そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝 作:雅媛
週末にキタサンブラックはトレーナーたちと一緒に実家に帰ることになった。
俗にいう実家へのご挨拶だ。距離が遠ければ電話などで済ませることも少なくないが、キタサンブラックの実家は八王子であり、ウマ娘の足ならトレセン学園から走って戻れる距離である。
京王線に乗れば乗り換えなしに行けるし最初は交通機関で行く予定だったが、キタサンブラックが家から迎えが来ると言うので、黒沼トレーナーとミホノブルボンは、キタサンブラックと一緒に正門前で待っていた。
「お嬢、迎えに来たよ」
スーツに白いネクタイをびしっと決めて、黒塗りのベンツを運転する男性がキタサンブラックに声をかける。その威圧感に筋ものにすら見える男性だったが、キタサンブラックは声の主に気づくと嬉しそうに尻尾を振る。
「おじさん! 久しぶり! お仕事忙しいでしょ?」
「たまにはお嬢の顔が見たくてね」
男性はキタサンブラックの父親の一番弟子であり、キタサンブラックも幼いころよく構ってもらっていた。そんな彼がどこからか彼女の帰宅を聞きつけたようで黒塗りのベンツで迎えに来た。いまは大きな会社の社長をしているはずなので忙しいだろうに、とキタサンブラックも思った。だが、わざわざ大好きなおじさんが迎えに来てくれた、ということですぐに車に乗り込む。
ミホノブルボンはキタサンブラックに続いて車に乗り込む。
そんな二人と違い黒沼トレーナーは困惑した。
お嬢、とは何なのか、この黒塗りの車は何なのか。キタサンブラックの実家ってもしかしてヤバいところなのではないか。だが、もう契約もしてしまったし挨拶に行くという約束もしているので引き下がるわけにもいかない。
「世話になる」
とだけぶっきらぼうに言って車に乗り込んだ。
一方一番弟子も困惑していた。トレーナーを迎えに行ったと思ったら白いジャージに白い帽子をかぶったサングラスの筋モノみたいな男がいるのだ。
しかもジャージの下は裸である。どう見てもトレーナーに見えない。筋モノにしか見えない。何か悪い男に大事なお嬢が騙されているのではないか、と疑った。
ちなみに周りでそれを見ていた生徒たちは抗争が始まるかと騒然とし、たづなさんは二人を鎮圧できるように身構えていた。
そんな周りの様子も一番弟子とトレーナーとの間の微妙な空気感も気にせず、キタサンブラックは楽しそうに助手席に座わって、動き出した車の中で話を始める。
「お父さんはどんな感じ?」
「オヤジさんも首長くして待ってるよ」
「もう、お父さんったら」
「お袋さんも張り切ってるから早く帰らないと料理が多すぎて兄さんや姉さんの腹が破裂しちまう」
「お母さんったら……」
挨拶するだけなのだが、どうやら両親だけでなく父親の弟子たちも勢ぞろいしているらしい。当然のごとく大ごとになっているのにキタサンブラックは苦笑した。
一方の黒沼トレーナーは緊張を深めた。
キタサンブラックの心配はする必要はない。なんせ実家で、彼女はお嬢、つまりトップの娘だ。守られる側であり相手が傷つけるわけがない。問題はミホノブルボンだ。預かっている大事な担当である。確かにウマ娘は人より強いが、無敵のヒーローではない。全力で逃げればそうそう捕まえられないが、何かあったときにちゃんと逃げてくれるか、それだけが心配だった。
ミホノブルボンは車の中にある冷蔵庫に興味を示した。
「中身飲んでもいいですよ」といわれたが、触ると壊しそうなので黒沼トレーナーにとってほしいなと目でアピールする。だが、内心いっぱいいっぱいな黒沼トレーナーは彼女の視線に気づくことはなく、しょんぼりするしかできなかった。
微妙な緊張を車内に含んだまま、車はある豪邸の前で止まる。
奥にはテニスコートやプールまで見える、本当に立派な豪邸だ。
そして入り口には何人もの人が出迎えに来ていた。
お手伝いさんではない。芸能界の有名人ばかりだ。
庶民出身のミホノブルボンや黒沼トレーナーはその光景に圧倒されるが、キタサンブラックは気負いなく降りると挨拶を始める。
「おじさん、お久しぶり」
「お嬢も大きくなったね」
「くすぐったいよ」
有名歌手に頭を撫でられ
「キタちゃん、可愛くなったねえ」
「そうかな?」
有名女優に抱きしめられ
「キタちゃん、これからもがんばれよ」
「うん、がんばる!!」
某上様に激励される。
いったいこれは何事なのか。黒沼トレーナーは理解ができなかった。
ミホノブルボンは水着を持ってくればよかったな、とプールを見て思った。
黒沼トレーナーも、もちろんキタサンブラックについて何も調べていないわけではない。幼少期からの実績や所属したクラブ、現在の身体能力からスリーサイズまで全て知っている。だが、あくまで走ることに関する情報ばかりであり、家族関係など両親の名前しか知らなかった。
どこかで聞いた名前だな、と思ってはいたが、まさか超有名演歌歌手ご本人とは思っていなかったのだ。
何十畳もありそうな大広間に通された黒沼トレーナーは、上座に座らせられる。
黒沼トレーナーの隣に座ったミホノブルボンは、欄間の透かし彫りがきれいだな、と感心する。
目の前にはキタサンブラックの父親と、その後ろに並ぶ関係者たち。あまり芸能界に詳しくない黒沼トレーナーでも知っている顔がちらほら並ぶ。
玄関でのやり取り、そしてここに来るまでのやり取りで、キタサンブラックが非常に家族や縁者に愛されているのはわかった。溺愛といっても言い過ぎではないだろう。
そういった関係者の視線が全て黒沼トレーナーに注がれる。好意的とはあまり言えない。敬意はあるが品定めされているかのように感じた。
「トレーナー様、この度は私の娘の指導を引き受けていただきありがとうございます」
父親が頭を下げてそう述べる。後ろの人たちも頭を下げるものだから、圧力が半端ない。
ミホノブルボンは表情はまるで変えないが、何となくお姫様になった気分になり楽しくなっていた。
一方の黒沼トレーナーは圧力に屈しかける。基本的に黒沼トレーナーの今まで担当したウマ娘はみな庶民である。名家のウマ娘は大体決まったトレーナーが居るし、黒沼トレーナーの厳しく鍛えて強くするという方針は、そういったウマ娘たちにはあまり評判が良くなかった。また黒沼トレーナー自身の外見が怖く恐れられていたのもあり、名家のような良いところのお嬢様は担当したことがなかった。
キタサンブラックもそんな一般家庭のウマ娘だと思っていたのだがふたを開けてみればこれである。だが、キタサンブラックの手前、またミホノブルボンの手前、情けない姿は見せられなかった。
「全力を尽くしてキタサンブラックを鍛え上げ、立派なウマ娘に育てて見せます。どうぞ安心して預けてください」
頭を下げる黒沼トレーナー。
その姿を見て圧力が弱まった。黒沼トレーナーは認められたのだ。
これは挨拶が良かったのもあるが、隣にミホノブルボンを連れてきていたのもよかった。黒沼トレーナーを知っている者はそう多くはなかったが、一時期トゥインクルシリーズで注目を集め、今もドリームトロフィーカップで活躍する彼女を知る者は多い。『あの』ミホノブルボンのトレーナーなら、と考えた者は多かった。
「どうか、娘をよろしくお願いします」
「よろしくお願いします、トレーナーさん!!」
ひとまず最初の関門は突破したようで黒沼トレーナーは内心でホッとする。
ミホノブルボンは空腹をお腹の虫の音でアピールした。
熱唱するキタサンブラックへ皆が声援を上げる。とても楽しそうな宴が、祭りが屋内から聞こえる。
挨拶後流れるように始まった宴会は何時しか大騒ぎになり、キタサンブラック独演会へと発展した。 誰もかれも非常に楽しそうである。それだけ彼女が愛されているのを実感する。
ただ、あまりのテンションの高さについていけなくなった黒沼トレーナーは外に出て星を見ていた。特に星を見る趣味はないが、室内の騒がしさと違う静寂さに心が落ち着く。
「騒がしくてすいません」
「いえ、愛されていますね、キタサンは」
「遅くできた子でして、どうも可愛がりすぎている気はするんですが私も皆も甘くなってしまってねぇ」
キタサンブラックの父親はそうボヤく。
黒沼トレーナーから見ればキタサンブラックはちゃんと行き届いた娘だと思う。社交的で明るく、彼女の知り合いは十人が十人良い子だと評価するだろう。
時々トレセン学園にいる、甘やかされて増長しきったお嬢様とは全く違った。
「ところでトレーナーさん。キタサンは学校でうまくやっていますかね」
「私は授業風景などは知りませんがが、クラスでも人気者だと聞いています」
キタサンブラックの評判はトレーナーの間では実力という側面で評価されるため低いが、教官たちの間では非常に高い。また、併走相手を探してくるようにといえば次から次へと相手を見つけてくるのを考えてもかなり友人も多いのだろうことは容易に想像できた。
そういう点では全く心配がいらない娘であるのは間違いなかった。
「では、トゥインクルシリーズでは?」
「……」
黒沼トレーナーはどうこたえようかと悩んだ。
才能という意味では正直低いとしか言えなかった。
天性的な丈夫さと愚直に素直に練習する姿勢は評価ができるが、正直それだけだ。
厳しく鍛えるつもりだが、普通ならば1勝できれば御の字程度の未勝利になる可能性も高いぐらいの才能だ。それがどこまで伸びるかは黒沼トレーナーもわからなかった。
あれだけ愛されている子供だ。期待はしてしまうだろう。現状を正直に伝えていいのか一瞬迷う。しかし、隠すべきでもないだろうと意を決した黒沼トレーナーが答えようとしたとき
「あなた、そんなこと聞くんじゃありませんよ」
中から顔を出したウマ娘が話を止めた。キタサンブラックの母親だ。
「いい木にはいい花が咲き、いい実がなります。私たちは親として子供がいい木に育つようにはしました。今更親である私たちにできることなんて、立派な花を咲かせ、実をつけてくれることを祈るだけです」
「……そうだな、あの子は私たちの自慢の娘だ。すまないなトレーナーさん。野暮な事を聞いて」
「いえ、私も全力でサポートします」
才能がない、と答えようとした黒沼トレーナーは内心で自分を恥じた。キタサンブラックはいい子だ。愛されている娘だ。そして、無敗の三冠を目指すと言っている。ならば自分はそれをかなえるために全力で支えるのが仕事だ。できない理由などどれだけでも見つかる。それを考えれば、口に出せば言い訳になる。
全力を尽くす。鍛えれば鍛え続ければきっと才能すら凌駕するはずだ。そう考えたからこの道を自分は選んだのだと思い出し、キタサンブラックに全力を尽くすことを心の中で誓う。
上を見上げれば星がきれいに瞬いていた。
【挿絵表示】
それっぽい服キタちゃん
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小ネタ
・トレセンが如く
黒沼トレーナーの外見がやくざっぽいのは、声優である黒田崇矢氏の恰好をそのままキャラクターにしたせいでもありますが、黒田崇矢氏が演じた龍が如くの主人公桐生一馬の印象が強いのもありそうです。
公式でのキタサンブラックの実家ですが、サトノダイヤモンドのストーリーがヘリを呼んだりゴルシに最初はグーで勝ったりとやりたい放題過ぎて印象に薄いですが、キタサンブラックもクラシックの新年に実家に拉致されてお父さんの一番弟子その他関係者の前でデュエットさせられるというイベントがあります。しかもその時の一番弟子のキタサンブラックへの呼び方が「お嬢」。新しい衣装でも「お嬢がこんな立派な花形に」といわれた、みたいなホームの会話があります。
つまりそういうことです。
キタサンブラック
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キタちゃん
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キタサン
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キタさんのさんは敬称じゃない?
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キタサンブラック
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お嬢