紅き魔王の燐廻転生 零(短編版) 作:るーしー
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「そこの方々。少しだけ時間をもらえないだろうか」
会敵は突然だった。
神殿騎士を中心とした百人ほどの集団で北へ向かって街道を歩いている際に、横合いから世間話でもするかのように声をかけられた。
最初はこんなところで誰だろうかと疑問を覚えながら顔を向けた。
北から逃げてきた民草か、それとも時勢を読めぬ北へ向かう阿呆かと当たりをつける。
……いやそもそもどうして私たちに声をかけた?
私がいる場所は百人行列集団の中央どころ、声をかけるならまずは先頭だろうし、そもそもこの軍事集団を見てただの民草が声をかけるか?
「──────ぁ」
赤髪赤眼の女だった。
赤いというより紅い。
真紅の髪と目は深く深く、そしてとても濃い色合いだった。
さながら深海に燃える紅蓮の劫火だ。ああ、それとも深海の活火山だろうか。
風貌は顔を布で覆っているのでよく見えないが、倒木に座っているだけだと言うのに、立ち振る舞いや薄っすら感じる潜在魔力からただ者でないことだけは見て取れる。
位相が深すぎてまるで底の見えない不気味さと、垣間見える紅い瞳があまりに美しすぎて、心に波がたつのを無理やり抑えた。
だがしかし、なぜここまで接近されながら気づかなかったのだろうか。
旅の疲れで見落としたか?
他の仲間はどうだ?
こう言った場合、勇者がいの一番に気付きそうだが……。
思考にかけた時間は一秒に満たない。
遅れはなかった。
であったのに、次の瞬間────。
「魔族だ!」
勇者が大音声で女の正体を看破した。
周りから動揺の声が一瞬だけちらほらあがる。
しかし刹那の後に、全員が戦闘体勢に入った。
流石は選ばれた十三人と言ったところか。
どんな状況でも一瞬で戦闘可能状態に切り替えられるのは一流であるがゆえんだろう。
「これでも気を使って友好的に声をかけたのだが」
推定魔族が私たち全員にゆっくり視線を向ける。
その間に私たちは武器の用意と顕在魔力を高めていった、
「もう一度言うが少し時間をもらえないだろうか? 話がしたい」
私は無詠唱と高速詠唱をそれぞれ三つ同時に並列し、自身と味方に強化の魔法をかけていく。
「魔族の言葉を聞く理由なんざねえ! ここで死ね!」
あれは確か帝国の────。
私以外にも後衛からのバフは完了しているため、今この時、彼の一撃は勇者を除けば誰よりも重い。
岩を割り、大樹を唐竹わりにすることができるそれは、魔族の頭に叩き込まれた。
だが────。
「どうやら、友好関係は望めないようだ」
魔族は座ったまま動かず、また微動だにすることなく彼の斬撃を受け止めていた。
「以前と比べて、魔族と接する機会は減っているはずだけど……逆にそれが過度な警戒心につながるのかな」
恐ろしいことに、ただ防いだわけではない。
彼女は人差し指と中指で白羽どりをして見せた。
それを可能とする動体視力もさることながら、たった指二本に込められた莫大な魔力密度は驚嘆を超えて冗談にしか思えない。
「馬鹿な……!」
誰かがあげた驚愕の声は当然だろう。
咄嗟に私は、裏で操作していた内部の魔力を顕現させた。
当てるために乱れ打つか、致命傷を与えるために集約させるか────。
思考は刹那────人差し指をを向ける。
「────撃ちます!」
この怪物に力の分散は愚行と判断。
敵魔力より逆算して貫通のための魔力量と密度を調整、全身全霊で指先から魔法を放つ。
しかし……。
「ッ……ぅ────」
馬鹿らしさと悔しさと理不尽さで声にならない声が漏れる。
指一本で私の魔力弾は逸らされ、空の彼方に消えていった。
「これで最後だ。話がしたい。武器を下ろせ」
再度放たれた言葉は非戦闘を望むもの。
同時に最後通牒だ。
それに対して私は疑問が浮かぶ。
これだけの力があれば、私たちを不意打ちで皆殺しなど容易だろう。
なぜ対話を望む?
どうしてか。
どうしてだろうか。
濁流のように身体を駆け巡る魔力が全身に熱をもたらしていたが、同時に頭の芯が冷えていく感覚を抱く。
「…………どこか様子が変だ」
前に出てきた勇者が疑問を言葉にする。
それは私も同意するところだった。
まずは本当に紅い女が魔族か、というもの。
勇者の言葉は矛盾するようだが、魔族と判断したのは勇者によるものだ。
その勇者の勘違いであれば戦う意味はない。
次に魔族だとして、敵意はあるのかどうか。
魔族とは人類に対して無条件で悪意を持つ、人類の敵性種族である。
それは間違っていた? しかし歴史が敵であると証明している。
であれば彼女は魔族の裏切────
「耳を傾けてはなりません。紅い髪と瞳の特徴から、報告にあった魔王の可能性が高いです!」
女神官が勇者の言葉を否定する。
確かに。
彼女の言うように、聞いていた魔王の特徴と一致している。
現れたと同時に霞のように消えたという証言から、転移系の魔法が使えるのだろうか。
それであれば声をかけられるまで気づかなかったことにも幾分か納得ができる。
「友好的に見せかけているのも、こちらを油断させるためでしょう。それにそもそも魔王と魔族は不倶戴天の敵。会話が成り立つなどあり得ません!」
そうだ。
魔族とは人類の敵であり会話が成り立つ存在ではない。
その首魁たる魔王も同様であり、戦闘以外の選択肢などあり得ない。
あり得ない……の、だが……。
「こうなってしまうか」
この時、初めて推定魔王が自ら進んで身体を動かし始めた。
彼女は立ち上がり────
「対話を持ちかけたのは私。先に手を出したのは君達」
そして────
「恨みはないけど、話が通じない以上手荒な手段を取らせてもらう」
瞬間、何もわからぬまま、私たちは一様に地に伏せっていた。
「ば、馬鹿な……」
「そんな……」
「あり……えない」
周りから声が聞こえてくる
ああ、私も同じように声を上げたいよ。
今のは濁流のような魔力だった。
一瞬でこの場にいる全員を押しつぶせるくらいに大量で激しく、さながら私たちは洪水時に流される木端屑でしかない。
規格外という言葉は勇者のためにあると思っていたが、当然だが魔王に当てはまるみたいだ。
「くそっ……」
しかし、ここまで隔絶した差があるのか。
各国より選ばれた我々はもとより、私たちについて来た神殿騎士も精鋭だ。
それがこうも事もなげに制圧されるなんて、人類が相対していい力ではない。
なんだこれは? 魔王というのはここまで遠いのか?
いいやそもそも、勇者も倒れて動けないなんて、どういった了見だ?
今代の勇者と魔王はここまで差があり、魔王の方が強いのだろうか。
うつ伏せに倒れているため視線だけで辺りを見渡しながら、私の頭は混乱していた。
だが一つだけわかることがある。
「…………っ」
私たちは失敗したのだ。
最初から対話に応じるべきだった。
結果論だが、勇者の懸念に乗るべきだった。
戦いを止めるべきだった。
ああ、しかし魔族だと看破したのも勇者だったか…………。
流石勇者で、なんともチグハグで。
「お見事、勇者。今のでまだ立ち上がれるか」
足音が近づいてくる。
勇者が無事?
私は身体を動かさず勇者に視線だけを向ける。
「聞いていたよりもずっと強い」
その勇者は立ちあがり、冷や汗をかきながらも聖剣を魔王に向けていた。
「…………はぁ、はぁ」
「魔力により威圧だ。死なないように加減したが、勇者には手ぬる過ぎたようだな」
「いや、これ…………やばかったよ。魔王って聞いていたより強いね」
勇者は笑みを浮かべていた。
外側から見える彼の魔力が爆発的に上昇していく。
「だから、無理やり強くなった。めちゃくちゃきつかったけど」
流石は女神に選ばれた英雄か。
常識なんて遥か彼方に置き去っているようだ。
ああでもこれで。
「何か話したいだっけ? いいよ、やりながら話そう」
「話を聞いてくれるなら私はそれでかまわない」
二人の激突を見る前に、私は意識を失った。
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意識が戻った時、最初に感じたのは窮屈さだった。
体が動かなく手足を縛られていると気づくのにそう時間は掛からなかったが、ではどうしてと疑問が浮かぶ。
「…………」
私の意識が戻ったのは気づかれているだろうが、念のため無言で下手人に視線だけを向ける。
視線が交錯した。
やはり下手人は先ほど私たちを襲った紅い魔王だった。
敵意は感じない、が少し気まずい。
どうやらあちらも平然としているわけではないようで、先ほど感じた圧倒的な姿と少し乖離を感じる。
同時に逆のことを言うようだが、その姿やふるまいに────特に目に────どこか超然としたものを私は印象付けられた。
「…………」
思い出す。
こんな目をする人間を私は知っていた。
故郷でたまに見た目だ。
長く永く生き、生きて生きて生きて、我々長命種から見ても永い時を経てようやく到達する境地。
魔族の寿命については詳しく知らないが、神話の時代から生きている者もいると聞く。
この魔王がそうなのだろうか。
であればあの馬鹿げた強さも頷けた。
百年の刻は凡人を天才に押し上げる。
千年の時は天才を天域に押し上げる。
であるなら万年あれば────
────ああいったいどれほどのものができるのか。
「…………」
「…………」
これは私にとって好きな目ではなかった。────だから視線を外す。
結局勇者は負けたのだろうか。
意識を失う前に勇者は強気な発言をしていたが、どうやらこの状況では勝利の望み薄だ。
勇者が勝っていれば私はこんな手足を縛られて運ばれていないし、魔王も小綺麗な状態でいるはずがない。
そもそもこれだけの魔力の暴威に勝てるはずがないのだ。
生物というより自然災害に近い。故郷の霊脈でもここまでの力はない。
女神が勇者を選定して聖剣を与えるというのも納得できる。
人類が保持する戦力ではこの魔王を打倒することは不可能で、女神という超常の存在から借り受ける力が不可欠だ。
────いくらか時間が経ち、ようやく森の中のひらけた泉で魔王は止まった。
「手荒に扱って悪かったね」
どれだけ仲間達と距離が離れたのだろうか。
太陽の位置から察するに一時間ほどしか経っていないようだが、あまりの速さにおおよその距離感も掴めない。
「他者の命を奪おうといたんだ。これくらいは我慢してもらいたい」
私の手足を縛っていた縄が外される。
推測通り、この紅い魔王はどうやら私を害する気はないらしい。
それどころか、今までの話からわかるようにとても理性的だ。
魔王らしくない。
人類の敵らしくない。
「私を、どうするつもりですか?」
「勇者にも伝えたけど、余計なちょっかい出されないための人質かな。
あと最近の人類文化圏に疎くてね。トラブルが起きないための案内人として扱うつもりだよ」
人質ならわからないでもない。私にその価値があるかは不明だが、物事の流れ、道理として納得できる。
しかし案内人とは?
重要な情報を話せという、婉曲的な表現だろうか?
「……私は人類の情報を渡すつもりはありません」
「案内人と言ったろ? 勇者側の構成人数を話せとか、機密を漏らせとかそういうのは求めてない。
地上で暮らすための一般常識が知りたいだけだ」
地上で暮らすという言葉に面食らう。
そんな馬鹿な。
魔王が地上で暮らす?
略奪や侵略ではなく?
こんな魔王があり得るのか?
「私じゃ……なくても、いいのでは?」
「そうだね。でもきみの方が事情を知っている分、隠し事をしなくていいし、柔軟に対応してもらえそうだ」
返ってきた言葉で一部疑問は解消されるが、続けて疑問が際限なく溢れてくる。
「それなら、私にも教えてください」
だからもう私はそのまま疑問をぶつけてみた。
「……あなたは本当に魔王? いえ、そもそも魔族ですか?」
「勇者にも答えたけど魔王じゃないよ」
魔王ではない。
わずかな安堵────しかし続けられる言葉に私は思考を止める。
「けど」
彼女の顔と頭部に巻かれていた布がゆっくり取られていく。
「正真正銘、私は魔族だ」
現れた頭部には、どの獣人とも違う角と、私たちのような尖った耳がついていた。
地上にいるどの種族とも違う特徴。
「続きは歩きながら話そうか」
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「話を聞いた限りだと、帝国に向かうのが良さそうだ」
紅い魔族はサクラと名乗った。
改めて彼女の全身を見てみると、特徴的なのはやはり紅い髪と瞳だろう。
ここまで見事な紅い髪と瞳の人物を私は見たことがない。
燃えるような真紅の髪は、先ほどの災害のような魔力と合わせて、活火山の溶岩を思わせた。
次に目を引くのが漆黒に輝き、紅い紋様の入った角だ。
角といえば獣人であるが、彼女のそれは私の知っているどれとも違う。
禍々しく生命の息吹が感じられず、どこか地獄めいた非現実さを思わせてしまう。
あわせて気になるのが耳だ。
尖っている耳は私よりも短いが、最近は別の種族ばかり見てきた事情もあいまり少しだけ親近感を覚えた。
他はそんなに特徴的なところはない。
私と変わらない身長と体型であるし、衣服は袖なしの首まで覆う黒いワンピース。
魔族に対して変な感想だが、フリルが少しついているのが少し愛らしい。
そこらの村や町で歩いていても、珍しいなと視線を向けられるだけで魔族だとは思われないだろう。
ああ、あと一つ忘れていた。
「多種族、多民族なんでもござれの実力主義。最悪、私の姿を見られても帝国なら誤魔化せる」
サクラは容姿が非常に整っている。
初めて会った時はその瞳しかわからなく、それでも美しいと感じたが、全てが露わになると思わず見惚れてしまう。
私が男で彼女が魔族でなければ即座に求婚していたはずだ。
「うまくすれば、少人数なら魔族であっても受け入れてもらえるかもしれない」
しかし私は女で、彼女は魔族。
ありえない仮定にありえない仮定を積み上げた場合の与太話。
それでも美しいと思ったのは私の負けだろうか。
そもそも魔族の姿形なんて誇張されたものしか広まっていない。
日々平凡に暮らす村民や町民には、恐ろしく強い邪悪な化け物としか聞かされていないし、それよりも日々の生活を脅かす魔物の方が脅威だろう。
せいぜい、知性ある魔物が魔族、というような曖昧な理解だ。
容姿や全体の身形など知る由はない。
「人が集まるところは紛れやすいし、目指すなら首都かな。仕事も色々とあるだろう」
私も四半世紀すら生きていない若輩なので直接見たことはないが、それでも正確に伝わっている伝聞や書物がある。
姿形は統一性がなく、人類に似通った者もいれば、家より大きな二足歩行の獣の容姿や、生物かも怪しい奇怪な者もいたそうだ。
その複雑怪奇さは魔物に類似しているが、しかし知性という点で魔物と魔族は大きく異なる。
人類とただの動物が違うように、魔物と魔族も明確に別種なのだ。
であるならサクラが美しいのは魔族の中の種族固有のものだろうか。
と思索に耽っていると。
「君はどう思う? ヘリアン」
横合いから私の名前が呼ばれる。
視線を向けると宝石のような瞳と目が合った。
胸がどきりと跳ねるのを抑えて、努めて感情を込めずに私は返答する。
「帝国は賛成です。でも首都にするべきかは判断がつかない」
私は南の大陸出身でこの大陸の事情に疎い。
そのため一般的な知識しか持ち合わせていない。
それでも帝国の成り立ちから考慮すべき事項は浮かんでくる。
「帝国は中央の帝国直轄領と、配下の王国領で別れていて巨大。
安易に中央の首都を目指すよりも、より余所者が目だただない地を目指した方がいい」
帝国はもともと東の国家郡の中の小国だった。
戦乱の世で国家郡が戦争を続け、複数の大国が作り上げられる。
それらの国家を最後にまとめた国が帝国だ。
ゆえに帝国は、併合時に力のあった国家に自治権を認めている。併合をスムーズにするためだ。
帝国という巨大な国家に複数の王国が従属し、全体として帝国を名乗っているというのがわかりやすいだろうか。
だから帝国は王国ではなく、従属させた王国よりも上位の存在であるとして帝国を名乗っているのだ。
「私の知識ではどこがいい、まではわからないですけれど、帝国への道中で情報を集めればおおよそ当たりはつくはずです。
それで最終的に帝国首都がいいならそれはそれでいい」
「そうか。ならそうしよう」
サクラはあっさりと私の意見を聞き入れた。
「…………そんな簡単に信用していいのですか?」
「いいんじゃないかな? おかしなこと言っていないし、本当に嘘なら道中でばれる。
嘘だ本当だ、騙す騙してない────と気を張るのは疲れるし」
続けてサクラの口角が上がり綺麗な笑みを浮かべる。
「それに私は君を信用することにした。なら案内人の言葉に従うだけさ」
にっこりと笑うそれに邪気はなく、ただただ暖かく眩しい太陽のようで────。
「…………なら、追加で助言をします」
ふいっと私はサクラの視線から逃げるように顔を逸らした。
「……いくら帝国が実力主義でも、魔族を受け入れることはありません。
だからバレないように注意を払うべきなので、今のような顔は控えてください」
崩れてしまった今の顔をあまり見られたくなかったのだ。