そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝 作:雅媛
1月の寒空の下それでも毎週レースは行われている。
その日の第5レースがキタサンブラックの参加するメイクデビューレースであった。
当日のメインレースはシニアクラスオープン戦、その前にクラシッククラスのオープン戦が行われる程度で、注目されるレースが特にあるわけではなかった。見に来るのはウマ娘レースが特に好きなマニアや参加者の関係者程度であり、大きなレースがない開催日だといつも通り変わらない、静かで穏やかな空気が流れるはずであった。
「キタサン~!!!」
「がんばれ~!!!」
「キタちゃん可愛い!!!」
「おやっさん、泣いてないでちゃんと見ましょうよ」
「うちの娘が、パドックにいる……」
「あらあら」
デカく錦のような垂れ幕をパドック中央に垂れ下げたその集団はキタサンブラックの応援団だった。
がんばれと応援する者、可愛いと声援を上げる者、感極まって泣き出す父親、その横でテレビ局が使うようなデカいカメラを回す一番弟子、その横でテレビ局が使うようなマイクを持つ二番弟子、応援団に商売を始める商店街の住人等々、さながらその一角だけは局地的にGⅠ級の盛り上がりを見せていた。
その盛り上がりっぷりにキタサンブラックは目を輝かせ、黒沼トレーナーはため息をついた。
確かに、応援する人を呼んで来い、といったのは黒沼トレーナーだ。声援を力に変えるのがキタサンブラックは得意だろうという判断からである。とはいえ多くて2,30人程度だと思っていた。ところがふたを開けてみれば一桁違う。しかも、なんせ父親が有名人で関係者も多く財力もある人間だ。そのハッスル度合いは半端ではなかった。
「垂れ幕は何枚用意すればいい?」
「はい?」
「パドックに垂れ幕を垂らすというのがあると聞いたんだ。どうせならパドック全部キタサンブラックで埋めてやろうかと思ってな」
「……1枚にしてください。他の参加者のご家族も用意してくることが多いです。お気持ちはわかりますが参加者全員初舞台なのです」
「ああ、確かにそれじゃあ埋め尽くすのはいけねえな」
「あなた、だから言ったでしょう」
一事が万事こんな感じである。
父親筆頭に何事も派手に大きくしたがるのだ。幸いだったのは本人たちがトゥインクルシリーズに不慣れだと自覚しており、何事も一度黒沼トレーナーのところに聞きに来ること、そして黒沼トレーナーが言えば素直に従う所だったが…… 黒沼トレーナーの負担は爆上がりした。
パドックでの熱気と威圧感もすごい。
我が子のメイクデビューを見に来たのだろう関係者たちも引いている。トゥインクルシリーズ観戦に慣れメイクデビューを見に来るようなディープでコアなファンも引いている。
そしてそんな空気を吹き飛ばすような「キタサン」コール。
調子に乗ったキタサンブラックははあぁぁんと歌いだす。
混沌がそこにあった。
すぐに係の人が飛んできてキタサンブラックは注意されたし、周りもやりすぎたと思ったのか大人しくなったが……
騒ぎながらもキタサンブラックはほかの参加者を見ていた。
キタサンブラックは自分の一番の武器は何か、というのを黒沼トレーナーから教えてもらったことを思い出す。
「今度のメイクデビュー、どう走るといいですかね」
「逃げです。ペースを維持した逃げはすべてを解決します」
サイボーグ脳筋回答をするミホノブルボン。
「一番人気の子を徹底的にマークするのがいいと思うな」
ツイテク戦法を回答するライスシャワー。
二人とも自分の得意戦法を言っているだけでまるで役に立たない。
にらみ合う二人は放置して、黒沼トレーナーは答えた。
「先行抜け出しか好位抜け出しだろうな」
「無難過ぎませんかマスター」
「陳腐なのはそれができれば強いからだ」
前の方のいいポジションを取って抜け出す。先頭を切る走り方と違って自分でペースを作る必要がなくスタミナを温存できるし、後方待機と違って前がふさがれる可能性が低い、一番実力を発揮しやすい方法だ。
とはいえ欠点もある。一つは大体のことをそれなり以上にできないと使えない戦法であるということだ。スタートが下手ならいいポジションを取れないし、コーナーリングが下手ならいいポジションを維持できない。周りの様子をうかがうのが下手だと前に出すぎたりバ群に沈んだりする。どれもが一定水準以上こなせるものしかできない、それ故に周りに合わせるのが苦手でマイペースなミホノブルボンや、思い込んだら一途すぎるライスシャワーには取れなかった戦術であった。
「キタサンブラックは周りに合わせるのも、周りを巻き込むのもうまい。ブルボンのようにマイペースでラップを刻みながら走ったり、ライスシャワーのように一人を徹底的にマークするよりもこちらの方が有効だ」
「なるほど……」
友達が多い。こうまとめてしまうとレースに何の関係があるのか、となるが、それだけ周りを見るのがうまいということだ。それをレースで生かすべきだと黒沼トレーナーは考えた。
「ということで……」
「な、なんですかその本の山は」
「周りがどう動くかが見えても、自分がどう動くべきかがわからないと勝負できないだろう? だからレースまで毎日お勉強だ」
「ひぇぇぇぇ」
「頑張ってください、キタちゃん」
「ブルボンも勉強だ。トレーナーを目指しているならこれくらい頭に叩き込まないと話にならん」
「……エラー、ライスさん、助けてください」
「ライス、お姉さまのところに行ってくるね!!!」
そして、良いポジションを取って抜け出す場合、細かいポジショニングが重要となるため、どういう場合にどう動くべきかという知識が必要であった。幼いころからレース経験が多いウマ娘なら経験で理解していることはあるが、キタサンブラックはそういうタイプではない。である以上、勉強して頭に入れる必要があった。
渋々座って勉強するキタサンブラックに、逃げようとして捕まるミホノブルボン、自分の
ひーひー言いながら、キタサンブラックはレースの展開を一通り頭に叩き込むのであった。
あのつらかった勉強を思い出しながら、今日の出走者の様子をうかがうキタサンブラック。もちろん全員のデータは頭に入れてあるが、当日の体調は当日見ないとわからない。
1番人気はミッキージョイ。調子は良さそうだ。脚質は追込。東京の直線は長くかなり脅威だ。
1枠1番のコスモアルヘナはちょっと気合が入りすぎているように思える。最内なのでスタートが上手くいけば暴走するかもしれない。
3枠6番のニシノカブケは単純に体調が悪そうである。
「調子悪そうですが大丈夫ですか?」
「うう、あまり良くないかも」
「すいませーん、お水もらえますか?」
思わず声をかけたキタサンブラック。繕う余裕もなく本当に体調が悪そうだ。
係員の人に水をもらって飲ませる。
「レース出れる?」
「……でる」
キタサンブラックは心配したが本人がそういうならしょうがない。
気になりはするが、今日は自分のレースで彼女もライバルだし、あとは彼女のトレーナーと彼女の判断だ。
水を飲んでいるニシノカブケを地面に座らせてパドックに戻り、他のウマ娘の観察を再開する。
キタサンブラックは外の7枠14番だが、同じ枠、7枠13番のパームリーフはどうも元気がない。緊張しているのだろうか。
「リーフちゃん、大丈夫?」
「いや、パパとママが応援に来れなくなっちゃったから。キタちゃん所はいっぱい来てくれていいね」
「それは残念だね……」
日曜開催ではあるが、忙しい親もいるだろう。ただ、子供としては見に来てもらいたかったというのはよくわかる。
「じゃあビデオ取ってもらって、パパとママに送ればいいんだよ」
「え?」
「おじさーん、リーフちゃんの撮影よろしく!!!」
パドックの観客席で撮影している一番弟子さんにキタサンが声をかける。
「お嬢、これお嬢を撮影するために撮ってるんだけど」
「私の走りは目に焼き付けておいて! ほら、リーフちゃん!!」
「え? え?」
急に密度の濃い集団の前に連れてこられたパームリーフは困惑する。
「リーフちゃん、笑顔でピースして一言お願い」
「え、え、がんばります!!!」
「他の人も、撮影してほしかったら来てね!! あとでビデオ配るから!!」
キタサンブラックが呼びかけると、じゃあ撮ってもらおうかな、と何人かが寄ってくる。
「お嬢のこと撮影できるかなこれ……」
一番弟子さんはため息をつく。師匠にはキタサンブラックを撮るように指示されているが、この状況でキタサンブラックばかり撮影していたら本人から怒られるだろう。だがキタサンブラックが映っている量が少なければ師匠は機嫌を損ねるだろうし……
一番弟子さんの苦労は絶えなかった。
「やっぱりうちの娘が3番人気っていうのは納得いかねえな。今から投票券大量に買ってきて1番人気にしちゃだめかい?」
「ダメですよ。絶対にダメですからね。怒りますよ」
父親を止める黒沼トレーナーの苦労も絶えなかった。
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小ネタ
・キタサンブラックの脚質
ウマ娘だと4種類しかない脚質ですが、実際だと中身を分けるともっと多かったりします。
逃げと一口に行ってもスズカやターボのようにとにかくかっ飛ばすタイプ(先に行かないといけないタイプ)や、パーマーはウンスのように先頭をとってペースを作るタイプ、バクシンオーやキタサンのように一番前もとれるけど先行抜け出しもできる、といったタイプと結構違います。
キタサンブラックは菊花賞などで差しの動きもしていますし、基本絶対先頭をとるというより2番手をとることも多いので、ウマ娘では脚質逃げですが、実際どちらかというと先行抜け出しな印象です。
7枠14番キタサンブラック、3番人気です
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バ体は悪くないな
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落ち着きがないしイレ込んでいるか
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笑顔が可愛いな
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みんなに気を遣う優しい子だね
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投票券買い占めて1番人気にしてやる