テストが立て込みましてね。こんなに遅くなってしまいました。
少し前になってしまいましたが、最近この作品は1.5周年を迎えました。
皆様の応援のお陰です。
これからも精進していきます。
「なぁジェントル、隣に回覧板回してきてくれよ」
アパートの頭で寝転がりながら、白髪を生やした英国人にお願いをする。
「自分で行けよ。私は手が離せないんだ」
台所で割烹着を着込み、黙々と作業していたジェントルは眉間の皺を深めた。
「じゃあゴミ出し行ってきてくれ」
「…え〜」
「回覧板出しに行くだけじゃないか」
「そっちだってゴミ捨て行くだけだろ?」
ビリーは壁を見ながら、隣の部屋から漂う異質な匂いを思い出した。
「隣の部屋、少しだけど火薬の匂いがすんだよ」
「レルネ〜」
タカヒロが戸口で靴を履きながら呼びかける。
「なに〜?」
「買い出し行ってくるから、お留守番よろしくね」
そう言ってドアを閉めようとした所で、
「私も着いてく」
「いいの?長いよ?」
「いいよ。それに、最近何かと物騒だしね」
レルネはそう言うと、古びたがま口の財布をポケットに突っ込んだ。
「それ、もうボロボロだけど、新しくしないの?」
「いいよ。気に入ってるやつだし」
「ならいいけど…」
そう言って、部屋のノブに手をかけた所で、タカヒロは動きを止めた。
「どうしたの?」
「いや、大丈夫。お隣さんだ」
「あぁ」
ドアを開け、隣の部屋から回覧板片手に歩いてくる外国人を見上げた。
「久しぶりですね。ビリーさん」
「ですね」
「あ、回覧板持ってきました」
「ありがとうございます」
回覧板を部屋にしまい、タカヒロはゆっくりと歩き出した。
((お隣さん、何となく怖いんだよなぁ))
「さっき、火薬の匂いって言ってたが…本当にするのか?」
ゴミ出しを済ませてきたジェントルがビリーに尋ねる。
いつもの優雅さはどこへやら、着込んでいるのは古風な割烹着だ。
「間違いない。少なくとも俺の方が銃の近くで暮らしてきたんだ。火薬の匂いくらいわかるさ」
「どうかな?私は君と違って日常的に撃ってるんだぞ?」
「俺はお前と違って撃たれたことがある」
そう言うとジェントルはお手上げとでも言うように両手を上げた。
「で、どうするんだ?」
「タカヒロさんは悪い人じゃない。無闇に攻撃したりしないさ」
「ほぉ」
「無論、こちらに銃口を向けたのなら」
「あぁ」
ジェントルは仕事道具のナイフを拭いた。
「ねぇタカヒロ」
「どうしたの?」
「私の抜け殻知らない?」
「抜け殻?それなら棚に…」
「ん〜…無さげ」
「じゃあ押し入れかも」
「押し入れ?」
「何これ?鍵と…名刺?」
「あぁ、それは…」
タカヒロはレルネに鍵について話した。
平賀という謎の男からその鍵を受け取ったこと。
その男が、フォネティックコーズとの協力を持ちかけて来たこと。
「いいんじゃない?」
「え?」
「フォネティックコーズって、野崎君とこの会社でしょ?」
「野崎?…誰それ?」
「デルタ班の
「それはまた今度でいいかな」
そう言ってタカヒロは立ち上がった。
「どこか行くの?」
「まぁね。行く前に、少しアポでも取っておこうかと思ってさ」
「成る程ね」
「野崎〜ちょっといい〜?」
千鶴が部屋の前で呼びかける。
「どうした?」
下着姿の野崎が何食わぬ顔でドアを開けた。
部屋は窓こそ開けてある。が、依然蒸したままである。
「前から言ってるけど!服着て!!」
「最近暑くて…」
「ずっと長袖長ズボンだからじゃん!」
野崎はこの暑さでも外では長袖を着ている。
本人曰く「日光を防げて合理的」なのだと言うが、結局部屋に帰るとすぐ脱ぐ。
暑いことには暑いのだ。
「なんで半袖にしないの?涼しいのに」
「スースーして落ち着かないんだよ…」
「なら服着なよ」
至極真っ当である。
「それは…違うじゃん」
「なんも違くないよ!」
野崎は嫌そうに部屋へと戻り、Tシャツに上着を羽織って出てきた。
正直言って上着を羽織る意味が分からない。が、一々突っ込むのも疲れたので無視することにした。
「どうしたんだよ急に」
「少し来てもらえる?」
野崎は千鶴に連れられて、いつも会議室として利用している小部屋に入っていった。
小部屋には机が並べられ、その上に小火器が整列している。
「これは…トカレフか。そっちはマカロフ」
「やっぱ分かるもんだね」
「伊達に武器好きやってないんでな」
「これらの共通点は?」
野崎は暫く考えた後に話し出した。
「比較的安価で、若干型落ち気味。でもまだ広く使われてる。あと、どっちもロシアの銃だな」
野崎が小動物でも愛でるように指の背でスライドを撫でる。
「そ。だから何かあるんじゃないかって思ってさ」
「何か?」
野崎が不思議げに聞き返した。
「例えば…何だろ?」
「考えてから言えよ…」
呆れたような野崎が、手元のトカレフに残った擦り傷を見て尋ねた。
アスファルトに擦り付けたような、細かい線が不揃いに入っている。
「これって事件の時に度々回収してるやつ?」
「だね」
「ただのチンピラ共にも銃を流せるんだ。きっと奴らはたんまり武器を持ってんだろうな」
今まで相対した雑兵共もしっかりと武装していたのだ。もう少し上の兵に渡す分も勿論あるはず。
そう考えてみればどれだけの武器があるか計り知れない。
「武器の出所に、目星でも着いたのか?」
千鶴は思い出したように机の上の封筒を開いた。
「そう、その話がしたかったんだった。」
千鶴が封筒から取り出したのは、黒塗りの大型車が写る書類だった。
「…なにこれ?」
「
「装甲車ぁ?“ただのトラック”じゃねぇの?」
見た所、ただ黒く塗り、ガラスを黒く濁らせただけのトラックにしか見えない。そんな車両が特注の装甲車だとは、野崎には理解し難かった。
「運転席、荷台、タイヤを含む車体全てが防弾加工済みらしいよ?」
「…前言撤回。“めちゃくちゃ硬いトラック”に訂正させて」
野崎は易々と前言を撤回した。
未だ、コロブチカからも、男からも連絡がない。
「コロブチカは何やってんだ?」
「昨晩呑みすぎたそうだぞ」
「マジで何やってんだあいつら」
「どうする?このままじゃ遅れるんじゃないか?」
「奴らが運転するわけじゃないんだろ?大丈夫な筈だ。それに、今日は武器の運搬じゃなく会議だ。多少遅れた所でさしたる問題は無いだろう」
ジェントルがオーブンの前で
「確かにな。俺たちも準備するか」
ビリーが財布と携帯をポケットに突っ込んだ所で、まだ割烹着姿のジェントルが呼び止めた。
「待ってくれ、あと少しでできるんだ」
「ならしょうがない…か?」
「今日はスターゲイジーパイだぞ!」
ビリーの顔が青ざめる。
「よし。後にしてくれ」
「すまないが、それは無理だ」
結局、ビリーは出来上がりまで付き合わされることとなった。
「やっと来たのか。待ちくたびれたぞ」
「すいません、車で来ちゃって…」
近くに車を停めれる所がないのは分かっていたが、家から少し離れている事もあって、タカヒロは車での移動を余儀なくされていた。
「車?あぁ、この前行った時に停めてあったやつか」
「?そうですけど…」
「なら表まで持ってきてくれ。停める場所を教える」
「え?あ、はい!」
タカヒロは少し遠くのコインパーキングへと走り出した。
タカヒロがビルの前に車を停めると、落書きのされた古びたシャッターが開いた。
「この下が駐車場になってる。好きな様に使ってくれ」
地下駐車場に入ると、中は思いの外清潔に保たれている。
適当な所で停車すると、先ほど開いたたシャッターが閉じられ、内側から分厚い防火扉のようなものが降りていくのが見えた。
「ボロいシャッターに命を預けれる程、ボクは命知らずじゃないのさ」
「まさかここ、全部こんな感じなんですか?」
「ボクも詳しくは知らないよ。貰い物だからね」
「貰い物?」
「両親が遺してくれてね。今やボクの家代わりだ」
「それは…すいません」
タカヒロが気まずそうに俯く。
「いいんだ。気にされた所で何にもならないからな」
「ようこそ。ボクの城へ」
地下駐車場から上がると、そこはまだ現役の施設に見えた。
「こっちだ」
招かれた先には、施設とはミスマッチな金属扉が残っていた。
中は思いのほか広く、様々な機器や工具、パーツらしき物が置いてある。
その隅に、使い古した布団が置いてあり、その周りには最低限の生活用品が置かれている。
打ちっぱなしのコンクリートがひんやりとしたイメージを与える、工場の様な部屋だ。
「ここは?」
「ボクの生活スペース、もとい仕事道具置きだ」
「仕事道具?」
「アレだ」
平賀が指差した先には、多くのコードを繋がれたまま直立している機械があった。
「アレは一体…?」
「アレは私の両親が作ったロボットでね、名前を『』と言う」
黒金色のフレームに白い装甲が取り付けられ、人よりも大きな体躯に静かな迫力を纏っている。
横に置かれている刀は身の丈程もあり、各部には機械的なパーツが取り付けられている。
弓は機械式のコンパウンドボウの様だったが、人間が扱う用とは思えない程の力強さに満ちていた。
「こんな物が…この街に?」
「そうだとも。凄いだろう?」
平賀は心なしか満足そうな顔をしている。
置かれている物が気になるのか部屋の中を見て回っているレルネすらも気に留めていない。
そこで、タカヒロは以前渡された鍵をポケットから取り出した。
この鍵が、一体何処のものなのかが知りたかったのである。
「それ、無くしてなかったのか」
「まぁ、一応…」
「いいだろう。ついて来てくれ」
二人は平賀に連れられて、部屋の奥へと向かった。
工具とパーツと段ボールの山を抜けると、そこに南京錠が付けられたドアがあった。
金属製で、下に通気口が設けられた、人一人分程度のドア。
「タカヒロ、悪いんだが、君の銃を見せてくれないか?」
「え?あ、はい」
タカヒロはホルスターから抜き取った銀色のSAAを平賀の手に置いた。
「…問題なしだな」
「問題?」
「こっちの話だ。気にするべきじゃないさ」
そこまで言った平賀は、南京錠を外した。
ドアが軋みながら開き、部屋の明かりが灯された。
「これは…!」
タカヒロの目は、驚きと喜びで輝いていた。
二人は、暗くなり出した街を疾走していた。
ゴム製のタイヤはアスファルトの上を転がり、車体を激しく揺らす。
「ジェントル!もう少し飛ばせないのか!?」
「無茶言うな!そもそも何で自転車なんだよ!」
大の大人二人が、自転車に跨って夕闇を駆け抜ける。
「免許がねぇんだよ!」
「取れよ!」
「お尋ね者なんだよ!俺は!」
「知らんわ!」
ジェントルが、一際大きな声で言った。
「ウィンチェスター…M1873…?」
タカヒロが手に取ったのは、古風なレバーアクションライフルだった。
ウィンチェスターM1873。
ウィンチェスター社製のレバーアクションライフルにして、タカヒロの用いる
「如何にも。こいつを渡したかったんだ」
平賀はタカヒロの観察眼に感心しつつ、自分の“プレゼント選び”が成功した事を心の奥底で喜んだ。
「いいのか?」
「勿論。もっとも、そいつを使ってガンガン働いて貰うがな」
「任しといてくださいよ。平賀さん」
部屋の明かりが、銀色の銃身に反射して輝く。
「俺は、『俵田のガンマン』なんでしょう?」
先程とは違う、自信に満ち溢れた声で、タカヒロはそう言った。
「どうしたんだジェントル、汗だくじゃないか」
「…移動に手間が掛かりましてね」
「まぁ、急ぎじゃなかったからいいさ」
ローブの男は、人間離れした漆黒の前腕を仰々しく動かした。
「今日は新しい仲間を迎えるんだ。一々詰めてる時間はないな」
男が後ろのドアに手を翳すと、鍵がかかっていたはずのドアが一人でに開いた。
髭の大男が訊く。
「ここで、合ってるのか?」
「そうだ」
長い銀髪をたなびかせた、線の細い女性が尋ねる。
「貴方が私達のお客様?」
「そうだ」
「「私達、
「そうだとも!」
男は嬉しそうに手を動かした。
「ようこそ
握手を求める男の腕は、深夜の闇よりも暗く、深海の底のような漆黒に染まっていた。