異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~   作:東郷しのぶ

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3話 鬼さんはカラフル

 爺さん神が杖を振ると、周囲の景色が一変した。

 

 あの不思議な老人はもう居らず、代わりに、目の前には巨大な門が(そび)え立っている。

 門の上部の飾りの部分に、何やら文字が書いてある。初めて見る文字だが、何故か意味は分かった。

 

『地獄へようこそ! ~貴方も、素敵なヘル・パラダイスを~』

 

 訪問者を全力で歓迎したい意図は分かるんだが、単語の使い方を致命的に間違っている気がする。

 天国側から抗議があったりは、しないのだろうか?

 

 門をくぐって、しばらく歩くと、古代ギリシャにおける神殿風の建物が見えてきた。

 入り口に、門番さんが立っている。制服をピッチリ着こなした中年男性で、銀髪で赤い眼、そして紫色の肌から、人間で無いことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

 

「ようこそ、地獄へいらっしゃいました」

 にこやかに門番さんが話しかけてくる。

 

 やけにフレンドリーだな。ホントに、ここは地獄なの?

 

「どのようなご用件ですか?」

「あ、あの、僕は別に罪を犯した訳じゃなくて……」

 

 ちょっと、どもってしまう。

 爺さん神は一見、普通の老人に見えたから、地獄の門番さんは僕が初めて接する人外的な存在だ。

 

 少しばかりビビってしまっても、臆病とは言えないはずだ。

 

「大丈夫です。分かっていますよ。罰を義務化された罪人が通る入り口は、別にあります。ここに来られる方は、地獄に特別な用向きがお有りの方々ばかりです」

 

 門番さんの穏やかな語り口に、緊張が(ほぐ)れる。

 僕は爺さん神との出会いを簡単に説明して、『特訓地獄』への案内を頼んだ。

 

「ふむふむ、なるほど。それでは、こちらへどうぞ」

 

 門番さん改めガイドさんの先導で、建物の中に入る。

 ヒンヤリした空気が、心地良い。

 

「特訓地獄は、地下1階にあります。地下1階に存在する地獄は、全て生前の罪が軽かった人々向けですので、ご心配なさらずに」

 

 ガイドさんが、僕を慰めてくれる。

 地獄の案内人がこんなにも親切なんて、予想もしていなかった。

 

 逆に不安になる。

 

「深い階層に行くほど、重い罪の人向けの地獄になるんですね?」

「そうです。最下層はコーキュートスで、裏切りの罪を犯した方々が永遠の氷()けとなっています」

「永遠の氷漬けとか、まさに終わらない恐怖ですね」

 

 ようやく地獄らしいシチュエーションが提示されたことに、少しホッとした。

 最下層の地獄の恐怖に安心する……う~ん、何か変な感じだな。

 

「その通りです。裏切りは、まさに最大の罪ですからね。コーキュートスで許される唯一の楽しみは、ふんだんにある氷を用いて作られた、かき氷を食べることぐらいです。コーキュートス産の氷は、高品質で有名ですので」

「氷地獄でかき氷を出されても、単なる罰ゲームの追加だよ……」

 

 階段を伝って、地下1階へ下りる。

 どこまでも()びる廊下の両側に扉がズラリと並んでおり、ドアのプレートには、それぞれの地獄名が書かれていた。

 

「全ての地獄が、この建物の中に収まっているんですか?」

「ええ。ですが、ドアの内部は別空間になっています。本館には、それぞれの地獄への入り口が設置されているだけとも言えますね」

 

 さすが、地獄。物理の法則は、関係ないようだ。

 

 廊下を歩きながら、ズラズラ並んでいる各扉のプレート名を何とは無しに眺めていると『血の池地獄(ソフトバージョン)』や『針地獄(ソフトバージョン)』などと記されたプレートが目に入ってきた。

 

「あの、スミマセン」

 

 ガイドさんへ、問いかける。

 

「血の池地獄や針地獄のソフトバージョンって、何なんですか?」

「本格的な血の池地獄や針地獄は、もっと深い階層にあります。地下1階にある血の池地獄や針地獄は受刑者に優しい、いわゆる〝もどき〟ですね。ソフトバージョンの血の池地獄にある池を満たしている液体はトマトの(しぼ)り汁ですし、針地獄の針はビニール製となっています」

「それって、むしろ健康に良いんじゃ……」

 

 血の池地獄ではトマトジュース飲み放題、針地獄では身体のツボを押し放題だよね。

 

「とんでもない!」

 

 僕の疑問提示に対し、ガイドさんは猛烈に抗議してきた。

 そんな解釈は、地獄の沽券(こけん)にかかわると言わんばかりだ。

 

「考えてみてください。全身にベタベタとトマト汁がまとわりついているにもかかわらず、洗い落とすチャンスが与えられないんですよ。精神的ダメージは大きく、その鬱陶(うっとう)しさは、かなりなものです。それに、ビニール製の針も慣れるまで、けっこう痛いんです」

 

 確かに、そうかも。お母さんもツボ押し健康サンダルを買ってきたのは良いけど、3日で放置していたっけ。

 

 ガイドさんに説得されつつ、プレート名が『ムチ打ち地獄(ソフトバージョン)』や『ろうそく地獄(ソフトバージョン)』となっているドアの前を通り過ぎた。ドアの向こう側から「ああ! まさに、これこそが、私の求めていた愉悦(ゆえつ)と幸福!」だとか「ぬるすぎる。足りぬ! 足りぬわ!」などといった叫びが、漏れ聞こえてくる。

 

 聞かなかったことにする。どうやら、ガイドさんも聞かなかったことにするみたいだ。『叫びに関する質問は一切、受け付けない』という強烈なプレッシャーが、ガイドさんより発せられている。

 

 それにしても、いくら第1階層と言えど、罪人が地獄で幸福を感じちゃダメだよね。

 

「ところで、特訓地獄には、どのような罪を犯したら送られるんですか? 訓練のしすぎで身体を壊した人とか……でも、それは罪じゃないよね」

 

 僕の疑問に、ガイドさんが答えてくれる。

 

「特訓地獄に行かされるのは、『自分自身は特訓の苦しさを知らないくせに、他者に必要以上の非合理な訓練を()いた人物』です」

 

 なるほど。少年漫画に出てくる、ゲスな鬼コーチみたいなヤツだな。たとえ鬼コーチであっても、選手に慕われるタイプは、地獄行きを(まぬが)れるわけだ。

 

「しかし現在、特訓地獄に来る罪人は、めっきり減ってしまいました」

 ガイドさんが残念そうに嘆息(たんそく)する。

 

「どうしてですか?」

「スポーツ科学の発達で、武術やスポーツにおける非合理な訓練の度合いが減ってしまったんですよ。昔より、師弟関係の絆も弱くなりましたしね。学校の部活で少しキツい練習をすると、保護者がクレームをつけに飛んでくる時代です」

 

 ガイドさんは、現代日本の状況にも精通しているようだ。

 

「千本ノックやウサギ跳び校庭百周が、日常的に行われていた時代が、懐かしい」

 ガイドさんが、しみじみと(つぶや)く。

 

 いやいや! 千本ノックはともかく、ウサギ跳び校庭百周が日常的に行われていた時代なんて、ありませんからね! 

 

 ガイドさんのトンデモ発言を、心の内で否定する。

 僕の胸中における反論を見計らったかのように、ガイドさんは突然、足を止めた。

 

「ここが、特訓地獄の入り口です」

 

 

 ガイドさんは、僕を特訓地獄の入り口となっている扉の前まで連れてくると「それでは、お達者(たっしゃ)で!」と爽やかな笑顔を見せつつ去っていった。

 地獄での生活に、達者もなにも無いと思うんだが……。

 

 深呼吸を1つする。

 特訓地獄へ足を踏み入れるべく、思い切って扉を開けた。

 

 学教の教室くらいの広さの部屋に、いくつもの机や椅子が、乱雑に置かれている。そして、退屈そうにしながら、何体かの人間型生物(?)がペチャクチャお喋りをしていた。

 その生物たちは、部屋へ入ってきた僕に一斉に注目する。

 

「おお。坊主、よく来たな!」「やった! 久方ぶりのお客さんだ」

 そろって、詰め寄ってきた。

 

 歓迎の雰囲気なのは有り難いけど、みんな身長が2メートルを超えている巨大な体格だけに、圧迫感が半端(はんぱ)ない。

 

 数は5体。誰もが、ムキムキの身体。

 怖ろしげな顔の(ひたい)には2本の角があり、口からは牙が、はみ出している。衣装は、寅縞(とらじま)の腰巻きのみ。

 

 ……うん。どこからどう見ても、(まご)うことなき鬼だよね。

 

 すぐに目に付く特徴……5体あらため5人は、それぞれ身体の色が違う。赤・青・黄・黒・緑だ。

 まるで、子供向けの特撮(とくさつ)番組に出てくる戦隊のメンバーのようだな……。

 

「あの、ここは特訓地獄ですよね?」

「その通りだ。いや~、近頃は特訓を受けにくる罪人が少なくなって、暇を持てあましていたんだ。全力で訓練してやるから、楽しみにしていな!」と赤鬼さんが言う。

 

 全員、凄いハイテンションだ。働けるのが嬉しくてたまらない、猛烈サラリーマンみたいだ。

 ひょっとして、給料が固定制では無くて、出来高(できだか)制だったりするのだろうか?

 

「あ、あの、僕は罪人じゃありません」

 

 怪訝(けげん)そうな顔をする鬼たちへ、(ふところ)より爺さん神に貰った紹介状を取り出して渡す。

 顔を寄せ合って手紙を読み終えた鬼たちは、揃って二カッと笑い、僕に向けてサムズアップした。

 

「OK! 良く分かった。異世界へ行くために、能力を底上げしてくれと言うんだな。任せておけ。ウェステニラとやらでも楽々無双(むそう)できるくらいまで、坊主を鍛え上げてやるぜ!」

「いえいえ、それほど高望みはしません。日常生活を安心無事に送れるくらいで、僕は充分です」

 

 赤鬼さんの有り難い言葉に対して、予防線を張る。

 確かに僕は異世界におけるチート無双に憧れたけど、それは無償で能力を貰えるのを前提にしていたためだ。チート無双の域に達するまで訓練を続けるなんてことになったら、永遠に、この特訓地獄より抜けられなくなるかもしれないじゃないか!

 

 僕の発言に不満そうにしている鬼たちへ、自己紹介することにした。

 

「僕は、間中三郎と言います。よろしくお願いします」

 

 鬼たちは口々に返答してくれる。

 

「俺はレッド」と赤鬼さん。

「自分はブルー」と青鬼さん。

「私はイエロー」と長髪の黄色い鬼さんが述べる。一際(ひときわ)、背が高い。

「ワイはブラック」と黒鬼さん。

「僕はグリーン」と緑色の鬼さん。僕と一人称が同じだ。

 

 しかしながら、なんで名前が英語呼びなんだろう? 普通に『赤鬼』とか『青鬼』とかで良さそうなもんだけどな。

 あっ、そうか。『黄鬼』と『緑鬼』に関しては、語呂(ごろ)が悪すぎる。発音の良し悪しによって鬼同士の間でイザコザが起きないように、誰も彼も、英語名で統一しているに違いない。

 

 僕が名前の謎を名推理で解き明かしていると、赤鬼さん、じゃなくて、レッドが話しかけてきた。

 

「サブローよ。異世界へ行くのに、そんなに(こころざし)が低かったらダメだ。俺と一緒に訓練に励んで、異世界最強を目指そうぜ」

 

 レッドが無茶ぶりしてくる。

 それにしても、いきなり〝サブロー呼び〟ですか。

 

「いや、そんなの僕には無理です。僕は、身の(たけ)に合った、ささやかな幸せを得たいだけなので」

「ほう。サブローの望む、ささやかな幸せとはどのようなものですか?」

 

 ブルーの問いかけに、沈思(ちんし)黙考する。

 

「そうですね。最低3人以上の美少女に囲まれて、お金に不自由せずに、毎日好きなことをして暮らしたいです。時々は、人に害をなすモンスターを倒して、賞賛を浴びたりもしたいですね」

「どこに、ささやかな要素があるんや?」

 

 ブラックが疑問を(てい)してくる。

 えっ? 僕の願望って、ささやかじゃないの?

 

「思ったより、サブローはダメダメなようだ。しかし、かえって鍛え甲斐があるかもしれん」

 

 気のせいか、イエローの眼光がいささか剣呑(けんのん)だ。

 

「まぁまぁ。僕は、サブローの気持ちも分かります。男と生まれたからには、女性にモテたいと思うのは当然です」

 

 グリーンは、僕の気持ちを分かってくれる。良き理解者の存在は、まさに宝だね。

 

 5人の鬼たちが、ガイガイワヤワヤと僕の品評をしている最中に、ふと考える。

 ここに居る5人の鬼は全員、男だ。鬼と言えば、ムキムキなオスがデフォルトだけど、それは昔話に限った話。現在の漫画やアニメでは、可愛い鬼っ()が頻繁に登場する。地獄の鬼たちの中に、そんな鬼っ娘が、混ざっている可能性もある。寅縞ビキニで、空を飛んで、電撃を放ち、語尾が『だっちゃ』な鬼っ娘が……。

 

 上手くいけば、異世界に行くまでもなく、美少女と出会えるかもしれない!

 

「あの……鬼さんたちは、みんな男ですけど、女の鬼さんも居られるんでしょうか? 可能なら、会ってみたいんですが」

 

 僕の質問に、室内はピシッと凍った。あたかも、その場がコーキュートスに変貌(へんぼう)したかのように、部屋の中は寒々とした空気に包まれる。

 鬼たちは全員、硬直しながら、ギギギッと僕のほうへ顔を向けてきた。

 

「ど、どうしたんですか? 僕、何か変なことを訊いてしまいましたか?」

 

 一変した雰囲気にガクブルしつつ、鬼たちの表情を見まわす。

 

「なぁ、サブロー。お前、女の鬼に会いたいと言ったな?」

 

 レッドのあまりに真剣な眼差し。

 

「ハ、ハイ。皆さんのような男の鬼さんに会ったついでに、女の鬼さんにも、お目に掛かりたいと思っただけなんですけど……」

 

 僕のフォローに対し、レッドは〝それ以上喋るな〟というように、首をゆるゆると横に振った。

 

「イエローは、女の鬼だ」

「えっ」

「もう一度、言う。イエローは、女だ」

 

 そんな馬鹿な! 

 

 イエローを、改めて見る。

 背は他の4人の鬼たちより、頭ひとつ分高く、(たくま)しさも勝っている。筋肉ムキムキ度は、5人の中で1番だ。短髪の4人に対して、イエローは確かに長髪ではある。それに良く確認すると、胸の部分を粗末な布で(おお)っている。

 ひょっとして、アレはバスト隠し? でもあの胸は、曲がりなりにもオッパイと呼べるシロモノなのか? どう考えても、発達した胸筋(きょうきん)で、それ以上でもそれ以下でもないぞ。

 

 呆然と突っ立っている僕へ、イエローがこめかみ(・・・・)(すじ)を浮き立たせながら、ゆっくりと話しかけてきた。

 

「サブローは、私を男だと思っていたわけだ」

 

 優しげな口調。しかし、その眼は殺気を放ち、口は耳元まで裂けて巨大な牙が()き出しになっている。

 

 ヤバい! 

 僕の危機察知レーダーが、緊急警報を鳴らす。弁明や言い逃れは、火に油を注ぐだけだ。こうなれば、取り得る手段は唯ひとつ。

 

「申し訳ありませんでしたー!」

 

 僕は、全力でジャンピング土下座(どげざ)をかました。

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