青い瞳は綺麗だよ   作:へびのあし

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パンダとベビーシッター杏樹

 

 

「どうした?くじけるなよ、きみの限界はそんなもんじゃないだろ。」

「……さっきので鼻が折れたと思うんですけど。」

 

大森杏樹が真っ赤な鮮血に染まった頭を抱え、ふらふらしながら地面から身を起こす。その声にこそ何の感情も浮かんでいないものの、言葉遣いには多少の恨みが混じっていた。

五条悟は上機嫌に笑ってみせた。

 

「たとえ目が潰れたって諦めちゃいけないよ。死ぬからね。」

「……五条先生にはどんなに痛いかわからないです。生まれてこの方どんな攻撃も当たったことないような人には。」

「アッレー、酷いこと言うなー。僕だって若かりし未熟な時代があったんだからさ、筋肉逹磨ゴリラに全身メッタメタに切り刻まれて死にかけたことくらいあるもんなー。」

「……本当のことを言ってるのなら、そんなに嘘っぽく喋らなくてもいいです。ちゃんと信じるので。」

「あはは、毎度思うんだけどさ、きみって本当に素直だよ、ね!」

「………っ!」

 

目を見開いた杏樹が跳ね起き、五条の蹴りを回避する。

そして呪具であるナイフを逆手に切りかかってきた。動きはのろいが、読みにくい軌道で銀の刃が迫ってくる。五条はうーんと少し悩んで、受けてあげることに決める。あまりにも圧倒的な勝負ばかりしていると、生徒に負け癖がついてよくないと夜蛾先生が言っていた。

 

—————まあ、もちろん。手加減をしてもあまり意味がないのだけれど。

 

「上手いとこ狙ったね、僕相手にしては上出来ってところ。」

「……よかったです。」

「ま、めちゃくちゃ手加減してんだけどね!」

「………それはもうよくわかってます。」

 

フェイントを交えて心臓を狙った一撃。それはスレスレで透明な壁に遮られたかのように、途中で止まっていた。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

無下限呪術。

そこら中に存在する無限という概念を、現実に引き摺り下ろす術式。

七面倒くさい理論は置いておくが、とにかく全ての攻撃は五条悟に当たらない。オート相撃機能のおかげで不意打ちも全く意味がない。そして何より、攻撃能力に関しても万全なのが空恐ろしいところ。ものを弾き飛ばしたり、逆に吸い上げたり、自身が瞬間移動したり、汎用性も高くて相手にすると非常に厄介である。

コレが、呪術界の頂点に君臨するわがままの天才、五条悟が最強と呼ばれる所以である。

 

杏樹が飛びすさろうとするのを、五条は「遅い。」と腕を掴んで引き留めた。ニヤリと笑う五条に何か寒気を感じたのか、杏樹が無言で足に力と呪力を込める。しかしどんなに地面を蹴ろうとしても、掴まれた腕は岩に抑えられたようにビクともしない。

と、五条が笑顔のまま口を開いた。

 

「うーん。恐れず迷わず打ち込んでこれるのがきみの長所だ。それを第一に覚えておいて貰いたいんだけど、まあそれはそれとして……攻撃が失敗した後のカウンターも覚悟しておくこと!」

「うぐっ!」

 

人間の胴をいとも簡単に突き破る威力の掌底。あまりにも気軽に繰り出されたそれを、杏樹はかろうじて呪力でガードして致命傷を防ぐ……が、完全には防御できなかったのか、ぐしゃりと嫌な音がして肋骨が砕けた。

鞠のように飛ばされた杏樹は、教わった通りに呪力を回して血の巡りや肉体の損傷を補填してゆくが、しかし怪我が直るわけではない。訓練を受けていない者ならば一瞬で白目を剥いて昏倒するほどの激痛はそのまま。

 

「あー、立てる?」

「……っ…」

「無理そうだねー。ま、内臓は防御できたみたいだから今回は及第点とするか。いったん休憩!」

 

冷や汗を垂らし、うずくまって立ち上がれない杏樹を見下ろして、五条は潮時だと判断した。

さすがに生徒を死なせるわけにもいかないので、どんな怪我でも魔法のように直す反転術式の使い手、校医の硝子を携帯一本で呼び出す。

ちなみに五条の辞書にやりすぎの文字はない。

 

五条は硝子を待つ暇のついでに、「そういえば教えてないねー。フツーの人は教わらないとできないってのを忘れてた、あはは!」などと言いながら、杏樹へ神経に呪力で干渉して痛みを和らげる方法などを教えてみる。コレはなかなか難しいようだったが、一度コツを掴むと早かった。深呼吸を何度も繰り返して落ち着いてきた杏樹は、地面に寝転がって青空を流れる雲を見上げながら、五条へ語りかけた。

 

「無下限がとても便利……五条先生に勝てる未来が浮かばないです。」

「ま、六眼がなければただのゴミ術式だけど、僕は天才だからね。両方持って生まれた麒麟児として、崇め讃えてくれたまえ!」

「六眼……それはとても綺麗なので好きです」

「アハハ、もっと褒めてくれてもいいんだぞー?」

「サファイアみたいで、宇宙一の秘宝だと思います。」

「それいけもう一声!」

「それを持って生まれた五条先生を崇め讃えます。」

「いよっ!さすが僕の生徒第一号!」

「—————おい。大森に何を吹き込んでいるんだ、クズ五条。」

 

五条悟の眉間に向かって、火のついたタバコが飛来した。

もちろん下手人は、呼ばれてやってきたばかりの校医の家入硝子だった。

 

 

 

 

「座れ。」

 

保健室で正座を命じられた五条は、しかし術式を精密に操作し、座布団の上で空気椅子を生成し偉そうに胡座をかくという無駄に高度な離れ技を披露していた。硝子も諦めているのか、わざわざそこに突っ込む気はないらしい。

ヒューンヒョイの反転術式であっという間に杏樹の怪我を完治させた硝子は、新たなタバコを一本くわえてフーッと息を吐いた。

 

「で?五条。改めて聞くが何か申し開きは?」

「硝子の尋問口調うぜー。」

「お前ふざけてるのか。」

「いや別にぃー?僕は至極完璧大真面目ですけどー?」

「どうだかな。“五条先生を崇め讃えます”だと?吐き気がするよ全く。お前は狂ったイカれポンチの生徒を育てるつもりか。」

 

半ば諦めているとはいえ、全く反省の色を見せない五条には、やはり彼女もイライラの感情を着実に育てつつあるようで。

五条が喋れば喋るほど彼女の目から光が消えていく。

さすがに空気を読む、という、とても珍しい決断を五条は中途半端に敢行した。

つまり“五条悟を褒める生徒=頭のネジが飛んでいる”という硝子の理屈を否定せず、その上で大いにふざける発言をしたのだ。

 

「いや、だって呪術師はイカれてないと長生きできないってよく言うじゃん?だからちょーっと狂気を仕込んどこうかなって思ってみた的な?彼女もノリノリで楽しそうだったし、実際後々僕に感謝することになると……オット!!」

 

鮮やかな青緑色の液体が入った注射器を、死んだ表情で揺らす硝子。五条は無下限オートバリアの設定を思わず本気で再確認した。大丈夫。アレは必ず弾く。

『マジ』な目で見つめてくる硝子は非常に怖い。要は、彼女もしっかりイカれてるのだった。

 

「五条。お前を賛美することは大森の健康に良くない。」

「いくら何でもそれはないだろ、ヤブ校医!」

「第一私がイライラする。」

「やっぱ本音そっちかよ。……つうか、医師免許を数年誤魔化して取ってる奴が医術について知ったような口きくなよな。」

「そう言うお前の教員免許についてはどうなんだ?」

「ま、そこはアレだよな!実家のコネを使ってチョチョイのチョイ!」

「おや。案外素直に認めるんだな。自分がダメ教師だということを。」

「えぇ〜。」

 

そんな二人のやり取りをじっとベッドの上から眺めていた杏樹が、ポツリと一言。

 

「……にぎやかな兄妹の会話みたいですね……。」

「いやそれはないだろ。マジで。」

「ちょっと待ってくれないか大森。今漢字表記でどちらを年上に充てた。」

「もちろん五条先生ですけど?」

「「………。」」

 

思わず五条と硝子がまじまじ顔を見合わせるという珍事が発生した。

 

「幼児並みの感性を持つきみを兄にたとえたやつ、初めて見たよ。」

「あ……うん。僕、サイキョーだから。」

「いつにも増して語彙が薄いが大丈夫か?五条悟ともあろうものが動揺しているのか?」

「あ?んなわけないだろ。」

 

瞬く間に調子を取り戻した五条が「やっぱ僕は教育者としても最強だったってわけよ!なあジュリー?」とノリノリで言う。そこに杏樹が「はい。グレートティーチャー五条先生と呼びたいくらいに、先生は凄い方です。」と返した瞬間、硝子の目が絶対零度を取り戻した。

 

「大森。治療は終わった。私は今から五条に用があるから、お前は好きなように外で遊んでいていいぞ。」

「え?でも……」

「でも、なんだ?」

 

困ったような杏樹。

何か文句あるかと言外に滲ませて硝子が問い返すと、杏樹は淡々とこんなことを言った。

 

「————クラスメイト0人だから、五条先生以外遊び相手いないです。」

「なるほどな。夜蛾学長に会ってみろ。新しい呪骸の赤ん坊が産まれたそうだから。名前なんだっけ……メロンパンとかパンナコッタとか言ってたかな……まあいい。何にせよ、喜んであやす手伝いをさせてくれるだろう。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 

礼儀正しくお辞儀をして、あっさり踵を返す杏樹。

五条はえぇ〜と思いながらも、大人しく見送るしかなかった。

 

バタンと扉が閉まってから、くるりと硝子が振り返る。

 

「さて五条。また大森が複雑骨折したわけだが。」

「あ?なんか悪いかよ。」

「やりすぎだ。訓練の域を完全に超えている。多少は見逃すがそろそろ許容できない。」

 

硝子は黒くクマのできた目で、凄むように五条を見下ろした。

 

「八つ当たりはいい加減にしろ。いかに志高くとも、それじゃあ教師失格だぞ。」

「……なんの話かわからないな。」

「心当たりがないとは言わせない。気持ちはわかるが鬱憤晴らしに他人を使うな。そしてとにかくある程度の規範を守れ。これはお前の友人として……いや、医者として言ってるんだ。」

「ふーん。」

「文句あるなら言ってみろよ五条。」

「………。」

 

知っている。

五条悟は知っている。

永遠に今のままでいてはならないことぐらい、言われなくともわかっている。

しかし今の五条悟は、自分にできる範囲のことを精一杯やっているのだ。

 

だから硝子に文句を言われる筋合いはない。

五条は孤高の最強として、自分勝手に成長して自分勝手に問題を克服していくのだから。

 

 

どうせ硝子は気の済むまで説教をする。

どうせ五条はそれを馬の耳に念仏とばかりに聞き流す。

 

……三人目がいたあの頃は、もっとキラキラした光に包まれていたような気がするんだけどねえ……

 

ほんのちょっとでもいい。

何かの余韻を掴みたくて、もう一度味わいたくて。

 

 

だから五条悟は、なんの生産性もないこの説教の時間を、甘んじて受け入れようとしているのかもしれなかった。

 

 

 

 

秋の青空に太陽が輝いている。

宗教系の学校を装った、本物の呪術の学校。そこに張り巡らされた侵入者よけの結界を、あっさりとくぐり抜けていく人物がいる。

黒いコートに手を突っ込み、紫のニット帽を被った不思議な雰囲気の女性である。

 

彼女は迷わず歩みを進め、緑豊かな小道を抜けてとある開けた場所へと顔を出した。

 

「こんにちは。パンダくん。」

 

むにゃむにゃと、ベンチの上で目を擦っているのは————文字通りのパンダ。

 

「うーん、誰だあ……え、ジュリー?いや……、あいつは卒業し…んー、まだ俺は夢を見ているのかな……。」

「夢かもしれないね。ともかく私は乙骨くんと任務に行ってきたんだよ。そのついでに、思い出の母校によってみようという気分になったんだ。」

「そうかそうかぁ……。————え?」

 

白黒の小山のような塊が、むくりと起き上がる。

高専一年生のパンダ(※生みの親:夜蛾学長)である。

 

大森杏樹は、大きな着ぐるみのような見た目のパンダの隣に、すとんと腰を下ろした。

カッと目を開けたパンダが心地よいテナーの響きで叫んだ。

 

「ジュリーじゃねえか!」

「うん。そうだよ。」

 

さらりと流すその喋り方は、今も昔もそう変わらない。パンダは何年ぶりかに再会した知人の顔をまじまじと見つめた。

 

「ようやく目が覚めたわ。ジュリー、いつからいたんだ?」

「ついさっきからだよ。」

「本当か?」

「本当のことだよ。……ちなみにパンダくんはお昼寝中だった?」

 

そうだとしたら、起こしちゃって悪かったね。そう杏樹が声をかけると、パンダはうーんと唸りながら首を傾げた。

 

「いや、なんつーか、洗濯したんだわ。俺。」

「うん。」

「それで、だ。洗った後は、干さなきゃだろ?だから日向ぼっこしてたんだが、いつの間にかうつらうつら船漕ぎ始めて、眠っちまった……のか?あんま記憶ねえからよくわかんないな。」

「立派に眠っていたんだね。きっと。」

「ま、そうかもしれんな。」

 

パンダは間延びした、どこかのんびり独特の喋り方をする。お互いにマイペースなパンダと杏樹の呼吸は、ごく自然に溶け合って、音楽を奏でるような空気を生み出す。

そう、二人はけっこう相性がいいのである。

 

まあ、それも別に驚くべきことではない。

パンダと杏樹は、パンダ生誕まで遡る付き合いの間柄だった。

 

杏樹がおくるみを抱いていないいないばあ!をしていた記憶は、パンダもよく覚えている。

普通の呪骸であれば、こんな風に思い出を蓄積させたり、感情豊かに会話したりはしないのだが。しかしパンダは呪骸の中でも特別な最高傑作、『突然変異呪骸』。今後同じように自我が芽生えるものができる可能性はあまりない、とても貴重な存在なのである。

 

「ねえ。」

「ん?」

「あの雲、パンダの赤ちゃんみたいだよ。」

「あー、ホントだな。」

 

青空にひとすじの雲の塊。ちっぽけで可愛い。何よりも、紫っぽい影がいい感じにできていて、パンダの目と耳の模様も再現されている。

二人は揃って空をぼんやり眺めた。

 

「……懐かしいね。きみ、もうこんなに大きくなっちゃった。」

 

ふいに呟かれた、どこか哀愁漂うその言葉。

昔杏樹の腕におさまるくらいのお人形だった彼は、杏樹がベッドの代わりにできるくらいの巨漢に成長していた。

素手の格闘戦をやったら、きっと杏樹は勝てないだろう。

 

「きみ、成長早すぎるよ。」

「まあな。俺、パンダだし。」

「便利な言葉だね、それ。」

「そうだぞ。なんつったって俺の口癖だからな。」

 

ふ、と杏樹は微笑した。その隙にパンダがうーんと伸びをする。

しばらくして、ぽつんと杏樹が呟いた。

 

「……普通お人形は成長しないんだよ。」

 

そこにはどんな感情が篭っているのか。どんなことがあっても怨嗟を吐かない杏樹は、凪の感情に色を混ぜる。不思議な味わいの醸し出される言葉に、パンダは彼らしく能天気に返した。

 

「あー。俺は色々と例外だかんな。」

「だから、パンダくんはヒーローものにありがちなアレができるんだよ。……ほら、『油断させてからの大逆転』っていうのかな。弱そうだけど強い。地味だけど強い。定番だけどかっこいいよね。つまりね、パンダくんの周りの悪いやつらが『あいつはただの人形だぞぉ』って舐めてると、そいつらが痛い目見るんだよ。」

「おう。いいなそれ!」

「で、みんなぶっ飛ばしたあとの決め台詞はこうだよ。“お前の敗因は人形舐めすぎ!”」

「ジュリー天才じゃねえか?!メチャメチャ痺れるんだが!」

「でしょう。」

 

どことなく誇らしげな杏樹は、ごく自然な動作で、もふもふのパンダにゆっくりと寄りかかっていった。

洗濯したて、日干し真っ最中のお人形の毛皮は、お日様のいい匂いでいっぱいだった。

杏樹は幸せそうに目を細め、静かに息を吸う。

 

そんな彼女に、パンダが声をかけた。

 

「……なあ。ジュリー。」

「ん?」

「なんかクマできてるぞ?疲れてるみたいだけど、ダイジョブか?」

「あぁ……クマ……うん。そうだろうね。」

 

眠たげな声で、杏樹が頷く。

 

「新しく時計を買ったんだけど、文字盤に蛍光塗料が塗ってあってね……。夜になるとエメラルドそっくりに光るんだ。それがあんまり綺麗で見とれていたら、徹夜が癖になっちゃって……。」

「さすがに馬鹿だろジュリー。」

「私はいつでも真面目だよ。」

「じゃ、真面目馬鹿っつうやつだ。」

「ふふ、面白い言葉だね。」

 

のんびりと空を見上げていた杏樹が、ふいに瞬きをした。そして、首だけくるりと振り向いて木立の中へ声を飛ばした。

 

「……狗巻くん?」

 

 




筋肉達磨ゴリラ:禪院甚爾(パパ黒)
五条悟がその最強人生でただ一度、完敗を喫した相手。
一対一でやりあった結果、無限のバリアを無効化する呪具でバッサリやられて死にかけた。というかほとんど死んだ。
天才なので土壇場で反転術式を会得し命拾いしたが、もしトドメで頭を潰されていたら真の意味で終わっていた。



アニメで見た時、不意打ちで背中刺されても平然としている五条がかっこよすぎてびっくりした。

筆者は、
……だって五条悟は普段無限で防御してるよね?(常時オート防御は会得していない段階とはいえ。)
……だからケガや痛みには慣れてないはずだよね?

「術式は間に合わなかったけど内臓は避けたし、その後呪力で強化して刃をどこにも引かせなかった。ニットのセーターに安全ピン通したようなもんだよ。マジで問題ない。」by高校生の五条くん(余裕の顔)

……いや胸に穴開いて血濡れている時点で問題大有りでは?

となった。
絶対呪力で痛覚の神経いじってるでしょ……最強は天才だから無自覚でそういうこともできるはず……などと色々考えた名残を、この話にちょっと取り入れてみた。
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