ある調律者の独白   作:くちばし

6 / 13
4.焔は燻る

 産まれ堕ちた刻から、私は親に抑圧されていた。

 本能で生きる事は無く、父と母の愛着により自己は擦り潰されていて。

 いや……私自身が、生きるために擦り潰していたのだ。

 

 いつからか、私の眼は父と母を良く見透していた。

 洞察を反芻し、二人の心の奥底を観続けた。

 そうすれば、生きる可能性を高める事が出来たから。

 

 フィクサーだった母は、都市の穢さを知っていた。

 穢さを知っているが故に、私に厳しく接していた。

 ナイフの握り方から剣の振り方。

 斧の持ち方から槍の突き方まで、どれも妥協する事は無く私に教えてくれたのだ。

 

 母が死んだ理由は分からない。

 都市と言う世界である以上、幾ら仲間と呼べる人間が側に居ても死が付き纏うのが現実さ。

 もしかしたらその仲間に背中を刺される事もあるだろう、都市とはそう言う場所なのだ。

 

 母が死んでからと言う物、父の様子がおかしくなった。

 父はある会社の社長であり、翼やフィクサーが使う武器などを製造していたとだけ聞いた事がある。

 武器を作る技術は高等な故に、何を狂ったのか、頭の規則に反する武器の製作を開始したのだ。

 

 最初は動機が分からなかったが、恐らく父は都市に復讐をしようとしていたのだと思う。

 でなければ規則に反する必要が無いし、まともなら今の地位をかなぐり捨てる様な真似はしない。

 

 まともなら、そう、まともなら。

 

 父が私を慰め物にしたあの日。

 あの痛みと気持ち悪さは、決して忘れる事はない。

 私が『自己の心』を失う事になった原因。

 忘れる様に努力して、心を欠かさせた最たる元凶。

 

 確かに父は私を愛していた、然し愛し過ぎた。

 愛し過ぎたが故に、私を母と同一視した。

 

 獣の様は恐ろしく、息が出来ない物だったよ。

 

 だから、父を殺したガリオンは私にとっての英雄であり、導であり、希望であった。

 月の光を観て救われる事を願い、祈り。

 そんな事は有り得ないだろうけど、祈りを受けてくれた月光による救いだとすら思ったさ。

 

 ────結局は、ガリオンも狂っていたが。

 

 だが、少なからずも本当に英雄ではあった。

 彼女に憧れて狂った様に勉学に励み、親戚の援助も受けながら翼の頂点、A社に入社出来たのだから。

 彼女と同じ世界に立てば、彼女と同じ目線に立てば。

 きっと私は、私らしく生きられると思っていたんだ、ガリオンが正にそうだったのだから。

 

 然し、現実は違った。

 

 ガリオンは、我々とは根本から違っていた。

 私や他の調律者とは違い、都市の部品には成らず彼女自身が一種の都市となっていたのだ。

 この都市を廻すための部品を人と現すなら、彼女を都市の人と表現するには生温い。

 

 最早それは、我々を超越した新人類だった。

 

 自己のために戦い、自己のために振る舞い、自己のために道を歩める。

 そんな事は都市では赦されないのに、彼女は都市の鎖を物ともしなかったのだ。

 

 理想と現実、それが私を狂わせる。

 

 狂った果てに、私は『自己の心』を封じ込めた。

 私は新人類に成れない、そう確信してしまったから。

 だから望みも怨みも、全て封じ込めたんだ。

 

 また私を封じた日。

 その日から密かに、私の焔は燻っていた。

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 親しい人が死のうと、何も思わなかった。

 何も思わない様にして、目を背けていた。

 目を背けて、自分の心に気付かない様にした。

 

「っ……」

 

 息が出来ない。

 

 心なんか、心なんか取り戻すんじゃなかった。

 私が余計な事をしなければ、人は死ななかった。

 私が心を取り戻そうと余計な事をしたから、私が自分のために生きようとしてしまったから。

 

 今まで躊躇いも無く人を殺せたのに。

 殺して血に塗れた手が、震えて止まらない。

 

 何故、何故私らしく生きてはいけないのだ。

 私が部品だからと言うのか、私が都市の在り方を調律しなければならない部品だから、そう生きてはいけないのか? 

 

 望んで心を開いたのに。

 望んで人を愛されたのに。

 そんな些細な事も、都市は赦してくれないのか? 

 

「は、はは……っ、う″っぐ、う″ぇ″ぇ″……っ!!」

 

 笑って誤魔化そうとはしたが、もう限界だった。

 腹の中に溜まった膿を吐き出す。

 黒く濁り、赫く混じった物を吐き続ける。

 

 涙を流した。

 心を閉ざしたあの日から、心は変わってなかったから。

 体は成長していても、心は成長を止めていたから。

 

 絶望する、絶望して、また吐き出す。

 こんな事になるぐらいなら、ずっと目を背けていればきっと幸せだったのに。

 何故私は恐怖に向き合おうとしたんだ。

 自分を縛った鎖を断ち切ってまでして、何故私は苦痛を受け入れようとしたんだ。

 

「誰か、誰かぁ……」

 

 虚空に嘆く。

 独白を吐き、膿を吐く。

 

「私を、終わらせてくれ……」

 

 憧れの人を真似て被った皮が、剥がれた。

 

 いつから、いつから限界を迎えたのだろう。

 ガリオンが父を殺したあの日から? 

 父に体を玩具の様に扱われた日から? 

 

 或いは、それよりも……。

 

「何故この世界は、こんなにも残酷なんだ……?」

 

 ────疑問。

 

「何故人は、こんなにも醜いのだ……?」

 

 ────憎悪。

 

「何故私は、産まれてきた……?」

 

 ────そして、破滅。

 

 壊れた歓喜と、優しい悲哀が腫れ上がる。

 笑って、泣いて、嗤って、鳴いて、咲って、哭く。

 

 私も、私らしく生きれたら良かったのに。

 調律者としてでは無く『エーイーリー』として、私らしく生きれたらそれで良かったのに。

 それすら都市は赦してくれない。

 

 都市を憎く、壊したいと思った。

 都市を壊せば、私の様な人が生まれる事はない。

 みんな幸せに生きれれば、もう私はそれでいいのだ。

 

 この調律する力では都市を壊せない。

 より善く都市を壊す力が必要だ。

 この都市を壊すためには、否、みんながみんなで居られるようにするためには。

 

 そう憎悪に満ちた、刹那だった。

 

 この世の物とは思えない、優しい声が聴こえた。

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

「えぇ!? 頭を辞めたの、どうして!?」

 

 親戚のお婆さんは、驚いた顔でそう言った。

 何故辞めたと言われても理由は分からない。

 自分にとって合わなかったとか、他にも理由はあるんだろうけど……記憶処理を受けた今、真相は謎のままだ。

 

「辞めた理由は分からないよ。でも、何かが気に食わなかったんだと思う。私ってこんなんだからさ」

 

 昔から私は自分を持たずに過ごして来たから。

 頭に入っても、きっとその時の私も曖昧な生き方をしていたんだと思う。

 これからもそうだ、そうやって曖昧に生きる。

 

 幸い一生遊んで暮らせるお金はあるけど、曖昧に生きてたら間違いなく何処かで野垂れ死ぬ。

 フィクサーなりなんなり、仕事はして生きる力は身につけないと……お母さんもそう言ってた気がするし。

 

「……エーイーリー、貴方に何かあったかは分からないわ」

 

 自分の中で色々考えを巡らせていたら、お婆ちゃんは神妙な顔で急にそう言ってきた。

 あ〜、これ怒られる時のやつかな……なんて、怒られるのに少し備えて。

 

「何も分からないけど……頑張ったんだね、お疲れ様」

 

 それはすぐ、杞憂に終わった。

 

 きょとんと、目を点にしてしまう。

 てっきりいつものように『しっかりしなさい』って怒られるものだと思ってたから。

 怒られないと分かると、無意識に胸を撫でた。

 

「今はゆっくりしなさい。仕事はいくらでもあるからね」

 

 優しく微笑んでくれたお婆ちゃんは、あんなに厳しかったお婆ちゃんからは想像出来なくて。

 目頭が少し熱くなった気がした。

 フィクサーだったお母さんが殉職して、お父さんも行方不明になって、私は迷惑しか掛けてないのに。

 

 人の優しさって、こんなにも暖かいんだ。

 

(……よし、次は身の丈にあった仕事をするぞ)

 

 私に優しくしてくれるお婆ちゃんのため。

 もうお婆ちゃんは仕事を出来る歳じゃないんだから、育てて貰った分お返ししなくちゃ。

 

 そしてお婆ちゃんみたいに優しい人になって……今度こそ、困ってる人たちを助けるんだ。

 それが今の私の、当面の目標だから。

 

「私、お婆ちゃんのために頑張るね」

 

「労っても何も出ないわよ、エーイーリー」

 

 そうやって、お互いに久しぶりに感じる暖かさを、今を大事にして味わった。

 

 ────頭に流れる、美しい声を無視して。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。