異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~   作:東郷しのぶ

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20話 白蛇退治の顛末

 深い海底より、水面へ向けて身体が浮上していくような感覚。

 

 パッと目を開くと、木組みの天井が見えた。

 どうやら、僕はどこかの屋内で横になっているようだ。柔らかいベッドに寝かされ、毛布が掛けられている。

 

 身じろぎしようとして、思わず顔を(しか)めた。全身が強ばっており、ほんの少し動かすだけでも思いの他の努力が要る。

 ……僕は魔法の使いすぎによって、気を失ってしまったらしい。

 

 気絶する直前の状況を思い出す。

 ミーア! ミーアはどうなったんだ!? 無事なのか? 回復魔法による治療は成功したのか?

 

 焦る僕の耳に、猫族少女の暢気(のんき)な呟き声が飛び込んできた。

『ムニャ~。サブロ~、それは狸族じゃ無くてムジナ族にゃ~』

 

 ミーアか? どこに居るんだ! 

 

 慌てて首だけ起こす。

 すぐ隣で椅子に腰掛けつつ、上半身をベッドにうつ伏せにして眠りこけているミーアの姿が見えた。

 

 ミーアの頭が、右手の届く範囲にある。

 手を伸ばして、そっとミーアの頭を撫でた。黒い毛並みがサラサラして気持ち良い。掌にミーアの体温を感じる。

 

 生きている! ミーアは生きている! 

 

 安堵すると同時に、目尻より自然と涙がこぼれ落ちた。

 

 おねんね中のミーアは、いつもの見慣れた猫娘の外見だ。

 ふと、思い返す。瀕死のミーアに無我夢中で光魔法を施していた際、彼女の容姿が人間バージョンに変化していたような……。

 

 いや、違うな。更に、前。

 己が記憶を探る。

 

 ミーアが白色大蛇(ホワイトカガシ)の牙に貫かれた、あの絶望のタイミング。ミーアの姿は、人間の少女――真美(しんび)状態(じょうたい)――へと転換した。

 

 うん。間違いなく、そうだったよ。

 

 猫耳を付けた日本の女子中学生が、大蛇の牙により串刺しにされ……救出後も、血まみれで半死半生の容態……。身体には、大穴があいていた。

 その凄惨極まりない光景は、あまりにも日常性との乖離(かいり)が激しくて。

 

 ミーアの生命が、終わりを迎えてしまう――その瞬間が刻々と近付いてくる様は、過ぎ去っていく時間はもう2度と決して取り戻せないという残酷な現実を、骨の髄まで僕に実感させた。

 

 ミーアもろとも暗闇の底へと堕ちていく、あの恐怖と焦燥。

 自分の持てる全てを投げ打ってでも、何とかしたかった。

 

 ああ。回復魔法が使えて、本当に良かった……。

 

 僕に魔法の能力を授けてくれた、イエロー様。心の底より、彼女に感謝する。

 さすが、イエロー様だ! 貴女こそ、鬼族一の美女! 角つき牙つきビューティフル・ボディビルダー! 真正の鬼っ()! 僕が地獄を出立した折にはまだ独身だったけど、彼女なら遠からず、鬼の花嫁――鬼嫁になれるに違いない。

 

 意識を失う間際に見たミーアの笑顔を思い浮かべると、胸の奥が締め付けられるような気分になってくる。

 黄金の瞳は、とても美しかった。

 

 しかし、顔立ちは人タイプ(猫耳つき)だったにもかかわらず、僕の頬に触れたミーアの手からは肉球の触りが感じられたな……。

 掌も見た目は人間そっくりで、5本の指は少女らしく細くてしなやか。当然ながら、肉球は無かったのに。

 

 まぁ、それは納得できる。

 真美探知機能によって変化するのは僕の眼に映る対象者の姿形(すがたかたち)のみで、身体そのものが別の何かになってしまっている訳では無いのだから。

 

 にしても、あの状況下で何故、真美探知機能が発動したのだろう? 

 ……分からないな。何か、僕の考えが及ばない理由でもあるのか?

 

 おかげで、肝心な場面なのに余計な分まで体力を消費してしまった。

 

 魔法行使に必死になるあまり、気付かないうちに真美探知ONのスイッチを押しちゃったのかな? 現在は収まっているようだが、機能が暴走していたら大変なことになっていたよ。

 

 今の僕には、リアル猫のミーアでも猫耳つき人間少女のミーアでも、どっちも愛しくて大切な姿に見えるけどね。

 どのような外見だろうと、ミーアはミーアだ。

 

『ニャム~。それはペンギン族じゃ(にゃ)くて、カモノハシ族にゃ。サブローは、うっかりさんだニャ~』

 またミーアが変な寝言を口にしている。

 

 ミーアの中の僕のイメージって、粗忽者(そこつもの)っぽい? 

 あと、ウェステニラにおける獣人族の多様性に、そこはかとない畏怖の念を覚えてしまうんですが。

 

 そんでもってミーア、よだれが凄いよ。

 寝具に染みが付くと、僕がお漏らししたみたいに見えちゃうから、そろそろ起きてください。

 

 僕の願いが届いたのか、ミーアがパッチリと(まぶた)を開ける。

 少女の頭に右手を載っけたままだったのでチョット焦ってしまったが、ミーアはそんなこと気にも留めず僕にすがり付いてきた。

 

『サブロー、良かったニャ! 気が付いたんニャね?』

 ミーアは感情を高ぶらせすぎて、エグエグと泣きながら(しき)りにしゃくり上げる。

 

 取りあえずミーアを落ち着かせようとするけど、喉がカラカラで声が出ない。

 

『あ、お水ニャよね』

 僕の変調を察して、ミーアが水差しを僕の口もとまで運んでくれる。

 ミーアに手伝ってもらいつつ水を飲みほし、ようやく一息つくことが出来た。

 

『ミーアは大丈夫なのかニャ?』

『もちろんニャ! サブローが魔法で治療してくれたおかげで、ピンピンしてるニャン』

 

 ミーアはそう言って、元気になった姿を僕に見せようと背伸びをしたり軽く跳びはねてみせたりしてくれた。

 

外傷治癒(ウーンドヒール)》の魔法には、増血効果もあったはず。

 魔法行使の最中に気を失ってしまったから結果を案じていたんだけど、後遺症も無さそうで良かった。

 

『傷跡も、全然無いんニャよ? サブローも見てみるニャ』

 

 ミーアが上着の裾を捲り上げて僕にお腹を見せようとするので、『わ、わざわざ見せなくても良いニャ!』と止めさせた。

 ミーアさん。貴方も年頃の娘さんなんだから、もう少し慎みを持ちましょうね。

 

『アタシより大変だったのは、サブローにゃ! サブローはあの日から3晩、眠りっぱなしだったんニャよ!? このまま目を覚まさないんじゃニャいかと、とっても心配したのニャ』

 

 ミーアが再び涙ぐむ。

 

 3晩――4日間も、僕は眠ったままだったのか? 

 う~ん……ま、まぁ、魔素を魔力へ変換するために、極限まで体力を使い切ったからな。加えて、何でだか真美探知機能も発動しちゃってたし、気力や精力も底をついたに違いない。

 魔法の使いすぎには生命力枯渇による死の危険もあるそうだから、気絶だけで済んだ僕は幸運なほうだろう。

 

『アタシの我が侭で、サブローには迷惑を掛けてしまったニャ。サブローが倒れてしまったのは、アタシのせいニャ』

 

 ミーアが申し訳なさそうに俯く。

 

『思い違いをしちゃいけニャいよ、ミーア。それを言うニャら、ミーアが大怪我したのは僕を庇ってくれたからじゃニャいか。謝らなくちゃいけないのは、僕のほうニャン』

『それは、アタシが勝手にやったことニャ。サブローはちっとも悪くないニャ。悪いのはアタシにゃ』

『いいや。悪いのは僕にニャ』

『アタシにゃ』

 

 僕とミーアが言い争っていると、ドアを開けて誰かが屋内に入ってきた。

 

『サブロー、目を覚ましたんですニ!』『サブロー、安心したぞニャ』

 

 チュシャーさんとダガルさん、あと猫族の男性がもう1人。

 見知らぬ猫族の中年男性は、村のお医者さんとのことだった。

 

 僕の身体の具合を一通り診たお医者さんは『体力が落ちていること以外は目立ったケガや気になるところも(にゃ)さそうですし、ひとまず安静にしていてくださいニャン』と告げて退出した。

 

 チュシャーさんとダガルさんが、ベッドの側に寄ってくる。

 ミーアの介抱を受けながら、僕は上半身を起こした。

 

 チュシャーさんとダガルさんに僕が気を失ったあとどうなったのかを尋ねたところ、2人はこもごも答えてくれた。

 それによると、僕の回復魔法を受けたミーアはあの場ですぐに生気を取り戻したそうだ。

 

 ダガルさんが嬉しそうに目を細めつつ、娘のミーアを見遣る。

『傷跡1つ無く、それどころか以前より毛並みが良くなったんニャ』

 

 動転していたため、必要以上の治癒回復魔法をミーアに注ぎ込んでしまったのかもしれないな。

 

 ホワイトカガシは絶命。しばらくのたうっていた胴体も頭を失っては手も足も出なかったのか、やがて動かなくなったと言う。

 蛇にはもともと、手も足も無いけどね!

 

 飛んでいった頭はかなり離れた場所で見付かったが、原形をとどめないほどに焼け焦げていたのだとか。

 

『サブローが気絶したまま目を覚まさないニョで、取り急ぎ猫族の村へ運びこんで医者に診てもらうことにしたのニャ』

 そうダガルさんが述べ、続けてチュシャーさんが『この家は、ケガ人や病人を休ませるところですニャン』と教えてくれた。

 

 看病小屋は村に多くあり、ここはその1つとの(よし)

 

『それで、討伐に参加した方々は……』

 

 僕が懸念している内容を察したのか、ダガルさんは豪快に笑う。

 

『心配するニャ、サブロー。ケガしたヤツは大勢居るが、誰1人として命を落としちゃいないニャン。今、ケガ人たちは村で手当てを受けている最中ニャ。みんにゃ順調に回復してるニャよ。ホワイトカガシのような強大なモンスターと戦ったにもかかわらず、信じられニャいほど少ない損害ですんだニャン』

 

 そうか。討伐戦で亡くなった獣人は居なかったのか。

 少しばかり、肩が軽くなったような気がする。

 

 でも、ケガ人は多数出たんだよね。

 

『スミマセンにゃ、ダガルさん。僕がもっと早く火の魔法を使っていれば……』

『勘違いするニャ、サブロー』

 

 僕の謝罪の言葉を、ダガルさんは押しとどめる。

 

『本来、ホワイトカガシは俺たちだけで倒さなくちゃならなかったんニャ。サブローは、あくまで助っ人の立場だったんニャ。それに俺たち獣人の狩人は、自分の命の責任は自分にあることを良く知っているニャン。サブローに感謝こそすれ、文句を言うヤツなんて猫族にも犬族にも1人も居ないニャ』

『その通りですニャ』『そうニャよ、サブロー』

 

 チュシャーさんとミーアも、ダガルさんに同意する。

 胸が一杯になって、何も言えなかった。

 

 それからミーアを危険な目に遭わせたことについて、ダガルさんに改めて頭を下げた。けれど、逆にダガルさんから『ミーアの命を救ってくれて、ありがとうニャ』とお礼を言われてしまった。

 

『あの時のパパの顔、涙と鼻水でグチャグチャだったニャン』

 

 ミーアがダガルさんをからかい、頭に拳骨を落とされる。そんな平和(?)な光景に、僕も思わず微笑む。

 屋内にホノボノとした雰囲気が漂った。

 

『アタシを助けてくれたサブローの魔法って、何なニョ?』

 

 拳をくらった頭を両手で抑えつつ、ミーアが僕へ尋ねる。

 

『えっとね……あれは、光系統の回復魔法にゃん』

『凄く温かくてキレイな光だったニャ。魔法と一緒にサブローの優しい気持ちも流れ込んできて、とても気持ち良かったニャン』

 

 ミーアがウットリしながら、聞いてるこちらが気恥ずかしくなるようなセリフを口にする。

 チュシャーさんはニヤニヤしつつ、「ミーアはこの3日間、眠ったままのサブローに付きっきりで決して離れようとはしなかったのよ」と僕にこっそり人間語で囁いた。

 ダガルさんは、何故か両手を組み合わせてポキポキ音を鳴らしている。

 

 ミーアのパパさん。僕と娘さんの関係は清く正しいままですので、早合点しないでくださいね!

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