決戦から一年の月日が経ち、ルーディアのリハビリもゆっくりと進んでいた頃……。
ルーディアが妊娠したのが発覚した頃、その報せが届いた。
「キシリクリスタル?」
「キシリカキシリスです。魔界大帝の。
私の魔力眼も彼女から貰ったんですよ」
魔界大帝キシリカキシリスの発見だ。
発見したのは、魔大陸へと勢力を伸ばそうと下見に来ていたリニアであった。
元々、キシリカキシリスにはルーディアがいずれ改めて感謝を伝えたいから、と魔大陸に行くなら一応気にして欲しい、との通達があった。
しかしそもそも魔大陸に行く予定なんてある訳がなく、音沙汰もなかったのだが……今回いきなり発見の報が届いたのだった。
どうやら飢えて倒れている所をリニアが拾ったらしい。
相変わらずであるとルーディアは苦笑を浮かべた。
「じゃあ、会いに行きたいですね、直接この眼をくれたお礼をして差し上げたかったんです」
そう言うルーディアだが、夫達は必死に止めた。
なんせルーディアはまだ本調子ではなく、更には妊娠までわかった状態。
そんな状態で過酷な魔大陸になんて行かせたい者はいない。
だが、ルーディアは頑なだった。
夫達が何を言おうと首を縦に振らなかった。
むしろ、自身の家族仲の改善していたロキシーとの里帰り、孫の顔見せまで提案し、ロキシーの意思を傾かせていた。
「……わかったよ。エリオット、ルーディア達の事、頼むね」
「任せろ」
「ペルギウス様の知ってる転移魔法陣が良い所にあるわ。そこを使わせて貰いましょう」
仕方なく折れた夫達は、代わりに万全の体制でルーディアを送る事を決める。
エリオットを護衛につけ、ペルギウスを説得してロキシーとララの入城と魔法陣の使用の許可ももぎ取り。
転移した先からのルートもしっかりと頭に叩き込んで、旅立つ事となる。
ララだけ連れていく事に不服そうなルーシーと、ニャーニャー鳴いて纏わり付くシャロンとシャルルを引き剥がし。
ルーディアから離すと大泣きするシャーレをどうにか泣き止ませて、そうして漸く魔大陸へと降り立つのだった。
懐かしい光景だった。
ここはリカリスの町、魔大陸三大都市の一つ。
クレーター内に作られた、キシリカキシリスが拠点にしていたという逸話のあるこの町の別名は、旧キシリス城。
かつて転移災害で魔大陸に飛ばされた時、ルーディア、ルイジェルド、エリオットの三人で、訪れた町。
……ルーディアが左の視力を失った町。
「懐かしいですね」
ちら、とエリオットとロキシーがルーディアの顔色を見るも、ララを抱いた彼女の表情には、ただ過去を懐かしむ色だけがあった。
特に辛そうでもなく、ララも何も反応をしない。
本当にルーディアにとっては、一つの思い出でしかないのだろう。
それを心強く思い、ロキシーは胸を撫で下ろした。
「とりあえず、場所は聞いてます。キシリス様にご挨拶に行きましょう!」
ロキシーにとってもキシリカキシリスは懐かしい相手だ。
彼女のおかげで捜索の為に無駄足を踏む必要がなくなり、ゼニスも救えたのだから、ロキシーにとっても一度感謝を告げたい相手であった。
それに、懐かしさの感じる光景に、ロキシーは高揚を覚えていた。
勝手知ったる、と言った様子で先導するロキシーについていく事となる。
少しテンションが高い様子のロキシーを、ルーディアは微笑ましそうに見つめていた。
そこはかつて、ペットショップだったらしい。
その建物をいずれはエンド傭兵団の支部とする予定だが……他と比べてあまり順調ではないようだった。
ルーディアはその建物を見て目を細める。
この建物の以前の持ち主は、魔物の調教に失敗して亡くなったのだという。
改めて魔大陸の厳しさと時間を流れを感じる話。
そしてエリオットは気付いていないが、かつての旅の始まり、苦い失敗と左目の失明の切っ掛け……。
それを思い出させる建物……。
「ルディ?」
だが、それは既に過去……あの時のように顔を隠して怯える少女はいない。
『ママ?パパ待ってるよ、入ろう』
愛しい夫と愛娘の声を受け、ルーディアはゆっくりを足を進める。
「ええ、今行きます」
動くようになった顔で笑顔を浮かべ、ルーディアはその建物の中へと入って行った。
「美味い!美味い!美味ーい!」
通された部屋では、なんとも露出の多い服の角が生えた幼女が、串焼きを頬張っていた。
口の回りをタレだらけにしている姿からは、威厳の欠片もない。
「……こいつがそうなのか?」
魔界大帝というカッコいい二つ名からは考えられないその姿に、初対面であるエリオットは怪訝な顔を浮かべた。
少しだけ男心が擽られていたからこそ、その落胆は大きかった。
「そうです、彼女がキシリカキシリス様ですよ」
一方でその姿を知っていたルーディアとロキシーは、キシリカに向き直り、軽く頭を下げた。
エリオットは見るからにガッカリした表情で一歩下がり、部屋の壁にもたれ掛かった。
「お久し振りです、キシリカキシリス様」
「あ……?なんぞ……?」
夢中で頬張っていたキシリカは漸くルーディア達に気付いたようで、ピタリと手を止めると串焼きを両手に持ちながら、その動きを止めた。
「おお、懐かしいのぅ、その気色悪い魔力総量……。
む……?いや、倍近くになっておらんか……?
まぁよい、覚えておるぞ、確か名前は……ルインシア!」
「ルーディアです」
「そうじゃそうじゃ、ルーディアじゃったな」
背後でエリオットの「こいつ大丈夫か?」という気配が強くなるのを感じて、ルーディアは思わず苦笑を浮かべてしまった。
「して、妾をここにおるよう言い付けおったのは御主か?
おかげで暫く飯に困らんかったし屋根のある場所に居れたぞ。感謝してやろう!」
キシリカは器用にも串焼きを持ちながら腕を組み、その胸を張った。
それに変わらないなぁ、とルーディアは、以前は浮かべられなかった笑顔を浮かべた。
「いえ、改めてキシリカ様に感謝を。
頂いた魔力眼には、とても助けられましたから」
頭を下げたルーディアに、キシリカは一瞬きょとんとするも、直ぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
しかし、ルーディアの顔をまじまじと見つめたキシリカは、怪訝な表情を浮かべ、自らの瞳をグルグルと回転させ始めた。
「そーかそーか!くるしゅうないぞ!悪い気はせんな!
……む?ちょっと待て御主、その左眼どうなっておる?
むむ?予見眼?だが魔力を上手く通しておらぬな。
そのせいで、体内の魔力が酷く澱んでおる……御主今、上手く魔力が練れぬのではないか?」
その言葉に、ルーディアは少し驚き、目を瞬かせた。
「その通りですが……よく、わかりましたね」
「うむ、そのくらいはな。それに……」
キシリカはその無邪気な笑みを引っ込め、ずい、とルーディアへと顔を近付けた。
「気に食わんヒトガミに一泡吹かせたのだろう?
あと、アトーフェの奴もバーディも殺さないでいてくれた……。
アトーフェはバカで、バーディも底抜けのお人好しじゃ。
御主には相当迷惑をかけたのじゃろうに」
その見た目にそぐわない優しく妖艶な笑みを浮かべて、ルーディアの左頬に手を添えた。
「それは……何故」
「みなまで言うでない。
ありがとう、ルーディア。御主に妾も心から感謝するぞ」
その左目にキシリカは口付けを落とす。
途端にじわりと暖かくなった左目に、ルーディアは驚いて咄嗟に手で押さえ……。
周囲が戸惑う間に、気付けばキシリカは消え去っていた。
「ではな、また会おう!ふははははははー!」
高笑いのみを残して。