そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝   作:雅媛

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1-4 キタサンブラックと坂路の申し子

 コパノリッキーのアドバイスに従いジャージに着替えて坂路コースを訪れたキタサンブラック。

 全長1000mを超えるこのコースを数多くのウマ娘たちが走っていた。

 キタサンブラックも、トレーナーを探すと同時にここでトレーニングをする予定であった。

  

 坂路トレーニングやり方、というか意義は教官に授業で習った。

 坂路コースを全力で登る。そして終わった併設された下り道を15分以上かけて歩いてクールダウンをする。これを1本とするトレーニングということは知っていた。坂道を登るということでとてもきついが副次的な効果がいくつもあった。

 一つは脚部負担が少なく怪我をしにくいという点である。地面がウッドチップで敷き詰められクッション性が高いというのも一つの理由だが、同じ距離を走った時のトレーニング強度が平坦なコースを走った時と比べて倍以上あるのも理由だ。普通なら2000m走らないと得られないトレーニングの効果を1000mで得られるため、脚部負担が半分で済み、結果として脚部負担が少なくてハードトレーニングができる、というものだった。

 

「一石二鳥ってことだよね」

 

 そういうことで今では大人気になった坂路トレーニング。人気すぎてコースが混んで順番待ちが発生する事態になってしまっている。今キタサンブラックがいる西の坂路コースが特に人気である。もう一つ周回コースに沿うように設置された東の坂路コースがあるのだが、そちらは高低差が少なくあまり人気がない。

 

「そんなトレーニングを考えたトレーナーさん、すごいなぁ」

 

 坂路トレーニングの歴史も授業で習った。

 最初に坂路コースが設置されたときに懐疑的なトレーナーも多かったらしく人気がなかったとか。

 だがごく一部のトレーナーが試行錯誤を重ねて坂路トレーニングを確立させたと習った。

 そしてその確立された坂路トレーニングで大きな成果を上げた集大成が……

 

「坂路の申し子、ミホノブルボンさんか……」

「呼びましたか?」

「わあ!?」

 

 待機列の前にいたウマ娘が振り向いて声をかけてきたのに、キタサンブラックは驚いた。

 

「え? え? も、もしかしてミホノブルボンさん?」

「はい、私がミホノブルボンです。あなたは?」

「わ、私はキタサンブラックといいます!!」

「インプット完了。よろしくお願いします、キタサンブラックさん」

「キタちゃんって呼んでくれると嬉しいかもです!!」

「了解。キタちゃん、ですね」

 

 キタサンブラックもミホノブルボンのことは知っていた。

 もちろん授業で聞いた、というのもあるが、ドリームトロフィーカップに出場しているのを何度も見たからだ。基本トウカイテイオー周辺のレースしか見ないキタサンブラックであったが、そのトウカイテイオーのドリームトロフィーカップでのライバルが彼女、ミホノブルボンなのだ。

 

(確かにトモが立派だな、と思ったけど……本物だとは思わなかったよ)

 

 ミホノブルボンの鍛え上げられた体と、トウカイテイオーの軽快に研ぎ澄まされた体はよく対比されている。テレビ越しでもわかるレベルであったが実物を見ればさらにすごかった。ジャージの上からわかるぐらいの立派なトモ、尻と太ももは後ろからジャージの上から何となく見ていても明らかにわかるぐらい大きかった。まさかキタサンブラックも声をかけられるまで本人とは思っていなかったが。

 

「キタちゃんは坂路トレーニングはどの程度経験が?」

「えっと授業で一度習っただけです。もしかしてお邪魔ですかね?」

「そんなことはありません。ですが坂路トレーニングはより効果を高くするために気を付けるべき点がいくつかあります。併走して私が教えてもよろしいですか?」

「ブルボンさんに教えてもらえるならうれしいです!!!」

 

 なんせ教えてくれるのは坂路の申し子だ。その坂路トレーニングの方法は彼女の現役当時よりもさらに洗練されているだろう。

 それを教えてくれるというのに断るつもりはキタサンブラックには全くなかった。

 これがリッキーさんの風水の効果かな、とキタサンブラックは浮かれていた。

 

 

 

「ぜー……ぜー……」

「そこで止まってはいけません。後続の方に邪魔ですし、歩き続けないと心肺機能に負担がかかります」

「わ、わかりま、したぁ……」

 

 よろよろと歩いてミホノブルボンについていくキタサンブラック。

 ミホノブルボンに併走し、同じペースで走るだけであったが既に満身創痍であった。

 なんせミホノブルボンが走るペースがすさまじく速かった。ほぼキタサンブラックのスパート速度で走り続けるものだから最初からクライマックス、といった感じのトレーニングであった。

 

「走ってみてわかったと思いますが、坂路コースの斜度は一定ではありません。最初と最後が緩やかで、中間が一番急になっています。そのようなコースを同じペースで走ることで、少しずつ強度を上げて、最後は強度が少しずつ下がるように設計されているのです。だから、斜度にかかわらず同じペースで走ることが重要です」

「ぶる、ぼん、さん……?」

「はい、なんでしょうか?」

「全然、息が切れて、ない、で、すね?」

「はい、キタちゃんがぎりぎり走れそうなペースまで速度を落としましたから」

 

 キタサンブラックは驚いた。実力差は自覚していたが、さすがに自分のスパート速度だ。少しは疲れているだろうと思っていたのだが、ミホノブルボンは少し汗を流す程度だ。本気を出したらどれくらい速いのだろうか。ピークオーバーしたとはいえ二冠ウマ娘であるミホノブルボンと自分の差をキタサンブラックは実感した。

 

「インターバルは20分、それだけかけてゆっくりこの道を下ります」

「は、はい……」

「今日は軽めにあと1本、合計2本にしておきましょうか」

「えっ?」

「フルセットで3本走りたいですか?」

「い、え、あと1本だけで、十分です……」

 

 1本で脚が震えるぐらいへとへとなのだが、もう1回もこれを繰り返すようだ。

 それだけでも信じられず驚きの声を上げたにもかかわらず、ミホノブルボンは足りないと勘違いした。きっと彼女から見れば2本など軽めの練習であり、普通なら3本ということなのだろう。

 鍛えて強くする、その意味を実際に体感させられた。キタサンブラックの想像をはるかに上回る努力であった。

 

 

 

 そのまま坂路横の道をゆっくり歩いて下っていく。ウマ娘の走る速度は人間の倍以上だが、歩く速度はそう変わりはしない。1kmを歩くのだから時間はそれなりにかかる。

 とはいえその道を歩いているウマ娘は少ない、というかキタサンブラックとミホノブルボンぐらいしかいない。

 ようやく息が整ってきたキタサンブラックはミホノブルボンに話しかける。

 

「誰も歩いていませんね」

「坂路トレーニングを2本以上する人はあまり多くないようです。いつもこの道は空いています」

「なるほど……」

 

 さすがに2本も3本も走る人は少数派のようだ。最も1本走って終わり、という人ばかりではなく他のところへ移動してコースを走ったりしている人も少なくない。皆それぞれ努力しているのだ。

 

「そういえばキタちゃんはトレーナーはいないのでしょうか」

「それが全くいなくて……」

「候補の人とか、仮入部などもしていないのですか?」

「そうですね」

 

 場合によっては仮入部などの仮の契約でお互いの相性などを確認することもある。

 だがキタサンブラックの元にはそういったトレーナーすら全く影も形もなかった。

 

「友達と話していたんですけれど、私スプリンターなのにクラシック三冠を目指していまして、それが嫌がられてるのでは、という話になったんです。とはいえクラシック三冠は私の夢ですからあきらめられないし……」

「なるほど、私と同じですね」

「ブルボンさんもスプリンターだったんですか?」

「そうです。今のマスターの前のトレーナーは短距離が得意な方で、目標が合わないので替わってもらった過去があります」

 

 ミホノブルボンがもともとスプリンターであったというのはそれなりに有名なことではあったが、キタサンブラックは知らなかった。彼女にとって注目するのはトウカイテイオーばかりであり、それも憧れや夢として見ていたので自分のトレーニングなどと結びつくことはなかった。

 だが、トウカイテイオーのライバルのミホノブルボンが菊花賞2着であったことは知っていた。つまり、スプリンターでも長距離が走れるということだということにキタサンブラックは気づいた。

 

「ブルボンさんはどうやって長距離が走れるようになったんですか?」

「マスターとハードなトレーニングを繰り返してきたおかげです。それで少しずつ少しずつ長い距離が走れるようになり、最後は長距離も走れるようになりました」

「私も同じようになれますか?」

 

 かつて、ミホノブルボンは全く期待をされていないウマ娘だった。

 出自や血統から見てもいいところはない。

 学園入学前後も目立った実績はない。

 適性も短距離向けにもかかわらずクラシック三冠を目指す。

 周りからは無謀としか言われたことがなかった。

 特に出自を言われると、尊敬する父までけなされているかのようでとても嫌だった。

 そんな自分を、努力ですべて変えられると断言したのが今のマスターだった。

 その時の自分を認めてくれたのもまたマスターであった。

 

 ミホノブルボンはキタサンブラックの目を見返す。

 かつての自分を見るかのようであった。

 名前を聞いたことがなければ冠名も聞いたことがない。出自や血統に目立つところはないだろう。

 実績も全く聞いたことがない。今年の新入生といえば目立つのはやはりサトノの子らや生徒会副会長エアグルーヴの親戚ドゥラメンテなどだ。

 そして本人も認めるように、ミホノブルボンから見てもわかる短距離適性。三冠ウマ娘を目指すと言うたびに怪訝に思われただろう。

 しかしその瞳は諦めていない。いろいろ不愉快な経験をしてきただろうにその輝きに全く曇りはなかった。

 

「どうにかしたいならばマスターを紹介しましょうか」

「マスターって、ブルボンさんのトレーナーさんですか?」

「はい、体調が悪く今は新規募集をしておりませんが、キタちゃんがいいならば私から推薦します」

「それなら是非!!」

 

 自分の夢は予想以上に大変だと理解した。だけどそれでもあきらめたくなかった。だからこそ、それ以外はすべて頑張らないといけない。キタサンブラックは変な意地を張らずに早速ブルボンの厚意に甘えることにした。 





【挿絵表示】
ミホノブルボン
作成者:ねりある様

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・坂路トレーニングとキタサンブラック
 ミホノブルボンが活躍するに至って非常に人気を集め、西高東低といわれるほどの現象を生み出した競馬界の歴史に残る調教が坂路調教です。
 ミホノブルボンの戸山調教師やフジキセキ・ジャングルポケットの渡辺調教師、ダンスインザダークの橋口調教師などが坂路調教を積極的に取り入れ方法を確立させたといわれています。
 キタサンブラックと黒沼トレーナーのモデルである戸山調教師は直接関係はありませんが、キタサンブラックの調教師清水久詞氏が鍛えて強くするという戸山調教師と同じ理念のもと坂路調教を積極的にやっていたので、そのあたりを含めて今回は黒沼トレーナーを登場させました。

・ミホノブルボンの尻
 https://www.youtube.com/watch?v=7v_oP0PoEj0
 皐月賞のパドック見ると明らかにミホノブルボンはデカいし、ライスシャワーが細くてかわいそうになってきます。ちなみにマチタンは楽しそうに歩いています。えいえいむん!

ミホノブルボン

  • 坂路の申し子
  • 尻でかいな……
  • エラー、自動販売機が壊れました
  • 四の五の言わずに走りなさい!!!!!
  • オールクリア、完璧な『勝利』です。
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