「本当に、申し訳ございませんでした」
アレクは居間の床に正座をして頭を下げ続けていた。
その隣ではルーディアも同様に口をもごもごさせ、気まずそうに視線を反らしている。
二人を見下ろすのは、この家の家主であるフィッツ。
事、色恋や性関係の話になった時、横恋慕した自覚のあるロキシーとシズカや、一度ルーディアを置いていった負い目のあるエリオットは、口を挟めない。
一方でフィッツは、幼い頃から転移事件が起きてもずっと、ルーディアを一途に想い続けていた。
そして、性奴隷としてのいたぶられた経験を持つルーディアの、拭いがたい性行為への忌避感、男性恐怖症、それらをフィッツはその溢れる愛で解きほぐしたのだ。
その経験が今のルーディアを、日々を穏やかに過ごせるように形作ったと言っても過言ではない。
故にフィッツは夫達の中で……明確に決まっている訳ではないが……一段階上の立場と言えた。
そんなフィッツがどのような裁定を下すのか、ロキシー、エリオット、シズカは固唾を飲んで見守っていた。
「……ふぅ、それで、どうするの?」
ひたすら頭を下げるアレクを見下ろしていたフィッツは、小さく息を吐くとそう問い掛けた。
特に怒りの感じない、静かな問い掛けだった。
「ど、どうする……とは」
「子供は出来ちゃった訳だけど、どうするのかなって」
「それは……」
自分の子供を憧れの人が産んだ事、それはアレクからすれば、正に青天の霹靂であった。
確かに自分はルーディアを抱いた。
しかしそれはほぼ一年前の事。
あの当時妊娠したのであれば、少々ズレがあるし、妊娠したのは知っていても、自分の子供を妊娠しているとは毛程も思っていなかったのだ。
それにルーディアから、当時に今日は安全日であると聞き及んでいた。
だからと言って、家庭を持っている人妻を抱いて良い訳ではないが、最低限、取り返しのつかない事にはならないという思いもあった。
ルーディアの方から誘ってきていて、二人きりで、リスクも低く……ついでにアレクのほうも長期間ビヘイリルとスペルド族の軋轢の解消に奔走していた為、女日照りの日々でもあり……有り体に言えば彼も溜まっていたのだ。
故に、そんな自分を正当化出来るタイミングでやってきた、憧れの人を思う存分抱ける機会……今後こんな機会は二度と来ないと思い至ってしまえば……タガが外れるのも仕方なかった……のかもしれない。
そうして思う存分身体を重ねたものの、それ以降は元の関係に戻るつもりであった。
満ち足りた表情でベッドの中で顔を合わせた二人は、最後にどちらからともなくキスをして……それでおしまい。
あの夜の事は良い夢だったと、アレクはそう言い聞かせて、失恋したとしていずれ次の恋を見つけようと、思っていた。
けれど憧れの人は、大好きな人は、自分の子供を妊娠し、産んでしまった。
四人の夫が見守る中、産むまで誰の子供だろうと楽しみにしていた彼等が見守る中……産まれた黒髪の、明らかに自分の血を継いでいる赤子。
取り返しのつかない事をしてしまったという罪悪感が募り、ただただ謝る事しか出来なかった。
周囲の人の視線も痛い。
師弟のような関係性である、アルスの目線すら冷たく感じる。
どうしたい、等と考える事も出来なかった。
アレクは急速に頭を回転させ……目の前のルーディアが初めて夫にした男の望む答えを探し出す。
そうして、絞り出すように、言葉を紡いだ。
「責任は……取ります。如何様にもしてください。
まずは僕の全財産を。そして、どんな罰でも甘んじて受けます。
ただ、その子に罪はありません……どうかせめて成人までは―――!」
「ああ、違う違う」
ガバリと、顔をあげながら産まれた子の助命を嘆願すれば……その先でフィッツは穏やかに笑みを浮かべていた。
「その子の名前、どうするのかなって」
「…………………………は?」
アレクだけじゃない、この部屋にいる全員が、そのフィッツの発言に唖然とした表情を浮かべていた。
「ああ、もう怒ってないよ。一回吹き飛ばしてスッキリしたし、それ以上何かする気もないもん。
ルディは君を一度受け入れたんでしょ?なら君はもう僕達と同じだよ。
これまでは同僚として、これからは同じ夫として、ルディを愛していこう」
「…………貴方は、それで良いのですか……?」
「ルディが幸せならそれで良いんだよ。
今回の事は、ルディを満たせられていなかった僕達にも責任はある。
ルディの性欲はねぇ……強いからねぇ……ロキシーなんていつもへとへとになるまでヤられてるし。
だからまぁ、感情とか倫理とか全部取っ払って考えると、ルディを満足させようとしてくれる人が増えるのは、僕達にとっても悪いことばかりじゃないよ」
「は、はは……」
「それにまぁ……君を見るルディの目が、弟を見る目から少しずつ変わってったのは知ってるし」
「え」
「まぁ、いつかこうなるかもっては思ってたよ。
産まれた赤ちゃんって形で、もうなってるって突き付けられたのは流石に予想外だったから少し取り乱しちゃったけど……仕方無いよ。
あ、でも流石に暫くの間君はお預けね!
僕達もまだまだルディに子供産んで貰いたいんだから!」
「…………フィッツさんは、凄いですね」
「そうかな?
僕はただ……ルディに幸せになって貰いたいだけだよ。
むしろ、僕一人じゃ幸せにしきれなくて不甲斐ないなぁってずっと思っているよ。
それに、僕じゃルディの隣で戦うには……力不足だから。
だから、ルディの事、改めてお願いね」
「……はい!」
アレクは、フィッツの嘘偽りのない様子に、深い尊敬を抱いた。
不貞を働いた自分のような者も受け入れるその度量の深さ……元より立派な人物だとは思っていたが、改めてその『人としての強さ』に感動していた。
そうしてアレクは、意外な程にあっさりと受け入れられたのだった。
一方、穏便に事が済んだ事に安堵の息を吐いたルーディア。
その肩を掴む手があった。
「ルディ?」
「姉さん?」
振り返り、笑みを浮かべた二人の女性を見て、ルディの表情は凍りつく。
母親であるゼニス、妹のノルン。
二人ともミリス教であるにも関わらず、複雑な内心を押し込めて、傍目には歪な家族を柔軟に受け入れて二人ではあるが……。
「母様……ノルン……」
流石に、今回のルーディアの裏切りを……そのまま許容する事は出来なかった。
圧のある笑顔に、ルーディアの額に冷や汗が滲んだ。
「「少し……お話しましょう?」」
二人の声が重なり、ルーディアの肩を掴む手に力がこもった。
そうして……ルーディアは二人に引きずられて部屋を去っていった。
「あ~……」
涙目で手を伸ばすルーディアだったが、誰もその手を掴む事はなかった。
そうしてルーディアは、みっちり一時間、二人から説教を受けるのだった。
この時産まれた黒髪の女の子には、後にアレクシアと名付けられ、すくすくと育つ事になる。
アレクを五人目の夫として迎え、新たな子供を設け……更にフィッツ宅は賑やかになっていった。
……なお、アレクシア、シアと呼ばれるようになる子は、とても才能に溢れた少女として成長していく。
生まれつき膂力と魔力量に優れ、剣の才能にも恵まれ、快活で明るく、更には不死魔族の血も覚醒させ……。
後に、歴代最強と呼ばれていた北神三世アレクを、真正面から撃ち破る快挙を果たす事になる。
そんなシアの奮う圧倒的な武力に、ヒトガミの無数の策が実る事なく潰えていったのは、本人すら知らない事である。