ゲゲゲの謎 龍の花嫁ルート(旧題:龍の花嫁)   作:負犬惜志夢

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プロローグ

…ん、みず、き…さん。水木さん!

 

「…ッ。」

 

目を覚ました時、雨が降っていた。

身体が砕けそうになる雨だった。

 

「!気が付いたんですね!」

 

よかったと目の前の少女は安堵した。

どれくらいの時間俺は寝ていたのだろうか。

少女の服はすっかり雨で濡れ切っていた。

どれくらいの時間が経って。

─────どれくらいの時間、一人で雨に打たれていたのだろうか。

 

「…っ。」

 

余裕はなかった。この時の自分は。

 

それでも、この時のことは今になっても胸を掻きむしって悔やむことがある。

 

「…ゆっくり、ゆっくりでいいですよ。…そう無理に話さなくても。」

 

───酷い雨だ。ひどい雨だったんだ。

 

その小さな体が受けるには。

 

それでも少女は優しかった。

もうすでに冷え切った少女の手は自分の手に重ねられている。

 

その手を取ることができたなら、どれほど。

どれほど、彼女を安心させることができただろうか。

手を取ること。それが俺に求められることであったのに。

 

「どなた、ですか。」

 

酷い話だ。

 

「…ぇ?」

 

俺はこの時の少女の心を一生知ることができなくなった。

 

鮮明に想い出せる。

自分を見る目が、触れる手が、かけられる声が

到底、知らない人に思えなくて。

 

それなのに

 

「…。何も、思い出せない。」

 

何も、なにもない。

 

「なんで、こんなに空しいんだ。」

 

────────────────────

 

昭和37年5月。

 

焼野原からあかいタワーが建ってしばらく経った。

 

「先、失礼します。」

 

東京。

 

東京には高いビルが建っていた。

 

それだけじゃない。国会陸上競技場もできた。

今月にはアジア大会がある。

戦後目も当てられなかったこの東京で。

 

住む人々には、神器を授けられた。

食物を保存できる冷たい箱

服を自動で洗ってくれる箱

絵が動く箱

冷蔵庫、洗濯機にテレビだ。

人々の暮らしに彩りが与えられた。

 

ただ残念ながら、いい話ばかりでもない。

生活を大きく変えた話というと売春防止法があがるのだろうか。

同僚もこれには嘆いていた。

個人的には最近世を騒がしている色のついたテレビだ。

───まぁ自分の目の問題なのだが、買い値ほどの価値を見出せていない。

そんな些細な欲張りが言えるようになった。

 

ずっと、良くなっていっている。

俺の目からでも明らかだった。

 

─────あの雨の夜からほとんど二年が経過した。

 

それだというのに俺の時間はあの夜から一向に進んでいなかった。

聞いたところによると俺は会社のお得意先の商品の精製法を突き止めるために必然的にあの場にいたそうだ。

 

俺は皆目見当がつかなかった。

会社で成り上がろうと、必死に足掻く生活の中───不意に見知らぬ山奥で目を覚ました。

しかし、数日の記憶が欠けていることは暦や周りの人と接して察することができた。

実のところ、決定的な要因は全く他の事だった。

 

ただ、空しい。

 

漠然とそう思った。

あの夜の暗闇に押しつぶされそうだった。

大事なものを失ってしまった。

胸にぽっかりとあいた穴はそれだけを感じさせてくる。

 

「水木さん。」

 

─────顔を上げた。

 

「ただいま」

 

おそらく

確かめるすべはある。

だけど

俺はまだ踏み出せない。

 

怖気づいていた。

今ある大事なものを失いたくないと。

 

「おかえりなさい。」

 

────────────────────

 

「今日は早くに帰って来られましたね。」

 

長い黒髪に割烹着を着た少女。

しっかりしているようでまだ、幼さをのぞかせる微笑み。

 

沙代が玄関まで迎えに来ていた。

 

「あぁ。」

 

「ご飯はできていますよ。」

 

「先にお風呂にはいるよ」

 

来たときは家事のかの文字も浮かばないような子であった。

今では家の事すっかり任せきりである。

 

「分かりました。…あの。」

 

沙代は服の裾をつまんだ。

 

「…ああ。」

 

あの夜のことは互いにほとんど話していない。

不安もあるのだろうがおそらく沙代が俺に気を使っているのだろう。

 

男として情けない限りだ。

 

沙代はおそらく事の顛末を知っている。

それは、あの夜俺の問いに対する彼女の答えで分かった。

 

『私は─────。』

 

自分の中の大事なものを失ってしまった俺は今、目の前のものに縋っている。

 

しろい頬に手を添えた。

 

「…っん。」

 

『水木さんのお嫁さんです』

 

 




よかったら、読んでってね。
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