フォネティック・コーズ   作:山本電柱郎

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こんにちは。山本です。
新天地が体に馴染んできました。


Delta 15:弾は心へ、刃は首へ

屋上の男達のことなどつゆ知らず、野崎達は向かってくる青年達を薙ぎ倒して行った。

出来る限り怪我をさせないように気をつけながら、素早く鎮圧を続け、仕舞いには手首を縛られて廊下に転がされた青年達が積もって足の踏み場が無くなってしまった。

「野崎、あの瞳のマークって…」

「きっと、テスカトルの仲間だろうな」

野崎は合点が行ったように溜息をついた。

「?」

「あのマーク、きっと階段ピラミッドだ」

「ピラミッ…ド?」

「あぁ。ピラミッドだ」

平然と続ける野崎を、千鶴が止める。

「ちょっと待って!テスカトルも、オセロトルもアステカ…メキシコなんでしょ?ピラミッドってエジプトじゃ…」

「甘いよ千鶴。ピラミッドってのはエジプトだけのもんじゃないんだ」

野崎は印刷してきた小さな写真を見せた。

「メキシコにもあるのさ。立派な階段ピラミッドがね」

「そっくりじゃん!」

「最も、このエル・カスティージョはマヤの遺跡なんだがね」

「マヤ?」

「グアテマラとかベリーズ、あとはメキシコの南東部で栄えた文明だよ」

「…用語多くない?」

「もう少し増やせるよ」

「頭痛くなってきた…」

 

 

 

「何でだよ畜生!」

テオカリは苛立ったように床を叩いた。

シヴが横で嗤う。

「だから言っただろ?奴らをそこらのチンピラ共と一緒にするなって」

「黙れ!」

「叫ぶなよ。お前の声は響く」

「誰のせいで叫んでると思ってんだ!“吉川”!」

「今はそう呼ぶな」

テオカリの横で、鉄のフェンスが切れて落ちる。

「吉川は、吉川春夫は消えたんだ」

 

 

 

「とりあえず、これで片付いた感じか」

野崎が肩についたホコリを払う。

「何だったんだろうね、原因」

千鶴に聞かれた野崎は眼鏡の奥の目を爛々とさせながら答えた。

「テスカトルやらオセロトルを見るに、きっとよく分からん何かを使ってるんだろう」

爛々としていた目が、顔を顰めた事で細くなる。

「お前は一体…何なんだ…?」

相次いで現れる不思議な事象。

野崎が今まで生まれ育った街は、じわじわと変貌を続けていた。

異常な力を持つ者達と、街の市民たち、そして、フォネティック・コーズ。

まるで竜巻の様に、全てを飲み込む争いに、また薪が焚べられた。

 

 

 

ビル達の切れ間に月が浮かぶ。

今夜は雲もなく、空は澄み切った紺色になっている。

風に飛ばされ、男の足元にチラシが飛んでくる。

「…邪魔」

男、シヴが手を一振りすると、足に当たっていたチラシがすぱりと切れ、また夜風に攫われて消えた。

 

 

 

学校から出ようと、生徒玄関へとやってきた野崎達を迎えたのは、月明かりをバックにパーカーの裾を風に揺らす男だった。

「…あんた、誰だい?」

野崎が尋ねる。

両者の間に緊張した空気が流れる。

野崎の目は男の右手に握られた異様な刃物を捉えていた。

乱暴に切り出した様なガタガタの切断面、応急的に巻かれたとしか思えない持ち手のビニールテープ。

刃渡りは長く、確実にこの国の法に触れるだろう。

「俺はシヴ」

男は刃物の先をこちらに向けた。

「不安分子を消しに来た」

シヴがまた刃物を振る。

野崎は慌てて飛び退いたので無事だったが、目の前の下駄箱は真っ二つに斬られていた。

「成る程な」

野崎は体勢を直し、お気に入りのモーゼルC96を出した。

「確かに俺達は君らにとって不安分子だ。でも、消すってのはあんまり薦めれねぇよ」

「はぁ?」

「お前のことを知らないんで、お前が俺らを消せるのかは分からん。ただ、そう簡単に消せるもんじゃねぇぞ」

野崎の眼前を掠めた斬撃が、床のタイルを切り裂く。

「“簡単に消せるもんじゃない”だと?笑わせんなよ」

「冗談を言ったつもりはないんだがな」

シヴが振り抜いたナイフの軌跡を辿って、周囲の風景が切り刻まれた写真の様に切れていく。

「やっぱりか」

切り裂かれたロッカーの断面を見て、野崎は呟いた。

「あぁ?」

「お前、この本に見覚えは?」

野崎は隠し持っていたジップロックを取り出した。

「こいつは今日の昼間、俺の机に置きっぱにしといた本だ」

「そいつがどうした?」

「お前の脱獄時の資料を見た。驚いたよ。斬られた鉄格子の痕は滑らかに斬られていたのに、切屑も水の痕も見当たらない。不思議なもんだ」

顎に手を当て、煽る様に考えてる様な素振りをしている。

「それは、証拠隠滅のために…」

千鶴がそう言うと、野崎は自分のジップロックを開き、バラバラと紙を撒き散らした。

「さっき“本”と言ったが、あいつは比喩だ。実際は、糊で纏めただけの白紙の束だ」

玄関中に白い紙吹雪が散る。

断面は焦げても、濡れてもいない。

紙の繊維すら飛び出ておらず、綺麗な直線で裁断されている。

「鋭い刃物で切り刻まれている。ただウォーターカッターでもレーザーでもない。刃物だ。ただ、カッターにしてもハサミにしても、こんな綺麗にはいかない。俺が席を外した一瞬でやったことも考えれば尚更だ」

野崎がシヴを見ながら、ニタリと嫌な笑顔をする。

「お前のそのナイフ、この世の代物とは思えねぇよ」

その笑顔を返す様に、シヴも口角を上げた。

「この世の代物とは思えない?その言葉、お前等のヘッドセットに返してやりてぇもんだな」

「言えてるぜ」

二人は面食らって目を白黒させている千鶴と舞香を他所に、二人は大声で笑い合った。

笑い、笑い、嗤った。

息が切れ、涙が目尻から溢れた所で、黙ったまま二人は互いに襲いかかった。

C96の高速弾がシヴを貫かんと飛び掛かる。

飛来した弾丸を細切れにしながら、シヴは華麗に野崎の喉元を狙う。

しなやかな動き、力強い一撃、鋭い斬撃。

(シヴ)を表すとすれば人間大の山猫といった所だ。

「野崎」

舞香がかけた一言を聞き、野崎は半歩後ろに下がる。

二人の間に分け入った舞香が、斬撃より早くシヴを撃つ。

放たれた9×19mmパラベラム弾がシヴの腕を掠め、砕け散ったガラス片に血を撒き散らす。

「ッ!」

苛立った様に舌打ちをし、ナイフをまた振り抜いた。

校舎を真っ二つにしかねない、暴風の様な鋭い斬撃。

それが、まだ16の少女を襲った。

野崎の体が一瞬で血に覆われ、C96を握っている右腕は千切れかけてぶらぶらと揺れている。

立ち上がることも難しい。それもその筈、彼女の右脚は腱が断ち切られているのだ。

血溜まりを作り、地面に倒れ伏す少女は、震える手を内ポケットへと伸ばした。

「何をする気だ?」

「少し、お前に見せてやりたいものがあったんでな」

そう言いながら、野崎は内ポケットをまさぐる。

「よく見ろよ」

シヴが野崎へと目を向けた瞬間、野崎は残っている左足で飛びかかり、シヴの右手を掴んだ。

「何を——」

刹那、男の右手を激痛が駆け抜けた。

電撃。

野崎の手袋についていた仕掛けが作動したのだ。

シヴは恐怖に震えた。

全身を切りつけられ、右腕を失いかけているのに、この少女は命乞いをするどころか反撃へと移った。

生物としての本能である“死への恐怖”を押し殺している。

化け物だ。

眼前で満足げにニタニタと笑うこいつは化け物だ。

ならどうする?

この化け物を生かしておくのは不都合だ。

計画の邪魔をされれば面倒だし、手札を見られた以上、対策を練ってくる可能性もある。

それに…

そこまでシヴが考えた所で、野崎が流していた電流が止まった。

「やべ」

また左足で飛び退き、震える右手でポケットを漁った。

怒りに震えるシヴが、野崎を睨みつけている。

「使わせてもらいますからね…」

野崎はポケットから取り出した注射器を、首に突き立てた。

「司令、今のは?」

『もみじさんが野崎君に持たせてた、リジェネーターだよ』

破れた衣服穴から覗いていた赤い傷がじわじわと埋まり、千切れかけていた右腕が繋がっていく。

「どうだい?」

傷ひとつなくなった野崎は、顔についた自分の血を袖で拭い、拾い上げたC96に弾を込めた。

「どうもこうもあるかよ。死人は死人らしく死にやがれ!」

「それを言うにゃあちょっと早えよ」

シヴはナイフを振りかぶり、野崎はC96の銃口をシヴに向けている。

シヴがナイフを振れば、また野崎を追い詰めることができる。

野崎が先に撃てれば、たとえシヴがナイフを振るって弾丸が斬られても肩には当たる。

張り詰めた空気の中で睨み合う両者。

「どうした?斬れよ」

野崎がシヴを嗤う。

「お前こそ、撃たねぇのか?」

「分かってんだろ?お前も」

「あぁ」

お互いの武器を仕舞い、背中を向け合って歩き出した。

廊下にコツコツという足音が響き、西部劇の決闘の様に離れていく。

空気に取り残されたままの二人は、歩き去っていくシヴを静かに狙う。

今撃ち抜けば——そう考えた瞬間に、野崎が二人を制止した。

「なんで…」

文句ありげな千鶴を気にも留めず、野崎は歩みを止めない。

千鶴と舞香のすぐそばまで来た所で、野崎はくるりと踵を返し、シヴに向けて発砲した。

シヴも同じタイミングで斬撃を飛ばし、弾丸を切り裂いた。

シヴの頭を避けるように弾は壁に呑み込まれ、斬撃は弾丸が当たったことで乱されて消えた。

「次は殺す」

シヴはそう言いながら野崎を睨みつけ、壁を切り抜いて夜へ消えていった。

その様子を見届けると、野崎は顔についた切り傷から垂れる血を親指で拭い、壁中に刻まれた斬撃の痕を指でなぞりながら出ていった。

「どういう…」

困惑する千鶴に、舞香は前に下がってきた髪を掻き上げながら言う。

「コミュニケーションだよ」

「コミュニケーション?」

「漫画とかであるだろ?拳と拳で語り合う〜みたいなやつ」

「まさかだけど、野崎があいつと…?」

「多分な」

 

 

「おうシヴ、帰ってたのか」

打ちっぱなしのコンクリート壁の部屋で、男が酒を呑んでいる。

「浮かない顔だな?呑むか?」

「呑まねぇよ」

肩を組み、酒臭い息を吐く男の腕を振り払い、奥の部屋へと消えていった。

「ったく、日本の若者はつれねぇなぁ」

そう言った男の後ろから、細身の女性が声をかけてくる。

「しょうがないじゃん。(グルーシ)の呑んでるお酒強いんだもん」

林檎(ヤーブラニ)…帰ってたんなら言えよ」

「テオカリ君に流した武器、無駄遣いになっちゃったか」

「まあいいだろ、まだ在庫はある」

「だね」

そう言いながら二人——行商人(コロブチカ)はソファーに腰掛けた。




戦闘書き疲れた!休憩!
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