『氷狼』蛇足編   作:如月SQ

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ノルンの嫁入り

 ルイジェルドは相変わらず強い。

 ただの暴漢役としてへっぴり腰で木剣を振るロキシーは論外として、フィッツはまぁまぁ形になってる。

 流派によっては中級はいけそうだ。

 そんな二人と共に父様に攻められているのに、揺らぐ気配が微塵もない。

 父様は確かに本気ではないけれど……積み上げた時間はやはり嘘をつかない。

 父様も帝級、神級に足がかかっているとは思うけれど、やはりちゃらんぽらんと適当にしていた時間が長かったからか、ルイジェルドの老獪さを突破出来ないでいるようだった。

 やがてはロキシーとフィッツは木剣を弾かれ、父様もまた、一瞬の隙を突かれて腹部に一撃を貰っていた。

 純粋な実力では父様のほうが上だと思うけれど……流石はルイジェルドだ。

 

「おっ!?痛っ……!やるなぁ、ルイジェルド!そんじゃ、準備運動はこのへんにっ」

 

 腹を抑えて獰猛に笑う父様の肩に手を乗せて。

 

「父様、邪魔」

 

 横に引き倒した。

 

パキパキパキパキ……

 

「んなっ!?ルディ!?」

 

 私の体を氷が覆っていく。

 なんだか、こうやって氷を纏うのもとても久し振りな気がする。

 

「ルイジェルドさん……こうして向き合うのはいつぶりでしょうか?」

 

「……かなり昔のような気がするな。

 お前は……随分と変わったな。とても、良い方向に」

 

 そうかな?

 いや、そうか。

 ルイジェルドと手合わせしてた頃なんて、まだまだ男性不信まっさかりで……ルイジェルドに対しても心の何処かで怯えてた頃だ。

 

「そうですね……今の私があるのは、あの時ルイジェルドさんが私を助けてくれたからですよ」

 

「ああ……今だから言うが、とても生きてるとは思えない姿だった。そんな死に体の子供が、目を覚ましてまず礼を言うものだから、動揺を抑えるのに必死だったぞ」

 

「ふふ……私も、悪魔と呼ばれるスペルド族だと気付いたからには必死でしたよ。エリオットを守らないといけない、そう思ってましたから」

 

「……ルーディア、お前には感謝している。お前と出会わなければ、俺は今も魔大陸で彷徨っていだだろう。

 スペルド族の名誉回復も、目処すら立たなかった。

 ……一度お前達と敵対してしまった身で言える事じゃないかもしれないが……お前が、お前達が幸せになってくれて、本当に嬉しい」

 

 そう言って微笑むルイジェルドは、ゆっくりと構えをとった。

 いつもの槍を構えた、本気のルイジェルドだ。

 

「そして、今度は俺がノルンを幸せにしよう。それを、今この槍で証明してみせる」

 

 燃え盛る闘志が、私の体を震わせる。

 本気のルイジェルドに対して、私は氷の兜の中で小さく笑った。

 

「貴方に出来るの?」

 

 あえて挑戦的に、私は言葉を紡ぐ。

 ……ルイジェルドを信じてない訳ではないけれど。

 これは、理屈じゃない。

 今、心の全てを私に託してくれている母様も、同じ気持ち。

 

「やってみせる」

 

「なら、こんな半身不随の女一人、あっという間に倒せるよね!」

 

 地面を蹴り、一息に距離を詰めて左手の爪を振り下ろした。

 

ガキィイイイン!

 

 槍で受け止めながら、ルイジェルドは不敵に笑う。

 

「随分と恐ろしい半身不随の女がいたものだな……!」

 

「ノルンに、私の愛する妹に相応しい強さを、見せて!」

 

 一度バックステップを挟み、間を置かずに付き出した右の爪と、ルイジェルドの槍が衝突する。

 

キィイン!

 

 甲高い音が鳴り響き、私とルイジェルドの視線が交差した。

 ルイジェルドの視線に籠った、私を打倒するという強い意思。

 それを見て私に浮かんだ感情は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直あの時、直ぐにここを発った事が正しかったのか今でもわからない」

 

「あれは……私にとってもノルンにとっても酷だった」

 

バキャンッ!

 

 振り抜く前の氷の爪が砕かれる。

 そのまま踏み込み突き出された槍を、半身になって避けた。

 

「だろうな……だが、お前達は仲の良い姉妹となっていた……それを知った時心から安心した」

 

「あの頃は……私もノルンも互いに嫌いあって……いや、互いに恐れてた。

 でも、ノルンは死の淵で私へ……謝って、気遣ってくれた。

 だから私も歩み寄れただけ……ノルンが強かった、だからこそ私もノルンを許せただけ」

 

ギャリギャリギャリ!

 

 氷狼鎧の表面を削らせながら、伝うように近接すれば、そのまま槍を横凪ぎにされる。

 それにあえて逆らわずに合わせて跳躍し……四つん這いになって着地する。

 

「ああ……互いに立派なものだ」

 

「ノルンに貰った薬の瓶は、未だに大切に保管してある。一生の宝物」

 

 そこから近接、両の爪を素早く振るい、素早くルイジェルドを攻め立てていく。

 けれど流石はルイジェルド、容易く……ではなさそうだが、問題なく対応している。

 

キキキキキキキキキキキキン!

 

「そうか……」

 

「だから、そんなノルンが不幸になるなんて事は、姉として許せない。

 ルイジェルド、スペルド族最高の戦士、そんな貴方だろうと、ノルンを容易く渡す事は出来ない!」

 

 ルイジェルドが受け損なった爪が、肩を僅かに穿った。

 

ザシュッ!

 

「ぐうっ!」

 

「最近も私の火傷を治してくれたんだ。ノルンは、私の自慢の妹……絶対に幸せにしてくれる男じゃなきゃ、結婚を許す事は、断じてない!」

 

 それでもルイジェルドの動きはまったく鈍らない。

 気付けば……ルイジェルドの私への対応は手慣れ始めていた。

 要所要所で打点をズラされ、無理に動けば反撃を食らい、足を交えた爪撃も対応され……。

 バランスを崩しながらも放った一撃を完全に受け流された時、私は完全に無防備になってしまった。

 

「…………はぁっ!」

 

「っ……!」

 

 気合いと共に放たれた渾身の突きが氷狼鎧の兜を弾き飛ばした。

 露になった顔の前へと槍の穂先が突き付けられ……私は小さくない驚きと共に静かに目を瞑った。

 

「……私の、負けです」

 

 静かに呟いた言葉に、ルイジェルドは大きく深い息を吐いた。

 穂先が私から外されたのを感じ、瞳を開きながら見上げれば、額に汗を滲ませた息の荒いルイジェルドの姿があった。

 

 そんなルイジェルドに笑いかけながら、私はゆっくりと口を開いた。

 

「おめでとう、ルイジェルド……私は貴方とノルンの結婚を認める……。どうか、妹の事を、お願いします」

 

 氷狼鎧を解除しながら、深々と頭を下げた。

 そんな私の頭にポン、とルイジェルドの手が置かれる。

 

「ああ……必ず幸せにする。絶対だ」

 

 じわ、と目尻が熱くなった。

 後々に思い返せば、この瞬間に、ノルンはルイジェルドの妻となったと実感したんだろう。

 ノルンは自分の妹から、ルイジェルドの妻となった。

 家族でなくなった訳ではないけれど、それでも……この瞬間、ノルンはここから巣立つのだと、そう実感したんだ。

 

 涙を流しながら顔をあげれば、母様も、父様も、ママも、お母さんも、ポロポロと涙を溢している。

 

「姉さん……お母さん……」

 

 ノルンも同じ……ルイジェルドに身を寄せ、並び立ち、私達を真っ直ぐ見つめながら、涙を流していた。

 そして、泣きながら、眉をハの字にしながら、それでも心底幸せそうに、満面の笑みを浮かべていた。

 

「私、ルイジェルドさんと、必ず幸せになります!

 今まで……ありがとうございました!」

 

 そう言って頭を下げたノルンを、気付けば皆で駆け寄って抱き締めていた。

 もみくちゃになって、涙で顔をぐしゃぐしゃにして……それでもずっと……ノルンは笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてノルンは魔法大学を卒業後、ビヘイリル王国のスペルド族の村へと向かう事となる。

 結婚式はスペルド族式……だけどサプライズでクリフ先輩を連れてミリス式でも挙げるつもりだ。

 その時が、今から楽しみ。

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