それでも気にせず食べるし、大きめに切って刺して食べたりする。
可愛げがない。
「休日だな、千鶴」
「休日だねぇ」
「弟切は用事でどっか行っちゃったし」
「野崎は『[September]の日に博物館へ行かねぇなんて手段はねぇ!』とか言って上野に行っちゃったし」
二人は休憩室のビーズクッションにもたれ掛かって寛いでいた。
「二人とも、暇ならちょっと付き合ってよ」
「もみじさん?どうかしたんですか?」
「いや〜ちょっと困った事が…」
「上野…やっぱいいねぇ…」
野崎は久しぶりの遠出を楽しんでいた。
やはり都会とも田舎とも言えない小田舎程度の街に住んでいる野崎からしてみれば、東京は大都会。
博物館から動物園までなど、車無しでは行き来出来なかった故郷と比べれば、徒歩数分もかからず移動できる自然豊かな上野公園は野崎にとって、東京という都市の中で大分居心地の良い環境だった。
休日なのもあってか、人通りは多く、白衣を着た黒髪のコスプレイヤーらしき人も見かけたが、大都会では珍しくないのか、とイヤホンを付けたまま博物館と動物園をハシゴし、お土産を買って電車に乗り込んだ。
ただ、視界の隅に見慣れた人影を見た。
誰だとか、誰に似てるとかは分からなかったが、何処となく見慣れた立ち振る舞いだった事だけが記憶に残っていた。
「部屋の模様替え?」
「そうなんだよねぇ。イマイチ決まらなくて」
「だから班の皆んなを参考にしたいと」
「その通り」
「いいんじゃない?あの二人は…参考にしたら酷いことになりそうだし」
二人は書類の散乱した弟切の部屋とよく分からない本や雑貨や標本の並んだ野崎の部屋を思い出した。
「千鶴の部屋は綺麗そうだしね」
「舞香…」
「俺の部屋はダメだよ。野崎といい勝負だ」
「野崎と…いい勝負?」
「いい勝負」
「…いい所を探せばいいか」
「まずは…千鶴の部屋からか」
千鶴の部屋は、まさに女子高校生といった感じの、白を基調とした可愛らしい部屋だった。
優等生らしい本棚に、CDケースの並んだ棚。
よく整理され、汚部屋三人衆の部屋とは比べ物にならなかった。
「野崎にこのこと話したら血涙流すだろうな」
「…まじ?」
「まじまじ」
そう言われながら、千鶴は隣の舞香の部屋へ入って行った。
ロフトベッドにゲーミングPCの置かれたデスク、フィギュアや漫画の並んだ棚、一見雑然としつつも使いやすいようにされている。
「舞香も何気にいい感じじゃん」
「過ごしやすい感じだね」
「だろ?」
「ロフトの上は…」
舞香が千鶴の足首を掴む。
「何を…」
「待て」
「何で…」
「待つんだ」
「野崎ほどじゃないが、俺も男だ。人並みにそういうのはある」
千鶴ともみじは事情を察し、舞香の部屋から出た。
「野崎の部屋…一応見とく?」
千鶴がドアを引く。
「邪な物は実家に送った」と誇らしげに言っていた上、「気になるなら見るかい?」と言っていたのをのを思い出し、千鶴は部屋へと入っていった。それに二人も続いた。
汚部屋だなんだと言われながらも、それ相応に整理された部屋。
棚にはよく分からない民芸品らしき物やプラモデル、モデルガンや本が並んでいた。
『アステカ辞典』
『メルッハについて』
『実家に帰ったら弟が美少女になってた件』
「最後以外は案外まともだな」
「最後どうしちゃったんだろうね」
そう話す舞香ともみじに、千鶴が尋ねた。
「この棚は何が入ってるの?」
その棚には小さな黒いカーテンが掛けられており、まるでビデオショップの
舞香が確認した所、中身も“そのまま”だった。
ピンク色のビデオが綺麗に並べられ、まさに小さなビデオショップだった。
「千鶴」
「?」
「この棚見るなよ?」
「フリ?」
「…見てもいいぞ」
そう言うと、舞香は棚の前から離れ、千鶴が棚のカーテンを
「ッ〜〜!!///」
千鶴の顔が火を噴き、急いでカーテンを戻した。
「野崎…やっぱり眼鏡フェチなんだ…」
「まさか、女になった自分そっくりのビデオばかりなんてな」
「…二人とも特に何も言わないけど、野崎君16だよね?」
「あいつは中学の頃からあんな感じですよ」
「確かに」
「…なんか凄いね」
「ただのド変態ですけどね」
野崎の敷布団の横には、前「チャックモール君」と言われたキャラクターを模した椅子が置いてある。
風邪の時に座り、それ以降舞香のお気に入りである。
舞香が横にあるチャックモール君型クッションに座って言った。
「…あのド変態はこんな分かりやすい事しない筈だ」
「?」
千鶴の頭に疑問符が浮かぶ。
「あいつは本当に大事な物を隠したがる。例えばその本棚の裏。スイッチを押すと中から…」
棚の仕掛けが開き、水着姿の女性が並んだ雑誌が出てきた。
「やっぱり隠してたかあのスケベ」
「でっかぁ…」
雑誌を戻そうとした所で、舞香が野崎の机にぶつかった。
右の引き出しが勢いよく開き、ビデオが一本出てきた。
黒い髪を後ろで束ね、丸眼鏡をかけた、優等生然とした慎ましい胸の演者が写ったパッケージ。
舞香ともみじが隠すより先に、千鶴の目に入ってしまった。
先程よりも更に顔を赤らめ、五秒程固まった後、メモ帳に何かを走り書きし、雑に千切り取ったメモを引き出しに放り込んで引き出しを閉めた。
「…千鶴、大丈夫?」
「…野崎、帰ってきたらお説教だね」
「なんか…背筋に寒気が…」
9月となり、少々雨が降ったからか、冷たい風が時折吹く。
その時、野崎の帽子が風に飛ばされた。
「あ」
ふわふわと舞っていく帽子をキャッチしようと張り切り過ぎ、いつものように飛び上がって帽子を取ってしまった。
数人がこちらを見ているのが分かり、嫌な汗が吹き出た。
そのせいか、帽子を被ってそそくさと逃げていった際にポケットのハンカチを落としてしまった。
「部屋って何だかその人の個性が出るよね」
「だな」
落ち着いた様子で話すもみじと舞香。
未だ顔の火照りが引かないまま俯いて時折思い出して顔を覆う千鶴。
そんなところに、弟切が帰ってきた。
「ただいまぁ」
「おかえり。用事は済んだか?」
「ばっちり!」
「なら良かった」
「用事って何だったの?」
「えっと…それは…」
「なんか持ってるだろ?見せるんだ」
凄む舞香に気圧され、弟切は持っていたパンフレットを取り出した。
『わんにゃんカフェ・
そう書かれたパンフレット。
何の変哲もないそのパンフレットを免罪符のように見せ付けながら、弟切は部屋へ消えていった。
動物の耳や尻尾をつけた女性が写っている面を、さりげなく隠して。
「ペットヒーリングなんてのもあるし、案外良いのかもね」
「もみじさん…あれそういう店じゃないと思います」
「あの、ハンカチ落としてますよ」
野崎に通行人が話しかけた。
同年代、くせっ毛で平均的な体型、それに加えて、見慣れた顔。
間違いない。
「すいません、ありがとうございます」
「いえいえ」
野崎浩介と知り合いで、野崎浩介とは初対面の彼…橋爪葵はハンカチを落とした女性に声をかけた。
相手が学生時代の知り合いである野崎浩介だとは知らない。
しかしながら、彼は何か慣れ親しんだ、知り合いであるかのような、初対面の女性に対する違和感を感じていた。
ハンカチを受け取る所作も、何処となく見慣れた、取り繕ったようで不恰好な上品さから、少し雑な本性が覗く。
その後、その女性とその正体に気付けぬ男は軽く会釈して歩き去った。
(あいつ、そう言えば今どうしてるかな)
旧友のことが頭を巡る。
(あいつも好きだったよな。上野)
(あぁ、また話したい。今度は、みんなも一緒に)
「ただいま皆!俺がいなくて寂しかったかい?」
野崎が満面の笑みで帰ってきた。
「おかえり」
舞香が軽く言った後、奥にいる千鶴へ目線を送った。
「…」
千鶴は笑顔で正座したまま、何も言わない。
「千鶴…?」
「…野崎。おかえり」
「ただいま。どうし…」
野崎の足元に僅かな衝撃が走る。
足元を見ると、自分の足を挟み込むようにナイフが床に突き立てられている。
「…どういう…こと?」
「座りなよ。お話ししたいだけだからさ」
野崎が舞香に目で訴える。
『助けてくれ!殺される!てかなんで俺はこんな事をされてるんだ!』
そう問いかける野崎を見て、少し憐れみに駆られた舞香は、千鶴に声を掛けた。
「荷物くらい置かせてあげたら?」
「そうだね。野崎、部屋で荷物置いて、机の上に置いてある物持ってきて」
野崎はそのまま鉄砲玉のような速さで部屋に飛び込み、暫くした後に顔全体に冷や汗を垂らして帰ってきた。
「あの…千鶴サン?これは一体…?」
「…そのビデオは何?」
「これは…千鶴に似てたから…」
そう作り笑いを浮かべる野崎の耳スレスレに薙刀が刺さった。
「私の事、好き?」
「好きだよ。大体…チャックモールくんの一個上くらいかな」
野崎は清々しい笑みを浮かべた。
笑顔のまま千鶴は野崎へ殴りかかった。
もう一度涙目でこちらを見る野崎を「自業自得だ」とでも言わんばかりに
その後、野崎が地上波で映せないような、目や鼻から血を垂れ流した状態で見つかったのは言うまでもない。
「野崎」
「どうしたの?」
「今日随分と大荷物だったけど、どうしたんだ?」
「東京で買ってきたグッズさ。チャックモールくんのな」
「お前にとってチャックモールくんって何なの?」
「東京までグッズを買いに行くくらい好きなキャラかな」
「お前…こういうとこだけコミュ力ねぇよな」
その後、もみじの部屋は特に変わることなく、使いやすいいつものままである。
結局、野崎がお宝を暴かれ、千鶴に殴られただけだった。
舞香と野崎の部屋は自分と友人の部屋を参考にしました。ありがとう。