産まれ堕ちた刻から、私は親に抑圧されていた。
本能で生きる事は無く、父と母の愛着により自己は擦り潰されていて。
いや……私自身が、生きるために擦り潰していたのだ。
いつからか、私の眼は父と母を良く見透していた。
洞察を反芻し、二人の心の奥底を観続けた。
そうすれば、生きる可能性を高める事が出来たから。
フィクサーだった母は、都市の穢さを知っていた。
穢さを知っているが故に、私に厳しく接していた。
ナイフの握り方から剣の振り方。
斧の持ち方から槍の突き方まで、どれも妥協する事は無く私に教えてくれたのだ。
母が死んだ理由は分からない。
都市と言う世界である以上、幾ら仲間と呼べる人間が側に居ても死が付き纏うのが現実さ。
もしかしたらその仲間に背中を刺される事もあるだろう、都市とはそう言う場所なのだ。
母が死んでからと言う物、父の様子がおかしくなった。
父はある会社の社長であり、翼やフィクサーが使う武器などを製造していたとだけ聞いた事がある。
武器を作る技術は高等な故に、何を狂ったのか、頭の規則に反する武器の製作を開始したのだ。
最初は動機が分からなかったが、恐らく父は都市に復讐をしようとしていたのだと思う。
でなければ規則に反する必要が無いし、まともなら今の地位をかなぐり捨てる様な真似はしない。
まともなら、そう、まともなら。
父が私を慰め物にしたあの日。
あの痛みと気持ち悪さは、決して忘れる事はない。
私が『自己の心』を失う事になった原因。
忘れる様に努力して、心を欠かさせた最たる元凶。
確かに父は私を愛していた、然し愛し過ぎた。
愛し過ぎたが故に、私を母と同一視した。
獣の様は恐ろしく、息が出来ない物だったよ。
だから、父を殺したガリオンは私にとっての英雄であり、導であり、希望であった。
月の光を観て救われる事を願い、祈り。
そんな事は有り得ないだろうけど、祈りを受けてくれた月光による救いだとすら思ったさ。
────結局は、ガリオンも狂っていたが。
だが、少なからずも本当に英雄ではあった。
彼女に憧れて狂った様に勉学に励み、親戚の援助も受けながら翼の頂点、A社に入社出来たのだから。
彼女と同じ世界に立てば、彼女と同じ目線に立てば。
きっと私は、私らしく生きられると思っていたんだ、ガリオンが正にそうだったのだから。
然し、現実は違った。
ガリオンは、我々とは根本から違っていた。
私や他の調律者とは違い、都市の部品には成らず彼女自身が一種の都市となっていたのだ。
この都市を廻すための部品を人と現すなら、彼女を都市の人と表現するには生温い。
最早それは、我々を超越した新人類だった。
自己のために戦い、自己のために振る舞い、自己のために道を歩める。
そんな事は都市では赦されないのに、彼女は都市の鎖を物ともしなかったのだ。
理想と現実、それが私を狂わせる。
狂った果てに、私は『自己の心』を封じ込めた。
私は新人類に成れない、そう確信してしまったから。
だから望みも怨みも、全て封じ込めたんだ。
また私を封じた日。
その日から密かに、私の焔は燻っていた。
♢♦︎♢♦︎♢
親しい人が死のうと、何も思わなかった。
何も思わない様にして、目を背けていた。
目を背けて、自分の心に気付かない様にした。
「っ……」
息が出来ない。
心なんか、心なんか取り戻すんじゃなかった。
私が余計な事をしなければ、人は死ななかった。
私が心を取り戻そうと余計な事をしたから、私が自分のために生きようとしてしまったから。
今まで躊躇いも無く人を殺せたのに。
殺して血に塗れた手が、震えて止まらない。
何故、何故私らしく生きてはいけないのだ。
私が部品だからと言うのか、私が都市の在り方を調律しなければならない部品だから、そう生きてはいけないのか?
望んで心を開いたのに。
望んで人を愛されたのに。
そんな些細な事も、都市は赦してくれないのか?
「は、はは……っ、う″っぐ、う″ぇ″ぇ″……っ!!」
笑って誤魔化そうとはしたが、もう限界だった。
腹の中に溜まった膿を吐き出す。
黒く濁り、赫く混じった物を吐き続ける。
涙を流した。
心を閉ざしたあの日から、心は変わってなかったから。
体は成長していても、心は成長を止めていたから。
絶望する、絶望して、また吐き出す。
こんな事になるぐらいなら、ずっと目を背けていればきっと幸せだったのに。
何故私は恐怖に向き合おうとしたんだ。
自分を縛った鎖を断ち切ってまでして、何故私は苦痛を受け入れようとしたんだ。
「誰か、誰かぁ……」
虚空に嘆く。
独白を吐き、膿を吐く。
「私を、終わらせてくれ……」
憧れの人を真似て被った皮が、剥がれた。
いつから、いつから限界を迎えたのだろう。
ガリオンが父を殺したあの日から?
父に体を玩具の様に扱われた日から?
或いは、それよりも……。
「何故この世界は、こんなにも残酷なんだ……?」
────疑問。
「何故人は、こんなにも醜いのだ……?」
────憎悪。
「何故私は、産まれてきた……?」
────そして、破滅。
壊れた歓喜と、優しい悲哀が腫れ上がる。
笑って、泣いて、嗤って、鳴いて、咲って、哭く。
私も、私らしく生きれたら良かったのに。
調律者としてでは無く『エーイーリー』として、私らしく生きれたらそれで良かったのに。
それすら都市は赦してくれない。
都市を憎く、壊したいと思った。
都市を壊せば、私の様な人が生まれる事はない。
みんな幸せに生きれれば、もう私はそれでいいのだ。
この調律する力では都市を壊せない。
より善く都市を壊す力が必要だ。
この都市を壊すためには、否、みんながみんなで居られるようにするためには。
そう憎悪に満ちた、刹那だった。
この世の物とは思えない、優しい声が聴こえた。
♢♦︎♢♦︎♢
「えぇ!? 頭を辞めたの、どうして!?」
親戚のお婆さんは、驚いた顔でそう言った。
何故辞めたと言われても理由は分からない。
自分にとって合わなかったとか、他にも理由はあるんだろうけど……記憶処理を受けた今、真相は謎のままだ。
「辞めた理由は分からないよ。でも、何かが気に食わなかったんだと思う。私ってこんなんだからさ」
昔から私は自分を持たずに過ごして来たから。
頭に入っても、きっとその時の私も曖昧な生き方をしていたんだと思う。
これからもそうだ、そうやって曖昧に生きる。
幸い一生遊んで暮らせるお金はあるけど、曖昧に生きてたら間違いなく何処かで野垂れ死ぬ。
フィクサーなりなんなり、仕事はして生きる力は身につけないと……お母さんもそう言ってた気がするし。
「……エーイーリー、貴方に何かあったかは分からないわ」
自分の中で色々考えを巡らせていたら、お婆ちゃんは神妙な顔で急にそう言ってきた。
あ〜、これ怒られる時のやつかな……なんて、怒られるのに少し備えて。
「何も分からないけど……頑張ったんだね、お疲れ様」
それはすぐ、杞憂に終わった。
きょとんと、目を点にしてしまう。
てっきりいつものように『しっかりしなさい』って怒られるものだと思ってたから。
怒られないと分かると、無意識に胸を撫でた。
「今はゆっくりしなさい。仕事はいくらでもあるからね」
優しく微笑んでくれたお婆ちゃんは、あんなに厳しかったお婆ちゃんからは想像出来なくて。
目頭が少し熱くなった気がした。
フィクサーだったお母さんが殉職して、お父さんも行方不明になって、私は迷惑しか掛けてないのに。
人の優しさって、こんなにも暖かいんだ。
(……よし、次は身の丈にあった仕事をするぞ)
私に優しくしてくれるお婆ちゃんのため。
もうお婆ちゃんは仕事を出来る歳じゃないんだから、育てて貰った分お返ししなくちゃ。
そしてお婆ちゃんみたいに優しい人になって……今度こそ、困ってる人たちを助けるんだ。
それが今の私の、当面の目標だから。
「私、お婆ちゃんのために頑張るね」
「労っても何も出ないわよ、エーイーリー」
そうやって、お互いに久しぶりに感じる暖かさを、今を大事にして味わった。
────頭に流れる、美しい声を無視して。