ぼっち・ざ・ろっく! Another 後藤ふたりと本物の音 作:りら_らるらりら
──はぁ。
今日何度目のため息が漏れてしまった。何だかこれみよがしに思えてしまうけれども、それも仕方がなかった。
放課後の教室は思ったより人が残る。暇を持て余した学生が集まる場所と言えば学校くらいしかない。外は焼けるし寒いし、それなりの所で腰を落ち着けて話をしようとすれば無駄なお金も飛んでゆく。公園なども現在では色々なクレームで居づらくなってしまった。最も、わたくしはあまり外で遊ぶタイプでは無いので問題ないけれども。
「どったのよ、『お嬢』。なーんか寂しげ?」
「……何故あなたがその名前を? 青山さん」
机に肘付き、頬に手を当てて片側にもたれるわたくしに話しかけてきたのは、青山七泉(あおやまななみ)さん。ちょっぴり派手好きな嫌いがあり、髪も染めて制服も気崩している、所謂不良と呼ばれるような人。わたくしの幼なじみで幼稚園の頃から一緒の大親友だ。
そんな青山さんだが、ここ一週間とちょっとの出来事は話せていなかった。あの日、期待した割に肩透かしを食らってしまったピアノのコンサートの帰りで出会った運命。気がついた時には声を掛けてしまっていた私にふたり様は優しい言葉をかけ、あまつさえ作曲担当にまで任命して貰えた。ふたり様のあのレベルなら、わたくしの好みの音ということを差し引いたって頼めば作曲くらい誰でも引き受けてくれるはずだった。しかし、その権利は実際にはわたくしに移り、わたくしは初ジャンルのロックに挑戦すべくしばらく、一週間くらいは一学年下の教室に足繁く通うことになった。その過程で、いや最初からかどうか覚えてもいないけれど、わたくしはふたり様に『お嬢』と呼ばれるようになった。
正直、小中学校の間蔑称としてつけられていた渾名をまた呼ばれるのには少し躊躇いがあった。結局はふたり様が折角付けてくれた渾名であるし同じ言葉でも別の意味があると強引に解釈をして、無理やり自分を納得させたのだけれども。
──それをなぜ彼女が知っているのだろう。
なぜだか彼女にだけはそのことを知られたくないと思って、慎重に隠していたのに。
「この前の金曜、"カフェ フレッシュネス"に居たでしょ。ギター持ってる女の子にそう呼ばれてた」
「曲を提供するんです」
「現代のベートーベンがついに見つかったんだ」
「残念ながら、わたくしが売り込んだんですよ。あなたの曲をわたくしに書かせていただけませんか? と」
おどけたようにわたくしはそう言うも、実際はそれほど簡潔かつ上品に誘えたわけではなかった。興奮で自分が何を言っているかわけも分からぬままじゃあ明日に、ということになり、翌日の話でまずはお試しで曲を作ってみてという話になった。ロックなんて作ったことがないため、一週間まるまるをふたり様自身の、そしてロック・サウンドの研究に費やすことになったのだ。趣味として音楽をジャンル問わず聞いているしロックも聞いたこと自体はあったのだけれど、まさかの作曲難易度で、だいぶ苦戦してしまった。
結果として出来上がったものはまさに渾身、傑作と言っていい曲ではあったけれども、まだ手を加えようと思える余地はある。何よりわたくしの頭を悩ませるのは、昨日学校の帰りでふたり様に言われたことだ。
『この曲はこの曲で残しておくとして、一曲目としてはもうちょっと毛色の違ったものが欲しい』
歌い方とギターの音色、彼女の持つ両方の個性を上手く融合できたと思ったが、どうやらそれも『なんか違う』らしい。色々指摘を頂いて具体的にどうすればいいかは見えてきたが、今のわたくしのままではどうやったって不可能な事だった。
「でも、あの子ってギターなんだよね。てことはアンタは何すんのよ? 楽器なんかできたっけ」
「いえ全く。そもそも、わたくしはどのパートもやりませんし。ただの作曲担当です」
「そういうのもあるんだ」
バンドや音楽に興味のない彼女は曖昧な返事をしていた。
そういうの、というか、どんなのでもあるだろう。結局は誰が何ができるか、だ。それこそふたり様のお姉様のバンド、『結束バンド』ではベースと作曲を兼任しているし、ふたり様のお姉様の『
無論、わたくしも作曲担当だけに甘んじるつもりは無い。 バンドでライブすると言ったって演奏以外に必要な手順・手続きは沢山ある。だからわたくしの仕事はそのあたりも担当することだろう。作曲だけではなく、マネージャー。サポーターやプロデューサーのような形で関わっていくことになるだろうか。
「で、なにため息ついてたの? 作曲?」
「ええ」
「この前新曲作ったって言わなかったっけ」
「作り直し……でもないのですが」
件の、間違いなくわたくしの人生最高の曲とも呼べる曲はこの間、金曜日の夕方にやっと出来上がった。授業中の時間まで少し使ってしまったのは先生方に悪い事をしたかもしれないが、スライドデータと音声データを取ってあるので問題は無い。
問題、というか、悩んでいるのは、ふたり様に日曜夕方に、もう一曲作るよう頼まれたことだった。しかも、前の曲よりももっといい感じに。表現が曖昧すぎてよく分からない。恐らく本人すらも言語化し難い細かなニュアンスがあって、それは曲完成までに何度か打ち合わせをしなければ埋まらないだろう。前回は勢いで作ったのもあってそういった打ち合わせなどが出来なかったが、本来曲というのは作る途中途中で相手に方向性や音の具合なんかを聞いてもらいながら作っていくものだ。今まで自分のみで、自分の為の曲を作っていたからあまり意識出来ていなかった、というのもあるけれど。
「でも、ため息ばかりついてもいられません。ふたり様の記念すべき初オリジナル曲を担当させて頂けるのですから。前の曲も残して頂けるとの事ですし、今度こそ気合いを入れて作らなくては」
「ふーん、そうなんだ。……でも勿体ないよね。一旦は作ったんでしょ?」
「オリジナル曲二曲目として発表予定ですので、大丈夫ですよ。デビュー曲、とは少し違いますが……やはり、自身の一曲目ですから。きっと熱い思いがあるのではないでしょうか」
1週間それ以外の事は考えてなかったくらいには気合いを入れた曲だったので悲しくないと言えば嘘になる。ふたり様への理解度を深めるために二人で遊びに行ったりしたし、時にはふたり様のお友達に混ぜてもらったりもした。1週間でわたくし達の仲は急速に深まったと言っていい。それこそ、結束バンドで束ねるが如く。
ただ、それ以上に燃えている自分もいる。
もっとわかりやすい曲で、もっと派手でカッコイイ曲で、もっとロックな曲で、もっと強い曲を作る。そのために必要なのがふたり様自身の音、意見。それをしっかりと巻きとって曲にしていくことで、まさしく、これ以上は無いだろう究極の曲が完成する。その曲を自分が書きたいと思うし、ふたり様に演奏して欲しいとも思う。そしてライブハウスでそれを聞こう。最前列で。
「わたくし自身が聴きたい曲。とりあえずはそういったコンセプトではじめてみてもいいかもしれません」
「てゆーか、後輩何でしょ? わざわざ新しいの作らなくても、これで演奏してって言えばいんじゃん?」
「二曲目はいずれ必要になりますから」
確かにそういう風に言ったところで納得はしてもらえるだろうが、音楽に年齢は関係ない。より良い音を探していく行為に、わたくしは賛成だった。
「でもさ! 作ってもらう側なんでしょ? ちょっとくらい我慢したっていいじゃん。あんなに頑張ってたのに……」
ぷんすかと怒る彼女は、きっとわたくしが先週、ずっと曲作りに励んでいたことを知っている。まあ、話しかけられてもずっと上の空で返事していたような気もするし、集中している時は何度か無視をしてしまったような気もする。悪いのは完全にわたくしではあるが、その悪癖は今始まった訳でもない。彼女からすれば原因はふたり様にあるように見えてしまっているだろう。
以前、曲作りに熱中し過ぎて寝不足だったり徹夜だったりしたことがあったのでそれもあって、だろうか。
「わたくしのことなら、心配ありません。体調は万全ですよ。
それに、今凄く楽しいんです。自分の好きなアーティストの人に、自分の作った曲を歌ってもらう。そんな作曲家にとっては永遠の夢が実際叶うなんて。
曲は必ず完成させます。その時は、青山さんにも聴いてもらってもよろしいでしょうか」
そう必死に説得すれば、静かにわたくしの話を聞いていた彼女は黙って俯き、問いかけに答えるように
「まあ、いいけど? キミの曲は超好きだしね」
と言った。
それを聞いて、自然と口角が上がる。作曲を初めて今まで、曲を作っては彼女に聞いてもらってきた。無音と話し声だけの家に住む彼女はあまり音楽が身近になく、だからこそ新鮮な意見をくれる。そんな環境故、好きな曲も嫌いな曲も『よくわかんない』と豪語する彼女だが、唯一好きな曲と言ってくれるのがわたくしの曲。彼女にとっては友達付き合いの面も多分に含まれるであろうが、わたくしにとっては、それこそが作曲のモチベーションの1つ、重要な要素だ。
「意外と楽しめた、かも」
わたくしの音楽の原点はといえば、母が聞かせてくれたクラシック音楽だろうか。はたまた幼児向けアニメの主題歌か。案外、当時流行しただけのなんてことない曲かもしれないが。ただ、音楽活動の始まりを言えば間違いなく、インターネットで出会った曲だ。
当時のインターネットを代表する動画投稿サイト。平等な、と言うよりは雑多な、だからこそ玉虫色だった当時のインターネットで出会った曲。有名な曲ではなかった。再生回数は3ケタもないくらい。製作者とその内輪くらいでしか聞かれてないだろう。後は、わたくしのような偶然たどり着いた幸運な者か。
なんにせよ、わたくしはその決して大衆受けでは無い、言葉ばかりがお経のように詰め込まれた曲の虜になった。曲なんて二の次の言葉の奔流に包まれて、わたくしの中の何かが変わった瞬間。足りなかったパズルのピースは不揃いな言葉たちが満ち満ちて、かえって際立って見えるたようになった隙間を埋めるように、音楽に貪欲なわたくしが生まれた。絵画の穴に落ちた言葉や音符を溜め込んでは、その形に合わせるように吐き出したり、付け足したりと。要は、音楽を聞いて作ってを繰り返すようになったのだ。
「合成音声もなかなかやるでしょう?」
「そーかもね」
高校生にとっては深夜、夜更かしも罪悪感の方が勝ってくる時間、夜の11:30。まだまだ盛り上がりもこれからのクラブを出たわたくしは、得意気に胸を張っていた。いつもとは違った服装、いつもとは違った時間帯。ふたり様と度々出かけるこの″音楽集め″も、ジャンルによつてそれぞれ作法というものがあるのだった。キラリと主張を忘れないアクセサリーが腰あたりに頼もしく座っている。
「音入れる前のデモ音源流してるだけ、とか思ってたンだけどね。そーでもなかった、てか、それ以上?」
「分かってくれれば良いのです」
今やボカロPは職業になりうる。作曲家な以上技量と熱量にもよるが、それは先程フロアから見てきた生身のDJ・作曲家も同じこと。ボタンを押して儲ける職業だからと決してバカには出来ない。というか、わたくし自身のことである。
「いい刺激になったかも」
「それなら、連れてきた甲斐がありました」
チラリと腕時計を見る。時間は23:30。勿論、今出てきたお店はこの後もオールナイトで続いてくわけだけれども、わたくしたちは高校生。日付を跨いで遊ぶ訳にも行かない。寧ろここから盛り上がっていく場所ではあるが、雰囲気だけでも味わえただろう。
今日はお泊まりだった。
ふたり様どころか、他の友人を含めても、わたくしの家でお泊まりなんて初めてだ。
小さな頃は誰かを家に呼ぶのは好きではなかったし、大きくなってからはそこまで親しい友人も作らなかったから。親しい友人といえば何人が思いつきはするものの、その方達は小さな頃からの付き合いで、お泊まりと言えば専らわたくしが相手の家に行くようになっていた。
「でももうちょい居たかったね」
「仕方ありません。わたくしたちはまだまだ高校生ですから。今の時刻まで外にいることだって十分夜更かしなのですから」
なんてことだ、わたくしはいつの間に不良になってしまったのか!
「曲作りは順調?」
「多分……恐らく」
近くのコンビニまで歩く道すがら、ふたり様はちらりとこちらを振り向いてそう聞いてくる。わたくしは答えに詰まり……少しだけ嘘をつく。
曲作り、といえばかなり順調ではあるのだけれども。音楽というのは聞いても聞いてもまだまだ山のように存在しているものだ。一山聞いて一曲を生み出すことは難しいが、インスピレーションを得ることはそう珍しくもなかった。
だけれどもそれは、今までの曲作りの話。ふたり様にふさわしい曲かと聞かれると首を捻ってしまうものばかり。曲作り自体は進んでいても出来が良くない、ボツ曲になるだろうというのがわたくしの考えだ。ふたり様の専属作曲家としては先週上げた曲以外何一つ生み出せていないのが現状だ。
「そんなにすぐできるとも思ってないし。文化祭までに間に合えばいんじゃねーかな」
「それなら、何とか希望が持てそうです」
またひとつ嘘をついた。
端的に言って、わたくしは今スランプだった。
ふたり様に相応しい音は何か。その中でわたくしの表現出来るものは何か。ふたり様の考えていること、感じている事はどんな音になるか?
わたくしは全くもって分かっていない、作曲を始めたときのような、何をどう踏み出せばいいのか分からない状態だった。
文化祭。今は5月前半。後半年もないと言えば良いのか、数ヶ月の間は余裕があると言えばいいのか。
とにかく、学生バンドマンにとっては外したくない、外すことの出来ないイベントだ。ふたり様も同じ気持ちのはず。
……言おう。
わたくしは小さく息を吐いて、吸って、覚悟を決めた。
「あの、募集してたバンドメンバーの事なんですけど」
「かなり応募来てて、近くに住んでいる人だけに絞り込んだら」
「丁度揃ってしまって。面接、ではないですが、一度会ってみませんか? よろしければ、ですけれど」
名前:お嬢(作詞・作曲
身長:ちょっと低めなのを気にしている
体重:気にしなくても良いけれど気になってしまう
性格:物静か清楚なお嬢様。運動はちょっと苦手。最近反省したことは、家の敷地内で歩きスマホをした事。