そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝 作:雅媛
スタートはサトノクラウンが少しだけ遅れ気味なほかは、きれいにそろったスタートになった。
この時点からサトノダイヤモンドは嫌な予感がした。
本来、一番人気は出遅れないのだ。
ゲートを開くタイミングはスターターが一番人気のウマ娘の準備が整ったかで判断するため、一番人気に少しだけ有利だ。
そんな一番人気サトノクラウンが微妙にだが出遅れた。もちろんレースに影響が出るレベルではない。後ろから行く戦法を基本とするサトノクラウンならほとんど誤差の範囲だろう。それでもイレ込んでいるのが観客席からでもわかってしまった。
そんな危惧を抱いたものはしかし、サトノのトレーナー以外には彼女ぐらいだろう。すぐにそれも観客の声に打ち消されていく。
先頭を快調に進むのは外枠8枠14番、10番人気クラリティスカイ。今までどちらかというと後方待機で先頭に立つことがなかった彼女であるが、予想外の戦法を取って勝ちを狙いに来たのだろう。現に中山の2000mは前が有利目である。彼女のトレーナーであるノリさんはしばしばこういう予想外のレース展開をやらせて毀誉褒貶が激しいトレーナーである。今回もそういった選択の一つであろうか。
それを追走する4枠7番4番人気のキタサンブラックと3枠4番ワンダーアツレッタが続く。
その後ろ、今まで逃げで勝ってきて今回も先頭を取ると思われていた2枠3番スピリットミノルは囲まれてしまいバ群のうちに沈んで4番手、コメートと並んで進んでいく。その後ろに3枠5番、2番人気のリアルスティールである。
1番人気サトノクラウンと3番人気ドゥラメンテは後方から3人目、4人目を走っていく。
一度バ群のポジションが決まると、それ以降は特にあまり大きく動かないままレースが進行していく。
朝日杯勝利の8枠15番ダノンプラチナは中団外側で様子を伺い、最後尾はずっと6枠10番のベルーフ、その前には同じ6枠の11番ダノンリバティが構え続けつつ、向こう正面も進んでいく。
1000mは59秒2という早めのペースで10のハロン棒を通過し、そのままコーナーに入るところで各ウマ娘が動き出した。
先頭はクラリティスカイのまま、最終コーナーを利用して広く横の広がる。クラリティスカイの横をキタサンブラックが追従し、その外をリアルスティールが抜け出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
キタサンブラックの展開が悪かったわけではない。1人分内枠に居る分、また少しだけ前にいる分リアルスティールより若干だけだが有利なポジションだ。
だが……
「後200mがきつい!!!」
結局これに尽きる。コーナーから抜けてすぐ、坂の前でキタサンブラックのスタミナは尽きかけていた。
クラリティスカイはすでに顎が上がり、ずるずると下がっていく。
一歩抜け出したリアルスティールにキタサンブラックはどうにか食らいつく。
「どっせえええええい!!!」
気合の掛け声とともに盛り返し並び返してきたキタサンブラックに気づいたリアルスティールは驚愕の表情を浮かべる。
気合だけなら負けないという意気込みをを感じる根性である。
突き放そうとするリアルスティール、どうにか根性で盛り返そうとするキタサンブラック。
この二人の勝負を決めたのは……
外から襲い掛かる黒い影であった。
大外、2人よりもさらに外から凄まじい勢いで駆け抜けるその影はドゥラメンテ。
神速の末脚に二人は追いすがることもできずにぶっちぎられた。
抜かれたキタサンブラックは完全に気合負けをしてしまい、ずるずると後退する。結局3位は確保したが、無敗の三冠、は儚く夢と消えるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、キタサンブラックは敗北し、茫然とし続ける…… なんてことはまるでない。
皐月賞3着。歴史に残るかとは言えない成績までも十分な成績であり、ウイニングライブでもサイドの良ポジションを担う重要な場所である。
キタサンブラック応援団もライブのいいポジションを独占し、もしかしてキタサンブラック勝ちましたっけ?と勘違いするほどの声援を送っている。
確かに悔しくないわけではない。確かに夢が破れた瞬間でもある。
でも父が、母が、多くの兄姉が、喜ぶ顔を見ると必然と顔は笑顔になった。
父がどうして歌手を続けているのか、この瞬間なんだかわかった気がした。
すべてに納得できたわけでもない。
悔しさなんて後から後から湧いてくる。
でもこの瞬間の幸せな気持ちだけは嘘ではないから、キタサンブラックは必死に歌い踊るのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クラちゃん……」
サトノダイヤモンドは舞台の上では自分が一番といわんばかりに舞い踊り謳う親友を横目に見ながら、仲間であるサトノクラウンを心配に見ていた。
良いところが一つもなかった。少しの出遅れからバ群に巻き込まれ、大外に持ち出すのが遅れ、差し脚届かず6位に沈む。
普段の力を出していれば勝てないレースではなかったはずだ。ドゥラメンテの末脚は確かに信じられない速さだったがそれに匹敵する末脚をサトノクラウンは発揮できなかった。
茫然とした彼女のライブのダンスに、心がこもっていないのは傍から見ても明らかだ。
きっとこれもサトノのジンクスといわれるのだろう。
だが、サトノダイヤモンドはこのジンクスの正体が何となく見えてきていた。
だが、まずは目の前のサトノクラウンだ。レースとライブは比例する。実力以上ともいえる成績をたたき出した親友と実力を発揮できなかった仲間が目の前のライブでその差の一端を示している。
これはきっと、次も次の次も嫌な形で現れかねない。
「クラちゃーん! わらってー!!」
必死に上げる声援は果たして彼女の耳に届くのか、それは誰にもわからなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レースが終われば、敗因分析が始まる。キタサンブラックも皆と分析をしていた。
「実力差、かぁ」
「結局それだけでしょう。実力は十分発揮していました」
G1三着というのが悪い成績であるわけではない。
だが、一着を目指すには足りないものが多すぎたのもまた事実である。
例えば上がり三ハロン
ドゥラメンテが33,9、上がりタイム2位のリアルスティールが34.5に対してキタサンブラックは35.2である。
0.1秒が1m程度の距離差と考えると、直線の3ハロンで、キタサンブラックはドゥラメンテにラスト300mで13m、直線開始時に差が少なかったリアルスティールにも7mは詰められているわけで、そんなにセーフティリードを取るのは難しい。
単純な実力差がそこにあった。
「ダービーはもっと長いんだよなぁ……」
2か月後に開催される日本ダービーへの出走権を皐月賞3着であったキタサンブラックは持っている。だが、距離は400m延びるうえ、直線が日本最長の東京レース場である以上、状況の不利は増すばかりである。
「NHKマイルに進むという選択肢もありますよ」
ダービーを逃げで勝つというのはかなり珍しい、一時期は目の前のミホノブルボンやアイネスフウジンがレコードで勝つなど、目立つ逃げ馬の勝利が重なっていたが、サニーブライアンの逃げ切り以降は10年以上も逃げウマ娘が勝つことはなかった。
それなら距離適性があっているNHKマイルに行くという選択肢もある。状況が良ければ再度そこからダービーだって過酷だがないわけではない。
「でも、私はテイオーさんに憧れたから」
そんな無難な提案にキタサンブラックは首を横に振る。
自分が選んだ道なのだ。つらいからと曲げてはいけないと父も歌っていた。ならば、その道を愚直に進むのに何の後悔があるか。
勝ち目は全く見えない。距離の差、直線の長さ、しかしそれでも必死になることにはきっと意味があるとキタサンブラックは信じていた。