TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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ようやくドンドコできるようになりました。


8 面白いこと言うじゃんね

 

 

 おねえさまと話すのは気が楽だった。なんせ、おれの言うことを信じて……はいないだろうけど、否定せずにいてくれる稀有な存在だ。

 これは別に趙さんを責めているわけではない。おれが逆の立場だったら、散々馬鹿にした後すぐに距離置いてネタにするもんな。拒絶した後も話題に出さずに付き合ってくれるだけで十分優しいんだ。高部さんもコウジもマスターもいろはちゃんも、外見に似合わない異様な言動をスルーしてくれた。おれはこの街で会う人に恵まれている。

 

 パンケーキを食べ終わったおねえさまは、勢いを緩めないままパフェへとスプーンを進めていた。2杯目のコーヒーを挟みつつ甘味を頬張る彼女は幸せそうだ。おれはというと、飲み終わったミルクの跡をスプーンで弄りながら手持ち無沙汰で過ごしていた。

 

 

「お前は何か追加で頼まないのか?」

「いやあ、おれは水だけでいいかなって」

 

 

 おれは眉根を下げてヘラヘラと笑った。

 一円を笑う者は一円に泣くという言葉があるように、いつ収入が入るか分からない今、無駄な出費は避けたいところ。ダイエットもそうだけど、何事もチリつもなんだよね、こういうの。

 

 

「お前は以前、男だったと言っただろう。もしお前に男としての矜持が残っているならば、もう一杯付き合ってはくれないか」

 

 

 おねえさまはメニュー表をおれに渡すと、小さな声で「私ひとりだけが飲み食いするのは、どうも気恥ずかしくてな」と少し照れながら呟いた。

 

 萌え!

 おれは勢いよくメニュー表をパラパラと開いた。お金の有無なんて関係ない。豚もおだてりゃ木に登るんだ。ホットミルク以外を頼んでも、野口英世以下の出費にすぎないし、家賃と比べたら微々たるものである。

 

 カフェというだけあってコーヒーにも色々種類があるらしい。王道のブレンドに、スタバのフラペチーノくらいクリームが盛られたクリームラテ。あとはブルマンにモカの4重奏(カルテット)。うーん、ブルマンはおねえさまが頼んでいたから、モカでも頼もうかな。

 

 おれがモカを注文すると「そういえば、お前は趙とよく一緒にコーヒーを飲んでいるんだったか」とおねえさまは言った。

 

 

「アイツはモカばかり飲むだろう。きっと好みがうつったんだな」

 

 

 趙さんがいつも淹れてくれるコーヒー、モカだったんだ……。バカ舌なので初めて知ったが、おねえさまが微笑えましそうにしているので良しとしたい。クールビューティーが浮かべる笑顔、文化遺産として保存すべきだよね。

 

 

「コーヒーの他には何か頼まないのか?」

「そうっすね。さっきご飯も食べたから今は大丈夫です」

「そうか。参考にしようと思ったんだがな」

 

 

 参考って? とおれが首を傾げていると、おねえさまは物憂げな顔でため息をついた。話を聞くと、おねえさまはコーヒーブレイク中につまむお菓子のレパートリーにめっきりお悩み中らしい。

 

 

「そりゃあ、チョコとかクリームが合うんじゃないんすか? ガッツリ甘いの」

「それはそうなんだがな。新しいアテでも楽しんでみたいのさ」

 

 

 息抜きがマンネリ化してくると落ち着くものも落ち着けないようだ。

 

 

「じゃあ和菓子は? 例えば煎餅とか。ザラメだったら絶対合うし、醤油と海苔のも悪かないと思いますよ」

「そうだな、考えもしなかったが確かにアリだ。近所に店もあるから今度部下に買わせるよ」

 

 

 おねえさまは素早くメモをスマホに打ち込むと、「美味かったらお前と趙にも分けてやらねばな」とニヤリと笑った。

 少し悪どい笑みを浮かべる美女も尊ばれるものである。おねえさまの配慮に甘んじて「じゃあ連絡先を教えてもらわないとっすね」とおれは乗っかった。

 

 

「今はスマホ持ってないんすけど、給料入ったら絶対買うんで。電話番号わかればSMS送れますし、なんかのアプリでも。よければ、またこうやって女子会しましょうよ」

女子会(・・・)か。良いだろう、たまには悪くない」

 

 

 おねえさまは紙ナプキンを一枚取ると、サラサラと連絡先をしたためた。美女は何をしても絵になるからお得である。

 なになに、『Seonhee:◇*▼⚪︎@yam *⚫︎.com』。後半はアドレスとして、冒頭に書かれているのは名前かな。えーと、セオ? なんて読むんだろう。

 謎の文字とにらめっこしていると、おねえさまはクスッと笑ってこう言った。

 

 

「私の名前はソンヒだ。佐野、これからよろしくな」

 

 

 おねえさま、改めソンヒさんはおれの名前を知っていたらしい。趙さんは結構周りにおれのことを話してるのかもしれないな、とおれは思った。

 気さくでお喋りな趙さんだ。変な女が転がり込んできたなんて、そりゃあいい話のタネになるだろう。

 

 おれはソンヒさんと握手を交わしてから、お互い笑って店を出た。足のふらつきはもうかけらもない。商店街の灯りを掻い潜り、おれは狭い路地へと歩みを進めた。

 見慣れた薄暗くて汚い雑居ビル。その階段を降りると、部屋の電気が点いているのが分かる。ああ、きっと中にいるのは趙さんだ。

 

 

「ただいま戻りましたぁ……」

 

 

 趙さんはひとり、椅子に座っていた。スマホを弄るのをやめておれの方を見る瞳はサングラス越しでも笑っていないのが分かる。笑っていないどころじゃない。マジの大真面目、ガチギレである。

 

 

「帰るのがその、大変遅くなりまして」

「ソンヒと会ったんだってね。楽しかった?」

 

 

 呼び捨て! 思った以上に趙さんは彼女と仲が深いらしい。

 

 おれは顔色を窺おうとへらへら笑ったが、趙さんはとりつく島もない。どんな言い訳も、もはや聞く気がないようだ。普段優しい人が怒る姿って下手なホラー映画より怖いよね。

 

 趙さんは自分の方に来るよう手で示すとおれを隣に座らせた。それからじっとおれを見つめると、おれの両頬を一気に引っ張った。

 

 クソ痛え! この人、加減ってもんを知らないのか?

 か弱い女の子になんてことするんだ。そりゃあ中身は可愛げがないかもしれないけど、外見は柔こくて可憐な美少女よりの美女なんだぞ!

 

 

いひゃいれす。ひょおはん(痛いです。趙さん)

「だろうね。あえて痛くしてるんだ」

 

 

 どうやらしっかり加減した上でこの痛さらしい。

 そういえば趙さん、拳法やってるって言ってたな……。本気で頬を引っ張られたら、コブ取り爺さんのコブのように千切れて終いになりそうだ。龍が如くの世界では、料理人が生き抜くにも、ある程度の腕力が必要なのかもしれない。

 

 ゴツゴツした指輪が冷たくおれの頬を撫でる。黒い爪をおれの肌に立てないように、指の腹で皮膚を摘む趙さんは憎らしいくらいイイ男だ。

 じわりと涙が目に溜まっていくのを感じる。サングラス越しの目の色を覗き込むようにしていると、趙さんは息を吐いてからパッと手を離してくれた。

 おれが痛みにひりつく頬を押さえていると「ソンヒから聞いたよ。変なのに絡まれてたんだってね」と趙さんは言った。

 

 

「変なの……。ああ、ジエイさんっすね。肉屋の」

 

 

『変なの』の心当たりがありすぎて、思わず返答が遅れたが、ソンヒさんが伝えたということは、ジェイソンもどきで間違いないだろう。

 ヤクザの幹部。その徒弟。元暴力団に変質者。

 今日は『変なの』と絡む機会があまりにも多かった。願わくば一生分のストックを使い切ったと思いたい。

 

 

「前までキューちゃんが住んでたところがどうだったのか、俺は知らない。でもね、異人町はキューちゃんが思ってる以上に危ないんだよ。今はほっぺたが痛いくらいで済んでるけど、何か事件に巻き込まれたら、この痛みの比じゃないんだから」

 

 

 趙さんの目は真っ直ぐおれを射抜いている。

 その真剣な瞳に怯んでいると「今回はただの変態でよかったけどさ」と趙さんは深く息を吐いた。

 

 こりゃ、高部さんとコウジのことは絶対に言わないほうがいいな。愉快なコスプレ肉屋でさえもこの反応だ。ヤクザの制裁に遭遇して隠蔽工作も手伝いました! なんて趙さんが知ったら卒倒するだろう。

 

 しかも普通に犯罪だしね……。

 犯人蔵匿。証拠隠滅。加えて死体遺棄のオマケ付きだ。うっかり警察に通報されたら最低5年はブタ箱行きに違いない。

 

 そもそも檻の中に入れる猶予があるのか?

 高部さんに運良く見逃して貰った身で、事の次第をぺらぺら喋ったら、裁判にかけられる前にヤクザに殺されそうだ。彼らはメンツを重んじる生き物だもんね。下手すると、おれと関わりのある佑天飯店まで火の海だ。ポケットの中にある名刺が急に重く感じてきた……。

 

 おれが遠い目をしていると、趙さんはおれの頭をゆっくり撫でた。まるで子の毛並みを整えながら怪我がないかを確認する親猫のようだ。

 

 

「この店の近くなら俺は守ってあげられる。けど、少しでも離れたらどうにもできない。だから、あんまり無茶しないで欲しいんだ」

 

 

 おれがコクコクと頷くと、「じゃあ辛気臭い話はおしまいね」と趙さんは明るくおれに言った。

 

 

「色々あって疲れたでしょ。明日も休んでいいからさ。俺の仕事も落ち着いたし、今日は2人でゆっくりテレビでも観て過ごそうよ」

 

 

 趙さんはタンスからお菓子を取り出した。ひまわりの種とチョコ菓子だ。馴染みがないから思い付かなかったけど、今度ソンヒさんにあったらコーヒーのお供にひまわりの種を薦めてみるのもいいかもしれない。

 

 

「そういや、この街ヤクザいるって聞いたんですけど。趙さん大丈夫なんすか? この店飲食だし、みかじめ料とか要求されたりしてません?」

 

 

 2階のヤリ部屋に上がる時、おれはふと疑問に思ったことを聞いてみた。高部さんたちのシマではないというのは知っているが念のためだ。1人で店番している時にヤクザの相手するの超怖いし。

 すると趙さんは楽しそうにひとしきり笑ってから「面白いこと言うじゃんね」とおれの肩を軽く叩いた。

 

 

「この店にヤクザは絶対来ないから安心してよ。ヤクザも来なけりゃ警察も来ない、世界一安全な中華料理店なの」

 

 

 そう言って趙さんはおれに口付けた。

 ヒゲが口元に当たって少しくすぐったいな、と趙さんを見ると、先ほどまでの機嫌の良さから一転して、趙さんは少し眉間に皺を寄せている。

 

 

「何か臭うけど誰かと一緒にいた? ソンヒのじゃないよね、これ」

「臭いすか? 別になんも……」

 

 

 ガラムだ! 高部さんと吸ったやつ!

 趙さんは怪訝そうな顔を浮かべている。気分は浮気を疑われている彼女って感じ? ただのセフレに浮気もクソもないけれど、ここで誰かれ構わず股を開く尻軽だと思われるのはよろしくない。なんたって、おれは趙さんを骨抜きにして平和な横浜生活を堪能する予定なんだから。

 

 

「ああ、そりゃあ臭いますよね。なんでか思い出したけど、誰かといたわけじゃ別にないっすよ」

「所持金0円だったじゃんよ。それでタバコ吸えるもんかね」

「バッセンの裏、夜景が綺麗だったんで。シケモク拾って一服しながらぼーっと海見てたんすよ。あそこ、趙さんが言ってたとおりいい場所っすね」

 

 

 うん、帰りが遅くなった理由もこじつけられて一石二鳥。我ながら完璧な言い訳だ。

 

 良い弁解ができて自慢げなおれとは真反対。趙さんは信じられない物を見る目でおれを見ると「え、俺じゃあ、今シケモクと間接チューしたの?」とゴシゴシと腕で口を拭った。

 

 

「キューちゃん、早く歯磨いてうがいしてね。ばっちいよ」

 

 

 趙さんは見た目に反して潔癖の気があるらしい。

 そそくさと洗面台に向かって顔を洗い出した趙さんと、おれは並んで歯を磨いた。すぐ隣にいるはずなのに、何故か心の距離は出かける前より開いた気がする……。

 

 おれ、この人惚れさせることできるのかなあ。

 ちらりと横を覗き見ると、趙さんは黙ってマウスウォッシュをおれに渡した。

 

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