ぼっち・ざ・ろっく! Another 後藤ふたりと本物の音   作:りら_らるらりら

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後藤ふたり、今日もひとりです

 あの演奏が、普通の演奏ではないと気付いたのはいつだっただろうか。

 ──小学6年生。

 いや、5年生か。いやいや4年の可能性も……無きにしも、微レ存。

 身内に凄い人がいると、案外それには気づかない。

 ましてや、姉、後藤ひとりは引きこもり──もとい、病的なまでに陰キャ、コミュ障、ダメ人間。ちょっと”凄い人”のイメージからは遠い。

 そりゃ、ギター弾いてるときのお姉ちゃんはカッコイイって思ってた。『子供だったから』なんて言葉は嫌いだけど、ただ無邪気に、カッコイイお姉ちゃんを自慢していた時期もある。

 でも、それもある程度してやめた。

 普通に自慢するには、お姉ちゃんのギターは凄すぎたから。小さなころからギターの音がともにあったアタシは分かっても周囲は分からない。そのすごさを。絶対お姉ちゃんのほうがすごいのに顔だけでテレビにのさばってる様な流行りのバンドマンとか、”生音”じゃないものを生演奏として披露するような”偽物”と同列に語られる。”本物”の音なんて来たことないやつらが天才だなんて口にする。それがどうしても許せなくて、アタシはお姉ちゃんの話をするのをやめた。

 

 ──本当の音を探して

 アタシは、こうして下北まで足を運んだ。地図アプリが指し示すのはこの先、さして大きくもない建物で、ガラス窓が大きく開いてアタシを歓迎する。

 初めてギターヒーローを聞いた日から溜め続けたお小遣い。謎の口座に吸われているらしいお年玉も何とか母から一部降ろして貰って、占めて……、いっぱい。とりあえず、発掘ドラゴンチョコはスーパーの在庫ごと買える量。いくら高い買い物をするからって、これくらいあれば大抵のものは買えるだろう。

 深呼吸したアタシは、意を決して、初めてギターを買いに行く。

 

 

 

 

 これは、アタシ後藤ふたりが、自分だけの”本物の音”を探す物語。

 

 

 

「って感じで。初めてのギター選びに失敗しちゃいましてね」

 ライブハウスSTARRY。最近マイブームのメロンソーダをチューチューしながら、アタシは堂々と敗北宣言をした。

 開店したばかりの店内はだとしても人がいない。今日は有力なバンドが出ないから。出演表チラッと見たけど、あんまり見覚えのない名前だったし。

 そんなわけで。暇してた店長さんをちょっとお借りして相談している。話題は今しがた逃げ帰ってきた楽器店について。楽器の選び方について。思ったよりもいい値段がしていたあの楽器たちの中から最適な一本を選ぶなんて私にはできなかった。音楽やってるって言っても所詮お姉ちゃんに教えてもらったギターだけ。楽譜も最近読めるようになってきたくらいで、楽器の良しあしなんてわかるわけもなく。かと言って値段だけでも選べない。一番安いやつは明らかに変な音がしたし、高いギターがいいものかとも考えてしまう。もう無理! なんて思わず店を出たころに叫んでいた自分に気づいて、うわ、アタシお姉ちゃんみたいなことしてるって自己嫌悪。お姉ちゃんといえば、ということで、このライブハウスに足が向いていた。

「なるほどな。それで相談してくれたのか」

「店長さんなら楽器にも詳しいと思って」

 

 とはいえ、消去法ではある。

 お姉ちゃんは論外だし、喜多ちゃんは楽器よりデコシールの方が詳しそう、虹夏さんに迷惑かけるわけにはいかない、山田さんは嫌だし。

 他のバンドの人達はちょっといきなり買い物に行くような関係でもないし。酔っぱらいの人は、信頼はできるだろうけどとても介護しきれないし。

 

「あれ、でもふたりちゃん、友達は?」

「いっぱいいるんスけど、バンドやってるやつとかいなくて」

 

 ちなみに。イマジナリーフレンドとかではなく本物の友達だ。楽器やってるってだけなら吹奏部の奴らとか軽音部連中を連れ出せばいいんだけど、吹奏の奴らはバンドは分からないとかいうし、軽音部の方は先輩から引き継いだ楽器をなんとなくいやっているだけで楽器のことは全くなのだそう。というか、軽音部の奴ら程度ならアタシの方が上手い。頼るだけ無駄だろう。

 

「あー。さすがに吹奏楽部とかはちょっと違うかもなー。

 ……よし、分かった。ここは大人として一肌脱いでやろう」

「アザす」

「その代わりじゃあないんだけど、後でぼっちちゃんにもうちょっとシフト入るよう言っといてくれよ。来月きつくてさ」

「きつく言っときますね」

 

 ぼっちちゃん──姉、後藤ひとりのあだ名で、バンドネームでもある。由来は名前のひとりから。妹ながら悲しくなってくる。

 

「元気してる? ていうか、忙しいわけじゃないんだろ?」

「相変わらずクソニートなんで、暇してるはずですよ」

 

 クソニートはないだろ、と店長からお叱りを頂く。

 確かに一応収入はあるみたいだからニートではないだろうけど、お姉ちゃんは一日中ジャージで過ごすのでニート感が強いってだけだ。

 でも、20歳コミュ障職業Yotuber・バンドマンなんて……。最悪の肩書だと思うが、成功者側ではあるだろうし、何よりギタリストという意味ではアタシも一緒か。

 

「ギター、買うのやめようかな」

「おすすめの楽器屋があるから、そこいくか」

「あっはい」

 

 陰キャが移ってきてる気がする……!

 

 

 

 ♢

 

 

「す、凄い……。ふたりちゃん、いつの間にギターがこんなに上手くなったのよ……」

「ちょっと見ない間に、スかねぇ」

 

 久しぶりにお姉ちゃんが実家に帰ってきた。大学に通う喜多ちゃんとお姉ちゃんが同棲を始めてから、お姉ちゃんとは外やライブハウスで会う事はあっても帰ってくるのは稀で、今回の帰省も実に約一年ぶり。私はそれを大変喜んだのだが、お姉ちゃんも間違いなくそのはずではあるのだけども、何故だか(『一年ぶりの押し入れ……』)押し入れに引きこもってしまい、一日分ぽっかり空いた予定を埋めるべく、こうして喜多ちゃんにセッション……もとい、ギター指導をお願いしている。

『わたしの練習時間って……』と喜多ちゃんは落ち込んでいるが、考えてみれば喜多ちゃんと会うのだって三ヶ月前に遊んだとき以来だ。男児三日会わざればなんとやらともいうが、女児だって三ヶ月あれば見違えもするというもの。さすがにお姉ちゃんほどの練習時間は確保できないが、アタシだってしっかり練習時間を確保している。

 

「今日は調子いいだけですよ」

「あんまり謙遜しすぎるのも良くないわよ……。ふたりちゃん、ギター初めてどのくらいだっけ」

「本格的には中学一年生くらいから……今が高一なんで、ちょうど三年くらいスかね。でもこいつ(自分のギター)買ってやり始めたのが中二の夏なんで、二年半ってとこス」

「尚更ね〜……」

 

 中一から中二くらいまではお姉ちゃんのギターで練習していた。二本あるうちの一本を借りて、押し入れで。音の反響とかが案外丁度いいんだよね、あそこ。今でもたまに使わせてもらったりしている。まあ、狭いし暗いしいっぱい貼ってある写真が気になって集中できないからたまにしか使えないんだけど。

 

「どこかバンドとか入ったりしてるの?」

「や、とくには……募集はしてるんスけどね。今は、sanseongってバンドでサポートギターしてます」

「なんだかすごいのね。もうあの頃のふたりちゃんじゃないみたい」

「んなことないっスよ」

 

 とは言ったが、まあ、喜多ちゃんと初めて会った5歳のころと比べればかなり変わったといえるだろう。でもそんなのはみんな同じだと思う。喜多ちゃんだって、ギター始める前と比べればかなり変わっているんじゃなかろうか。音楽はヒトを変える、良くも悪くも。アタシはギターでどう変わったんだろう。

 

「結束バンドの曲なら全部弾けるようになったんですよ」

「すごいわ! 私でも後藤さんのパートとか引けないところあるのに!」

「最近の曲はどんどん難しくなってて、追いつくのしんどかったりしますけどね」

 

 そういう意味では、結束バンドは曲のリリースも頻度高くないので追いつきやすいバンドだ。その分、新曲のたびに新しいテクニックや新鮮なアプローチがあったりするから難易度もそこそこだけど。どちらがいいのか分からないが、アタシとしては練習になって助かる。喜多ちゃんが言うように、お姉ちゃんのパートはかなり難しいけど。

 

「バンドではどんな曲弾いてるの?」

「え? あー……sanseongでは…………」

 

 一秒、呼吸はそのままに答えに詰まる。

 ──どどどどどうしよう!?

 内心めちゃくちゃ焦る。アタシがサポートで入っているバンド、sanseongはプロこそ目指しているが、それも最近の話。ちょっと前までは文化祭が主な活動実績の部活バンドだった。ギターボーカル、ギター、ベース、ドラム。ありがちなその編成が結束バンドと一致しているのは、決して偶然ではなかった。加えて、現在作曲中だと言うオリジナル曲は初となる。──sanseongは結束バンドのコピーバンドとしてスタートした。初ライブは文化祭のステージ。それから約1年間は売れ線のカバーでやってきた。今回、ギターボーカルが入院したとかで急遽アタシがサポートとして入っている。

 バンドメンバー達も熱心な結束バンドファンでミニライブには必ず結束バンドの曲を入れるし、本人たち的には結構それを大切にしているらしい。結束バンドはウチらの原点! と言って憚らない。まあ、聞けば他の曲と比べて結束バンドの曲だけはよく練習したのが伝わってくる。演奏は全然上手くないけれども、それでも部活バンドから、プロを意識したバンドへレベルアップしようと頑張る姿勢を買ってそのバンドに入った。

 

 ……と、要は結束バンドのフォロワーを集めて結成したようなバンドで。しかも、アタシがサポートで入るのがギターボーカルっていうもんだから、なんだ、少し喜多ちゃんには言いにくかった。ボーカルはまだしも、ギターなんてまだまだ下手だ。フロントマンとしては技量不足という他ない。

 

「売れ線の曲をテキトーに……って感じです。オリジナル曲は今作ってるとこなんスけどね。ボーカルアタシなんで、流石にサポートメンバーが初披露で歌うのは無しだろ、みたいな」

「なるほど〜! バンドって色々な形があって、面白いわよね」

 

 面白いか? 面白いか……。

 サポート兼ソロギタリストでやらせてもらってるアタシとしてはあまり楽しい話じゃないが。本来のギターボーカルとしての業務以外に編制によってはたまにキーボードをやらされたりするのが若干キャパオーバー気味だ。特に、最近は作詞作曲にも手を出したりしてるので尚更。

 

「ソロでライブしたりはしないの?」

「いや、それはさすがに無理スね。ギターだけだとつまんないと思うし」

 

 一人でライブとかめんどくさいことこの上ない──以前に、弾き語りなんて恥ずくて無理だ。学校の文化祭レベルでなら、まあ、楽しそうだとは思うけど。きちんとしたライブハウスでお金とってやることじゃない。かもしれない。

 

「色んなバンドでギター弾いて、実感したんス。アタシはまだまだ下手だなって。ソロ弾きでライブが出来るレベルなんて全然遠くにある」

 

 アタシの中で、常にギターの基準はお姉ちゃんだ。結束バンドの"ぼっち"としてのお姉ちゃんではなく、"ギターヒーロー"としてのお姉ちゃん。幼い頃、家の中は自然と音で満たされていた。それと比べれば、今のアタシのギターはクソ──とまでは言わないが、同じ歳の頃のお姉ちゃんよりもド下手くそなのは言うまでもなかった。練習量・モチベーションが圧倒的に足りないのだ。あの頃のお姉ちゃんは学校行くか、寝るか、ギター弾くかだった。学校だって友達なんてひとりもいないから真っ直ぐ帰宅してすぐギターだったし。休みの日なんかになると外にも出ずに一日中ギター弄りも珍しくなかった。アタシはそこまでギター狂いにはなれない、というのが、アタシとお姉ちゃんの決定的な違い。アタシの場合、そこまでギターに全てを捧げることは出来ないし、一日中ギターとか普通にギター嫌いになりそうだ。

 

 あるいは、お姉ちゃんレベルならばギターだけのステージとかも盛り上がることだろう。

 

「そう」

 

 相槌を打つ喜多ちゃんは少し悲しそうな顔をする。アタシのギターの腕を1番に買ってくれるのは喜多ちゃんだ。お姉ちゃんはこれみよがしにマウント取ってくるし、学校の友達なんてギターの腕なんてちんぷんかんぷんだろう。

 贔屓目が多分に含まれると思うのだが、アタシでさえ下手に感じるアタシのギターを、ある程度正当に褒めてくれる貴重な人だった。

 

「良ければ、今度STARRYでのライブ来ませんか? sanseong、バンドとしてはかなり下手なんですけどいい音だすんスよ。ノルマ分はもうクリアーしてるんで、良かったらスけど」

「ふたりちゃんのギターをステージで聞く日が来るなんてね! 勿論、当日は結束バンドみんなでいくわ!」

 

 気まぐれに誘ってみれば、二つ返事でOKしてくれる。さあ気合い入れなきゃな、と息を入れ直してギターを弾く手に力がこもる。喜多ちゃんならそう言ってくれるし、当日は本当に結束バンド全員で来るはずだ。その中には当然、お姉ちゃんもいる。ギターを聞いてもらうのは久しぶりだから少し緊張していた。

 

 服、新しいの買おうかな?

 

 

 △

「おーい、もう始まってるよ〜!!」

「すみません伊地知先輩〜!」

 

 ライブハウスSTARRY。結束バンド始まりの地にて、ドアからひょっこり顔を出した虹夏ちゃんが私たちを呼ぶ。今日は妹・後藤ふたりのライブが行われることもあって、最近ご無沙汰だったSTARRYに結束バンドが全員で集まっている。どうやら家が近いリョウさんは先に着いていたようで、STARRYが実家の虹夏ちゃんを除くと、残りは私と喜多さんだけらしかった。

 ──ふたりのギター聞くのも久々だな……。

 

 ライブハウス特有の、地下へと続く階段を降りつつ思う。喜多さんの大学進学をきっかけに喜多さんと同棲し始めてから、面倒であまり家にも帰っていなかった。逆に家族が私たちの家に来たりとかはよくあった。特にふたりなんかは中学生の頃はよく顔を店に来てくれたが、最近はそういうのは無い。

 最後にふたりがギターを弾いているのを聞いたのはいつだろう。うんうん唸って、受け付けを済ませ、喜多さんに持ってきてもらったドリンクのコーラを1口飲んだところでようやく思い出した。二年前だ……。私、ここ二年間ふたりのギター聞いてない。──いやいやいや、落ち着け。落ち着いて思い出せば思い出せるはず。なんたって私がギターを教えたんだから、流石に二年間も練習見てないなんてことはないはずで。…………。ダメだ、記憶が無い! このままではもしかすると私は妹に嫌われてしまうのでは? いや、それ以前に唯でさえ天才のふたりなら二年もあればもしかしたら私なんかよりもっと上手くなっている可能性もある。いや、絶対そう! 小さい頃は『お姉ちゃんギター教えて〜』って可愛い笑顔で私に構ってくれてたし! きっとこの二年で私なんかより上手くなっちゃって、私のギター指導なんてもういらないんだ……。私はいらない子なんだ……。今日ライブに誘ってくれたのも格の違いを見せつけるためで……。

 

『え、ギター教えてくんないお姉ちゃんはもう生きてる意味ある? 死ねば? それか、焼きそばパンでも買ってきて来てくれたら許してあげる』

『なんで来たの? 今日お姉ちゃんは呼んでないけど。……ちょっとは勉強になった? あ、ごめん。レベルが違いすぎて、お姉ちゃんじゃまだ分かんないか』

『あ、今日からアタシがギターヒーローやるからお姉ちゃんはもう下手くそな動画投稿しないでね。ギターも編集もアタシの方がうまいし、ボーカルだって出来るんだから』

 

「あばばばばば」

「ひとりちゃん!? もうライブ始まっちゃってるわよ!?」

「この感じ久しぶりだねー」

「ちょっとキツい」

 

「下手くそなギターですみませんオーチューバーやめます……」

「それだけはダメよ」

 

 ……はっ!

 いけない、久しぶりに妄想に浸ってしまっていた。喜多ちゃんとの生活を守るためにもギターヒーローとしての活動をやめるわけにはいかないのだ。

 顔を上げる。前の人の頭くらいしか見えないが、どうやらライブはもう始まっているらしい。荒々しいドラムと走りがちなギターがやけに目立つ音だった。良かった、ふたりの出番はまだみたいだ。

 

「あの、そういえばふたりのバンドって……」

「今はsanseongってバンドでギターボーカルやってるらしいわよ? 他にもいろいろなところのサポートメンバーでやってるみたい」

「家の近くにあるライブハウスが拠点らしいんだけど、たまにSTARRYにも来てくれて助かってるんだー。ふたりちゃんが出る時はお客さんの入りもいいから」

「私はあまり知らない。お手並み拝見」

 

 色んなバンドでギターの練習と経験を積んでいる、と本人からは聞いたけど、ロインの履歴はそれまでだった。残念ながら、おバカな私ではお洒落なバンド名の意味もわからないけど。そういう意味では結束バンドに入って良かったと言えるかもしれない。

 

「あ、このバンド……」

「ぼっちちゃん名前聞いた事ある? 最近のSTARRY1番の出世株なんだー!

 高校生バンドなんだけど、ホントすごいんだよ。特にドラムの音が──」

 

 先程のバンドはあまり印象に残らなかったけど、今度のバンドは違った。虹夏ちゃんの言う通りドラムの音圧が違う。正確無比にリズムを刻みつつ、情熱が漏れるように音を足している。違和感なく、バンドメンバーもそれに流されず演奏を続ける。……凄いドラム。結束バンドのドラムにはまだ遠く及ばないが、高校生だと言うことを考えると、結成当初の結束バンドドラムより上手い……かもしれない。

 喜多さんに見せて貰う出演表によれば、バンド名は"jaa"。ツァーという名前。ジェイ・エー・エーの方がかっこいい気がするけど。どうやらjaaの次がsanseongらしい。

 

「いい演奏だったわ。さて、次が本命ね」

 

 演奏が終わる。音が止む。いよいよだ。

 あっ、急に緊張して……。そういやふたりのライブ見に来るの初めて、あっ、溶け、溶ける……。

 

 ゼリー状になっている私を無視して、ライブのステージはどこかで聞いた曲から始まった。

 いや、このイントロ──大きくアレンジしているので分かりづらいが、私には分かる。『あのバンド』。結束バンドの曲だ。有名な曲のカバー・アレンジなんて珍しくもないが、まさか結束バンドの曲で来るとは。まだまだ有名とは言い難い結束バンドだけど、下北沢限定で言うならそこそこ名前も知られている方だとは思う。こういう風にライブで演奏される事もあるかもしれない、とは思っていたけど。まさか妹が。

 

 ──かなり上手くなってる……。

 

 空間を切り裂くようなギター。他のメロディと比べて、明らかに技量が違う。それでいて聞いていても違和感がないのはコミュ力の高いふたりだからこそだろうか?

 

 ──聴けよ、アタシの音を!  アタシだけを!!

 

 ギターの音色からふたりの感情が伝わる。ふたりは、幼い頃は思ったことをすぐ口に出す癖があった。それは良くも悪くも彼女の個性であったから矯正こそしなかったが、それが悪かったのか、ふたりはいつからか口に出す想いを内に秘めるようになった。たしか、ふたりが小学校4年生くらいの頃だ。

 

 辺りを撫で切りにするギターの音に合わせて、悲鳴みたいな声も聞こえてきた。ふたりの歌だ。小さい頃、一緒にお風呂に入っていた頃はこんな歌い方はしなかった。泣くような、誰も寄せつけない切れ味を持った歌い方を。これもいつからか、だ。

 

「いい音出してる」

 

 リョウさんが呟く。自分たちの曲に驚いていた喜多さんも口に手を当てたまま頷く。虹夏ちゃんも頷くのが見えた。私も頷く。いい音だと思ったから。悲しむような、どこか寂しい音色だけれどそれも味に思えるような芯の強さがある。二年前、ふたりが中学二年生の頃よりも鋭い音だ。

 

「悲しい音……」

 

 喜多さんが呟く。

 変わってしまったのかもしれないけど、本来はこんな歌い方を、こんな弾き方をする子じゃなかった。もっと温かみを持った、陽キャエネルギーを内に秘めて、柔らかい音を出す子だった。二年前に何かの機会で演奏を聞いた時にはもうこんな弾き方をしていた。

 ──ふたり、大丈夫かな……。

 音楽としては大正解でも、姉としては心配になる。自分の妹がこんな悲しい音を奏でるなんて。これじゃあまるで、あの頃、私と同じだ。今のふたりと同じ年の後藤ひとり。ぼっちで悲しい、誰もいないのに常に誰かを求め続けていた私。学校という他人と距離の近い環境の中、周りとの距離が縮められなくて無限にも思えた私。

 ふたりからすれば、私なんかと比べられたくないだろうか。私が今感じているのはふたりにとって失礼なことだろうか。こんなド陰キャアラサー女と。

 

笑顔

 

 ──気のせいだったかな。

 音楽は嘘をつかない。ギターの音色はごまかせない。

 だけど、ふとステージを見上げ、ふたりを見ると笑っているからだった。左の口角を釣りあげ、不敵に笑うふたり。今まで見たことの無い表情だ。観客席に友達でも見つけたのか、パチンとウインクする余裕すらある。私の聞き間違いかもしれない。

 

 ふたりは楽しんでいる。なら私も、何も気にせず楽しむのがお姉ちゃんだ!

 

「……!!、……!!」

「ちょ、ぼっちちゃん急にヘドバンし始めたんだけど!?」

「──″音″を聴け、″音″を」

 

 

 ♢

 

 演奏が終わる。

 指に籠った熱は全てギターに吸い込まれ、音楽として蒸発した。情熱とかストレスとか、そういったものが全部綺麗になる。演奏の間に、全てが音へ変換されて空気中に溶けていったのだ。短く息をつき、空気を入れ替える。妙に冴えた頭に、嫌に冷たい空気が吹き抜けた。

 

 ──ああ、アタシは、この瞬間、今ここでの演奏のために音楽をしている。

 

 もちろんそれだけじゃないが、アタシはこの演奏が終わったあとの時間が好きだった。誰も話しかけてこない、周囲が全てアタシで満たされた状態。サイコーの爽快感と晴れやかさをアタシに与えてくれる。

 チラリと客席を見る。前でも後ろでもない、中間くらいの位置でピンクジャージが目立っていた。10年くらい前から全く変わらないダサいセンスには脱帽だ。でもまあ、今だけはそれが許せるように思えてくる。美人なんだからもっとお洒落すればいいのにとは思うが。

 お姉ちゃんは長い前髪と芋ピンクジャージのせいで分かりづらいが、かなり美形だ。でも、そこさえ直せば10人中10人が振り返るくらいは美人だ。五人くらいは二度見して、二人くらいは声をかけてくるだろう。顔の良さを台無しにするのは奇行・陰キャ前髪と俯きがちなせいで常に二重アゴになることくらい。

 だけど今は偶然、ステージ上のアタシを見ているせいでそれらが全て解消されていた。やっぱり音楽は私とお姉ちゃんを繋げてくれる。お姉ちゃんの端正な顔つきがステージ上ではよく見える。

 何やら、口を動かしている。視線を合わせると、口の動きだけで、返事をしてきた。

 

 

 

 ──お疲れ様。上手くなったね。

 

 

 二曲目、何度もケータイで聞いた曲のイントロが、流れ出す。

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