『氷狼』蛇足編   作:如月SQ

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父親

 三人を抱えて居間に行けば、この家ではなかなか見ない顔があって目を瞬いた。

 ギレーヌとゼニスは既に座って此方を見ていて、リーリャはアイシャと一緒に配膳中だ。

 リーリャとの娘であるアイシャは家事だったりでよくこっちの家にも顔を出すから良いんだが……。

 

「おはよう、お父さん」

 

「おはよう、父様」

 

 ゼニスとの娘である、ノルンとルーディアもテーブルについていた。

 挨拶をしてくる二人に多少面食らいながらも、俺も挨拶を返した。

 

「おう、おはよう。二人ともこっちに来るのは珍しいな」

 

 しかし、今朝悪夢を見たばかりってのもあるのかもしれねぇが……。

 俺の子供達と、妻達……皆が揃ってこの場にいるこの光景は……感無量だ。

 

 しかしまぁ、皆胸がでかい。

 娘に欲情する事は欠片もないとはいえ、不意に目が行く男のサガよ。

 

「こほん……ほら、あなた。いつまでも突っ立ってないで。ご飯にしましょ」

 

「っと、わりいわりい」

 

 苦笑を浮かべたゼニスの声で、暫しその光景をボーっとただ眺めていた事に気付いた。

 軽く頭を下げながら、抱えていた三人をそれぞれの席へと座らせていく。

 

「ニャー」

 

「ミャー」

 

「ミー……」

 

 それぞれ鳴きながら大人しく座っていく三つ子。

 ご飯時に暴れるとゼニスもリーリャも怖いからな……暴れん坊な二人もこういう時は大人しくて助かるぜ。

 

 さて、そんじゃ俺は自分のいつもの席に座って……と。

 もう少しで朝食の配膳も終わるみたいだし……ここは一つ、疑問を解消しておくとするか。

 もう一人、目の前で座っている珍しい人物へと顔を向けた。

 

「……で、なんであんたがいるんだ?」

 

「む……」

 

 ノルンの隣に座っていたのは緑の髪で額に赤い宝石のようなものがついた、顔に大きな傷のあるスペルド族の戦士。

 ノルンとアイシャをこの土地まで送り届けてくれた上に、ルディを助けてくれた、俺達家族の大恩人。

 ルイジェルド・スペルディアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビヘイリル、シャリーア、アスラの各地で起きた戦いにおいて、ビヘイリルでスペルド族を率いてギレーヌ、エリオットと戦ったのが、ルイジェルドだ。

 とはいえ俺が合流した時にはもう味方だったから、俺からの悪印象は皆無だ。

 そもそも向こうについたのだって、スペルド族が疫病におかされるのを知ってて黙ってたオルステッドの奴が悪い。

 それ故にまぁ、ルイジェルドへの俺の印象ってのは悪くねぇ。

 むしろ俺の愚弟のやり方のえげつなさに申し訳なくなったくらいだ。

 それらの思いは共通らしく、誰もルイジェルドを責めたりはする気はなかったんだが……。

 ……なんだか今日は何処か居心地悪そうというか……ソワソワしてんな?

 まぁー、責任感が人一倍強そうだもんな。

 未だに一時的に敵対した事を気にしてるのかもしれない。

 とはいえ実際に相対したギレーヌすら気にした様子はないし……そこまで気にしなくても良いとは思うんだがな……。

 

 とりあえず朝食を終えて、食後の茶をしばいてる時間、俺は改めてこの珍しい集まり方に言及する事にした。

 

「ず……ふぅ、そんで?なんでアイシャだけじゃなく、ルディとノルン……更にはルイジェルドまでいるんだ?」

 

 そう問い掛けてやれば、俺の妻達は三人並んで意味深に微笑み……。

 娘達、ルディとアイシャは嬉しそうに笑って。

 三つ子はよくわかってない様子で首を傾げて。

 

 ノルンが、頬を染めて口を開いた。

 

「お父さん、私、ルイジェルドさんと結婚したいの」

 

「………………………………は?」

 

 ちら、とルイジェルドのほうを見れば、俺を真剣な顔で、糞真面目な顔で見返していた。

 

 けっこん……けっこん、結婚……!?

 

 数秒固まった後、ルイジェルドのほうを向けば、こくりと力強く頷いた。

 

「ノルンには、戦後処理でスペルド族共々世話になった。

 その甲斐甲斐しい姿に、気付けば惹かれてしまっていた」

 

 そう語るルイジェルドは真剣で……いや、冗談でこんな事言うような人じゃねえか……。

 一度視線を切って、ノルンのほうに向けてみれば、口を引き結んで、俺を見つめていた。

 顔は真っ赤だったが、その目からは覚悟が見て取れた。

 

 あー……なんだろうな。

 いつかこういう日が来るのは、まあまぁわかってた。

 ルディに関してはなんかもう、色々あって、ありすぎて、有耶無耶になってたが……。

 ノルンが……結婚、かぁ。

 

「歳の差とか、種族の違いとか、色々あるのはわかってる。でも、私達本気で……」

 

「いや、わかってる。顔を見れば、わかるさ。

 魔法大学の事もきちんと考えてるんだろう?」

 

「え、う、うん。流石に卒業してから、って話は……」

 

「なら、良い。良いんだが……すまん、ちょっと待ってくれ」

 

 ノルンが、結婚……いや、婚約、だろうか。

 ノルンが……。

 

 子供の時からしっかりしていたルディじゃなくて。

 天才肌でリーリャの教育をしっかり受けたアイシャでもなくて。

 あの、甘えん坊の、ノルンが……。

 

 つん、と鼻の奥が刺激されて、目頭が熱くなる。

 思わず天井を見上げて、顔を両手で覆った。

 

 今までのノルンの姿が、声が、一気に甦ってくる。

 産まれた時、泣いた顔、眠った顔、ハイハイした時、初めて言葉を話した時、お父さんと呼ばれた時……。

 一緒に転移して不安がる顔、寂しさに泣きだしてしまった時、体調を崩して苦しそうな表情……。

 それでも笑いかけてくれて、甘えてくれて、他の家族が見つからない中で、俺がどれだけ救われたか。

 

 ……そう、そうだ。

 俺はノルンを守ってたつもりだった。

 けど、同時にノルンにも守って貰っていたんだ。

 俺の心を。

 きっと、俺一人じゃ何処かで心が折れちまっていた。

 ノルンがいたから、俺は頑張ってこれたんだ。

 転移した瞬間の、心底心細そうなノルンを見て、俺は必ず帰らなきゃいけないと、守りきると、そう心に決めたんだ。

 

「ぐ……」

 

 目が、熱い。

 

 ルディとの間で色々とあった。

 アイシャともソリが合わなかった。

 ビタのせいで皆死にかけた……。

 それでも、それでも……姉妹三人が今、こうやって、平穏に過ごして……。

 そこから更にノルンは、幸せになろうとしている。

 

「ずびっ……」

 

 ノルンは、立派になった。

 ひどい言い方だが、ノルンは平凡な子だった。

 ルディやアイシャと比べるのが可哀想になるくらい普通の子なんだ。

 なのに、今じゃゼニスが驚く程の治癒魔術の使い手になった。

 全部……ノルンの努力の賜物だ。

 ルディとアイシャに挟まれて、腐らずに努力を続けたノルンは……俺の誇りだ。

 

「あぁ……」

 

 手をどけても、視界が滲んで天井もろくに見えない。

 それでも俺は、ルイジェルドとノルンに、顔を向けた。

 歪んだ視界の中で、鼻をすすって、俺は口を開いた。

 

「ずっ……ノルン、好きに、していい。俺は、お前の幸せを心から願ってる。

 ずびっ……ルイジェルド、ノルンを、頼む。アンタになら……任せられる」

 

 これがきっと何処ぞの有象無象だったなら、何か思う所はあったかもしれない。

 でも、ルイジェルドは、ノルンが昔から懐いていたし、人となりも知っている。

 そして、何よりも、ノルンが望むなら……俺はそれを心から祝福出来る。

 

 目から涙が溢れる。

 涙を拭えばノルンとルイジェルドは寄り添っていて、微かな寂しさと、それ以上の安心感に包まれていく。

 ああ……俺がノルンを守る、保護する立場でいるのはもう……終わりなんだな。

 俺の手から飛び立つ時が、来たんだ。

 

 見れば、ノルンも涙を流していた。

 泣き虫は変わらないな……。

 

「お父さん……ありがとう」

 

「幸せにな……ノルン」

 

 俺は涙と鼻水を垂らしたひでえ顔で、笑顔を浮かべた。




ウェディング・オブ・ノルン

誤字報告ありがとうございます、修正しました。
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