紅き魔王の燐廻転生 零(短編版) 作:るーしー
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「あ、れ……」
視界がぼやけ、思考が明滅する。
まるで私の髪のように赤い液体が、視界をすべて埋め尽くし正確な視野を奪う。
何故だかわからないが、先ほどまで万全だった身体が満身創痍一歩手前まで負傷し疲弊していた。
「これは……」
いや、それだけではない。
表面上の傷も相当だが、魔力が信じられないくらいに激減している。
本来表に出さず、魔界でも地上でも知るものはいなかった、虎の子の莫大な魔力。
ああそうか。魔力が破壊されているのか。
これは紛れもなく聖剣による傷。聖剣の呪いで肉体だけでなく、その奥の魔力までもが死滅しているのだ。
剣戟はすべて躱していたのにどうしてだ?
原理は不明。
誰の仕業かもわからない。
もしや勇者が何かしたのかと思えば、彼にも見慣れない傷が多数増えていた。
傷の共有を行う呪い?
しかし何もしていない。
勇者は何もしていないのだ。
一目見て下手人は彼ではないと確信し、危機感を最大限まで引き上げる。
「……っ」
リアンは無事だ。
彼女も何が起こったかわからないようで驚愕の表情を浮かべていたが、しかし現状の危険さは理解しているのか魔法を全力で防御のため行使している。
私はとっさに倒れている勇者をリアンに投げ渡す。
「頼んだ!」
彼女は表面上驚いていたが、いつも通りに魔法で受けとめてくれた。
続いて追加の結界や防御魔法を重ねているのを見て安心し、私は外敵をまず確認するため、索敵に意識を向けようとして────
「黒死十四呪詛、近衛四騎士第四位、ステラ=クァットゥオル・ファートゥム」
「同じく────黒死十四呪詛、アルム・オクタウィウス=グラディウス」
どこからか破滅の呪いが紡がれ───
「ここがお前の墓場だ────死ね、アカイロ」
───呪詛が天より牙を向け襲い掛かってきた。
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空から現れた男は二人、どちらも見知った仲ではないが、知らぬということはあり得ない存在。
魔界に死を振りまいていた黒死十四呪詛なる組織の一員、地上に来る前に最後に顔を合わせた面々だ。
一人目が黒いローブで全身を包んだ細身の男、ステラ=クァットゥオル・ファートゥム。
垣間見える髪は光り輝く黄金のようで、その相貌に輝く眼球も同じく煌めく金色。
黒死十四呪詛の中でもっとも私に強い殺意を向けていた凶人であり、忠義に溺れ狂い箍が外れた怪物である。
二人目が漆黒の巨大な鎧で全身を包まれたアルム・オクタウィウス=グラディウス。
常にフルプレートアーマーを身につけているため内部の装いは知らないが、同時にあちらも私に無関心であり静観していた存在。
長大な大剣と大盾は、身長二メートルを超す大男である彼と比しても巨大に思える。
魔界にいるはずの魔王領域を逸脱した超越者───その二柱だ。
「っずぅ!!」
着地し吶喊してきた漆黒の重装騎士、その疾風のような右肩方向への斬撃を紙一重で躱す。
危機感が警鐘を鳴らし、死すら垣間見える中それは成功した───はずなのだが。
「がぁっ───!」
まるで躱し損ねたかのように、私の肩には傷ができていた。
確かに体調は最悪で全快時とは程遠いが、それでも無理やり躱すことに成功したはず。
なのになぜ……。
いや、先ほどのあれ───つまりそういうことか。
躱した斬撃が当たったことと、私と勇者がいつのまにか傷だらけになっていたことから、何かしら条件がそろえば物理法則を無視して攻撃を当てれるのだと理解する。
勘も入っているが大きくはずれてもいないだろう。
私と勇者は後から傷ができたことから、斬撃や傷を貯めることもできそうだ。
「────はぁっ!」
「────っぅ!!!」
二撃目は過剰なほど大きく躱し、結果として斬撃は私を傷つけることができなかった。
無茶な体の動きでごっそりと体力を削られたが、未知の攻撃を躱すことに成功する。
「まったく勘がいいな。ただ疾く疾く死ねばいいものを」
完全な正答ではないだろうが、ステラの言動から凡そ及第点らしい。
彼もアルムに続いて着地し、すぐに巨大な鎧の後ろに隠れてしまう。
見た目通りの前衛と後衛だ。
「初撃で殺せはしなかったが、当初の予定通りだ。これから僕は全力で援護にまわる。────絶対にやつを殺せ」
「わかっている」
怨嗟のこもった声が指示を出し、無感情な鎧からの声音が応える。
剣と盾を再度構えて微動だにしないアルムは、こちらの隙を伺っているのだろう。
「まったく……どうして魔界からここまで追ってくるのか」
それもたって二人で。
確かにどういう理屈か、私はかなり傷を負わせられて疲弊しているが、だとしても二人だけで来るのは悪手でしかない。
今の状態でもまだ勝算は残っているし、なんなら巻き込んでしまった二人を抱えて逃げてもいい。
逃げるだけならどうとでもなるはずだ。
「追われる理由がわからないか?」
ああ全く見当もつかない。
リスクとリターンが見合わないし、そもそも成算は低い。
「おまえは毒だ。癌だ」
ステラが憎悪に燃えた瞳を私に向けながら、呪詛を込めた言葉を放つ。
「あのお方は常に心を痛められている。貴様のような矮小な存在のために」
あのお方というのは────おそらく彼女のことだろう。
彼らが名乗る黒死十四呪詛なる組織の首魁であり、私の昔からの友人────
つまりは私に対しての嫉妬。
敬愛するご主人様に虫がつくのが我慢ならないのだろう。
たかが友人関係にまでここまで憎悪を滾らすのは、まさしく忠義に狂った狂人だ。
「さらに加えて言えば、今この時こそが貴様を確実に殺せる絶好の機会だからだ」
この時こそが?
それはいったいどういうことだろうか。
深夜寝込みを襲うなり、私が油断しているところを狙えばいい。
卑怯云々抜きに考えるなら、足手まといのいる街中のほうがもっと私は戦いづらかったはず。
こんな開けた荒野であれば異変に気付きやすいし、足手まといというには過剰な戦力が後ろに控えているというのに。
「それで私を殺しに来たつもりか?」
このタイミングが良い理由はわからないが、私としては戦うだけだ。
「舐められたものだな。たった二人で私の命を獲れると思ったのか?」
ボロボロで戦力にならない勇者はリアンに預けているので、自分自身にだけ集中することができる。
私もあちこち傷は深いが、この二人程度ならまだなんとかなるし、魔界で最後に出会ったころから飛びぬけて変化は見られない。
「おまえたちは常軌を逸した強さだが、だからと言って私を超えてはいない」
万全であれば遅れは取らない。今も何とかなる。
「ここまで傷を受けては簡単にはいかないだろうが、二対一でも十分こちらに勝機はある」
少し無茶をして、最後は動けなくなると思うが、そこはリアンに任せてしまえ。
彼女の才能も実力も本物だし、上手いこと治療して帝国の我が家に運んでくれるだろう。
その後は、いつものくだらない日常が待っている。
一年も経って遠慮がなくなってきたリアンは一緒にいて楽しいし、他にも新しく友人知人ができてきている。
近所に勇者よりも幼い子がいて、お姉ちゃんになったんだから頑張るんだ、と笑っていた。
彼女の妹である赤ちゃんを抱かせてもらった時は、小さな生命の力強さを久しぶりに思い出せた。
八百屋の親父さんは買い物で偶におまけをくれたり、肉屋の大将はここが美味いんだとおすすめの部位を教えてくれる。
いい思い出なんだ。
幸せな思い出なんだ。
地上で確かに経験した日常────それを────それをおまえらのような悪鬼羅刹のせいで、手放すなんてできるものか。
ここで死ぬのはおまえたちだ!
「貴様こそ舐めすぎだ」
対してステラの空気が変わる。
「生身同士ではいざ知らず、呪いで武装している我ら黒死十四呪詛に敵うと思っているのか?」
呪いで────武装?
「その慢心、死で償え」
それはいったい何を言って────
「────!」
同時に、アルムから無言で大剣が振るわれる。
先ほどの経験から、斬撃を躱すためにこれでもかと後ろに飛び距離を開けた。
その瞬間────。
「いまだ────やれ」
ステラが静かにアルムへ指示を出した。
追撃を警戒したのは一瞬で、しかし私は選択を誤ったことを後悔する。
なぜなら────
「────■■■■■■────」
────アルムを中心に爆発的に高まる呪詛を感じたから。
今更であるが、私は彼らが本気で戦っている場に遭遇したことがない。
それはあちらも同様であるが、相手の隠していた実力が想定以上だ。
体術や魔力ではなく、これはまったく別の────
あぁ、これが私を殺せるという確信か。
そうだろうな。
この力の本流の前では、今の私はどうしようもない。
山どころか山脈を砕き、大河を割ってもまだ余りある呪いの本流。
使い方によっては大陸を海の底に沈める暴力の化身。
「────■■■■■■────」
逃走を瞬時に選択。
リアンと勇者を抱えての逃亡が可能かは怪しいが、見捨てる選択肢などとれはしない。
私が必死の形相で二人に接近するのを見て、リアンは私の考えを読み取ったのか、意識のない勇者を抱き上げた。
彼女たちの安全を考えて距離をとったのが裏目に出た。
この刹那が、まるで永遠のように遠い────
だめだ間に合わない。
「────■■■■■■────」
完成するナニカ────
瞬間────異界が顕現した。
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危機感が警鐘をガンガン鳴らす。
一秒後の死を告げている。
アルムとリアンの中間位置で私はあり得ない選択をとるしかなかった。
「────!」
それは逃走ではなく吶喊。
剣呑な雰囲気を放つ黒き騎士から離れるのではなく近づく。
わざわざ相手の土俵で戦う選択肢を取るのは愚行であるが、しかしこの場ではこれしかないと確認した。
「…………」
振りかぶられ、構えられる大剣────
恐ろしい。
恐ろしくて仕方ない。
何せこれから私は自らあの破壊の暴力に飛びつくのだから────
「…………」
振り下ろされる刹那、私は寸でのところで間に合った。
左指一本でその剣戟を受け止める────同時に激痛と血飛沫が私を襲う。
「くっ────!」
本来であれば馬鹿な選択だ。
敵の攻撃にわざわざあたりに行くなんて。
けれどこれが最善であると第六感と今までの莫大な戦闘経験が告げている。
おそらく────
こうしていなければあの一振りは私の心臓を────
「はぁ────っ!!!!」
だがただではやられない!
飛び込んだ勢いはそのままに全身全霊の右拳をやつの心臓に叩き込む。
全身疲弊状態だがそれでも普段通りの型と全力で駆けた勢いの乗った尋常ならざる一撃。
本来であれば山を砕き海を割っただろうそれは────ああ、どうしてか敵手になんの痛痒も与えることができていない。
「ばけ、……ものめ」
「それはおまえだろうがアカイロ」
あまりの理不尽にでた言葉だが、それを金色の魔族は拾い上げた。
今のを見て何故そう判断するか私は理解に苦しむ。
どう見ても化け物はおまえらだ。
「まあいい。こちらの有利は変わらない。
────切り刻め」
「ああ」
続けて振るわれる二撃目。
もちろん躱す選択肢はなく、生き残るため左手指二本目を生贄に捧げる。
本来であれば指の先を少しずつ切らせればいいのだが、安全のために指一本をささげる。
ああせめて、避けたのに当たるというこの不可解な現象さえなければもっと戦えるというのに。
そして同時に放つ全身全霊のカウンター。
だがそれも……。
「堅すぎる────!」
大地すら砕いて見せると放ったそれは、先ほどと同じくダメージにならない。
実際、この拳を地面に叩き込んでいたのなら地割れを起こして大陸に消えない傷を与えていた自信があった。
────だが今のでわかったことがある。
二枚だ。
守りは二枚だ。
一枚はおそらくステラと共通で同じもの。
二枚目はアルム独自のもの。
どちらも堅牢であるが特に二枚目がまずい。
一枚目は最終的に何とかなる気はするが、今の私では絶対に二枚目を突破できない。
わかる。わかってしまう。
なぜならそういうものだからだ。
あらゆる物体は大地に引き寄せられるように。
夜が終わると朝日が昇るように。
生まれれば老いていくように。
死ねば、終わりのように────
非常に私に近いものだ。
なら不可能だ。
不可能だと割り切るしかない。
もし突破するなら遥か上位の理が必要であるはず。
────それこそ神のような。
「はっ────」
諧謔の笑みを浮かべ、三回目、四回目と生贄をささげた。
これで残る左手の指は一本。
少しだけリアンに視線を向け────私は賭けに出ることにした。
最後の左指を犠牲にし、しかし私はカウンターを放たない。
「…………」
明鏡止水────心を水面のように落ちつけながら残っている力をただただ集めていく。
そして次の攻撃を私は躱さなかった。
狙われた心臓へのそのまま斬撃が通る。
少しだけ身体をずらし両断されることは防いだが、心臓は完全に破壊された。
大剣に付与されている呪いにより回復もできないだろう。
状況は絶望的だ。
確実な死が待っている。
だからこそ。
「ようやくか。そのまま死ね」
金色の目が苛立たし気に私を射抜く。
「おまえらもな」
それに対し私も敵へ絶命を告げる。
「なにを、言っ────これは!」
「────まずいな」
反応はそれぞれだが、魔族両者はどちらも驚愕の声をあげていた。
それはそうだろうな。
なぜなら。
「いま、世界のルールに抵触した」
ある場所が、世界のどこかに存在する法則すら書き換える神秘の場が────私に近づいてくる。
「知らなかったか? あいつから聞かされていなかったか? 私は────サクラという異形の魂を継承する私は死ぬことができない」
正確にはある目的が達成されるまで死ぬことを許されていない。
まだ私は目的を達成していないがゆえに、世界のどこかにある願いの場が、試行を継続させるために私へ繋がろうとしているのだ。
「この一撃、手向けとして受け取るがいい」
もはや後先など考えない。
肩から胸につながる傷が血飛沫を噴水のようにまき散らしたが知ったことか。
この二人を、怪物を、超越者を────逃してはならない。ここで私と死の奈落へ落ちるんだ────!
「はぁぁあああああ!!!!!!!」
「ぅぅううううう!!!!!!」
アルムの鎧が砕かれ生身へ届く。
本来の実力であれば不可能な事象を、裏技を使って届かせた。
これから絶命するまでの短時間、誰も理解できないあの神秘につながっている間だけ、おまえたちのルールは通用しない。
初めて。
初めて敵から痛痒の声が漏れる。
のみならず、心臓を貫通し背後に隠れていたステラへ衝撃を届かせた。
一人は殺せた────が。
まだだ。
まだ倒れるな私の体。
リアンのためにも、勇者のためにも、そして街の人たちのためにも。
地上で悲劇を起こさせないために、ここで決着をつけないといけない!
「クソクソクソクソ!!!! クソ!!! クソガアアアアア!!!!!!!」
絶叫して金色の髪をかき乱す魔族。
乱心し、大声を上げ、冷静さなどなく格好の的だ。
「もう少しだった! 殺せた! 殺せたはずだというのに!!!!」
ああそのままでいろ。いま終わらせる!
私は膝をつくアルムを無視してステラへ駆け出した。
「それにアルムが死ぬだと? 貴重な戦力を失うだと? まだ会敵すらしていないというのに────!!!!!
こんな! こんな運命は認めない! 『────書き換えろ! 書き換えるんだ!』」
何か世迷言を言っているが聞いてやる義理はない。
ここで死ね────!
「『アルムは傷を受けたが致命傷ではない!』」
瞬間、背後の恐ろしい剣気を感じ、とっさに背後へ攻撃を放つ。
私の右拳がぶつかりつばぜりあうのは、先ほど斃したはずの重装鎧、アルムであった。
「な、ぜ────」
信じられない。
ここまでやってもだめなのか────!?
力が抜ける。
もう立っていることができない……。
ゆっくりと片膝をつく。
もはや顔を向けて睨みつけることしか抵抗はできない。
ごめん……!
リアン、みんな!
できれば、逃げて……。
「────撤退だ!!!!! これ以上は意味がない!!!!」
しかし、私の悲壮な願いは、敵の意味不明な言葉に打ち消される。
「いいのか?」
「良くはないが、意味がない!」
どうしたことだろうか。
両者はどちらもすでに戦意がなく、それどころかステラに至ってはまるで負けたかのように荒れている。
どこからどうみても勝者は二人で、敗者はこれから死にゆく私だけ。
立場が逆だろうに。
だが。
「絶対に殺す! 次はない!!!」
そう捨て台詞を残し、二人はまるで何もなかったかのように掻き消えていった。
次回最終話