ここの所少しばかし用事が立て込んでしまっており、執筆も投稿も滞っております。
暫くしたら暇になるので、それまでしばしお待ち下さい。
昨晩の出来事は衝撃的なものだった。
自身らの身に着けているヘッドセットよりも超常的な能力を持った怪しい集団との戦闘。
その時聞いた不思議な単語が、千鶴の脳裏に居座っていた。
好奇心のままに野崎の部屋へ押し入り、寝ぼけ眼の野崎に話しかける。
「ねぇ野崎」
「どうかした?」
「昨日の…えーっと…ペスカトーレみたいな…」
「…さては『テスカトル』の事を言ってる?」
「それ!」
野崎と千鶴は唐突なパスタを回避し、本題らしき話題に触れ出した。
「昨日、テスカトルって聞いた時に野崎が反応してたから…なんか知ってるのかなって」
「そう言う事なら、知ってる事を少し話させてもらおうかな」
そう言うと、野崎は千鶴を座椅子に腰掛けさせ、本棚から数冊本を取って話し始めた。
「中世のメソアメリカ、今で言うメキシコには、“ある国”があったんだ」
本のページをペラペラとめくり、メキシコ周辺が描いてあるページを開き、野崎は首都であるメキシコシティを指差した。
「ここがその国の中心。当時この辺りで使われてた言葉で『
野崎が折り目のついた小さな国旗を棚から取り出した。
赤に白に緑。中心にはサボテンの上に立つ鷲。
「その都のエピソードは今までメキシコに残り続けている。が、その話はまた別の機会にしよう。長くなるからな」
野崎は手元の本を開き、あるページを千鶴に見せた。
「その当時、ここで栄えた国の名前は…」
学生時代、野崎はこの国の話をよくしていた。
歴史の教科書の片隅に載っていた、ある国。
彼が意気揚々と教えてくれた、その国の名前は…
『本日、上野の東京国立科学博物館では…』
「ニュースは相変わらず平和なままだな」
窓際で少年は呟く。
冬の日差しが差し込み、外気が遮断され、冬ながら暖かい。
「あの…」
「どうしたんだね?」
家主に対して少年は言う。
「急に押しかけて来て何事ですか?」
「少しだけ、話があってな」
男はニタリと笑う。
「フォネティック・コーズというのを知っているか?」
家主…タカヒロは唐突な言葉に驚きながら、手に持っていたお盆を机に置き、話に耳を傾け出した。
「その国の名前は…アステカ王国」
「アステカって…野崎がよく調べてた奴だよね?」
「よく覚えてたな」
「それで、そのアステカが今回の件にどう関わってくるの?」
千鶴が前屈みになりながら問いかける。
「『テスカトル』も、『オセロトル』も、どちらもアステカ王国で使われてた言葉なんだ」
「意味は?」
「テスカトルは鏡。オセロトルはジャガーを指す言葉で、どちらもアステカで使われてたナワトル語の単語だよ」
野崎はそこまで話すと、満足そうに本を閉じた。
「でもさ、なんで急にアステカ語?が絡んでくるの?」
「そればっかりはよく分からないな。きっと俺みたいなメソアメリカ好きな奴が名前を付けたんだろう」
野崎は疲れたと言わんばかりにチャックモール君に腰掛け、そのまま横になった。
「興味があるなら、もう少し話そうか?」
野崎の目には、千鶴が退屈そうに映ったのだろう。
しかしそうでは無かった。千鶴は少しだけ思い出したことがあったのだ。
フォネティック・コーズは仕事の関係上、それ相応に怪しい依頼にも首を突っ込まねばならない。
その時に聞いた話が、ふと脳裏に浮かんだのだ。
メキシコ内部で起こっている麻薬カルテル同士の抗争。
前に野崎がそれについて描いた小説を読んでいたことを思い出し、勢いのままに質問を投げ掛けた。
「野崎、少し聞きたいんだけど…」
「何でも答えてみせるぜ」
「メキシコから日本に麻薬が輸入されてて、それが国内で売られてるってのは…考えられないかな…?」
「いい推理だと思うよ。確かに中南米は麻薬の原産地だし、現に抗争も絶えない。ただ、目の前にアメリカという大きな市場が有るのに、輸送費だけで高く付く日本にわざわざ枝を伸ばすだろうか?確かに壁が出来てるらしいけど、その程度で止まるような話じゃないだろうし」
野崎は横になったまま続ける。
「それに、この街を拠点にしてるらしいのに、この街に麻薬は蔓延していない。それに、きっと奴等は麻薬商人じゃ無い」
いつの間にか手に取っていた黒曜石の矢尻を太陽光にかざしながら更に野崎は続ける。
「きっと、そんな崇高な理由なんてないんじゃないかな。もっと碌でも無くて、下らない野望」
「下らない野望って?」
千鶴が問いかける。
「それこそ、世界征服みたいな」
野崎はそう言うとゆっくりと立ち上がり、本と矢尻を棚に戻した。
「ちょっと散歩でもしてくる」
そう言うと野崎は部屋を後にした。
「フォネティック・コーズ…ですか?」
「いかにも。で、知っているのか?」
「知ってますけど…そんなに詳しく知ってるわけじゃ無いですよ?」
「なぁに、詳しく知っている必要は無いんだ」
少年は寛ぎながらそう言った。
「というと?」
「君らと協力関係を結びたい。」
「協力関係?」
「君も知っている筈だが…ここの所、本甲舎や丹根川、俵田の治安が悪化し始めている」
少年は窓の外を眺めている。
「…薄々勘付いてましたが…やはりそうなんですか…」
タカヒロは肩を落とした。
「そこでだ、君らと協力関係を結び、フォネティック・コーズに協力を持ちかけるんだ」
「…あの」
「何だね?」
「フォネティック・コーズって結構大きな組織でしたよね?そこと協力関係を結ぶって…相当大変なことなんじゃ無いですか?」
「その大変なことを楽にする為にここに来たんだ」
「楽にって…どうするつもりなんです?」
「君、他人の風邪だけはよくわかるタイプの人間だろう?」
少年が眉間に皺を寄せながらタカヒロを見る。
「何が言いたいんです?」
「自己の観察が下手だと言いたいんだ」
少年はそう言い切り、手元の書類を机に広げた。
「『俵田のガンマン』、なんて呼ばれててな、有名なんだよ。君。」
「有名…ですか…。困ったな」
「何に困るというんだ?」
「…これからの生活です」
タカヒロの職は、表向きには在宅勤務の会社員ということになっている。
というか、元々本業はそちらだったのだが、実績が付くに連れて副業が忙しくなり、今の職を本業としたのだ。
今の職がもし知られれば、今まで通りの生活は送れなくなってしまうかもしれない。
有名が故に仕事には困らないが、仕事を重ねればそれだけの知られる危険が伴う。
「…悪いですけど、今の所その話には乗れません」
そうタカヒロが言う。
「そうかい。まぁ、その気になったら連絡してくれ」
そう言いながら、少年は家を出て行った。
「…レルネにも聞くべきだったかな」
そう思いながら部屋に戻ると、小さな箱と名刺らしい紙が置いてあった。
名刺を見てみると『平賀 重樹』と書いてあり、その下には連絡先らしき電話番号も書いてある。
(連絡するとしたって…暫く先だろうしな)
タカヒロには既に、名刺よりも下の小箱が気になっていた。
手のひらサイズの箱は白い紙でラッピングされており、重みも大して無い。
包装紙を丁寧に剥がし、箱の中身を見てみる。
スポンジが詰められ、音が出ないように固定された小さな鍵が二つ。
自転車の鍵程度の大きさのそれを摘み上げて見てみる。
片方は上のカバーが黒色、もう片方は青色である。
「…何のかな?」
タカヒロは静かにそれを戻した箱を閉じ、スリーブに入れた名刺と共に押し入れの中の収納スペースへと入れた。
廊下をゆっくりと歩く。昼下がりの廊下は少しばかし冷え込むが、それくらいの気温が野崎にとっては心地よいのか、1シーズン前と同じ薄めな上着を羽織っている。
「あ、野崎くん」
もみじが医務室の扉から顔を出した。
「どうしたんです?」
「ちょっと渡したいものがあるんだ。おいで」
招かれるまま踏み入ると、机の上に怪しげな液体の入ったアンプル瓶と注射器が置いてある。
「野崎くん、お腹の調子はどう?」
野崎が昨日撃たれた傷をさする。もみじの早急な処置のおかげで状態は良いが、依然として痛みは後を引いている。
その旨を伝えると、もみじは注射器を手に取り、薬品を充填した。
「もみじさん、それは…?」
「これが、さっき渡したいって言ったものだよ」
アンプル瓶内部の液体はワクチン等によくある透明ではなく、うっすらとピンクがかっていた。
「これは『リジェネーター』って言ってね、アラビア圏で採取されたオシュブっていう植物から抽出できる薬品なんだ」
「それで、そのリジェネーターの効果は?」
「ちょっと説明…というか、理解し難い話になるかもなんだけど、簡単に言えば『治癒』だよ」
「…治癒?」
「そう。この薬は傷を一瞬で治すことが出来てね。斬られても、刺されても、殴られても撃たれても息さえあれば直ぐに回復するんだ」
「一瞬で傷が!?」
「それに解毒も出来るしね」
「解毒まで!?」
「更に、打ってから暫くは効果が続くから、その内の怪我なら治るよ」
「万能じゃないですか!」
驚く野崎を見ながら、もみじは目を細めて言った。
「ん〜それはちょっと違うかな」
「?」
「残念だけど、これは結構きつめな副作用があってね…打ってから丸一日位した辺りでとてつもない痛みが襲うんだよね」
「…痛み?」
「うん。ありえないくらい痛いよ」
野崎の顔が引き攣る。
「やってみればすぐ分かるよ」
そういうと、もみじは流れるように野崎へと注射針を刺した。
予防接種の時と同じような、体の中に何かが入ってくる感覚。
その後に、傷口に凄まじい違和感が走る。
その違和感が収まり始めた辺りで、もみじが野崎の腹に巻かれていた包帯を解き始めた。
「見える?」
野崎は胸元に付いている邪魔なものを手で押しながら、自分の腹を見た。
肉が傷口に寄り、その上を皮が覆っていく。
傷口がじわじわと埋まり、何事もなかったかのように塞がっていく。
異様な光景ではあったが、“修復”された自分の身体は、紛うことなき自分の身体だった。
「な、何ですこれ!?」
「これがリジェネーターの力だよ」
傷口が塞がり切ると、もみじは注射器を抜き、それを捨てた。
「どうだった?」
「どうって言われても…うまく言い表せないというか…」
「そうだろうね」
もみじは野崎の傷があった点を親指でなぞりながらそう言った。
触診が終わると、野崎は服を元のように着直し、席を立った。
「ありがとうございました」
そう言って部屋を出ようとした所で、もみじに呼び止められた。
「ちょっと待って」
「どうしたんです?」
「はい、忘れ物」
もみじがそう言って差し出して来たのは、リジェネーターの瓶と注射器だった。
「言ったでしょ?渡したいものがあるって」
「でも、そういう薬って分量とか…」
「大丈夫大丈夫。必要な量より多くたって次の日の痛みが増すだけだから」
「それ『だけ』って表現で合ってます?」
ゴネる野崎のポケットへとそれらを突っ込み、「礼はいいからね!」と言って医務室の外に出した。
「結局もらって来ちゃったし…」
野崎は空を仰いだ。
「突っぱねられてしまったか…」
少年はコンビニのビニール袋を提げたまま、廃ビルの地下へと入りながら呟いた。
エレベーターの扉が開き、ガレージのような部屋へと出る。
そこに、一体のロボットが佇んでいた。
成人男性より少し大きい機体、大太刀や弓のような武装。
機械の鎧武者がそこに居た。
少年は外套を脱ぎ、デスク前のゲーミングチェアに腰掛けた。
「まぁいいさ。賢明な彼らなら、いつかボクに賛同してくれるだろうし」
平賀は手元のキーボードを操作し、システムを起動する。
ロボットは顔面のディスプレイを光らせた。
次回からはアクションが増える…かも?