そして、みんなの愛バになった ウマ娘キタサンブラック伝 作:雅媛
3-1 キタサンブラックのメイクデビュー 準備編
キタサンブラックの目標はクラシック三冠だ。
それを目指す以上、メイクデビューの時期も必然的に限られてくる。
「ジュニア期から全力でレースに出るなら北海道へ行くが、キタサンの場合は東京のメイクデビューにしておいた方が良さそうだな」
「東京ですか?」
「ご両親やお弟子さんたちが観戦しに来やすいだろう?」
勝ちやすいレースに出るという選択肢は当然ある。だが、キタサンブラックの愛され具合を考えるとレースに勝つためには、レースを多くの人に見てもらう方が大事だと考えた。声援が力になるからだ。関係者が多く見ているとなると逆に緊張してしまう者もいるが、キタサンブラックは皆に応援してもらうことになれている。できるだけ応援を集めてホームグラウンドのような雰囲気にしてしまった方が有利だと黒沼トレーナーは考えたのだ。
あの溺愛と言っても過言ではない両親やお弟子さんたちだ。少し頼めば知り合いをかき集めてくるだろう。あまりかき集めすぎても良くないのでむしろ釘をちゃんと刺しておく方に気を使わないといけない。
「みんなに見てもらえるんですね!!」
「そうだ。そうすると東京が一番いいだろう。中山も許容範囲だが、関西や地方は選択肢に入れない」
「なるほど!! わかりました!」
「ただ、これだとジュニアのGⅠにはたぶん間に合わん」
東京でのメイクデビューを目指す場合、開催時期が遅い欠点がある。一応、日本ダービー後に東京で数レースはメイクデビュー戦があるが、数が少ないだけありすさまじく競争率が高い。また、そこで勝っても条件戦やオープン戦を東京でやるわけではないし、負けた場合その後未勝利戦もほとんど東京ではやらないので、そのあと地方に遠征しないなら出るメリットがない。
東京で本格的にメイクデビュー戦を扱うのは10月以降である。中山まで入れれば9月からあるが、それでもジュニアGⅠに出るにはあまり時間がない。ジュニアGⅠに出る予定だったブルボンもメイクデビューは中京だった。
また、東京は一番強豪が集まる欠点もある。なんせトレセン学園から一番近いから、デビュー希望者は圧倒的に多い。移動の負担がないからこそ調整も楽なのでトレーナーにとってもねらい目だ。
一応ライバルが多いということで、地方出身者やどうしても勝ちたい者は他に行くが、その分強いウマ娘が出る傾向が強かった。
「ジュニアのGⅠも目指した方がいいですか?」
「あまり勧めないな。キタサンはまだ伸びしろが多い。言い換えれば仕上がっていない。早い時期からトレーナーだった父親に鍛えられていたブルボンとキタサンは違う。おそらく出ても勝負にならないだろう」
「じゃあいいです! 私の目標はクラシック三冠ですから!!」
割り切りの良さもキタサンブラックの美点の一つだ。
クラシック三冠のためということでジュニア期の重賞などはあっさりあきらめた。
「とするならばこのレースにするか。キタサン。レースには早めに申し込んでいくから、周りに応援に来てもらえるように早めに伝えておけ」
「わかりました!!」
黒沼トレーナーは配慮した。キタサンブラックの関係者は非常に多い。彼女の最初の晴れ舞台を見たい者は多いだろうと。その配慮を彼は後悔することになるのは、また別の話。
キタサンブラックは学園近くの商店街へと向かった。いつもお手伝いをしている商店街だ。
昔、溝にはまったトラックを持ち上げて助けたときから、キタサンブラックにとってはなじみの商店街になっていた。とはいえ最近は基本授業前の早朝にロードワークがてら来るばかりで、夕方に来たのはかなり久しぶりであった。
「ようキタちゃん、どうしたんだ?」
「こんにちはおじさん! ちょっと先の話なんだけど私もメイクデビューすることになったの! だからその宣伝!」
「キタちゃんがデビューだと……」
いつもお手伝いをする代わりにニンジンやらバナナやらをくれるおじさんに挨拶をするキタサンブラック。手作りのチラシを受け取った八百屋のおじさんは、チラシを凝視した後叫んだ。
「みんな、キタちゃんのデビューが決まったぞ!!!!」
「え? 本当?」
「いついつ?」
「キタちゃん、よかったねぇ」
「わわわわわ!?」
商店街の人たちが、仕事を放り出して集まり始める。
お客さんたちもなんだなんだとキタサンブラックを見に集まり始める。
「あれだね、勝負服とかあるだろう? うちで作ってあげようか?」
「ばかっ、あれはもっとすげーレースになった時に作るんだよ!」
「でも綺麗な恰好したキタちゃん、みたくないか?」
「……みたいな」
服屋のおばさんが張り切り
「キタちゃん! 蹄鉄の確認した方がいいんじゃないかい?」
スポーツ用品店のおじさんが蹄鉄を持ち出し
「キタちゃん、このニンジンもってけ!!」
「この鯛ウマいからもってけ!!」
「ケーキのホール、お祝いだからあげるよ!!」
「わ、わ、わ」
食べ物屋の人たちが思い思いに食材を持ち寄る。
「まあまあ皆さん、少し落ち着いてください」
「酒屋のオヤジ、なんだよ」
「キタちゃんが困惑していますよ」
商店街の会長をしている酒屋のおじいさんが皆を諫める。
「おじいちゃん……」
「めでたいことがあったんです、こういう時はお祭りでしょう」
「……え?」
諫めたわけではなかった。単により大騒ぎするために一度場を鎮めたに過ぎなかった。
「よし、場所は広場でいいな!!!」
八百屋のおじさんが場所を確認する。
「料理は任せな!!」
小料理屋のおかみさんが張り切る。
「食材は持っていくぜ」
「うちも持っていくよ」
「全部任せな!!」
「ケーキはうちが出すよ」
魚屋や肉屋が食材の準備をはじめ、ケーキ屋が巨大ケーキを焼くために店に戻る。
「キタちゃんが未成年なのでお酒は出せませんが、飲み物はうちに任せてください」
最初に宣言した酒屋のおじいさんも笑いながら店に戻っていく。
「な、なんだか大ごとになっちゃったかも?」
キタサンブラックは一人呆然としていた。
日も暮れたころに宴は始まった。
キタサンブラックも頑張った。
各店舗から食材を受け取り、料理屋に運んだり、料理屋から料理を会場に運んだり。
会場設営のためにいすや机を運んだり。
途中で服屋のおばさんに捕まって採寸されたり。
着飾ったキタサンブラックを中心に商店街の人たちや、そのお客さん、そして通りすがりの人まで混ざった宴会が開始された。
「キタサンブラックのメイクデビューを祝ってカンパーイ!!」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
「えへへ、みんなありがとうございます」
服屋さんが超特急で作ってくれた手作りの勝負服に身を包んだキタサンブラックは照れ笑いをしながらお礼を述べる。
様々な料理にウェディングケーキと見間違わんばかりの大きなケーキ。
そして建てられた、おそらく盆踊りの時などに使う櫓。
先ほど開催が決まったとは思えないぐらい豪華なお祭りであった。
いろいろな人から料理を渡され、ニンジンジュースを注がれ、それをすべて完食していくキタサンブラック。昔だったら食べきれなかっただろうが、最近はミホノブルボンの指導の下、食べるトレーニングもしていたので、次々渡される料理もどうにか完食ができた。
そうして場が盛り上がってくると、余興の時間となる。
「そういえばキタちゃん、ライブの練習はもうしているのかい?」
「あ、はい、一応少しはしています」
「じゃあ一度センターで歌ってくれないかな。バックダンサーは誰かがやるから」
「え、えええ!?」
なかなかの無茶ぶりである。歌うのは得意なキタサンブラックだが、こと踊りとなるとまだ練習中であった。だが、一度話題が出れば流れは止まらない。
「はいはい! 私踊れるよ!」
「俺も行けるぜ!!」
「わしも、若い者には負けてられんな」
トゥインクルシリーズは国民的なエンターテインメントであり、ライブの振り付けは宴会芸などでもよくつかわれる。そのため、質を問わなければ歌って踊れる人はそれなりにいるのだ。
引くに引けなくなったキタサンブラックはビール瓶の容器で作られた特設舞台のセンターの位置に立たされる。こうなったらウマ娘は度胸だと、覚悟を決めるキタサンブラック。
「ではいきます」
「音楽行くよー」
どこからか用意されたスピーカーから音楽が流れだす。ファンファーレが流れ、歌いだしがすぐに訪れた。
「響けファンファーレ~♪ 届けゴールまで~♪」
「よっ、日本一!!!」
「きれいな声だねぇ」
「かっこいい!!」
こと歌うということに関しては、キタサンブラックはかなり上手い。演歌歌手の父をずっと見てきたし、お弟子さんたちの前で歌うことも少なくなかった。経験も、素晴らしいお手本にも恵まれているのだ。
キタサンブラックの声が響きわたり、観客の耳に入る。騒いでも耳まで届く通った声だ。
「勝利の女神も夢中にさせるよ~♪」
「キタちゃんに夢中になっちまうよ」
「お姉ちゃんきれー」
トゥインクルシリーズなどのライブはどうしても舞台まで距離がある。
だが今回は本当に近くで歌って踊っている。その光景に皆夢中になっていた。
「スペシャルな明日へ繋がる♪ Make debut!!」
「本当に、本番が楽しみだねぇ」
「本当にねぇ」
勝負の世界は甘くない。トレセン学園の地元、といえる商店街の住人はそれをよく知っている。だが、こんなにいい子なのだ。少しは優遇されても罰は当たるまい。
キタサンブラックを見ていた人たちはみなそう思い、三女神に祈るのであった。
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小ネタ
・愛されキタサンブラック―競馬場編
キタサンブラックは関西の栗東所属ですがメイクデビュー及び次の500万以下を東京で走っています。これは、八王子に住んでいた北島三郎氏が観戦に来やすいようにという配慮だったようです。現にメイクデビュー時は16頭立てで栗東の馬はキタサンブラック1頭、条件戦も14頭立てで栗東の馬は4頭です。
菊花賞のトライアルも関西で行う神戸新聞杯ではなく、わざわざ中山のセントライト記念に出ています(神戸新聞杯は15頭立てで美浦の馬1頭、セントライト記念は15頭立てで栗東の馬は5頭です)。
このあたりは遠征になれさせる、という目的もあったとは言われていますが。マンハッタンカフェみたいに遠征ダメな馬もいますからね。
・北島三郎氏は馬主歴長いですし、新馬戦でこんなにハッスルしないと思いますが、この世界ではキタサンブラックのパパなので、これくらいは親バカにしています。こんなかわいい娘居たらだれだってバカになる。
メイクデビュー
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響けファンファーレ
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