今年は巳年だそうです。
私は蛇大好きなので年始はフィーバーです。
今年もフォネティック・コーズ、ひいては山本電柱郎をよろしくお願いします。
あと、一月二十日でフォネコは1周年です。野崎を祝ってやってください。
男が塵になって消えていき、残されたのはこのローブを纏った怪しい集団と操られているバイカー、そしてデルタ班だけとなった。
集団の一人が右手を挙げると、止まっていたバイカーが一斉に走り出した。
野崎達の周囲を旋回し、デルタ班と怪しい集団を中心にして丸くなった。
「リングはここって訳か?」
「そうなるな」
野崎の問いかけに、今まで沈黙を貫いて来た集団の中の一人が答えた。
男性、恐らく30程。
見れば、男は野崎を撃った狙撃銃を持っていた。
錐型の銃剣が取り付けられたモシン・ナガンが月明かりを受けて黒光りしている。
「俺は…鏡。
「テスカトル…か」
野崎が何かに納得したように、男の方を見た。
「で、他は?キアウィトルか?エエカトルか?それともコアトルか?」
意味のわからない単語の羅列に千鶴が頭を痛めている中、テスカトルは仲間たちを紹介した。
「悪いが、知りたきゃ本人から聞き出すんだな」
「そうか、なら…」
野崎がまた銃を構えた。
「お前は用済みって訳だ」
マシンピストルによる連続発砲で、駐車場のアスファルトには切り取り線のように穴が空いた。
しかし、男もその程度では怯まない。流れる様に野崎の背後に回り込み、銃剣を前に突き出した。
間一髪でかわしたものの、避け切れていなかったせいか、頬が切れて血が垂れた。
「野崎!」
舞香が野崎に駆け寄る。
「大丈夫だ。勢いは良かったが、ちょっと切れただけさ」
野崎は懲りずにまたテスカトルに銃口を向け、舞香もそれに倣って構えた。
しかし、そうもいかない。
後ろから来る殺気を感じ取り、千鶴が居ないのを確認して足元を撃った。
殺気が止まったのを確認して、後ろを向いた。
自分より少し背が高い、黒いナイフを持った男。
刺されればただでは済まない刃渡りのそれを持った男へ向け、舞香は躊躇なく引き金を引いた。躊躇すれば、どうせ碌でも無い事になる気がしたからだ。
顔が血塗れになるのを想定し、血が目に入らないように少しだけ目を瞑った。
目を開ければ、そこには男の死体がある筈だった。
しかし、男はまだ立っていた。
今までやって来た任務の過程で、数人屈強な男と戦った。
そいつらの一部は撃たれても立って意識を保ったり、反撃したりして来た。
しかし、目の前の男は今までの経験を覆すイレギュラーだった。
恐らく細身の男が、9ミリパラベラム弾を喰らって平気そうに立っている。
防弾チョッキを着けているにしてはシルエットが細すぎる。
更に、今になって気付いた点があった。
血が、出ていない。
防弾装備なしに撃たれれば少なからず血が出る筈だ。
なのに、銃創も、弾痕も、出血も見られない。
化け物。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
常識外れの怪物が自分を殺そうと襲いかかってくる。
男のナイフが自分の頬を掠めた。
最適な振り方。
よく訓練されている。
それ以上に舞香の心を惹いたのは持っていたナイフだった。
刃渡りは長く、恐ろしく鋭い。その色は夜の空を固めたような漆黒であり、金属のそれとは異なっている。
おまけにそのナイフは両刃のようで、変幻自在な斬り方で仕掛けてくる上、何本も持ち合わせているようだ。
垂れて顎まできた血を指で拭い、目の前の男を見つめた。
少しばかり大柄だが、それでも平均的な成人ほどだ。
身体的な差はない。
運動能力は対等。
舞香は持っていたハンドガンを消し、両手にナイフを握り込んだ。
手に馴染むハンドル、扱いやすい重さ、慣れ親しんだ形状。
下手な銃よりよっぽどいい。
舞香は男の前で構えをとり、全力で斬りかかった。
聞き慣れない『テスカトル』という単語で名乗った男とその仲間が二人に襲いかかるのと同時に、残っていた四人は千鶴へと矛先を向けた。
千鶴は向かってくる四人を前に、髪を結い直した。
穏やかだった目付きが、鋭く変わる。
いつもの柔らかで明るい笑顔はなりを潜め、鋭い刃物の様な、こちらに向けられた銃口の様な鋭い雰囲気を纏い出した。
彼女を、小野千鶴をデルタ班の班長たらしめる
それの証明には、複雑な数式は要らない。
長ったらしい説明も、記号も必要ない。
彼女の実力、それこそが、何よりもの証明であったからだ。
前方の男が千鶴へと拳銃を向ける。
マカロフ、いつかに野崎がそう呼んでいたそれが此方へと弾丸を放つ。
決して脅しではないその発砲を避け、男へと“お返し”をした。
ローブが千切れ飛び、風に舞う。
しかし男は驚きも恐れもしない。もう一度、同じ様に発砲した。
硝煙が漂う。
夜の闇を発砲時のマズルファイヤが切り裂き、網膜へと焼きつく。
弾切れになり、マガジンを交換しようとした瞬間に、替えのマガジンを掴もうとした左手に鋭い痛みが走る。
手を見ると、手の甲を鋭いナイフが貫いている。
「スティレット、だっけか」
千鶴が口角を少し上げて言う。
野崎に吹き込まれた知識が役に立って嬉しげだ。
スティレットとは主に西洋で使用された短剣の一種であり、細い刀身を用いて鋭い刺突を行う事が出来たことで、鎧をつけた騎士を鎧の隙間から刺すために使用された。
「…」
男は何か思うところがあるかの様にスティレットを引き抜き、地面へと落とした。
金属音を響かせて落ちたスティレットが光の粒子になって消えていく中、男は持っていたマカロフを服の中に仕舞い、ゆっくりと一歩退いた。
千鶴が追おうとした刹那、千鶴の本能が足を止めさせた。
このまま進めば、私は死ぬ。
そう感じた直後、目の前に黒い何かが振り下ろされた。
その何かが引っ込んでいった後には、鋭い何かで切られた様にアスファルトが引き裂かれていた。
腕の主は、此方を見つめている。
いや、正確には腕の主ではないのかもしれない。
主らしき物は、“煙の怪物”は、奴の後ろに居たからだ。
舞香はある事に気付いていた。
男は、鍔迫り合いを嫌っている。
ナイフ、というか接近戦ならば少なからずある大振りな動きは、彼には見られなかった。
狙ってくるのは首や腹、そして肋骨の間やその他の多少柔らかい部位ばかりだった。
それに、そのナイフを狙おうとするとわざとらしく避ける。
それなのに、何処を切りつけても血が流れない。
手応えもおかしい。
人ではない物、更に言ってしまえば有機物でも無さげな物を切り付けている様な感覚だった。
ただ、そんなことは関係なかった。
ただ、斬り続けた。
舞香は久しぶりにテンションが上がっていた。
遊び相手を見つけた子供の様な目で、好きなものを渡された時の爛々と輝く無垢な目で。殺せない相手を、この手で好きなだけ切りつけ、突き刺し、蹂躙できる。そう考えただけで舞香は身震いするほどの歓喜に包まれた。
狂気じみたその喜びは身体中を駆け巡り、全身を奮い立たせた。
手に思わず力が入る。
口から笑みが溢れてしまう。
楽しくて仕方なかったのだ。
憎悪など無かった。
因縁も無かった。
怨嗟も、怒りも無しに、舞香は目の前の男を斬り続けた。
相手もただ切られているだけでは無い。
舞香の隙を狙い、刺突や斬撃を繰り出してくる。
舞香の脇腹へと鋭い宵闇が迫る。
衣服を貫き、薄皮を切り裂き、更に沈み込もうとするそれを腹に受けながら、少女はにたりと微笑んだ。
「かかりやがった」
舞香は攻防の中でナイフを狙ったときの彼の行動から、ある結論に辿りついた。
このナイフは鋭いが、とても脆い。
それ故に、鍔迫り合いや硬い部位を避ける。
だから、自分を刺した瞬間を見てナイフの峰と峰を打ち合わせ、ナイフの刃を粉々に砕いたのだ。
「…気分はどうだ?見破られた気分は」
「見破る?バカを言うなよ」
「バカだと?」
「こんな物、見破られたところで大した問題はないってことだ」
男はズタズタになったローブの袖を引きちぎり、自身の腕を舞香に見せた。
黒い石が鱗の様に張り付き、異様な雰囲気を醸し出している。
「ナイフがなんだ?銃弾がなんだ?」
男は笑う。
「俺を殺してぇなら、戦艦でも持ってくるんだな」
乾いた発砲音が響く。
そこに男は無い。
「——ッ!またかよ!」
野崎は二人が激戦を繰り広げている最中、こんなモグラ叩きじみた地味な攻防を繰り広げていた。
「いつまで続ける気だ!いい加減飽きたぞこのヤロー!」
「飽きてくれていいんだ。こっちは撃たれているせいで迂闊に出てこれないんだからな」
男が野崎の肩に手を置き言う。
「ッ!」
野崎が肩に置かれた手を握り、全力で地面に叩きつける。
合気。
日本の武術に伝わる技が男を地に堕とす。
しかし手応えは無くなった。
男が、また消えた。
野崎は苛立ちを隠し切れない様で、地団駄を小さく踏んだ。
神出鬼没。
そんな相手が“どう消えるのか”は分かっていた。
奴はいつも、鏡の中に消えていく。
するりと吸い込まれる様に消えていくのだが、彼が鏡に触れているかどうかは関係ない様だ。
要は、彼が鏡に映っていれば自由に出入りできるのだ。
度々死角から繰り出される刺突や銃撃を躱しながら、上手い立ち回りを望まれると言うのは実に厄介で大変な物だった。
(こいつが逃げ回らず、突っ込んでくる様なお膳立て…か)
眼前を銃弾が通過する。
(こいつの逆鱗でもブラッシングしてやるか)
銃剣が0.5秒前に自分の頭があった所を突く。
野崎が体勢を立て直し、上着のポケットに手を突っ込んで笑う。
「さっきから何で狙ってこないんだ?」
「狙ってるのが分からないのか?」
「いや、“俺”を狙ってるのは分かってるんだ」
「?」
「何でお前は“俺の命”を狙わないんだ?」
「だから狙っていると…」
「俺がお前なら、こんな鬼ごっこはしねぇ。今頃とっくに仕留めてる」
「何が言いたいんだ」
「強いて言うなら…ただ、『さっさと撃てよ、下手くそ』って言ってやりたいのさ」
「挨拶だけと言われていたから…積極的に殺す気は無かったんだがな」
男は慣れた手つきで空薬莢を排莢し、マガジンを付け替えた。
「まぁ、一人くらい死んでも、さした問題は無いだろうな」
男は構えてそう言った。
目の前に現れた怪物と睨み合いながら、少女はハンドガンを消し、ケルテックP90を手に取った。
「君、名前は?」
「オセロトル」
ローブの少女はそう名乗った。
千鶴はまたもや出て来た意味不明な単語に頭を痛ませながら、少女に向けて銃口を向けた。
「…そんなのでいいの?」
「いいよ。別に」
千鶴は揺らがない。
「そっか」
目の前に怪物の腕と鋭い爪が迫る。
その攻撃をひらりと躱し、素早く引き金を引く。
銃弾が夜空にばら撒かれるが、全て怪物の体表へと吸い込まれていく。
爪の一本一本が刀の様に鋭く、鉈や斧の様に強靭である。
腕部分は車のタイヤ程の太さがあり、煙に過ぎないにも関わらず、圧倒的なまでの力を示していた。
スルスルと腕が戻っていき、少女の元へと帰っていく。
間髪入れずに煙の顎が千鶴に襲いかかった。
アスファルトが抉れる。
しかし、煙の向こうから放たれた散弾がそれを打ち破った。
「流石に危なかったかな」
千鶴は少しだけ微笑んだ。
「…弱かったか」
もう一撃を少女が構える。
それを阻止しようと千鶴が踏み出した瞬間、背後の気配に気付き、振り返った。
後ろには先程手を貫かれた男が立っていた。
「残念」
未だ血の垂れる手に持たれたマカロフを蹴り上げ、飛び上がった所を撃ち抜いて破壊した。
未だ油断は出来ない。
後ろから襲い来る怪物に対し、無意味な牽制をしながら飛び下がる。
四方を囲まれながらの大立ち回り。
今までは碌でもない無頼漢か雑兵程度だったから不意打ち以外の大概はどうにかなったのだが、今回はそうも行かない。
目の前から襲いくる煙の怪物と少女。
背後から狙う不思議な男。
素性の察し難い二人。
(野崎か舞香でも来てくれればいいんだけど…)
心の端に浮かんだそんな言葉を飲み込み、自分を狙う少女に狙いを定めた。
引き金を引こうとした瞬間、胸を強い痛みが襲った。
心臓を握りつぶされそうになる感覚。
血流が止まり、意識が遠のいていく。
(このままじゃ…死んじゃう…な…)
震える指で引き金に指をかける。
銃が昔の様に重く感じる。
引き金が固い。
「…野崎」
弱々しく口から漏れたその言葉と共に、右にいた男の肩を銃弾が突き抜けていく。
心臓が解き放たれ、今までにないほど早く高鳴る。
詰まっていた息が口から流れ出る。
ヘッドセットの向こうから、野崎の声が聞こえた。
『ごめんな。気付くの、遅くて』
千鶴はその言葉に返事が出来なかった。
きっと、さっきまで空気を吸えていなかったからだろう。
そう考えながら、落としてしまっていたケルテックを消し、副武装として用意していたショットガンをコッキングした。
「さてと、続きしよっか」
男の肩から飛び散った血が頬についており、白い肌と相まって更に恐ろしさを増している。
夜も更け、警察車両も近くで待機している商業施設の駐車場に、また銃声がこだまし始めた。
銃剣が野崎に迫る。
その勢いを利用し、野崎は男の顔を殴りつけた。
舞香に教えてもらった技だが、いつ見ても本当に野蛮で素敵な技だと惚れ惚れしながら男を見る。
鼻から血を流しながら、男は振り返る。
血を指で払い、また同じ様に突撃して来た。
「痛みで記憶が飛んじまったか?」
同じように殴りつけようとした刹那、脇腹に衝撃と痛みが走った。
拳が届く前に、撃ち抜かれたのだ。
止まらない血を見ながら、野崎は男を見た。
笑っていた。
目にもの見せれたのが嬉しかったのだろう。
銃剣を刺せるように構えたままゆっくりと近づいてくる。
モシン・ナガンの銃剣は錐の様な形をしており、寒冷地で厚着した敵に対して効果的な形状をしている。
槍の様なそれが眼前に迫った時、ヘッドセットから小さな声が聞こえて来た。
少女の苦しそうな声。
声の主は、自分をこの世界へと導いた班長。
アスファルトに横たわったまま、声の主を探す。
怪しいローブの集団に囲まれた千鶴を見つけ、野崎は手前にいた男を狙って発砲した。
男の肩に赤い花が咲き、千鶴がヨロヨロと立ち上がる。
その光景を見届けた後、野崎は小さく呟き、男の方を見た。
今の今まで死の淵にいた敵が急に味方を撃ったことに驚いたのか、銃剣は少しだけ後ろに下がっていた。
野崎は再度突き出された銃剣を前に、自身の狙いを定めた。
鋭い金属音と共に銃剣が砕け散る。
展開式の銃剣は根本を撃ち抜かれ、アスファルトに落ちた。
驚く男を尻目に野崎は立ち上がる。
その手には、ピンの抜かれた閃光弾が握られている。
閃光。
網膜を焼くそれを喰らった男が目を開けた時、野崎の姿は無かった。
振り向こうとしたテスカトルの脇腹を、何かが貫く。
先程折られた銃剣が脇腹に突き立てられている。
「お揃いだな。お似合いだぜ」
「今度は眉間を撃ち抜いて…」
テスカトルが構えた途端、何かを察した様に動きを止めた。
「どうした?」
「もう時間の様でな。そろそろお暇させてもらう」
「そうかい。もう2度と来んな」
野崎がそう言うと、男の身体が黒い塵になって消え出す。
「次は
確かな凶暴性を含んだ笑顔を顔に浮かばせ、彼は夜の風に消えていった。
時を同じくして、唐突に不審な集団は消えていった。
バイクの集団も少しづつ意識を取り戻しだし、暴走も落ち着き出した。
夜空の暗さも落ち着き、段々と明るくなっていく。
鬼瓦らが駐車場に入って来たのを確認して、デルタ班は静かにジェイコブシマダを去った。
「あいつらは何だったんだ?」
舞香が不服そうに言う。
「全くもって同感だ」
野崎が頷く。
「とりあえず全員無事で良かったよ」
千鶴が笑いながら言う。
そうこうしているうちに支部に着き、五人は車から降りた。
「ひゃっ」
千鶴が急に声を上げる。
「どうした?」
野崎がそう聞くと、千鶴は静かに空を指差した。
空からパラパラと雪の結晶が落ちて来る。
「もうそんな季節か」
野崎は指で結晶を受け止めそう言った。
16歳の冬、野崎浩介は自身の現状を脳内で噛み締めた。
高校で友人が出来ず、少しだけ冒険してみた所で旧友に再会し、今までとは全く違う生活が幕を開けた。
そして今、夢にまで見た旧友と、その仲間達と非日常的な毎日を送っている。
少し違えば今の様にはなっていなかっただろう。
自分の運の良さを噛み締めながら、野崎は靴についた雪と土を払って支部へと入っていった。
今話でフォネティック・コーズは一区切りです。
敵っぽいのが分かって、仲間達との絆を噛み締めた所ですからね。
ジョジョで言ったら空条邸出発位ですかね。
ともかくこれからもよろしくお願いします!