そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝 作:雅媛
それは誰の物語の終わりで、だれの物語の始まりか
晴れた空の下日本ダービーは開催された。
京都新聞杯から上がってきたサトノラーゼンは、キタサンブラックを見た。
相変わらずいつも楽しそうな間抜けな笑顔である。
前はそんな彼女に負けたことに腹が立っていた。
今はそれこそが彼女の強さだと悟った。
「とはいえたぶん、今回はろくに実力を発揮できないでしょうけどね」
彼女の強さを知っているのと、彼女の強さを過剰評価するのは違う。
場所、時期、状況、そして夢、すべてが悪すぎる。彼女の物語はまだ始まってもいないのだから。
夢をあきらめないからゆえの強さと弱さ、その弱さ故に今日彼女は敗北する。
ならば……
「その目に一度ぐらい見せつけたいものね」
今日で去る者の輝きを見せるのもまた一興であろう。
すべてを賭した自分が負ける気はまるでしなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二番人気のリアルスティールは考える。
前回皐月賞では、勝ったと確信した。
キタサンブラックは完全に息が上がっていた。根性で食らいつかれても突き放せる程度だった。
後ろは届かないはずであった。
そこをすさまじい脚で届かせてきたのがドゥラメンテだ。
どうしてあんな脚があったのか、リアルスティールには疑問だった。
「スティール」
「トレーナー」
「今日のレース、どれくらい勝ちたい?」
「どれくらい…… ですか?」
「レース後死んでもいいぐらい全身全霊をかけて勝ちたいか?」
「いやぁ、それはちょっと嫌ですね」
別にリアルスティールは人生をかけて走っているわけではない。
スポーツウマ娘として全力を尽くしてはやりたいが、将来を削ってまで勝ちたい気持ちはまるでなかった。
「じゃあまあ、今日は諦めてほどほどで行けよ」
「なんでですか!? やる前から諦めるようなこと言うなんて珍しいじゃないですか!」
「そんなアホみたいに人生かけたアホが今日はいるからな。それと競う方が馬鹿らしい」
そんな狂人、まあいないわけではないだろうが、そういわれてしまうと勝てる気がしなくなるのは確かだ。
まあ自分は自分なりに全力を尽くそうと、あまり気にせずにリアルスティールはパドックへと向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レースプラン、トレーニング、どれを見ても隙はない。後は本番でいかに実力を出すかである。
サトノクラウンは自分が勝つ姿を想像し、イメージし、それにより勝利を引き寄せようとしていた。
実力から見ても、ジンクスから見ても、負ける気は全くしなかった。
「クラちゃん」
「いってくるわ、ダイヤ」
声をかけるサトノダイヤモンドの視線を背に、サトノクラウンはパドックへ向かう。
彼女が何を言おうとしていたのか、サトノクラウンは知ることがなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レースはハイペースで進められた。
前半1000m59.2.大体60秒なら平均という中でなかなかのハイペースだ。
先頭を切ったミュゼエイリアンは今回初めての逃げ展開である。
確かに逃げウマ娘が見当たらず、逃げの経験があるキタサンブラックもスピリッツミノルも前回の皐月賞で逃げを打たなかったため、スローペースを期待して前に出て流れで押し切る展開を期待するのは必ずしも悪いわけではない。
だが、前に行くウマ娘は決して少なくないのだ。先ほど名前が出たキタサンブラックもスピリッツミノルも本来は逃げウマ娘であるし、コメートやタガノエスプレッソなど前に行くのが得意なウマ娘も少なくない。そういったウマ娘たちの勢いに押され、特にポジション争いが激しいわけでもないにもかかわらずハイペースになった。
なお、ドゥラメンテやサトノクラウンといった有力ウマ娘のうち差し、追込みのウマ娘が後方待機をしているのはもちろん、リアルスティールも今回後方からの展開をしている。ペースが早くなるのは読んでいたのだ。
「うちのトレーナーさん、やっぱりすごいな」
リアルスティールは素直に尊敬する。後方待機しないとペースに潰され勝負にならないというトレーナーの予言は見事当たった。
あとは自分なりに全力で走るだけだ。それでトレーナーの言いたかったことがわかるだろう。
第四コーナーを回れば、はるかに長い直線が目の前に立ちふさがっていた。
ミュゼエイリアンとキタサンブラックが先頭で競う。だが、完全に二人ともスタミナが切れてしまっている。大きく広がったバ群から飛び出してきたのは、大方の予想に反してサトノラーゼンであった。
(とった!!)
タイミング、ポジション、すべてがベストの抜け出しだ。他のウマ娘がこれ以上良いポジションを取れないのはスパート時点で確認している。後は文字通り死力を尽くして走れるかだけだ。死力を尽くせるほど根性がなくて負けるならそれは一興。本当に死んでも構わないというレースへの愛を胸に秘め、命を燃やし走り続ける。
だからこそ、サトノラーゼンは全く負ける気がしなかった。
これが自分の走りだ。ここで、ここだけでしか見せられない自分の走りだ。
サトノクラウン? あいつでは私には勝てない。優しく頭のいい彼女は常に次を見てしまっている。だから、ここですべてを尽くすという発想がない。ジンクスがどうとかいう前にすべてをもってあたって砕ければ、見えるものもきっとあるだろうに。
まあ彼女の良さはそこにはないのだからこれ以上考えるだけ無駄である。
リアルスティール? 彼女も先を見るタイプだ。特にトレーナーがそういう傾向が強いのだから、ここで無理させ過ぎはしないだろう。ウマ娘を大事にするからこそ、今回、この場の戦いにはついてこれない。
ドゥラメンテ? 彼女は確かに脅威だが、スパートの際一人分外にいて、一歩分スタートが遅れたのは確認した。実力差を考えてもぎりぎり届かないはずだ。だって彼女は皐月賞ウマ娘で、これからの将来を渇望されたウマ娘が全てを削って勝負なんてしてくるはずがない。
そう、すべてを削って勝負なんてしてくるはずがない、はずだった。
「うおおおおおお!!」
雄たけびを上げながら、ドゥラメンテが猛追する。
それこそここで脚が砕けてもいいと考えているかのようなスパートだ。
じりっ、じりっ、とサトノラーゼンとの差が詰まっていく。
何を馬鹿な!? とサトノラーゼンは驚いた。
自分はここで勝てば十二分どころではない。サトノのジンクスを破り、ダービーをもたらした自分の将来は明るいどころの騒ぎではない。
だが、彼女はきっと違う。最強を目指すという彼女にとって、自分の脚をここで壊してでも走り切る、といった覚悟はない、そう思っていた。それは自分の思い込みでしかないというのを、並んだ瞬間察した。
負けたら死ぬ。
そんな気持ちで走っているのが並んで競えばいやがおうにも伝わってくる。
彼女にとって、今も先もないのだろう。負けたくない。最強でありたい。そんなことしか考えていない。
気持では負けている気がしないが、しかし、気持ちで並ばれてしまえば、才能と実力という面でいささか分が悪すぎた。
多少の優位などものともしない怒涛の追い上げに、サトノラーゼンは競り負けた。
(ま、最強たるウマ娘の脚が代償なら、悪くはないかな)
ついに突き放され、ゴールに入ったときには2バ身ほど付けられ、サトノクラウンにはぎりぎりまで迫られていた。最後の時点で心も折れてしまっていたようだ。
まあ、二冠バの競走生命をかけた追い上げだ。自分では力不足だったということだろう。
(後悔は…… ないかな……)
脚が悲鳴を上げている。限界以上で走った以上、もう駄目だろうなという感覚があった。
だが、ウィニングランをするドゥラメンテの足元もひどくふらついている。人生をかけた走りの代償がそこに何となく透けて見える。二冠バが人生を懸けないと勝てなかったウマ娘。自分だけしか分からない称号を胸にしまえれば、後悔はないだろうか。
(いや、やっぱり悔しいわ)
負けたこと、もう走れないこと、キタサンブラックの全盛期と競えないこと。
全部が悔しいが、しかし何度やっても同じことをやるんだろうな、そんなことを思うと、ここで自分のようなモブの物語は終わりにするべきなのだろう。
「ダイヤ」
「ラーゼンちゃん」
「期待してる」
地下道に帰る際、迎えに来ていたサトノダイヤモンドに笑顔で伝える。このバトン、きっと彼女は大事につないでくれるだろう。
サトノラーゼンのレースはここで終わった。