異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~   作:東郷しのぶ

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4話 レッドの体力特訓

 平身低頭している僕のはるか頭上で、鬼たちが会話を交わしている。

 

「まぁまぁ、イエロー。落ち着きなや」とブラック。

「ブラックよ、私は常に冷静沈着だ。今も、心は無風の湖面の如く、さざ波一つ立っていない」とイエロー。

「では何故、手に持った金棒を振り下ろそうとしているんですか?」とブルー。

 

 マズい、マズいよ! 

 僕は焦る。

 

 生前、これほどのピンチに襲われたのは、高校受験の試験中にトイレへ行きたくなった時くらいだ。

 いやぁ、あの折は大変だった。試験官に、自分が現在どれほど危険な状況に陥っているのかを切々と開陳(かいちん)したもんだよ。コメントの途中で「そんなのどうでも良いから、さっさとトイレに行ってきなさい」と言われたっけ……。

 

「イエロー。お前の金棒の一撃を受けたら、サブローはペチャンコになってしまうぞ」

 

 レッドの発言にイエローが反論する。

 

「大丈夫だ、レッド。ここは地獄だ。ペチャンコになっても、死にはしない」

「サブローは既に死んでいるから、これ以上、死にようは無いですけどね」

 

 ブルーの指摘に続いて、ブラックが疑問を呈する。

 

「それにしても、なんでサブローは、これほどの美女であるイエローを男と間違えたんや?」

 

 ブラックのセリフに、驚愕(きょうがく)する。

 

 うぇ? イエローが美女!! 鬼族の審美眼って、どうなってんの? 

 ひょっとして、アレか? 文化の違いってヤツか?

 

 僕は中学の図書館で、アフリカのとある(・・・)民族では下唇(したくちびる)にお皿を()め込んで、その皿が大きいほど美しい女性として扱われるって逸話(いつわ)が書かれた本を読んだときのことを思い出した。

 最初は面白半分のネタ話かと疑っていたけど、実際の写真が添付されていたため信じざるを得なかった。初見では、ただ気持ちが悪いとしか思えなかったその写真の女性の姿も、時間を掛けて眺めているうちに、だんだん見慣れてきて、やがて僕は次のような結論にたどり着いた。

 

「なんか、これも美女として〝あり〟だな」

 

 世界には、いろんな民族が存在していて、いろんな風習があって、それぞれ違いがあるからこそ面白いのだ。自分の好みに合わないからと言って、すぐに否定するのは良くないことなのだと、その時の僕は確信していた。

 

 ただ今更ながら考えると、あの皿の美女を、それなりに許容できたのは「どんな文化も受け入れる僕ってカッコェー!」という中学生特有の虚栄心によるものが大きかったのかもしれない。

 

 もし異世界に転移して、そこの美女基準が皿を嵌めた唇の大きさだとしたら……。

 

 僕は、唇が異様にでっかい美少女たちに囲まれたハーレムを想像してみた。

 

 悪夢だった。

 

 中学時代のど~でもいい記憶を掘り出しながら現実逃避している僕の姿を、鬼たちは都合良く勘違いしてくれたようだ。

 

「サブローを見ろ。土下座したまま、ピクリともせん!」

「サブローの真摯(しんし)な思いが、伝わってきますね」

「男が、ここまでして謝ってるんや。許してやるのが、女の器量ってもんや」

「サブローは、これより僕たちの可愛い教え子になるんですよ。ここは、大目に見てあげましょうよ」

 

 僕はブルっているだけなんだが……。

 

 赤青黒緑の説得もあって、イエローは少し落ち着いたらしい。僕の頭上に漂っていた物騒(ぶっそう)な雰囲気が減少している。あと一押しあれば、ペチャンコになる事態を回避できそうだ。

 

 恐る恐る、口を開く。

 

「もしかして、鬼族の女性は、男性よりも背が高いんでしょうか?」

「その通りです。特訓地獄に人間がやって来たのは久しぶりなので、僕たちも、人間と鬼族の常識に違いがあることを忘れていましたよ」

 

 グリーンが、僕との問答に乗ってきてくれた。

 

「そうなんですね。人間の女の子は男より背が低いのが普通なため、つい勘違いしてしまいました。スミマセン」

 

 ちなみに、僕の身長は男子平均。クラスの中には、僕よりも背が高い女の子も居た。

 付き合うのに、僕は自分より相手のほうが背が高くても全然、構わなかったんだけどね。

 

 そう言えば、カップルの身長差なんてちっぽけな問題だと、クラスメートの男子に熱く語ったこともあったな。

 アイツも、僕と同じ〝早くカップルになりてぇ〟病に(かか)っていたっけ。彼が、僕の考えに同意しつつも「女子と付き合うには、身長以前に俺たちには越えなきゃいけないハードルが多すぎる」と僕が見て見ぬふりをしていた現実を突きつけてくれたのも、忘れられない思い出だ。

 あの時は「ハードルの数が数え切れないよ……」「ああ。しかも、どのハードルもメチャクチャ高い」と、憂鬱(ゆううつ)な会話を交わしながら、2人して奈落(ならく)の底に落ちたんだよね。

 

 そして今の僕は、正真正銘『奈落の底』に居る。

 

「しかし、背の高低だけで、私を男と誤解するとは……」

 

 イエローが、まだブツブツ言っている。心が狭い。

 

「異なっている点は、背丈のみではありません。人間の女性は丸いんですよ」

 グリーンが、えらく端的(たんてき)な説明をした。

 

 確かに人間の女性の胸やお尻は丸くって、そこに男の僕はムラムラモンモンしちゃうんだけど、単に『丸い』と言われると「人間の女の子は風船玉じゃありません!」って抗議したくなる。

 

「そう言えば、そうだ。人間は、頑健さや屈強さを美の()りどころとする我々――鬼とは違うんだったな」

 レッドが、グリーンの話に納得する。

 

 なるほど。だから他の4人の鬼より背が高くて筋骨隆々なイエローが、鬼族の男性視点では美女に見えるんだ。

 

「ハァ……もう良い。サブローよ、勘違いを許す。立ち上がれ」

 

 イエローがそう述べてくれたので、僕は無駄に鬼たちを刺激しないように、ゆっくりと身を起こした。

 

「本当に申し訳ありませんでした」

「『もう良い』と、言っただろう。何度も同じ言葉を口にさせるな。鬼族と人間とでは、見た目やモノの考え方に(へだ)たりがある。初めて鬼に会ったサブローが間違えてしまったのも、無理ないことなのかもしれん」

 

 僕は、改めてイエローの姿を確認した。……やっぱり胸を布で隠している点を除いて、他の鬼たちとの性差を区別できない。

 でも、イエローは未だに無数のトゲトゲが付いた巨大な金棒を右手に持っている。考え無しの発言は、(つつし)むべきだろう。あれでぶっ叩かれたら、ペチャンコなんて次元じゃすまない。血まみれのスプラッタだ。

 

「もう2度と、イエロー様を男と見間違うような恐れ多いことはしません。よくよく見れば、その清冽な瞳、強靱な意志を示している口もと、逞しくもしなやかな(・・・・・)筋肉、全てが美の極致です! イエロー様の女性としての美しさを初見で見抜けなかった、僕が(おろ)かでした」

 

 金棒の脅威より身を守るべく、僕はイエローの血走った眼、耳もとまで裂けている口、ゴリラ顔負けに盛り上がった筋肉を褒めあげた。

 するとイエローは「そ、そうか……」と口()もる。少し嬉しそうだ。

 

 イエロー様、意外とチョロいな!

 

 

 僕がイエロー様を決死の思いで(いや、もう死んでるけど)ヨイショしている最中、赤青黒緑は顔を寄せ合って、何やらコソコソと話をしていた。

 

「サブロー。なかなか、やるな」とレッド。

「見事なまでの(てのひら)返しですね」とブルー。

「イエローの美しさを、すぐに認めたんや。褒めてやるべきやで」とブラック。

「ブラックは単純ですね。あれは『相手を(だま)すには、まず自分から』という戦術ですよ。詐欺師の手口です」とグリーン。

 

 赤青黒緑、うるさいよ。

 特にグリーン。僕を心理分析の対象にするのは止めてくれ!

 

「では、今後のサブローに対する訓練のスケジュールを決めよう」とイエロー様。

 

 イエロー様には、赤青黒緑の会話は聞こえなかったようだ。機嫌を直したのか、口調から固さが取れている。

 出来れば、手に持っているトゲトゲ金棒も、しまって欲しいものだ。目に入るだけで、僕の心拍(しんぱく)数が上がる。

 

 そう言えば、緊張のドキドキを恋愛のドキドキと勘違いする〝吊り橋効果〟ってものがあったよね。金棒へのドキドキがイエロー様へのドキドキに変換されたら、目も当てられない。

 僕の将来へ向けての恋愛設計が、破滅してしまう。

 

「まず、サブローへの最初の指導を俺が行う。次はブルー、それからイエロー、ブラック、グリーンの順番だ。これを1ターンとして、サブローが俺たちを満足させるまで、ひたすら訓練を繰り返す」

 

 レッドの宣言に、僕は緊張しつつも高揚(こうよう)した。

 いよいよ特訓の始まりだ。ここまで来たからには、逃げも隠れもせず、頑張るしかない!

 

「レッドの訓練の後に休息を挟んでブルーの訓練、1ターンが終わったら就寝、と考えても良いですか?」

 そう質問すると、レッドが『コイツ、なに寝惚(ねぼ)けてんだ?』という眼で僕を見た。

 

 ひょっとして〝様〟付けを省略して名前を呼び捨てにしたことが気に(さわ)ったのかと思ったけど、問題点は別にあるようだ。

 

「休息や睡眠の時間なんて、地獄にあるわけないだろ」

「へ?」

「ひたすら、ぶっ続けだ。グリーンの訓練を終えたら、そのまま2ターン目に入って、俺の訓練がまた始まる」

「そんな無茶な!? 死んじゃいますよ!」

「お前は、もう死んでいる」

 

 有名な某世紀末漫画の主人公の名文句だ。あのセリフは告げる側からしてみれば最高だろうけど、言われる側からすれば絶望感が半端ない。

 

「もしかして、地獄では訓練を重ねても疲労を感じなかったり、身体を痛めなかったりするんでしょうか? あと、眠くならなかったりとか」

 

 一縷(いちる)の希望にすがってみる。

 

「いんや。生前と同じように眠くなるし、疲れるし、身体もボロボロになるで。けんど、地獄の亡者は何をやっても死なないから、際限なくシゴけるんや」とブラック。

 

 希望は断たれた。

 

「現世に帰らせてもらいます」

 

 部屋へ入る際に使用したドアより廊下に出ようとする僕。

 

 訓練が始まる前から(くじ)けてしまったよ! 

 僕の中のなけなしの頑張る気持ちは、逃げたり隠れたりする方向性に集約された。

 

「落ち着け、サブロー」

「地獄に落ちた者がココより抜け出すには、刑期を終えるか、自分たち監督官が出す試練をクリアするしか無いんですよ」

 ドアへ向かって歩み出そうとする僕の右肩をレッドが、左肩をブルーが、ガッシリと(つか)む。

 

 イタタタタタ! 凄い握力だ。肩がぶっ壊れるよ!

 

「サブロー。お前は異世界でやっていけるだけの能力を身に付けるために、ワザワザこの特訓地獄に来たんじゃないのか?」

 イエロー様の問いかけに、僕はハッとする。

 

 そうだ! 異世界転移という夢を実現するために、僕はココを訪ねたはず! 

 正直、チート無双への憧れはだいぶ(しぼ)んでいるけど、特訓地獄の難関を乗り越えなければ、異世界に足を踏み入れることすら、ままならない。

 

 異世界への想いを取り戻して自分に(かつ)を入れ直している僕を、鬼たちは満足そうに眺めている。

 何だか鬼たちが、まな板の上の(こい)に向かい合う料理人とダブって見えるが、きっと気のせいだ。

 

 

「俺が行うのは『体力の特訓だ』」

 レッドが、広々としたグラウンドで僕に宣言する。

 

 鬼たちと最初に出会った部屋には、廊下と繋がる入り口の他に、幾つもの扉が四方の壁に設置されていたのだ。レッドがそのドアの1つを開くと、そこには、まるで高校の校庭のようなグラウンドがあった。

 

 さすがは、地獄。物理法則を無視した空間展開だ。

 

 濁った赤い雲に覆われた空の下、微かに生臭い風が吹いている。

 他の4人の鬼たちは部屋に残っているため、グラウンドに居るのは、僕とレッドの2人きりだ。

 

「『体力の特訓』ですか?」

「そうだ。何をやるにしても、土台となるのは体力だ。土台がしっかりしていなければ、どれほど美麗な建築物を建てようと、(わず)かな揺れで崩れ落ちてしまうだろう」

 

 レッドがその(いか)つい容姿に似合わず、教養じみた言葉を吐く。

 

「確かに、そうですね」

 

 別に鬼たちのようなムキムキになりたい訳じゃないけど、マッスルボディには少し憧れる。

 

 中学のときにTVの通販番組の『この商品を毎日15分使うだけで、アナタも逞しい男性に大変身! 30分以内にお電話いただければ、半額でご提供。さあ、いますぐお電話を!』という宣伝に危うく乗せられそうになったことを思い出す。

 それにしても通販番組に出演している白人男性って、みんな白い歯が輝く美男子なのに、揃いも揃って見るからに胡散(うさん)くさそうなのは何でだろう?

 

「サブローには、まずは走ってもらう」

 

 レッドの提案に、納得する。

 やっぱり身体を鍛えようと思ったら、ランニングが基本だよね。

 

「グラウンドに円が描かれているだろう?」

「ええ」

 

 1周400メートルくらいかな?

 

「では、取りあえず100周」

 

 聞き間違えかな? 何か、3ケタの数字が聞こえたんだけど。

 

「レッド様、ご冗談を。10周の間違いですよね?」

 

 10周でも、僕にはキツいんだが。

 

「急に〝様〟付けするな、気持ち悪い。100周で間違いない。とっとと、始めろ」

「いや、無理ですよ! 途中で、ギブアップしてしまいます」

「時間無制限が、地獄の良いところだ。死ぬ気で走れ! いや、もう死んでるか。ハッハッハ」

 

 死にネタは、もう聞き飽きた!

 

 

「死、死ぬ……いや、もう死んだ……」

 

 定番の死にネタを口にしながら、僕はグラウンドにゴミくずのように転がる。

 

 10周目でキツくなり、20周目で疲れ果て、30周目で意識が朦朧(もうろう)とし、40周目で(ひざ)をついた。

 それからレッドに背後より蹴られつつヨロヨロと走ったけど、もはや歩いているのか走っているのか分からない有り様に成り果てて……。崩れては立ち上がり崩れては立ち上がりしながら、ついには芋虫のように()っていると「よし、100周終わり!」とのレッドの声が聞こえて、僕はそのまま大地に突っ伏した。

 

 何も考えられない。人間は真実クタクタになると『疲れた』とか『身体が痛い』とかの感想を通り越して、無我の境地に達するんだね。

 42.195キロを走りきるマラソン選手は、ホントに偉大だ。心底、尊敬するよ!

 

 レッドが、ボロ切れ状態の僕の側までやって来て、しゃがみ込んだ。

 

「どうだ、サブロー。お前は、最初〝100周なんて、万に一つも自分には無理だ〟と諦めていただろう?」

「ハ、ハイ」

「だが、お前はやりきった! 人間は諦めなければ、不可能を可能に出来るんだ」

「でも途中からは歩いていたし、最後は這いずっていたし……到底ランニングとは言えないんじゃ……」

「そんなことは、些細(ささい)な問題だ。どんな状況であろうと、100周まわりきったという事実が大切なんだ。よくやったな、サブロー。俺は、お前を誇りに思う」

「レ、レッド……」

 

 レッドの慰めが胸の底までしみ通り、僕の両目より涙がこぼれ落ちる。

 

 ランニング中に「鬼、悪魔、筋肉デブ! いつか『泣いた赤鬼』の絵本に出演させてやる!」と心の中で盛大に罵ったことを、僕はつくづく後悔した。

 レッドは厳しい態度の裏に無限の優しさを秘めていたのに、それを見抜けなかったとは……なんて愚かだったんだ。

 レッド様。いや、師匠! 一生ついていきます!

 

「あ、次は腹筋千回だ」

 

 レッドの言葉に、感激は急速冷却される。

 

「レッド、少しは休ませてよ。それに、やっぱり数字のケタを間違ってるよ?」

 

 僕の声は震えを帯びる。

 頼む、聞き誤りであってくれ!

 

「地獄に休息なんて、あるわけないだろ? サブロー。ノルマは山積みだ。腹筋の後は背筋、反復横跳び、ヒンズースクワットにウサギ跳び、それ以外にも、まだまだあるぞ。さぁ、サブロー。お前の誇りは、俺の誇りだ。俺の誇りを、満足させてくれ」

 

 満面の笑みを浮かべるレッド。

 僕は、思った。

 

 ――――鬼、悪魔、筋肉デブ! いつか『泣いた赤鬼』の絵本に出演させてやる!




 お皿の美女の話は、エチオピアのムルシ族の風習を参考にしました。
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