戯言日記 其の一
◯月✕日
銀色のカプセルにはネコを模した耳が生えていて、子供が落書きしたみたいな簡素なネコの顔が描かれている。
ユーモラスな外観をした銀色の球体は、天井から伸びたロボットめいた謎のアームにガシッと掴まれた。
ギュルギュルと音立てながら激しく回転したネコカプセルは次第に発光。
火花をバチバチと迸らせながら回転を続けたカプセルはやがてパッカリと縦に真っ二つに開くと、閃光のような激しい輝きを放つと同時に辺りは一気にホワイトアウト。
脳内に響く不思議なファンファーレが鳴り響くと共に、カプセルの中身が顕わに……。
と、ここまでが毎朝のお約束だ。
要するにログインボーナスとして自動的に脳内でガチャを回すと同時に目が覚める。という、端から聞けば訳の解らないだろう謎の現象もすっかり日常となってしまった。
ちなみに今朝当たったキャラクターは『タンクネコ』。
防御力が売りの名前通りの量産形カベキャラだ。召喚コストは150ヴァリスとお手軽。
最も転生してから17年。転生特典?として起床と同時に脳内で『にゃんこガチャ』を毎日回しているのだから、基本キャラのレベルは全キャラもれなく+90の上限を迎えている。
要するに『レアガチャ』の肥しか、経験値や本能Pに変換するぐらいしか意味が無いのだ。
さて、ログボのガチャを回し終わり、意識が覚醒した頃には太陽はすっかり真上にある。
昼間……というより夕方に近い時刻だろう。昨日は飲みすぎたのかも知れない。
これでもかと惰眠を貪り、寝起きの空きっ腹に酒を流し込み、ほろ酔い気分のままにボーッとした頭でぐだぐだと過ごす毎日。
まるで死に掛けの老人のような生活だが、前世からのインドア気質に加えて猫人の身体となって生まれ変わったからか、ますますマイペースな性格になった気がする。
転生を自覚してから神様に勧められて書き始めた、今までの日記帳を改めて読み返してみると、こうした怠惰極まりない生活を何だかんだで二年は続けている。
つまり、私が世界の中心とも呼ばれる大都市オラリオに移住してから丁度五年が経ったということになるのか。
……どうしよう。五年も生活しているのに思い出もクソも無い。
と言うか友人が殆どいない。なんだったら知り合い込みでも二桁いかない程だ。
今の私は17歳。前世で考えるならまだ高校生という、青春真っ只中のティーンエイジャーじゃないか。
だというのに、せっかく異世界転生して理想的なファンタジー世界で手に入れた生活がこんなパサパサに乾燥した味気無い日々で良いのだろうか?
いや、まあ。諸事情あって迂闊に外を彷徨くと怖い人達に絡まれる事が多いから、あまり外に出たく無いという事情もあるのだけど。
結局、今日も一日ホームに引き籠もってこうして日記を書いている。
今夜は綺麗な満月だ。今頃、妹が夕飯の支度をしている頃だろう。今日の献立はなんだろうか。最近は野菜中心だったから魚が食べたいな、魚。
メレンに滞在した時に頂いた、あの鯖に味わいが似た焼魚が食べたいものだ。
◯月♧日
実質的なニートである私は今日も今日とて、特にやることも無い。特にやることも無いので、我がファミリアについて改めて振り返ってみようと思う。
我が『ニャンコ・ファミリア』は所属メンバーがたった二人という、超がつく程の小規模ファミリアだ。
一応、団長である私がレベル5。副団長である妹がレベル2であることから等級はD。
団員数から考えると破格の評価だ。払わなきゃいけない税金も破格なので勘弁して欲しいのが本音ではある。
と言っても私はダンジョン探索なんてまともにやった事も無いし、妹も実のところは非戦闘員。
私はホームである此処『風雲にゃんこ塔』で惰眠を貪りマタタビ酒に酔っ払い、退廃的な日々を過ごしているし、妹はそんな私の面倒を甲斐甲斐しくみながら掃除洗濯炊事に買い出し、とまるで家政婦の如くホームの家事を取り仕切っている。
つまり実質的に冒険者として活動をしているワケでは無い、活動休止中のファミリアとも言える。
おまけに主神のニャンコ神は基本的にホームに不在で、そこら辺をフラフラしている。一応昼飯時になると、ひょこっと顔を出すのだがまた直ぐに失踪。
何と言うか、非常に自由な神様である。
「呼んだ? ボク、神さまだけどー?」
こんな事を書いていたからか、耳元でねっっっとりとした声と共に背後から神様が生えて来た。
彫刻のように鍛えられた鋼の肉体。獅子の鬣のように広がり、蒼炎の如くうねる髪。
そして絶妙にキモい落書きみたいな顔。
妖怪ぬらりひょんのようにヒョッコリ出てくる不思議なナマモノが我が神様である。
あと、別に私は呼んでないです。
「キミを見ていると、自分の若い頃を思い出すよ」
それは絶対に勘違いだと思う。少なくとも私はこんな面白フェイスもしてないし、筋肉モリモリマッチョマンでもない。
どちらかと言えば中性的な顔で、背も低くて華奢な方である。
「ボクって、偉大だろ?」
いや、まあ、はい。
一応、恩義もあるし、超越存在だから偉大だとは思いますけども。
「愛されるよりも愛したいよね。マジで」
え? えーと……
「なんかこう、宇宙と一体感を感じるよね。あっ、ボクだけ?」
……我が神様はちょくちょく話が通じなくなる方である。もう慣れたけどさ。
ふと気がついたら神様はいなくなっていた。やっぱり本当は神様じゃなくて妖怪なんじゃないだろうか。
うん。とりあえず酒でも飲むとしよう。
◯月△日
今日も今日とてマタタビ酒に舌鼓をうちながら、ほろ酔い気分で引き籠もっていると久々に来客があった。
オラリオに来る半年前ぐらいからの付き合いである友人のクロ姉ちゃんだ。
普段は冒険者向けのキャバクラ……もとい、従業員が不自然なまでに美女揃いの飲食店で働いている、いわば酒場のウェイトレスだ。
会って早々に。
「また昼間っから酔っ払ってるのかニャ……」
と呆れたように溜息をつかれたが、クロ姉ちゃんだって職場でやらかして『母さん』と呼ばれる屈強な女店主によく怒鳴られたり殴られているのを私は知っているのだ。
「おミャーもたまには店にも顔出して金落としていけニャ」
と、私が常飲している緑マタタビ酒をヒョイッと奪いながらクロ姉ちゃんがジト目で愚痴っているがそれは無理な相談である。
というのもクロ姉ちゃんの同僚にあたる、とあるウェイトレスさんに私は洒落にならないレベルで嫌われているのだ。
どのくらい嫌われているかと言うと、最近では視界に入った瞬間に殺気を飛ばしながら腰元に手をやる程。
要するに無意識の内に武器に手を掛けて斬り殺そうとするレベルに嫌われている……モンスター以下の好感度だ。互いが武装してる時にバッタリ出会してしまったら速攻で殺し合いが始まってしまいそうだ。
負ける気は全くしないが、流石にクロ姉ちゃんの同僚を殺してしまうワケにもいかない。
私だって料理の美味しいあの店はお気に入りだったのだが、お互いの精神衛生上の為にも近付かない方が安牌だろう。クロ姉ちゃんにそう伝えると。
「まあ、それも無理は無いニャア」
と苦笑い。別にあのエルフの女性に何かこちらが悪い事をした覚えも無いのだけれど、まあ人間関係というのは複雑怪奇なものだ。
オラリオに移住した当初は普通の客と店員という距離感だったのだが、私が冒険者として名を上げれば上げる程に彼女からの好感度がガンガン下がり、今じゃあまりの居心地の悪さに、こちらの方から、あの店を避けている程。
しょっちゅう性別を勘違いされては馬鹿な神からナンパをされるような、こんなナリでも私は一応立派な男である。
なので美しいエルフの女性とはお近付きになりたいとは思うのだけれど、彼女とは今さら関係の修復が出来そうもない。
「おミャーが店に来ないから、こうしてミャーの方から遊びに来てやってるんだニャ。ほれほれ、感謝してミャーに酌をするニャ‼」
私の表情が暗いものになっていたのか、クロ姉ちゃんは冗談混じりでそう言いながら、こちらに盃を突き出した。
全く、彼女には敵わない。お礼の気持ちを込めて、棚の奥にしまっておいたとっておきの虹色マタタビ酒を注いでやる。
芳香なマタタビの薫りにクロ姉ちゃんも、思わずといった様子で頬を薔薇色に染めながらウットリ。
「ハニャァーーン‼ 美味いニャア……前に母ちゃんが漬け込んでいたマタタビ酒を少しだけ拝借したけど、あれよりもずーっと美味いニャアアアン‼」
一息で飲み干すとトロンとした顔でクロ姉ちゃんはお変わりを催促してきた。
虹色マタタビは原料が貴重なんだけど……まあ、せっかく遊びに来てくれた姉貴分にヤボな事は言いっこなしだろう。
結局この日は昼間っから宴会騒ぎとなった。
食事の用意をしていた妹も巻き込み、猫人三人で楽しく酔っ払った。
夜になる頃にはすっかりクロ姉ちゃんはべろべろに酔っ払い、結局ウチのホームに泊まっていった。
今は布団の上で寝転がりながらこの日記を書いている。
「ニャフフーン……相変わらず、おミャーはイイ尻してるニャ。最高だニャー」
等と言いながら先ほどまで人の尻をツンツンと突ついたりハムハムと甘噛みしたりと割と好き放題やっていたクロ姉ちゃんは、私の隣で一糸纏わぬ艶姿のままに寝息を立てていた。
相変わらずのショタコンぶりと尻フェチぶりに奇妙な安心感を覚えている私は、すっかり彼女に毒されているのだろう。
今日は久しぶりに退屈を忘れる楽しい一日だった。
◯月□日
ガチャと共に私が起床した時にはクロ姉ちゃんは既に居なくなっていた。
妹曰く、朝の仕込みがあるからと早朝に帰ったのだとか。飲食業は大変だ。
さて、今日も今日とてヒキニート生活を堪能しようとしたところ、妹から一言。
私の命の水と言っても過言では無いマタタビ酒。それも特に大好物である虹色マタタビ酒の在庫を切らしてしまったのだとか。
まあ、それも仕方ない。昨日はかなりの量を飲んだ覚えもあるし、特にクロ姉ちゃんはパカパカと盃を空にしていたからな。
ならば仕方ない、今日は久々に外出するとしよう。
私はスキルを使いキャラクターを召喚。伝書鳩代わりによく使っている『ちびネコノトリ』に手紙を渡して早速飛ばした。
送り先はもちろん、オラリオにおける農業の最大派閥『デメテル・ファミリア』の主神、デメテル様へだ。
石を投げれば神に当たる。と言われる程、此処オラリオには沢山の神様がいるわけだが、基本ヒキニートの私は殆ど知り合いが居ない。
と言うか、ぶっちゃけ我が主神を除けばまともに会話したことある神様なんて二神しかいない。
その内の一神であるデメテル様は豊穣を司る、慈愛の心に満ちたおっとり系の美しい女神様だ。
何故か多くの神々から否定的な感情をぶつけられやすい私だが、デメテル様はその豊満力……じゃなくて包容力でもって私にも微笑みかけてくれる心優しいお方様だ。
ぶっちゃけ神なんて殆どが性格破綻者の享楽者の集団なのだが、デメテル様に関しては心の底から尊敬できる理想的な女神様と言える。
なんだったらウチの神様よりも圧倒的に尊敬できる存在だ。
久しぶりの外出の為、真っ昼間から一風呂浴びイソイソと出掛ける支度が整え終わる頃には、先ほど送り出したちびネコノトリが返事の手紙を口に咥えて戻って来た。
我ながら、この『にゃんこ』の召喚は非常に便利である。流石は転生特典といったところだろうか。
空いている時間があれば訪問したい旨を書いた私の手紙に対し、デメテル様は何時でも歓迎する。と寛大な返事を送ってくれた。
ならば善は急げとばかりに早速、外出だ。
いつもの部屋着の上から顔がすっぽり隠れるフード付きのローブに身を包み、私は足早にデメテル・ファミリアへ向かった。
-追記-
久しぶりにお会いしたデメテル様は相変わらず、美しく、豊満で、グラマラスで、ダイナマイトでグレイトフルな女神様だった。
せっかく来たのだからと歓迎の宴まで開いて頂き、今日はデメテル・ファミリアのホームで一泊することになった。
宴で出されたデメテル・ファミリア特製の野菜をふんだんに使用したフルコースと、特製のベジタブルリキュールは非常に美味しかった事をここに追記しておく。
ああ、願わくば明日の朝食にも期待したいところである。
◯月◇日
デメテル・ファミリアからの帰り道、闇討ちを喰らった。
・タンクネコ
体力を多く備えた盾用のキャラ。
攻撃力はスズメの涙ほど(範囲攻撃)。150ヴァリス。
・ちびネコノトリ
体力は少ないが敵をまとめて一掃する。超破壊力を持ったキャラ。
を目指して成長中のちびにゃんこ(範囲攻撃)。975ヴァリス。
グロ描写
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入れろ。内臓抉り取れ。
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止めろ。自重しろ。