そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝 作:雅媛
5-1 皐月賞に向けて
「も、もう一本行きましょう」
「さすがにそれはオーバーワークですから駄目です」
4本目に行こうとするキタサンブラックをミホノブルボンが止める。
いくら頑強なキタサンブラックとはいえどう見てもオーバーワークだ。
というか今まで走った3本もミホノブルボンがキープしたペースよりも速くキタサンブラックは走っており、かなりきつかったはずだ。
「焦ってもいい結果は出ませんよ」
「でも皐月賞まで時間がありませんから」
キタサンブラックは焦っていた。
2000mの条件戦を勝利して中距離以上でも走れると思った。
だが、スプリングステークスで実感したのは、大舞台は条件戦とまるでプレッシャーが違うということだった。
このまま皐月賞に挑んでも、2000mは持たないだろう。
なら、もっともっと頑張らなければ。キタサンブラックはそう考えていた。
ミホノブルボンも黒沼トレーナーもキタサンブラックの焦りは感じている。
焦る理由もわかる。
だが、現状でもぎりぎりまで追い込んでいる。これ以上は明らかにオーバーワークだ。怪我をしかねないし、成長も阻害しかねない。絶妙なラインまで鍛え居ているのだ。だからこそこれ以上の無理は許容できなかった。
キタサンブラックもそれはわかっている。
わかっているが、無敗の三冠、を目指すという目標に焦っていた。
ここで勝たなければ無敗の三冠は不可能だ。ならばもっと、もっと頑張らないといけない。なんせ皐月賞は一生で一度なのだから。
「おねがいします!!!」
「だめだ」
「トレーナー!?」
「マスター……」
「キタサンブラック。今日は終わりだ。クールダウンして帰れ」
「……わかりました」
しょんぼりしながら帰るキタサンブラック。
今はまだ、言うことを聞いてくれている。
だが、それがいつ暴発するかはわからない。
「ブルボン、キタサンのこと、注意してやってくれ」
「わかりました、マスター」
だが、二人とも気持ちがわかるからこそできることが少ない。
どうするか考えながら、キタサンブラックを見守るしかできなかった。
「だめですよ」
「ブルボンさん……」
深夜、門限を過ぎかねない時間にジャージ姿で外に出たキタサンブラックはミホノブルボンにつかまった。
ミホノブルボンの予想通り、キタサンブラックは無理をしようとしていた。
「でも、このままじゃ……」
「でも、そのまま行けばきっと皐月賞には出られません。その後も走り続けられなくなるでしょう」
「っ……」
悔しそうに唇をかむ後輩を見てもなお、ミホノブルボンは断言する。
厳しすぎるトレーニングに体を壊した名もなきライバルがどれだけいるか。ミホノブルボンは長い学生生活で嫌と言うほど見てきた。
黒沼トレーナーがハードトレーニングの第一人者とされるのは、壊さないギリギリを攻めるのがうまいからであり、むやみやたらとハードトレーニングを課すのではない。
キタサンブラックが丈夫さという才能に恵まれていたとしても、これ以上はダメなのはミホノブルボンには明らかだったし、きっとキタサンブラックもどこかでは自覚をしていただろう。
「ウマ娘は速く走れます。でも、鳥のように空を飛べませんし、魚のように海を泳げません」
「ブルボンさん?」
「……上手いたとえが見つかりませんでした」
持っている手札で勝負しないといけないのだということを言いたかったのだが、上手いたとえが思いつかなかった。こういう時、読書量が多いライスシャワーを羨ましく思うが彼女はとっくにベッドで就寝中である。
「今あるもので頑張りましょうということです」
「……はい」
キタサンブラックは素直に自分の部屋に帰った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ドゥラ、調子はどうだ」
「問題ない」
調子を見に来たエアグルーヴにドゥラメンテは答える。
トライアルに出ず、ファン数的には厳しい状況だったドゥラメンテはしかし、参加者の少なさに救われた。
18人立てまで可能な中、15人しか申し込みがなかったので無事皐月賞に出走できることになったのだ。
「ドゥラのトレーナーの読みは本当に一流だな」
「良いトレーナーだ」
「だがあまり感化されすぎるなよ」
イタリア出身のドゥラメンテのトレーナーは腕がいいと評判ではあるが、一方で問題も多いトレーナーである。指示がとにかく過激で、しばしば免許停止などの処分を受けているし、イタリア人だからというと失礼かもしれないが恋愛関係も派手だ。
その分コミュニケーション力が高く、ドゥラメンテのようなしゃべるのがあまりうまい方ではないウマ娘にちょうどいいと言われている。なんせ前に担当していたのがネオユニヴァースだ。ネオユニ語ですら会話する彼のコミュニケーション能力はあらゆる関係者に一目置かれている。
今回、トライアルに出ずに共同通信杯2着から皐月賞に直行を選んだのも彼であった。
実績から見るファン数的には、枠順争いになれば明らかにあふれてしまう成績だったドゥラメンテだったが、近年の状況から無理してでも出てくるウマ娘は少ないだろうという予想が見事当たったのだ。
おかげで最高の体調でレースに挑むことができる。腕は確かにいいのだ。
「で、トレーナーは」
「Make Love」
「まったく……」
エアグルーヴを担当していた奈瀬トレーナーを紹介することも考えていたのだが「何を考えているかわからない子はちょっと……」と断られてしまった経緯がある。恐らくエアシャカールで懲りたのだろう。あの二人の相性はエアグルーヴから見ててもひどかった。あれでよくクラシック二冠を取れたものだと思うレベルである。
そう考えると今のトレーナーが優秀なのはよくわかるが、とはいえ、純粋なドゥラが毒されないか、姉貴分としては心配でしょうがないエアグルーヴであった。
なお、ドゥラメンテはちょうちょをみていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「皐月賞、勝てますかね」
「まあ絶対はないけどね」
心配そうに聞くリアルスティールに、檮原トレーナーはのんびりと答える。
あまり心配はしていない。
ライバルとなりうるのはサトノクラウンぐらいか、というのが檮原トレーナーの読みであった。
確かに直近のレースではキタサンブラックに敗北しているが、あと200m延びれば確実に勝てるレースではあるし、彼女のスプリンターとしての能力的にもこの辺りが限界だろう。
一番人気はジンクスも味方につけた無敗の弥生賞ウマ娘サトノクラウンだろうが……
「この前偵察してきた感じ、イレ込み過ぎてる感じだったからねぇ」
そもそも弥生賞まで無敗のウマ娘など、強いに決まっているのだ。
ハイセイコーに始まり、シンボリルドルフ、アグネスタキオン、ディープインパクト等錚々たるメンツだ。
ジンクス云々ではなく強いから勝って当たり前だろう。
にもかかわらず、それらのウマ娘に並んでいる自覚がないように、檮原トレーナーには見えた。特に後ろからの展開が得意なサトノクラウンはつけ込む隙も多そうである。
「ドゥラメンテは共同通信杯と同じように勝てるはず、サトノクラウンはおそらく沈む、キタサンブラックは距離が長すぎる、ダノンプラチナはこの前のスプリングステークスで勝っているし、ブライトエンブレムもそこまで脅威には見えない」
「つまり?」
「勝てるということさ」
気障にそういう檮原トレーナーを見て、リアルスティールは考える。
考えたがこの漠然とした不安の意味はわからなかった。
「ひとまずトレーニングを積み重ねよう」
「わかりました」
トレーナーの指示に従い、リアルスティールはロードワークへと駆け出すのであった。