだろ? シフトをキツくしすぎて飛ばれたんじゃないかと気を揉んでたぞ。アイツの慌て具合、傑作だったな」

「…………」

 

 

 趙さんはおれのことを穴要員ではなく社畜戦士として見ていたらしい。

 

 おねえさまはおれの手を引いて大通りへと進み始めた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。少し私とお茶でもしないか? なあに、趙には私から連絡しておくよ」

「カフェに行くのは全然良いんすけど。おれ、今持ち合わせがないんすよね」

「安心しろ。あとで趙の奴にしっかり請求しておく」

 

 

 きっとカフェ代は回り回って給料から天引きされることになるな、とおれは思った。趙さんは経営者らしく金銭管理にシビアなんだ。

 

 

「ナポリタンとパンケーキ。コーヒーはブルマンで、食事と一緒に持ってきてくれ。あとパフェも頼む」

 

 

 おねえさまは見た目に反してよく食べるらしい。

 何段も重ねられた炭水化物の塊が絶え間なく口に吸い込まれる様子は壮観だ。おれはというと、おねえさまの食事姿を眺めながら、ホットミルクをちびちび飲んでいた。

 牛乳を温めただけで300円も取るなんて! カフェは貧乏人には大敵である。

 

 

「さっきは助けてくれてありがとうございます。あの、助かりました。本当に」

 

 

 おねえさまはパンケーキを食べる手を止めて、「さすがに放っておけないさ」とおれに答えた。

 

 

「あのあたりに住んでいる私が言うのもなんだが、あまり女が1人で出歩くのは関心しない場所だからな。何か起きて噂になるのも嫌だろう」

 

 

 ジエイさんがコスプレしながら鮮血を撒き散らしている時点で、十分何かが起きてると思うんだけどな……。

 

 おれはうんうんと頷きながらおねえさまに問いかけた。

 

 

「あそこに住んでて大丈夫なんすか? ジエイさんは置いといて、この街、ほら、ヤクザもいるみたいだし。女性にはちょっとなあって思うんすけど」

「お前が腰を抜かしていた場所はな、私の故郷みたいなものなんだ。生まれは別だが、ずっとあそこで育ってきた。そう易々とは離れられんよ」

 

 

 そう言っておねえさまはコーヒーを一口飲んだ。甘ったるい食べ物にはちょうどいいチェイサーだ。

 

 

「そう言うお前はなんでこの街に来たんだ? お前の言うとおり、この街の治安はお世辞にも誉められたもんじゃないぞ」

 

 

 そりゃあ、来たくて来たわけじゃないからなあ。

 

 おれは趙さんの呆れ顔を思い出した。

 勢いで自分の状況を打ち明けた時、本当に気狂いを見る目で見られたなあ。なんでも頼みを聞いてくれる趙さんですらそうなんだ。他人に言ったところでまた呆れられるだけだろう。

 

 おねえさまはおれの言葉を静かに待っている。その瞳はとても真っ直ぐで、心の底まで見透かされているような気がした。

 

 

「あのお。今から話すことは与太話だと思って聞いて欲しいすけど」

「なんだ?」

「おれの友達がね、最近女になったんすよ。でも手術したわけじゃなくて、突然本当にまるで別人の女になって」

「ほう」

「しかもね、気がついたら知らない街にいたもんで。流れでその辺にいた男のヒモになってるっていう。大変っすよね」

「それで、その女はこれからどうするつもりなんだ?」

「さあ、分かんないっす。本人もよく分かってないと思いますよ」

 

 

 おれは一息つくと、ホットミルクをスプーンでかき混ぜた。白い膜がこびり付いて、気持ち悪い。

 おねえさまは「興味深い内容だな」とおれの話を淡々と評した。

 

 

「ひとつ忠告しておくが。友達の話と前置きするのは、自分の話だと言っているようなものだぞ」

 

 

 確かに言われてみれば、嘘をつく時の典型例すぎて自白しているようなもんだ。

 おれは恐る恐る彼女の反応を伺うも、彼女の様子は特段変わり映えしなかった。相変わらずの凛とした表情で黙々とパンケーキを食べ進めている。

 

 

「馬鹿げてるって思わないんです? だってこんなの、現実じゃあり得ない」

「別に。趙がなんと返したのかは知らないがな。だってお前の中では本当のことなんだろう? だったらそれでいいじゃないか」

 

 

 一生おねえさまに付いていきたい……。

 美人でクール。頼り甲斐があって頭も良さそう。きっと仕事もできるに違いない。大手の広告代理店でバリバリ総合職として働いていそうだもんな。24時間、働けますかの世界で男に負けず、なんなら男よりも結果を出してきていそうだ。

 なんて良い女なんだろう。おれが趙さんだったら絶対真っ先に手を出してるに違いない……ん?

 

 おれはまじまじとおねえさまの顔を見た。おれとは系統の違う、激マヴ美女。面食いの趙さんがすでに引っ掛けていないとは限らない。

 しかも色々因縁があると言っていた。

 2人ともいい大人だ。もし惚れた腫れたや肉体関係があったとて、見知らぬおれに素直に言うか? テキトーにぼかすに違いない。それこそ因縁だと腐れ縁だの言って!

 

 え、おれこの人に勝たなきゃいけないの?

 顔はタイプが違うから五分五分として、明確に勝てるところが胸の大きさしかないんだけど……。

 

 おれは絶望の面持ちでホットミルクを飲み干した。金のない貧乏人はやけ酒すらもできないんだ。

 

 ああ、もうやってらんね! 趙さんのバーカ!

 帰ったら絶対文句言ってやるからな!

 

 

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