生きたいと願う。
私らしく在れる姿で生きたいと、常々と願った。
私を縛る鎖を解いてこの世界を歩み、ただ生きていたいと誓った。
然し、私を縛る鎖たちはそれを赦してくれなかった。
産まれ堕ちたその日から、私は何も愛さなかった。
目に映る全てが醜く、私にとって周囲の存在は抑圧でしかなかった。
そして私が産まれた理由すら只の道具でしかないと知った時、私は抵抗するのを諦めてしまった。
だから愛する真似をした、愛する真似をして、善く観ようとして私の意志に嘘を塗った。
そうしなければ、私は壊れて朽ち果ててしまっただろうから。
人が憎かった、都市が憎かった、憎悪を抱いた。
人の罪を背負って、その罪を浄化せんと私は走り続けた。
だが、どれだけ足掻こうと罪は増幅する。
善くあって欲しいから、もう誰にも苦しんで欲しくないと思って成した行動は、全て罪へ成り代わってしまう。
胸を破かんばかりの膿が破裂し、私の理性は破滅した。
代わりに生まれたのは憤怒に満ちた慟哭。
私に降りかかる不幸を切り裂き、私を縛ろうとする理不尽を刺し貫く。
利己的に私を守って、叫ぶのだ。
慟哭は私に降る声を全て跳ね除け、私を孤独した。
もうそれで構わなかった、独りにして欲しかった。
誰も私に関わらないで欲しい、私独りでこの生を謳歌したかったんだ。
だが、声は私を独りにしてくれない。
五月蝿く執拗に、私に語りかけてくる。
私の意志を後押ししてくれるように、語りかけてくれる。
『もう苦しまなくていいのよ』
『あなたらしく生きて、誰かの罪を背負う必要なんてないじゃない』
声は私の意志を揺るがし、この足場を崩そうとする。
そうだな、それが都市の在り方だ。
利己的になり、欲望に自由であらねばならない。
この都市を見下ろしていたから、そんな事はとうの昔から理解できている。
あぁ、でも。
お前があの子と同じことを説くなど、烏滸がましいにも程があるな。
「黙れ。お前の様な身勝手な存在が、あの子の論理を使うんじゃない」
『あら、悲しいわね。色々と話した仲じゃないの』
「其れは其れで、此れは此れだ。お前、あの子にも同じ様に口説いているんだろう」
『口説くだなんて失礼ね。私は彼女にありのままの姿であって欲しいだけよ』
言い方を変えただけで偉そうに語る。
『それに、あなたも彼女のことが嫌いなんじゃないの?』
そうだ、そうだとも。
私はあの子が嫌いだった。
利己的な姿勢であれるあの姿が羨ましく、私には無かった愛する心を持っていたんだから。
私が出来なかった事をさも当たり前の様に熟し、私には成せなかった事を成してみせる。
心底憎かった、私に苦しみを押し付けておいて、何故お前だけとすら思った。
だから腕を切り落としてやったし、堕落の道を創って破滅させてやろうとしたんだ。
だが、あの子は都市の人にはない考えを見せてくれた。
私が抱く事が出来なかった考えを抱いていて、私に優しく説いてくれて。
羨ましかった、然しそれ以上に、私を縛っていた鎖を解いてくれたんだ。
最初から私を縛っていたのは、私自身の心なんだと。
私が産まれた理由なんぞどうでもいい。
私が護りたいから、私が護るべきだから。
私を自由にしてくれた愛する子の為に、私は戦う。
「お前が求めるのは、人が人らしく在れる姿だ。私もそれが善いと思うよ、嘘偽りの無い姿は心地が良いものだろうから」
『じゃあ、どうしてあの子の味方をするの? あの子もありのままで在れる姿を望んでるけど……結局は苦しむ道を歩んでるじゃない』
「愛する子が頑張るなら、それを応援しない人は居ないだろう?」
声は、笑った。
『……えぇ、確かにそうね。なら、私は待つだけよ』
「あぁ、待っておけ。あの子も私も、背けていた物に向き合わなければならないから」
だから、歩まねばならない。
あの子があの子らしく生きれるように。
「……独白からは醒めたか?」
「あぁ、醒めたとも。……ガリオン、此処に在たのだね」
そうだ、お前とも向き合わねばならない。
ガリオン、私はお前からずっと逃げていたから。
お前を英雄として観て、お前と云う恐怖から目を背けたから。
狂った振りをして、お前よりも狂人で在ろうとしたから。
「お前らしくない目をするのだな。如何様な物がお前を変えたと云うのだい?」
「真に愛せる者を見つけたから。何も愛さなかった私が、愛する事が出来たからな」
話の合間ではあるが、不意を打つように私は妖精を放った。
私が卑劣な戦法を取るのはガリオンも知っている、さも当然かの様に、ガリオンは妖精を黒い波で弾いた。
「やり口はお前らしい。私が知っているお前は、やはり何も変わらぬ様だな」
「相も変わらず皮肉った台詞を好むね、お前は」
軽口を叩きはするが、ガリオンは間髪入れずに巨大な柱を幾つも放ってきた。
黒い波だけでは防ぎ切れないであろう物量。
ならばこちらも多少の物量で押し、取りこぼした物は黒い波で防ぐ。
一つ、二つ、三つ。
柱を柱で潰し、合間を縫う様に飛んできた妖精を線で迎え撃つ。
残りは黒い波で防ぐ、削れた体力の消耗はある程度抑えなければならないが故。
然し、それは裏目に出てしまった。
意図的に出力を強くされた妖精が、黒い波すらも引き裂いて私の肩を切り裂いた。
「ッ……小賢しい事をする」
「お前の遣り口は知っているが故。嫌に思うことを成すのが戦いの定石だよ」
「私の方が出力も精度も高い。その様な手は、命を刈り取る時に残しておくべきではないかい?」
「ほう、強がるのだな。明らかに力が弱っているのにも拘らず、その手負いの身体で勝てる見込みはあるのか?」
そう言われた時、嫌な汗が伝った気がした。
赤い霧に貫かれた胸の傷は無理に繕っているだけだ、激しく動けば血が溢れてしまう。
それに私も肉体に戻って間も無い。
直ぐに全力を出すのは叶わない……ガリオンの言う通りだ。
「確かに私の知っていたお前は、私よりも特異点の扱いが上手かったな。然し、手負いならば私の方が上ではないかい?」
「……全く、お前は本当に憎たらしい」
何もかも見透かしている、その見透かした瞳が嫌いだった。
線と妖精を織り交ぜて放ち、威力にも差をつける。
素早く放ち、威力を敢えて殺し、遅く放った物には強い威力を込める。
多少なりともガリオンの体を掠めはしたが、その全ては黒い波と妖精によって相殺されていた。
「……図星を突かれたからと、大人気ないなぁ?」
漆黒の瞳に、微かな悦楽を感じる。
吊り上がった広角は、まるで悪魔の様で。
次の瞬間、反応する程不可能な速さで妖精が脇腹を切り裂いた。
いいや、違う……出血が多過ぎて、意識が弱り始めてる。
防げれた攻撃を防げなかったか。
「ご、ぶっ……深い、な」
内臓に傷が入ったか、血反吐が腹から込み上げてくる。
身体の中心に迫る程の斬撃……それに加え、妖精が傷を切り裂きながら拡がらせる。
圧迫しても出血が止まる気配はない、無理矢理縫った胸の傷も開き始めた。
この身体で出来ること……この剣ではガリオンを切り裂くのは不可能だ、万全の彼奴に近付くなど不可能に等しい。
「さて……まだ余興は始まったばかりだ。存分に楽しもうじゃないか」
そう言ったガリオンが、紙切れを三つほど出した。
そしてその紙切れが光となって消えた瞬間、ガリオンの背後に三つの卵が現れる。
いや、あれは……卵と呼べる物なのか?
目が生えて、腕が生えて……あれはなんだ、嘴か?
「それは、一体……」
「幻想体さ、お前も識っているだろう? 司書の肉体は彼らの存在によって構築されていてな、彼らから力も借りることができるのだよ。そして……この様な芸当もできる」
そう言いながら、ガリオンがもう二枚ほど紙切れを出し、それが光になった瞬間だった。
ガリオンの背に翼と呼ぶには悍ましい何かが生え、背後には外郭に巣食う様な巨大な怪物が顕現した。
巨大な瞳が私を凝視し、黒い翼に生えた夥しい数の眼が私を監視する。
「……は、ぁ?」
何が起きたか分からず、素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
私の意識が鈍り過ぎたせいか、幻覚でも見ているのか?
いや、そうだ、幻覚の筈だ、これは幻覚なのだ。
幻覚じゃなければ、あんな化け物が一瞬にして現れる訳がない。
「……ッ!!」
怪物が腕を上げ、振り下ろしてくる。
人一人など簡単に叩き潰せれる肌の巨大な手。
幻覚だと信じたのに、私は反射的に黒い波を展開する。
そして、黒い波を通して凶悪な質量を感じた。
「ぐ、ゔッ……お、もい……!!」
「善く防いだね、然れども此れは止めれないさ」
ガリオンが嗤った直後、私の腕を妖精が切り裂く。
痛みに堪えはするが、黒い波が揺らいで怪物の手が迫って来た。
人の身体では耐えるのが不可能な重圧が、私を念入りに押し潰す為に一際強く乗し掛かる。
嫌な音が、足から響いた。
「がぁ、ぐ、ぅぅぅ……ッ!!」
折れた骨が肉と服を破いて突き出てくる。
血が噴水のように吹き、耐えられず私は折れた方の足で膝を突いた。
腕を切り落とされた痛みも耐え難いが、骨が露出する程の痛みは想像を絶する。
漏らした事のない悶絶の悲鳴が、私の口から漏れ出ていた。
「お前が痛みに声を漏らすとは……中々視られない光景だねぇ?」
悪辣なる狂笑を浮かべたガリオンは、ゆったりとした足取りで向かってくる。
もう私が何も出来ない無力な人間とでも思っているのだろう。
あぁ、その通りだ……正直言って、私に成せる抵抗はもう何もない。
残されてるのは悪足掻きぐらいか……いいや、してもないのに何故諦める。
ここで諦めたら、私の愛する子はどうなってしまう。
私が護るんだ、私が護らねばならないんだ。
「柱、よ……」
「……微笑ましい足掻きだな」
微弱で細い柱は、私の腕と共に妖精で粉々にされた。
肘より下の腕が、消えた。
「は、ぁ……もう、何も……」
「何も残って無いな、お前は護るべきものすら護れなかった。刃毀れした刃すら握れないお前に、果たして何が成せる?」
「……何も、成せないさ」
私は、お前の様に狂っていないから。
痛みを笑って受け入れられないし、血が出過ぎれば動く事も出来ない。
お前の様に狂っていないから、狂った振りをしてるだけだから。
結局、この力は護るべき物を奪う力でしかないのだな。
『……もういいんだよ、エーイーリー。もう、私のために苦しまないで』
『これ以上苦しむあなたを見たくないから……もう、二人で逃げよう?』
「……私、は……お前を、護れて……な、い。逃げれ、ない」
聞こえてきた愛する者の声に、答える。
声を振り絞って、答える。
『なんで私のためにそこまで背負ってくれるの? どうしてそんなに傷ついてまで、私を守ろうとするの? そんなに傷ついてまで……そんなの、私は望んでいない!!』
「は、は……利己的な、子……結局は、私の意志……お前が、望んでなくとも……私がやりたい、だけだ」
『……そんな利他的なこと、全部捨ててよ!! もう私を護らないで、私があなたを護るから!!』
だから、利己的になれと。
お前は、私に命じた。
「……あぁ、疲れたな。カルメン……結局は、お前の言う通りだった」
結局私は、あの子の心を傷つけただけだった。
私のせいであの子は苦しむ道に進もうとしてる。
もう見守ることすら出来ないのに……。
『いいえ、違うわ』
『これはあの子が切に望んだこと』
『あの子が初めて利他的に出せた、唯一の答え』
『愛する子の行為を頭ごなしに否定するなんて、ただの醜い我儘よ』
そうか、そうなのか。
これはあの子が切に望んだ事なのか。
私を護りたいと、私に利己的であれと。
その全てが、あの子の自己犠牲で成り立つ物じゃないのなら。
あの子が苦しまないのならば、あの子が出せた只一つの答えならば。
「……私を、助けてくれ。エーイーリー……」
二人の手を、私は取った。
光の行方で、汝は目を醒まし。
この花と共に、自然へ旅立たんことを、私は望む。
涙を流す我らの代わりに歩む者はいない。
己の自我に成り代わる偽善者はいない。
この世に生まれた種ならば、己の耀きで狂い咲かねばならぬ。
嘘を立て、真実を砕く。
憧れを偽り、虚像を浮かべる。
その逃避を繰り返し、我々は気付いた。
苦痛は救いなどではなく、愛は慰めでしかないと。
例え我が身が砕けようとも。
灰色に塗られた天国にて我らは愛される。
苦痛に愛され、愛に愛され。
生きた故に、愛憎に溢れた。
肉が捩れる。
意志は捻れ、災禍が目を醒ます。
その果てに私は、漸く苦痛を愛した。
……嗚呼、然れども私たちは苦痛を捨て去る。
私たちの為に、愛する私たちの為に。
私たちの為に、翼は羽撃く。
私と共に生まれた花と共に、外へと飛び立たんことを。
「……私たちは、望む」
「……御出でご覧なさい」
私と、愛する子と共に。
接待
愚鈍なる少女たち