青い瞳は綺麗だよ   作:へびのあし

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狗巻棘とヘンな贈り物

 

「高菜!?」

 

木陰に忍んでいた狗巻。彼は全力で気配を殺していたのだが、あっさり見つかって驚いたようだった。

言霊をあやつる呪言師の彼は、普段はおにぎりの具で会話する。

誤解されやすいが誠実で人懐っこい……そしてやるとなればノリノリで後輩の前に躍り出てきて女子のスカートを履きふざけるようなお茶目な一面も持つ高専一年生である。

 

「あっ、棘じゃねーか!おうーい、そんなとこ隠れてねーでこっち来ーい。」

 

パンダの誘いと杏樹のおいでおいでに応えてトットッとベンチのほうへ駆け寄ってきた狗巻は、杏樹をじっと見つめて首を傾げていた。

 

「……昆布?」

「いやちげーぞ。俺の彼女じゃなくて、むしろ母さん……いやベビーシッターみたいなもんだからな。杏樹は。」

「すっ、すじこ!!」

 

狗巻は慄いた。

乙骨が任務から帰ってすぐ、とある高専OGの訪問を夜蛾へ申請したらしいという情報を聞き、まるで興味なしの真希(訓練場で刀やら薙刀やらをぶん回すのに忙しかった)を置いて、一人で駆けてきたのだ。

すると、それらしい人と天日干し中のパンダがなんかいい感じになっていた。

もしや彼女か?と推測し、隠し撮りするか猛烈に悩みながら遠くから眺めていたのだが。

 

ベビーシッターだったとは恐れ入る。

まあ。確かにこの人からは赤ちゃんを安心させそうな、どこか不思議な雰囲気を感じはするのだが。

 

「それにしてもよく見っけたなあ、ジュリー。けっこう棘と俺たちの位置離れてたろ。気配探るの難易度マックスだったんじゃねーか?」

 

そういえばそうだった。

パンダのいう通り、狗巻は本気で隠れていた。それを見つけ出すということは、目の前のこの人、ただのベビーシッターではなく歴とした手練れの呪術師である。そう思って、気を引き締め直す。

そんな狗巻に、杏樹は静かに微笑みかけた。

 

「そうだね。でも、一つ誤解を招かないように言っておくと、きみを見つけたのは私じゃない。私のお母さんだよ。」

「へーそうなのか?ジュリーの母さん凄いな!」

「でも、名前に関しては鎌掛けだった。正直言うと、人間か犬か栗鼠かもあやふやだったから、当たってよかったなぁ。」

「マジかよ!」

「昆布?!」

 

思い切り仰け反って突っ込む二人に、杏樹は不思議な笑みを浮かべた。ゆっくりと、どこか遠いものを見るように狗巻の目を見つめる。

 

「狗巻くんは気配を忍ばせるのが上手だから、きっと実力不足の私では、隠れん坊で敵わないだろうね。……もしかしたら、呪術全部使った呪い合いでも、負けちゃうかも。うん、この私が保証してあげる。きみはきっと、強い呪術師になるよ。」

「ツナマヨォ……」

 

なんだかわからないが、謎にちょっとだけしんみりした空気になった。

そしてそんな狗巻と杏樹を見て、バン!と手を叩くのがパンダである。

 

「よーし!」

 

んむ?と首を傾げる二人に、パンダが堂々宣言する。

 

「よーし!今からーこの俺が!棘くんに授業をとりおこなーう!」

 

 

…………何故に?

そんな二人の疑問を置き去りに、唐突に授業が開始された。

 

『大森杏樹の何者たるか』の授業である。

 

要は彼女の思い出語り大会。語り手はパンダ。

面白そうだとなんだかんだ熱心に耳を傾ける狗巻。そしてぼんやりよくわからない微笑を崩さずに青空を眺める杏樹の構図ができあがった。

 

 

 

 

————そして十五分経過後。

 

 

 

「それでなあー、哺乳瓶の底にミルクがこびりついてるのを、ジュリーがお巫山戯で真珠に変えちまってな。取り出せないから瓶を割る羽目になって、正道をものすごーく不機嫌にさせたんだよなあ、これが。」

「おかか……!」

「で、その夜ちょうど入学面接受けるやつが現れてなあ、ソイツぁ可哀想だったぜ。キモカワぬいぐるみ二十匹軍団に囲まれてリンチよ。ほれ、棘の時は一匹で済んだろ?」

「シャケ。」

 

赤ちゃんパンダを世話をした経験があるOGの先輩についての話とか、面白くないハズがない。

狗巻は熱心に授業を聞いていた。

パンダも熱を込めて語る、立派な教師役である。

 

その間、杏樹はパンダに寄りかかったまま、あくびをしたり舟を漕いだりしていた。つまり、眠りかけだった。

 

 

 

————そしてさらに十五分経過後。

 

 

 

 

「……でだな。もちろんパンチ力を鍛えてくれたのは正道だが、カルパスの味を教えてくれたのはジュリーなんだなあ〜、意外だろ!」

「スジコ!」

「いやあ、あの時は面白かった!悟のお土産も相当に意味わかんねえこと多いが、ジュリーも大概で「ねえ、狗巻くん」……、あ、ジュリー?」

 

 

唐突だった。

眠りかけていたと思われた杏樹が、指を一本立てていた。

パンダは困惑し、名前を呼ばれた狗巻は首を傾げる。

 

「シャケ?」

「そう、きみに頼みたいことがあるんだけど。」

「え、おいちょっと待ったジュリー。それって今じゃないとダメなことか?」

「ううん。」

「じゃあなんで遮ったし!俺の話、今超ーいい感じに盛り上がってたよな!」

「そんなのしらない。」

「うわー。これマジの顔だ!ジュリーの空気読まない察しない気にしない三拍子が炸裂したあー!」

「————ねえ、それより狗巻くん。」

 

無視されたぁ、ガーン……と突っ伏したパンダをほったらかして、杏樹は狗巻に声をかける。

親切な狗巻は彼女の話を聞きながら、パンダを撫で撫でしてやった。

 

「狗巻くんは、呪言師だったよね。」

「シャケシャケ。」

「ふむ。……きみは今、一年生?」

「シャケ。」

「今日は雨が降っている?」

「……?おかか?」

「じゃあ、今日は晴れ?」

「シャケ。」

 

狗巻の返事を聞いて、うん、と満足そうに頷く杏樹。

 

「やっぱりそうか。おにぎりが好きで鬼ごっこ強くて、銀髪の『呪言師』がいるって、この前五条先生に言われたんだよ。合ってるね。」

「シャケシャケ。」

「シャケはYESでおかかはNO。これは五条先生情報だと逆になってたはずだけど……きっと言葉の裏を読めるようになれという授業だったんだね。うん、やっぱり五条先生は尊敬できる先生だ。五条先生情報は一番信頼できる。」

「……お、おかかっ?!」

 

この時、狗巻は戦慄した。

 

「(ス…スジコ……)」

 

この人大丈夫か、と。狗巻がだんだん心配になってきた瞬間だった。

五条先生の情報は、この世でもっとも当てにしてはならないものだ。あの人は優秀なのに、悪ふざけとめんどくさがりで全てを台無しにするからだ。

そんな人を盲目的に信じるようでは、杏樹は絶対いつか五条先生に騙されてタチの悪い悪戯に巻き込まれる……というか、既に何十回くらいか巻き込まれている可能性が高い。そしてきっと本人は、それに永遠に気付かないのだ。

それに、彼女の語りの中で、論理の飛躍が激しすぎて繋がりがわからないところがいくつかあった。なぜあんな結論に至ったのか、狗巻はいくら考え直してもさっぱりだ。

 

『五条先生は信頼も信用もしてる。でも尊敬はしてない』

というのが七海建人の言である。

 

私怨で人を判断しない、まっとうな大人の意見がそれならば。

 

……じゃあ、大森杏樹は?

 

 

 

あまり考えすぎないようにしよう、と狗巻は決意した。

 

 

「呪言は便利だよね。もしよければ、あの上のほうでひらひらしてる青い柿を三つくらい落としてほしいんだけど。頼んでも大丈夫かな。」

「……高菜?」

「ああ、うん。あそこらへんの、できるだけ丸っこい大きいやつお願いしたいな。」

「シャケ。」

「ありがとう、恩に着るよ。」

 

よくわからないが、変な人だ。

狗巻はそう思うことで思考を切った。

 

そして、その変な人に頼まれるままに術式を練る。

 

『墜 と せ』

 

術式名:呪言

今回の目的:柿を落とす

 

呪霊を墜落させてぐしゃっと潰す時とは違う。

精密な呪力操作能力が求められる。蝶の羽のように、たんぽぽの綿毛のように。形を保ったまま柔らかに舞い降りさせる。

こう見えても狗巻は優秀なので、一発で完璧に決めてみせた。

きっちり三つ。地面に青柿が転がって一列に並ぶ。

 

「ありがとう。」

「ツナ!」

 

キリリとした無表情でどやっ、とポーズ。

ピースサインで星の如く輝く狗巻に、優しく微笑む杏樹の目はまるで聖母様の慈愛の目のようだった。

 

「ありがとう。これでプレゼントができるね。」

 

なんのプレゼントかはよくわからないものの、狗巻はじっと見守った。

 

杏樹は、三つの柿のうち一つを指差す。

そして、ふっと息を吸うと。

 

なんの前触れもなく莫大な呪力の塊を練った。

 

「……っ!?」

「どわあ!ジュリー?!」

 

いきなり呪術使うな!びっくりするだろーが!とパンダが抗議した。

しかし既に杏樹の術式の使用はスタートしている。

 

杏樹に無言でしぃっと人差し指を唇に一本立てられ、パンダは渋々黙り込んだ。

狗巻は、見たことのない呪術に釘付けになってじっと杏樹を見つめている。

 

ゆっくりと、杏樹が黒いコートのポケットから手を抜き出した。

 

その手首には、海の色の宝石が数珠繋ぎとなった腕輪がはめられている。粒の一つ一つに、狗巻家の呪印と似たような……しかし微妙に異なる紋様が焼き付けられていた。

 

 

————宝石御化粧 特別児戯 パンダ色のパンダ鉱石

 

 

ゆらぁり、とおどろおどろしい呪いの塊が立ち昇る。

杏樹はネックレスをかけるように、青柿へ丁寧に手を伸ばす。

 

ふわり、と生暖かい風が湧き起こったようだった。

 

「染まってよし。」

 

静かな杏樹の掛け声とともに、青柿はみるみる透明感のある純白と黒鉄の如き漆黒の二色に彩られていった。

 

「ふう、これでお遊戯は終わり。……ありがとう。壊さないようにゆっくり出ておいで。」

 

不思議な抑揚の声がかけられる。

それと共に、見事なパンダ宝石と変化した青柿から、呪いの禍々しさがすうっと抜けていった。

 

構築術式……ではない。

加熱で化学反応を促進するようにして、一瞬の刺激で物質の組成を変化させる。

一からものを作るわけではないとはいえ、呪力消費の激しい技だとみてとれた。

杏樹の顔に、ほんのわずかな疲労も見える。

 

あっけに取られて見ていた外野は、ふと気づいた。青い柿はまだ、二つ残っていることを。

 

「あ……ジュリー。それ結構呪力食う術式だよな?同じことあと二回もやるつもりか?」

「あたりまえだよ。」

「だよなあ。」

「だって、ここにいる狗巻くんの分と、五条先生の分もつくらなくちゃ。パンダくんにだけあげるのは狗巻くんが仲間外れになってよくないし、母校を訪れて恩師になんの贈り物もしないのは礼儀がなってないからね。」

「いや、そんなことだろうとは思ってたけど、でもなぁ……。」

 

はい、パンダくんへのプレゼント。と渡されて、パンダは微妙な表情でそれを受け取った。なんだかんだで彼はパンダグッズが大好きなので、内心狂喜乱舞していたりするのだが。

 

「あとで任務に支障出たりしないかぁ?」

「その時はその時だよ。」

「それポジティブというより無闇とか無鉄砲とか無計画とかいう類いの行動な気がするぞ!」

「そう……は思わないけど?」

「そう思え!」

 

 

……結局、杏樹は術式の二回追加使用を決行した。

 

————宝石御化粧 特別児戯 海苔色のおにぎり鉱石

 

————宝石御化粧 特別児戯 青色の目玉鉱石

 

「昆布〜♫」

「よかったなぁ棘?悟のみたいに悪趣味なやつじゃなくて。」

「シャケシャケ。」

「……ねえ、パンダくん。目玉は悪趣味じゃないよ。芸術作品だよ。」

「あーそうだった。悪かったよジュリー。」

 

そうして杏樹は立ち上がる。五条先生に挨拶に行き、ついでに美しくピカピカ煌めく目玉の宝石を渡してくるのだという。

 

さて。五条先生の反応やいかに……

 

 

 

 

 

「お土産です。」

「……僕への当てつけかな?」

「いえ、純朴な謝意の表明です。」

「ナルホド。」

 

海外旅行で買ってきたどこかの部族の目玉模様のお守りと交換こしたそうな。

 





前回描写した過去編では、親友を喪って荒れてた五条先生。
今回の話では、傍若無人さが愉快なかんじになってる五条先生。

やっぱり勝手に立ち直った。
(なお、本当に立ち直れたかどうかは本人のみぞ知る。)
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