紅き魔王の燐廻転生 零(短編版) 作:るーしー
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「そう、彼女は死んでしまったのね」
寂しげにつぶやかれた言葉は、広い玉座の間で静けさに溶けてしまった。
玉座には少女が一人、遠くを見るようにたたずんでいた。
昏い黒い少女だった。
覗き込んではいけない深淵に浮かぶ闇のような長い御髪に、死を連想させる暗闇の瞳。
触れてはいけない忌避の感覚、同時にどこまでも広く広く平がる永久の具現。
「次はいつ会えるのかしら」
玉座により幾段か下がり十二人の人影が立っていた。
入口の扉から玉座へ続く絨毯を挟むように左右に六人ずつ。
人型もいれば異形もいる。
人の世では魔族と呼ばれるものがほとんどだが、それらの主として君臨する彼女はいったいなにものなのか。
「二人ともお疲れ様」
遠くを見ていた視線が並ぶ十二人の中から二人に向けられる。
優しげであるが、幼子がいたずらに失敗した様を見るかのような、少しの呆れが入っていた。
「これで分かったと思うけど、敵は強大にして無比、そして無類の強さを誇るわ」
片方はローブで、もう片方は鎧で表情が見えない。
しかし前者は雰囲気から空間をゆがませるほどの殺意をほとばしらせていたおり、後者は静かにたたずんでいるが納得いっていない空気が少しだけある。
二人は敵と戦い、最終的に返り討ちにあり撤退してきたのだ。
屈辱であり、恥辱であった。
栄えある黒死十四呪詛が二人がかりで敗北するなどあり得てはならない。
魔界でも地上でも敵う者なしと誇り、事実そうであるはずであったというのに、ただ一人の女に打ち負かされる。
それが永き時を生き強大な魔力を操るような存在で、彼らの主の盟友であったとしても、そんなことはかけらも言い訳にならない。
「今回は私の力不足でした。近衛四騎士に名を連ねながらこの失態……! 次こそは……次こそは必ず!」
ローブの男は跪き頭を下げる。
今回は端的に言えば彼の力不足に他ならない。
それはこの場の誰もが全員納得していて、しかしそれを責める気持ちはなかった。
男の強さは誰もが認めているし、力不足とはいっても相手が悪かった。
それどころか敵の力量を測る良い試金石となっている。
本人を除き不満はない。
「そうね。他の三人なら勝てたわね」
だから、玉座の女は事実を突きつけた。
四騎士のうちほか三人なら勝てた。その事実を。
彼とほかの四騎士との差は、圧倒的な練度と想いの差である。
男の玉座の主への想いが矮小化といえばそうではない。
むしろ狂い乱れ本人でさえ制御できないほどだ。
しかしそれゆえに先鋭化され研ぎ澄まされていない。
「けれどあなたはまだ伸びしろが大きい。期待しているわ」
今はほかの四騎士より半歩劣るが、だからこそ何かきっかけがあれば化ける。
その狂気が分散されず一点に集約されたとき、彼は真に恐ろしい存在て成り果てるだろう。
男はその言葉に感涙し、平伏しながら号泣しはじめた。
女は玉座からそれに微笑み、次に全体へ視線を流す。
「これで物語の前日譚は終わり」
ゆっくりと噛み締めるように万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。
「地上への侵攻が開戦の狼煙となる」
これからようやく始まるのだ。
「それまで準備を進めなさい」
永い永い時間をかけて用意した。
「すべてを終わらせるために」
たった一人の友のために。
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前触れはなかった。
魔族との戦いの最前線である大陸北の都市国家と周辺の都市国家群。
その中でも現場で戦う兵士たちには、次代の魔王軍が侵攻してくることが知らされていた。
大規模な軍勢を想定し、厳戒態勢で待ち構え、いつ何時でも迎撃できるように準備を重ねてきたのだ。
魔王軍の侵攻が始まれば命を捨ててでも立ち向かう――――そんな覚悟と意思を携えてきた精鋭兵たち。
しかし、そんな準備を嘲笑うかのように、その人影は唐突に現れた。
紅く朱い、焔のような美麗な長髪。
ルビーのような透き通った双眼。
姿かたちは成長途中の少女のようで、同時に成熟した女性のようだが、しかし未成熟と成熟が両立した美しさがそこにはあった。
――――そして、それらをすべて台無しにする圧倒的な魔力の暴威。
後世では紅き魔王と呼ばれる、歴代最強の魔王が人間世界に現れた初めての瞬間であった。
また同時に、人族と魔族の戦いの歴史で、初めて魔王が単身で乗り込んできた稀有な例でもある。
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魔王の出現に気づけたのは人の目によるものではない。
事前に用意された魔法具による、警報と対象の位置を知らせる機能によるものである。
人間の目だけでは現れた魔王の隠形を見抜くことは決してできなかったであろう。
まるで世界に溶け込むかのような、それが自然であるかのような、圧倒的な調和がそこにはあった。
空気がそこにあるように。
大地がそこにあるように。
天空がそこにあるように。
ゆえに誰も気づかなかったのだ。
本来であれば、それは魔王による一方的な強襲を許してしまうことと同義である。
「敵襲!」
一人の兵士が挙げた声により、魔界への穴を包囲していた人族の軍勢が、まるで巨大な生き物かのように動き出す。
魔界への穴。
魔族が魔界から進行してくる際の唯一の通り道であり、北の大地が魔族との戦いの最前線たるゆえんである。
魔族はこの地に空いた黒き穴から現れる。
穴の大きさは定まっていなく常に変化している。数メートルの時もあれば、数十メートルの時もあった。
特に穴の全体が大きいときは、強大な魔族が現れる前触れであり、常駐している軍にとって緊張の時間である。
魔王軍が侵攻する際には大きく開き、今回も例に漏れず穴は大きく侵攻の予兆はあった。
ゆえに疾風迅雷のごとく兵たちは動き出すことができた。
心構えができているのと、できていないのでは動きの速さが違う。
多少面食らったものの相対する敵を魔王軍として想定していたのだ。どんな理不尽な現象であろうと動揺はわずか。
迅速に動き、機械のごとき精密さで対応を行う。
「魔法兵、放て!」
構築された陣地より魔法が魔王に放たれる。
何百という魔法の雨。
精鋭中の精鋭である魔法兵が放つそれらは、そのまま受ければ魔王とて無事では済まない。
しかし……。
「消えた!」
一瞬で魔王は掻き消える。
立っていた穴の前にはいない。
それどころか、魔法具の探知範囲にも反応なし。
まるで最初からいなかったかのように魔王は掻き消えてしまった。
急ぎ周辺をくまなく捜索するも魔王どころか人っ子一人見つからない。
忽然と消えた魔王は、その後どれだけ捜索しても兵士たちにより見つけることはできなかった。
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「……ここまでくれば問題ないか」
魔王出現の場所から数キロ先の森の中。そこに紅い人影が立っていた。
「ある程度想定していたけれど、かなり警戒されている」
彼女はつい先ほどまで対魔王の軍勢と相対していた魔王と呼ばれた魔族その人。
どこで手に入れたのか、厚手の暗い布地で顔全体を隠していた。
ここまでくるまで一分も経過していないことを考えると、おそらく軍の物資から抜き取ってきたのだろう。
ありえない速さであるが、事実、事は成されている。
彼女の能力を疑う余地はなかった。
「勇者はどこだろうか。近くにいるといいのだけれど」
顔に巻いた布地を触り、そしてポケットの中から何枚か硬貨を取り出し表面をなぞる。
「地上でこのお金はまだ使えるかな? 久々だからよくわからない」
小さくため息をついて彼女は空を見上げる。
「案内してくれる人がいないかな」
木々の間から見える空には、魔界にはない二つの月が爛々と輝いていた。
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「これより新たに選定された勇者の任命式を行います」
巨大な聖堂。
中央から見上げる天蓋は高く高く、私の高い視力がなければ、天井に装飾された細かで艶やかな彫刻はただの紋様としかわからないだろう。
左右に意識を向ければ、壁の端など先の先だ。どれだけ距離があるのかわからないが、各階で優雅に着席しているお歴々は豆粒のように小さい。
見える範囲では九階層、中央を見下ろせるようにぐるりと囲み、すり鉢状になっている。
そもそも、この中央手前にある最前列であり最上の席に辿り着くまで、五分以上は歩かされている。
体感で五百メートルほどだっただろうか、であるならば左右も同じくらいか。人が豆粒に見えるのも道理だ。
どういう建築技術が使われているかわかないが、そのスケールは圧巻というほかない。
長命種ゆえに自身の種族が技術的に優れていると自負しているが、ここまでのものは見かけたことがないし聞いたこともない。
これだけ大掛かりなものを創ったのは、女神を象徴とした信徒たちの信仰によるものか。
……あるいは肥大化した権力から生まれる仮初の権威によるものか。
あまり長く生きていない私には判断がつかない。
半世紀と少し生きている姉ならわかるものなのだろうか。
それとも何百年と生きている父母でないとわからないようなものだろうか。
私は若輩ゆえにこういった機微は苦手であり、どうしても年配者に答えを求めがちになる。悪い癖だ。
「こちらが今代の勇者に選ばれた────」
そんな取り止めのないことを考えている間に、式は進んでいたようである。
豪華の服に煌びやかな装飾品に包まれた年老いた教皇が式を続けていた。
勇者に選定された少年の顔が見える。
少年と評するにはまだ少しだけ幼く、まだどこか幼年期の男の子らしさが見え隠れしていた。
黒髪に黒目、やわらかな顔つきで見目もいい。成長後のあの顔で語りかけられれば婦女子ならず貴婦人たちも頬を染め心を乱されてしまうだろう。
前情報では今年で十一歳になったと聞いているので、この国ではまだ成人していないはずだ……やはり若い。
だからと言って侮ることはできない。
今回の勇者は歴代最強だと言われている。
これだけの才能が一体どこに隠れ潜んでいたというのか。
聖剣を持たず勇者の力を振るわなくとも、歴戦の戦士や騎士たちをただ一人で制圧したというのだからその力は頭抜けている。
魔法もこの短時間で、今代に並ぶ者なしと言われるほどに熟達していた。
聖剣に選ばれたから勇者になったというより、もともと勇者であった者に聖剣を与えたと言われれても信じてしまう。
これでまだ成長の途上というのだから恐れ入る。
加えて聖剣に力を考慮に入れると────ああなるほど歴代最強というのも頷ける。
「聖剣の力を解放し、振るわれた力はそれこそ海を割り山を────」
式は進んでいく。
であるならば、この勇者が必要になる魔王という災禍は如何なる存在か。
女神によって選定された勇者が過剰戦力であれば問題ない。
只人でしかない私たちのような存在は、勇者の後ろでゆったりまったり寛いでいればよい。
支援と称し金と物を出しているだけでよいのだ。
しかし敵対する魔王に相応しい実力のものが選ばれたというなら、それはもう絶望的なまでの地獄が待っているのだろう。
「女神様は我々に勇者という剣を与え────」
そもそも勇者とは何か。
「神殿騎士の精鋭が加わることにより────」
勇者とは女神に見初められた選ばれし存在だ。
魔界から魔王が侵攻してくる前に、人々を守るために選定される人類の剣であり希望である。
どのような判断基準で勇者が選定されるのか、長い歴史を持つ我々でも神ならぬ身ゆえにわからない。
種族も国籍も関係なく、ある日突然、神託と聖剣が与えられて勇者となる。
拒否権などないし、そもそも勇者が拒否すれば誰が魔王を討つというのか。そんなこと過去の歴史上一度たりとも起こり得ていない。
女神の価値観はわかっていないが、ただ一つ明らかなことがあった。
勇者が魔王を容易に下した例は非常に少ない。
多くの場合、勇者と魔王の戦いは激闘であり激戦であったと言われている。
場合によって勇者が返り討ちにあり、女神の加護により生き返ったという話もあった。
勇者は絶対の存在ではなく、苦難と困難の末に魔王を討伐する同格の存在なのだ。
同格であるならば────現状は人類にとって最悪、という解釈もできる。
「それでは今回の魔王討伐における、勇者の同行者を紹介しましょう」
順番に名前が呼ばれていく。
私の名前が最後に呼ばれ、立ち上がって中央に立つ勇者そのそばで膝をついた。
私以外の人員は十三人。
私を含めて十四人。
勇者を入れれば十五人。
「まずは神殿騎士より選抜された────」
勇者を中心とした前衛、中衛、後衛のバランスの取れたメンバーだ。
出身はデマルクト教国からの精鋭が七人、残りは力を持つ主要各国から一人ずつと、それ以外の国からちらほら。
慣習によって各国の枠が決まっているのはご愛嬌と言ったところだが、これも仕方のないことだろう。
大陸中の人間の中から戦闘能力が高い者を探して回るなど非効率極まりないし、それならやはり各国で実績を残している人間を選んだ方が効率的だ。
付け加えるなら、在野に眠る達人などそれこそ砂漠で落とした針を見つけるようなものである。
不可能ではないが無駄の極み。
「アドナイル公国より────」
私の番だ。
事前に打ち合わせていた通りに、式の進行にあわせて動き言葉を発する。
「次に────」
しかし私が選ばれて良かったのかは甚だ疑問であった。
私よりも適任者はいたはずだし、そもそも長命種と位置付けられている我々ならば前任者が生存しているのだ。
前回と同じ者が行けばいい。
そのほうが効率的だ。
若いものに経験を積ませる、などという方針でもあるまいし。
生きた年月よりも実力主義のきらいがある祖国だが、これはどういった差配の結果なのだろうか。
ああ、よくわからない。
「この度、光栄にも望外の栄誉を賜り────」
だが、選ばれたのならば────やるだけだ。
私は私を誇っているし、与えられた責務は全うしてきた。
今回、魔王討伐が与えられた仕事であるのなら、それをいつも通りこなせばいいだけ。
どれだけ魔王が強かろうと。
勇者に比して我々が矮小だろうと。
「それではこれで式を終了いたします。どうぞ皆様、勇者とその仲間の戦いに多くの幸が在らんことをお祈りください」
式が終わる。
女神が選んだ勇者という存在に対して、人類側が権威づけのために行う意味のない式典がようやく終わる。
勇者のお披露目式ならわからなくもないのだが、任命式典というのだから何か皮肉めいていて、悪い笑みが最後に少しだけこぼれてしまった。
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式典後、私たち勇者一行は顔合わせのため別室に集められていた。
おそらく、既にデマルクト国の騎士達は勇者と顔合わせを行なっているのだろうが、少なくとも私は初めてだった。
例年通りなら、他の国も同様だろう。
さて、聞こえてくる噂に悪いものはないが、勇者とはいったいどのような御仁なのだろうか。
私と同じく勇者直掩として選ばれたもの達は、昔から人となりが噂として流れてきて想像しやすいが、勇者そのものの情報は少ない。
側付きとして連れてきた噂好きの世話係曰く、とても優秀で非の打ち所がない、というがはてさてどこまで本当だろうか。
「…………」
私は今巨大な長テーブルの上座に座っている。
一番奥────長方形でいう短辺である最上位席は空席であった。
そこから入口、下座から見た長辺が左と右に分かれる。
右は騎士団、左は我々外様。
私は外様の上から二番目の席。
視線を外様一番目の席にやると、帝国より選ばれた男が目に入る。
確か、中央大陸で最も大きな武術大会で優勝したのだとか。
実際、恐ろしく強いことがわかる。
しかし実力順で並んでいるわけではない。
こう言ったものは政治の話だ。
国がどういった立場であるかが如実に現れる。
つまり帝国は我が祖国よりも上なのだ。
ああ……我が公国の権威も落ちたものである。
「勇者様が入室いたします」
そうやって内心勝手に嘆いていると、意識の外から声が聞こえてきた。その言葉に合わせて立ち上がる。
私たちが立ち上がると同時に、扉の近くにいた侍女が扉を開けた。
男が先頭で入り、勇者がそれに続いていく。
男はおそらく勇者のお目付役か。
かなり御年をめしているようで若くはない。老人一歩手前だが、どうしてか破棄を感じさせる御仁である。
二人は進み、並んで最上位の席についた。
あわせて私たちも席に着く。
「ようこそ我が国の騎士と、各国より集まった英傑たちよ────」
どうやら男が進行役のようだ。
まあ戦闘技を求められる勇者が行うよりは現実的だろうが。
「────名前もわからずというのは不便であろう。それぞれ名前と────」
どうやらまずは自己紹介ということらしい。
デマルクト教国側から順番に男より紹介され、続けて本人が名前と役割、経歴などを話していく。
神殿騎士から二人、精鋭中の精鋭と聞く教国内の特別な騎士団から五人。
内訳は六人が男で女が一人。
どの人物も恐ろしいほど鍛え上げられていて、流石は大国の精鋭だと私は内心感心する。
続けて私たち外様側になり、帝国の男が話し始め、その後私の番になった。
椅子を立ち上がり勇者に目を向け、全体を見渡し、再度勇者へ目をむける。
「アドナエル公国より選ばれましたヘリアン・ソルナと申します。今回は魔法によって勇者様を補佐させていただきます」
勇者は聞いていた通りすさまじい。
こうやって目を合わせているだけだが、どうやって人の身にこれだけの魔力が内包されているのだろうか不思議でならない。
「武芸も多少納めておりますので自衛も可能で────」
しかしこんな若く幼くして戦いに出なければいけないのか。
故郷で彼の年齢であれば、まるで赤子かのような扱いを受けてもおかしくないというのに。
種族の寿命による文化差異であるのだが、どうしても違和感、もとい憐憫の感情が浮かんでします。
人類の未来を盾に、成人していない子供戦いに駆り出すなんて────
「────それではどうぞよろしくお願いいたします」
話を終えて私は着席する。
次は私の隣である、外様の三番目が話し始めた。
それを聞き流しながら私は思う。
どうかこの戦いが終われば、勇者が幸せになれますように────と。