『氷狼』蛇足編   作:如月SQ

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すれ違い

「シズカが、ザノバと?」

 

「そうニャー!二人きりで怪しい小屋で何かやってたのニャー!あれはきっとやましい事をしてるに違いないニャー!」

 

「まさかぁ、シズカに限ってそんな……」

 

「本当ニャー!」

 

「でも、その現場を直接見た訳ではないのでしょう?」

 

「それは……そうだけどニャー……じゃああんな辺鄙なところで何してたのニャ?」

 

「むぅ……確かに何も聞いてませんが……」

 

「取り敢えず、確かに伝えたニャ。あちしはそろそろ魔大陸に戻るニャ。アイシャ顧問からのアドバイスも纏め終わったからニャー」

 

「……お疲れ様でした。シズカには後で一応聞いておきますね」

 

「あーい、またニャー。次来る時は大王陸亀のジャーキーでもお土産に持ってくるニャー」

 

「いらないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……リニアったら」

 

 ルーディアは部屋で一人、リリとクリス、シアの三人を寝かし付けていた。

 三人とも眠っていて……クリスだけは眉が寄っているけれど……安らかに寝息を立てている。

 子供達にかけた毛布を直しながら、ルーディアは呟く。

 

「そんな、シズカに限ってそんな事……」

 

 シズカは故郷に帰る事を保留してでも、自分と一緒になりたいと言ってくれた。

 あれだけ長年追い求めてきた帰還の手段、それを一時的にだろうと放置して、だ。

 そこには強い覚悟と、それだけの自分への愛があると信じて疑わなかった。

 だからこそ、憎からず思っている子が全てを擲って自分を求めてくれたからこそ、その思いに応えた。

 女同士なんてのはその思いの前では些事だった。

 そんなシズカが、有り得ない、それがルーディアの結論だった。

 

「……待てよ」

 

 だったが、ふと、思い当たる節があった。

 それは、フィッツやロキシー、エリオットとの行為を終えた後の事だ。

 ふとシズカを見た時、何処か羨ましそうに見ていたような気がする。

 それを当時はルーディアを抱いた夫達への羨望の目線だと思っていたのだが……。

 

「……もしかして、シズカも……抱かれたかった……?」

 

 ハッ、となる。

 根底に性行為への忌避感が残っているルーディアからすれば、愛のない行為などごめん被りたいものだが、『抱かれる』という行為そのものを求める……その思い自体は理解出来る。

 女同士の行為も気持ち良いし、お互いにちゃんと達して満足しているが、やはり男に抱かれるというのはまた違う快楽がある。

 自分が夫に抱かれ乱れる姿を何度も見られているし……むしろ抱かれながらシズカと深いキスをするという背徳的な事も……。

 

「……まさか、そこから欲求不満に……!」

 

ピシャァンッ

 

 ルーディア、青天の霹靂である。

 シズカも一人の女、乱れる自分の姿を見たからこそ、自分もと手を出してしまったのかもしれない。

 身近な男性とそういう、体だけの関係と割り切って……。

 そしてザノバと……。

 

「んぐぐぐぐ……!」

 

 ルーディアの脳内で、シズカとザノバがまぐわう様子が浮かんでは消えていく。

 艶やかなシズカの肢体を、ザノバが撫でて……。

 

「いぃやぁああぁぁ……」

 

 ルーディアは力なく悲鳴をあげた。

 シズカが自分以外に体を許す事が嫌でしょうがなく、プルプルと体が震えた。

 もしもそれがシズカの選択だとしても……到底許容出来ない。

 子供達が起きないように静かに、悶え苦しんだ。

 

 ルーディアはそこで初めて、自分が嫉妬深い事を知った。

 自分は五人も夫を持っているというのに、その夫が他人と関係を持っている、持ったことがある、その事実だけで苛立ちが募っていた。

 そんな自分の新たな一面に気付き、自分自身に呆れるも……その感情を抑える気はなかった。

 ザノバへの感情に暗い物が混じる前に、ルーディアは一度深呼吸をした。

 

「すぅー……ふぅー……一先ず、シズカに、話を……聞かないと……」

 

 少しだけ気を落ち着けたルーディアは、そう結論づけた。

 本人から話を聞こう、と。

 話は、それからだ。

 ザノバの処遇は……その後に決めよう、と。

 

 そうしてその日、ルーディアはシズカと二人きりで、話し合いの場を設けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人きりで話したいなんて……どうかしたの?」

 

「ええ……ちょっと……最近、変わった事、ないかなぁーって」

 

 ルーディアはチラチラとシズカの様子を伺いながら問い掛けた。

 傍目には特になんの変わりはないように見えるが、ルーディアからはどうにも一段と艶やかになったように感じていた。

 これが男に抱かれた効果なのかもしれないと、自分で自分の脳を破壊していた。

 

「んー……そうね……そろそろ言ってもいいかな」

 

「……!な、何かあったんですか……?」

 

 シズカはにひ、と笑みを浮かべた。

 まさか、と戦慄しつつもルーディアは恐る恐る問い返す。

 それでもルーディアは、大丈夫だと思っていた。

 そうかもと思いつつも、シズカはずっと自分だけを愛してくれていると―――。

 

「実はね、子供がやっと出来たの」

 

ピシャァアアアンッ

 

 ルーディアの頭は真っ白になった。

 まるで雷にうたれたかのような衝撃が走り、ルーディアは目を見開いて動きを止めていた。

 シズカはそんな様子に気付いていないようで、視線を反らし、頬を染めながらながらはにかんでいる。

 ルーディアはひどい寒気を感じながらも、どうにか言葉を紡ごうと口をパクパクとさせるが、言葉は出てこなかった。

 

「ザノバに手伝って貰ってね、やっと出来たの」

 

ピシャァアアアンッ

 

 衝撃が再びルーディアを襲う。

 具体的な名前が出てきた事で、脳内の妄想が現実味を帯びはじめた。

 不敵な笑みを浮かべたザノバが、シズカの肩を抱えて『師匠、見ておられますかな?今から師匠の大事なサイレント……いや、シズカと子供を作らせていただきますぞ!』なんて宣っている。

 

「うぐぅ」

 

 自分の想像した光景でルーディアはダメージを受けて、呻き声を漏らした。

 それ以上の言葉も出ず、わなわなと唇を震わせるルーディアへと、シズカは言葉を続けた。

 

「大変だったけど、ザノバに頼んで良かったわ。

 ずっと子供が欲しかったのよ。彼には感謝してもしきれないわね」

 

 ブチブチと、切れてはいけない物が切れていく、ルーディアはそんな感覚を覚えていた。

 ルーディアの見開いた瞳からハイライトが消えていく。

 その口元は不自然につり上がり、ピクピクと震えていた。

 それでもシズカはまったくその様子に気付く事なく、満面の笑みを浮かべてルーディアへと宣言した。

 

「やっと出来た子供、ルーディアにも見せてあげるわね」

 

ブチィッ

 

 その瞬間、ルーディアの中で何かが明確に切れた。

 目を見開き、笑みを浮かべたままのルーディアは、シズカを一度軽く抱擁した。

 何も言わず一瞬だけ抱き締められたシズカは、キョトンとした顔でルーディアを見返していた。

 そんな無垢で愛らしい姿に愛おしさが爆発し……相対的にルーディアの脳は無事、破壊され尽くしてしまった。

 

「ルーディア?」

 

ギリィッ

 

 ふるふると肩を震わせ俯いたルーディアから、歯軋りの音が響いた。

 シズカが眉を寄せ、その肩に乗せようと手を伸ばした、その時。

 

バッ!

 

「きゃっ」

 

 突如としてルーディアは顔をあげ、その燻る感情のままに口を大きく開いた。

 

「ザァアノォオバァアアアアアァ!!!」

 

 それは恐らく、ルーディアが産まれてこの方、二番目に大きく声を張り上げた瞬間だった。

 

ダンッ!

 

ガシャァアアアアンッ!

 

 咆哮したルーディアは、そのまま立ち上がると、部屋の窓をぶち破り、外へと駆け出してしまった。

 一瞬呆けたシズカだったが、その時になって漸く、自分が言葉選びに失敗した事に気付くのだった。

 

「だ、誰かー!」

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