魔大陸から帰還したルーディアは、それはそれは大いにはしゃいだ。
決戦から今まで、体がまるで自分のものではないかのように動かなかった日々。
皆にちやほやと世話されているおかげで不自由はそこまで感じていなかったが、だからこそずっとやきもきしていたのだ。
家事も出来ず、剣も振れず、魔法も使えない。
夫婦の営みも、一度行えば疲れ果ててしまう。
そんな時間を過ごしてきたルーディアは今、体を好きに動かせる事に感動すら抱いていた。
故に今まで出来なかった事をしよう、と積極的に動いた。
子供達と遊び、剣と魔法の訓練も再開し、それはもう動き回った。
身重である事を忘れたかのように。
「ルディ、元気になったのは嬉しいんだけど、大丈夫?」
周囲がハラハラしながら、止めたり嗜めたりしても、ルーディアは聞かなかった。
フィッツが心配そうに問い掛けても、呆気からんとした笑顔で、首を振る。
「大丈夫!」
そう言って動けなかった時間を取り戻すかのように暴れまわっていた。
時にはシャロンとシャルルを率いたいたずらっ子、ルーシーと共に悪戯をする事すらあり、皆の頭を悩ませていた。
そういう時期が無かった反動、それが今のルーディアの甘えの形だとわかっていても、心配は尽きない。
妊娠中で多少精神に揺らぎがある事を加味して、強く言う事はなかったが……常にハラハラとした心持ちで見守っていた。
そして、事件が起きる。
お腹が膨れてきた頃、バランスを崩したルーディアが転びかけたのだ。
幸いにも側にいたエリオットが咄嗟に支える事で事なきを得た。
「ありがとう、エリオット……危なかったー」
「ルーディア、あのな……」
体を動かしたい、暴れたいという気持ちのわかるエリオットはどちらかと言えば静観の立場ではあった。
しかし、目の前で見るからにはしゃいで転びかけるのを見ては、流石に見過ごす事は出来なかった。。
苦言を呈そうと口を開いたエリオットだったが……。
「ルディ……いい加減にしなさい」
怒気の溢れる、強い意思のこもった声が響き、その口をつぐむ事になった。
振り返れば、そこには非常に珍しく怒気を怒りを露にしたゼニスが、ルーディアを見つめていた。
自分に向けられた訳でもないのに、エリオットの額に冷や汗が滲み、知らず知らずに後退りをしていた。
ゼニスはいつも朗らかに笑っている。
今が幸せで仕方ないと、常に笑みを絶やさない。
そんなゼニスが、能面のような顔でルーディアを見つめていた。
エリオットはゼニスをそれ以上見る事が出来ずに視線を反らす。
そして、反らした先、その怒気が向いている先であるルーディアを見て、心底同情した。
「ぴ、ぴぃ……」
今まで聞いた事のない情けない声で、見たこともないような涙目で震える、ルーディアの姿がそこにあった。
「ルディ、貴女はずっと良い子だった。
よく泣く子だったけど、殆ど手の掛からない子だった。
だから甘えて貰えたり、迷惑かけられても苦でもなんでもないわ」
「はい……」
「でもね、貴女は私の娘だけど、既に三人も夫を……」
「四人……」
「そうね、四人も、四人も!夫を持つ妻でもあるのよ?
更には四人も子供を産んで、今も妊娠中の母親でもあるの」
「…………はい」
「複数夫を持つ事に私はもう何も言わないけど……パウロの娘だし。
それでも、それ相応の振舞いというものがあるでしょう?
貴女の最近の振舞いは目に余るわ。今日は一体……。
……ロキシーの書斎にくっつき虫を仕込んだ?
ルディ!貴女子供みたいな真似をし過ぎよ!
今日という今日はもう許さないわよ!」
「ごめんなひゃい!ごめんなひゃい!」
「ピャァアァアアア!なんですかこれ!?虫!?」
「ひーん……」
ゼニスに頬を引っ張られ、赤くしたルーディアは、涙目だった。
母親に怒られるという経験がなかったルーディアにとって、ゼニスに怒られた事、その事実は非常に重かった。
今もじっと此方を見る視線に怯えながら、心底気落ちした様子で、眉を下げて落ち込んでいた。
そんな深く反省した様子の娘に、ゼニスは漸く溜飲が下りたのか、口元に小さく笑みを浮かべた。
「……ルーディア、私はね、貴女に悲しい思いをして欲しくないのよ」
「……ぐす……」
ゼニスは静かに語りかける。
「貴女が産まれた時の事、聞いた?」
ルーディアは無言で頷いた。
パウロから聞いた事がある、確か産声をあげる事なく、ララの時とは違い本当に呼吸をしていなかった、と。
「あの時……怖くて怖くて仕方なかったし、私は自分自身を殺してやりたいくらいに後悔したのよ」
ゼニスはそっとルーディアの頬に手を添えた。
ひりひりとした痛みを訴える頬を包む手は、ひんやりと冷たかった。
「私がお腹にいる時に貴女を、ルディを守りきれなかったから、この子は産まれても生きれなかったんだ、って。
きっと何かしてはいけない事をしたんだって。
私の何かのせいで、この子を殺してしまったって。
動かない貴女を見て、心底後悔したの」
はらりとゼニスの瞳から涙が溢れた。
「パウロもそう、リーリャもそう、あの時皆、ルディが死にかけていた時、心底後悔していたわ」
「…………ひっく……」
ルーディアはしゃくりあげながら、ゼニスの手に自身の手を重ねた。
「あんな思い、あんな恐怖、二度と味わいたくないし……誰にも味わって欲しくないの」
そう語るゼニスの瞳から止めどなく涙が溢れていく。
「ルディ、貴女は私達の自慢の娘……。
だから、これ以上バカな真似をしないで。
周りを、そして何よりも貴女自身を悲しませないで……。
もし、お腹の子に何かあって一番悲しむのは、貴女自身なのよ」
そこで、ルーディアの瞳からも、堰を切ったように涙が溢れた。
はらはらと涙を流し、肩を震わせ……。
それでも、涙で歪んだ視界の中でゼニスを見つめ続けていた
「ごめん、なさい…………」
ぼそり、小さく呟かれた言葉、それに呼応するように、涙を流すゼニスの顔がくしゃりと笑みを浮かべた。
「よし、よし……本当は貴女の好きにさせたかった。
話に聞く反抗期みたいで、少しだけ微笑ましかった。
でも、自分も、お腹の子の事も疎かにするのは……ダメ。
絶対何処かで後悔する事になる……」
ぐすぐすと鼻を鳴らす愛娘を、ゼニスはその胸に抱き寄せた。
そう言えば、こうやって娘を抱き締めるのも、久し振りなような気がする。
自分も何処か、一線を引いていたのかもしれない。
そう思うと、愛娘に悪いことをしてしまったような気がして、ゼニスの鼻がツン、と痛んだ。
ゼニスはルーディアをぎゅうと抱き締めた。
涙を流しながら、それでも笑顔で。
ルーディアもゼニスにすがり付いた。
くしゃくしゃになった顔で、しゃくりあげながら。
二人は、失われた家族の時間を埋めるように、身を寄せあう。
その場には暫くの間、二人のすすり泣く声が静かに響いていた。
その後、ルーディアは大人しく……いや、元々の母親としてのルーディアに戻っていった。
ルーシー達いたずらっ子達は叱られる立場に戻り、残念そうで、けれど満足気でもあった。
そうして、誰も知らない……いや、シズカだけは知ってる歌を唄い、その出産の時までを、穏やか過ごしていった。
やがて時は過ぎ、ルーディアは五度目の出産を迎える。
部屋には産声が響き渡っていた。
「おめでとう、女の子の双子だよ」
いつもの助産婦から、そう言われて差し出された赤ちゃんは、青髪と赤髪の双子。
慈愛の表情で、産声をあげ続ける赤子に頬を寄せた。
「産まれてきてくれて……ありがとう」