光の行方。
私たちが行き着いた先の先。
光の果てには、きっと図書館に呑まれたであろう人々がそこら中にいた。
星を焼き尽くす鋼鉄の蓮。
都市に籠らざるを得なかった小さな子供。
草原に還った小さな兎。
私はその人たちのことを知らないのに、何故か識っている。
私が知るはずのない人たちのことを、全て識っている。
呆けて言葉も出なくて、ただそこに在ることしかできなかった。
私は誰なんだろう。
私はどっちなんだろう。
私って、一体どんな人間だったんだろう。
「私は私の儘。お前はお前の儘だよ」
隣から声をかけられ、はっと息を飲む。
もう独りぼっちだと思ってたのに、私を護ってくれた人は、私の手を握ってくれていて。
私が護るべきだったのに、奪ってしまったことに。
目頭が、熱くなった。
思いっきり抱きついた。
失って亡くなってしまった心の部分を埋めるかのように、力一杯抱き締めた。
私が奪ってしまった自己嫌悪を溶かすように、彼女に体を預けていた。
「よか、った、よかっだ……死んでいなくて、よかった……っ!!」
「厳密には共々斃れてしまっているが……大丈夫、もう独りにはさせないよ」
そう言って、エーイーリーは私の背を優しく摩る。
お母さんが、お婆ちゃんがしてくれたように、優しく摩ってくれる。
もう感じることができないと思っていた温もりがそこにあるのが、堪らなく嬉しくて……安心感が、私の身を包んでくれる。
「それにしても……随分と見た目が変わってしまったな」
そう言ったエーイーリーは、私の体を見て、自分の体を見る。
私たちの体は、もう人間のそれではなかった。
顔は人の形を保っているが、頬には鱗とも羽毛とも取れない何かが生えていて。
肉体は最早、鳥の羽根によって覆われてしまっていて、手も脚も爬虫類のようなものに変わってしまっていた。
極めつけには背中に生えた翼だ。
私は右肩から、エーイーリーは左肩から。
別れてしまった私たちを表すかのような大きな翼は、きっと二人で一緒に羽ばたけば空も飛べれるぐらいには立派だ。
羽毛の色も多少は違っていて、私は少し黒ずんでいるのに対し、エーイーリーは黒金の羽毛だった。
「これが……私たちのねじれた姿、なのかな」
「そうだろうな。この姿が、最も私たちらしく在れる姿なのだろうな」
私らしく在りたいと願った姿。
自由でありたいと願った姿。
正しくそれが体現された姿であり……いいや、厳密には体現されていないと思う。
私だけで翔びたいなんて思わなかった。
ひとりぼっちは嫌だったから、一人で生きていくなんて不可能だったから。
だから私は、利己的な意志で彼女を巻き込んでしまった。
こんな最後まで利己的だったなんて……本当に私という人間は醜いと思う。
それはきっと、私も同じだった。
この子を独りにしてはならないと思ったから。
利己的になるはずだったのに、結果的に私は利他的に成るのを選んだから。
私という人間が如何に惨めで愚鈍なのか、身を以て知る事となった。
私のせいで、彼女を傷つけた。
私のせいで、愛する子を傷付けた。
『私は、私が醜くて仕方がない』
私たちは一蓮托生であり、この命はもう切り離せれない。
それが私たちの望んだ果てだから。
彼女が地獄に堕ちるなら、私は喜んで堕ちてみせよう。
愛する子が天に昇るならば、私は裁きを経て共に登ってみせよう。
「きっと……もう光から目覚めるんだよね」
「あぁ、そうだ。私たちは知らないのに、それを識っているから」
ならばもう、目醒める時ではないだろうか。
♢♦︎♢
産まれ落ちたその日から、私たちは自由を望んだ。
都市という鳥籠で、ひたすらに足掻いていた。
その度に自己逃避を繰り返し、自分を偽って、いろんな罪を生み出してきた。
私のせいで死んだ人たち、私のせいで巻き込まれてしまった人たち。
きっと彼らの分まで生きるのが、私なりの贖罪なのだろう。
利己的に彼らを食ってしまったのならば、利己的に善行を重ねるしかない。
例えそれが、身勝手で愚鈍な行いだとしても。
産声を上げた日から、私たちは自由を願った。
四肢を縛る鎖を断ち切らんと、がむしゃらに足掻いてみせた。
その果てに現実逃避を成し、虚像を立て、罪でこの体を塗り固めてきた。
私の手で奪われた命、私の手で消えた肉体。
ならば、私の手を以て何かを護るべきではないか、それが贖罪と云う奴だろう。
利他的に誰かを護り、利他的に善行を重ねなければならない。
例えそれが、身勝手で愚鈍な行為だとしても。
私たちは知っている。
今まで積み重ねた罪を。
私たちは識っている。
この背に背負った罪禍を。
きっとそれは消えない烙印で、私たちを私たちたらしめる形でしかない。
その烙印すらも背負って、私たちは羽ばたかなければならない。
この都市という鳥籠すらも超えて、空に登る星として、この世界を見渡さなければならない。
この不条理の輪を断ち切るために、私たちはこの翼で世界を見なければならないんだ。
決して背負った罪が赦される事は無く、この罪こそ私たちを証明する落胤だ。
この落胤を胸に抱き、私たちは羽撃かなければならない。
鎖を断ち切り、空に昇った星として、世界と云う鳥籠を見渡さなければならない。
この苦しみの連鎖を断ち切る為に、私たちはこの翼で世界を視なければならないのだ。
私のために利己的に生きようと思った。
だけど、利己的な心がそれを許さなかった。
私たちを巻き込んだこの不条理が、どうしても許せなかったから。
彼女のために利他的に生きようと臨んだ。
然し、利他的な心がそれを赦さない。
私たちを巻き込んだ苦しみで、もう誰にも苦しんで欲しくなかったから。
外郭に飛び立たんとする成鳥がいる。
その人はとても優しくて、壮大で、私を護ってくれて……私の翼を支えてくれる、私の母の様な人で。
私もその人みたいに誰かを護りたいと、夢を抱く。
外郭に飛び立たんとする幼鳥が在る。
その人は懸命で、勇敢で、私を護らんとし……故に、私の翼を支えてくれる、私の愛する子で。
私もその人みたいに私を大事にしたいと、夢を抱く。
「エーイーリー、空を翔ぶ準備は出来たか?」
私に問いかけてきたその人は、暖かい眼差しで問うてくれる。
「うん、飛べるよ、エーイーリー」
快活に答えたその人は、元気な眼差しで応えた。
共に飛び、翔び上がる。
優しくて壮大な翼を広げて、二人で飛び上がる。
懸命で勇敢な翼を広げて、二人で飛び上がる。
夜明けの空は、今までに無いほど美しかった。
「お前はこれから不条理を断ち切らんと願うのだな。私もそれに一助させて呉れないか?」
利他的な人は、私の願いに助け舟を出してくれた。
「いいの? じゃあ条件としてさ、私もあなたの願いの人助けをさせてよ」
利己的な人は、私の願いに手を貸してくれた。
「勿論だとも。それじゃあ、共にこの輪を断ち切ろうか、エーイーリー」
「うん! よろしくね、エーイーリー!」
縛っていた鎖を断ち切り、己の恐怖に向き合った少女たちの瞳は、前を見据えていた。
例えこの先にどんな困難が待ち受けていようと。
どんな理不尽が待ち構え、辛いことがあったとしても。
きっと彼女たちは、二人で一つの翼を以って乗り越えてみせるだろう。
一人では折れてしまった翼でも。
一人では砕けてしまった翼でも。
もう二人は一人じゃないから。
もう二人は目を背けていないから。
狂った振りをして知った肉の味。
その果てに得た生きる感触。
人の心を知り、憎しみで焔は燻った。
だけど、背けていた恐怖に向き合ったから。
彼女はやっと飛び立てた。
無視をし続けた聲の彼方。
音の在処から目を逸らし、罪から逃れようとした。
けれど、光の行方でやっと答えを出せた。
背けていた罪に、声に、向き合えたから。
少女は遂に飛び立てた。
目醒めた愚鈍なる少女たちを識る人たちは、きっと何度も思浮べ続けるのだろう。
されども、その鎖すら断ち切った少女たちを止めれる者はもういない。
せめて思浮べるならば、自由な鳥たちの門出を祝ってあげて欲しい。
懸命なる少女たちの、健やかな飛翔を。
あとがき
ここまで呼んでくださった読者の皆様、ご愛読ありがとうございました!
これにて『或る調律者の独白』は完結となります。
本来ならばビナー語の練習のつもりで適当に投稿し、誠に勝手ながら飽きたら消す予定の作品でした。
ですが、2人の主人公『エーイーリー』に愛着が湧き、結果的に最後にはねじれさせてやろうと思って完成したのが今作の作品です。
別にねじれることが悪(カルメンのやり口がクソ)ではないと思ってますし、寧ろねじれさせた方が彼女たちらしく生きれたのかなと思い、2人には存分にねじれてもらいました。
やっぱりビナー語を扱う以上、不安になりなりながらもかなり繊細に描写してきましたが、ビナー語として見れたのでしたら本当に幸いです。
最終盤ではビナー本人の目線も書いて、意外にもしっくり書けたのが個人的には1番嬉しかったです。
今後の活動ですが、ブルアカの二次創作を書く予定だったり、今作のアフターストーリーの不定期更新や盛り込んだキャラ設定を追加する予定です。
よければ見てやってください。
再び繰り返しますが、これまでのご愛読ありがとうございました!