資格試験をやっていました。
受かっていたらいいななんて思います。
警報音が鳴り響き、建物内は赤色灯が灯る。
「何がどうなってやがる!」
微睡から叩き起こされて苛立つ野崎は、部屋から慎重に出ると、廊下も同じフロアも人気がない。
何か起こっているのは此処より下の階だと察した野崎は、ヘッドセットの置いてある地下を目指すことにした。
しかしながら、赤色灯が灯るレベルの緊急事態に丸腰はあまりよろしくない。
「あ〜あ、舞香とかなら首くらい素手でいけるんだろうなぁ」
ぶつぶつと呟きながら、食器棚の引き出しへ貼り付けられたグロックを掴み、野崎は階段を降り始めた。
千鶴の足元を弾丸が掠める。
クリスマスを目前に控えた寒さが1階を支配する中、男はコートから抜き取った無骨なリボルバーを構えている。
RSh-12。ロシア製の鉄塊は、狙撃銃と同じ50口径を用いる、冷たい怪物だった。
「初めまして。デルタの皆さん」
そう語る髭の大男は、雪原のアムールトラが獲物を見つめるような冷たい瞳をしていた。違ったのは、彼の目が氷のような青い瞳だったことだ。
「今日は挨拶のつもりだったんだが…お目当ては居なそうだな」
そう語る男に、千鶴が訊く。
「…あなたは…何者なの?」
「挨拶なのに、名乗り忘れてたか。俺は
「その彼って…」
後ろで警戒し続けていた舞香は、手元のガバメントへと手をかけたまま千鶴と顔を見合わせる。
「なぁアンタ、その彼っての、一体何者なんだ?」
「クッソ!靴の1組くらい部屋に置いとくんだったぜ!」
階段を駆け降りたせいか、野崎の踵はジンジンとした痛みに包まれていた。
真っ暗な廊下の不気味さも相まって、地下は異様に肌寒い。
一階から響く銃声らしき音が、野崎を急かす。
廊下を走る野崎を、目指していた部屋から出てきた弟切が迎える。
「野崎くん!丁度いいところに!」
ヘッドセットを装着した野崎に、弟切はそう言う。
「今から上の援護に…」
そう言いながら部屋を飛び出そうとする野崎は、突如として腕を引かれて立ち止まった。
「そっちより行くべき場所があってね、そっちに回ってくれるかな?」
弟切がそう言うと、野崎は口角を上げて言う。
「任せといて下さいよ。でも、相手の素性だけ教えて下さいね」
「彼は秘密主義者でね。味方にも素性は知らせたがらない。無論、俺にもな」
「秘密主義…か」
舞香がコロブチカと名乗る男を睨み付ける。
「すっとぼけてんじゃねぇだろうな?」
「知ってたら、もう少し深みのある言い方をするぜ?」
「深みとか分かんねぇよ。ふざけんな」
「青筋浮いてるぞ?小娘」
「よく喋る爺だな。そんなに死に急ぐ気か?」
2人が煽り合いに花を咲かせている中、千鶴はグロックを手にしたまま、弟切へ連絡をとっていた。
「舞香、アイツと煽り合ってるんだけど、どうします?」
『…始まったら加勢してあげて』
「で、何すかこの部屋」
「君たちのヘッドセット、これを作ったのは誰だと思う?」
「…フォネティック・コーズの技術者とか?」
「まぁ、半分くらい正解かな」
「半分?」
「そう、半分だ」
「どういうことです?」
「彼は元々、海外でこの技術を研究していたんだそうだ。ただ、日本を訪れていたタイミングで国が戦乱に呑まれてね」
「訳アリって訳か」
「そんなとこ。今は
「納得いきましたよ。その人がこの部屋に?」
「まぁ、一回くらい合わせておくのもアリか」
「ジョナサ〜ン!野崎くん来たよ!」
「やぁ野崎ちゃん。僕のことは、もう弟切から聞いてるんだろ?」
「いえ、殆ど全く」
「弟切!これだと僕ぽっと出のイケメンじゃないか!」
「安心しなって。イケメンじゃないから」
「あ、ごめん取り乱した」
「まぁ、自己紹介なんて後でいいんだ。宜しくね。野崎ちゃん」
「「クソムカつくなテメー!」」
お互いに銃を構えた所で、黒塗りの車が何台も連れ立って現れる。
「あ、アラート切ってなかったか」
男がにっこりと笑うと、車の荷台が開きナイトスコープの兵士たちが一斉に構える。
「まぁ、君たちなら死にはしないだろうさ」
「…やる気か?」
「
男の合図と共に、一斉射撃が始まった。
轟音が響き、火花が散って、硝煙が舞う。
その中で、何より早く動いたのは千鶴だった。
風に舞う羽根の様に身を翻し、滑る様に周りの敵を蹴散らす。
(さっきまで加勢だとか言ってたのに、真っ先に突っ込んで行きやがった)
白い目の舞香は、ふと、建物内から異様な気配を感じ取る。
気のせいとも取れるその微かな気配は、野崎と対峙する女性の放つものだった。
「何だいアンタ、迷子とかか?」
野崎が奇妙な女を視界に捉える。
千鶴に教え込まれた通りに、武器を作り出す準備をした上で、構えやすい姿勢を保つ。
「迷子ではあるよ。それでも、探し物はハッキリしてる」
目の前の女性は、雪の様に白い肌に美しい銀髪を長く伸ばし、遠くからも見えるほど美しい蒼い瞳をしていた。
「探し物?」
「ジョナサン・ウィリアムズ。うちの部下なんだけど、知らないかな?」
優しげな口調で言う女性は、ゆっくりと野崎へと歩み寄る。
歩く女性に合わせて、上着の裾が揺れる。しかし、その揺れ方はどこかおかしい。
左側だけが不自然に大きく揺れているのだ。
野崎は弟切から教わったことを思い出した。
ポケットへと武器を忍ばせると、その重みで歩き方や服の揺れが変化する。
それを時に『トカレフ歩き』と言う。
「それ以上、近寄らないで貰えるかな?」
「…分かるの?」
「ポケットの中のやつがスマホとかなら先に言ってくれよ。そのいい面をぶち抜いてからじゃ遅いんでな」
「残念だけど、スマホなんかじゃないよ」
女がポケットから抜き出したのは無骨なロシア製拳銃、MP-443だった。
「そいつ、軍の制式拳銃だろ?どっから手に入れたよ?」
「仕入れ元を明かすとでも?」
「仕入れ、ね」
野崎の耳を、9×19パラベラム弾が掠める。
「やる気かい?お嬢さん」
「君が渡さないからいけないんだろう?その部屋へ入れてくれれば、撃ち殺しはしないさ」
「入れてやったっていいさ。出てくる頃にはデコに風穴が空いてるだろうがな」
2人の間で、顔に笑顔を浮かべながら睨み合いが続く。
「さっきから私をお嬢さんとかアンタとか、しっかり呼んでくれないじゃないか。冷たいね」
「名乗られてねぇと呼べねぇよ。それともアレか?適当なあだ名の方が好みなタチか?」
「そんなことないさ」
野崎に煽られた白髪の女性は、野崎の目をじっくりと見ながら胸に手を当てて自己紹介をする。
「私は
「ロシア語…スラブ娘ってとこか」
「まだ別れるには早いだろう?」
「早急に縁を切りたいところだ」
調子が良くなってきたヤーブラニに、野崎は探りを入れる。
「ジョナサンを連れ戻して、何をさせるんだ?」
「こっちも訳アリでね。彼は問題解決に便利なんだよ」
「便利ぃ?」
ヤーブラニはそう話す少女の耳に、緑の光を放つヘッドセットがあるのを目にする。
「君、その耳に着けてるのが何か、知ってるのかい?」
気絶した男達の山を前に、千鶴は頬についた返り血を指の腹で拭った。
「化け物め…」
慄くあまり男の口から漏れた言葉を、舞香が咎める。
「よしな。気絶じゃ済まないやつが来るぞ」
「…自粛しよう」
男は、二人が暴れた拍子に落ちた小箱に腰掛けて話し始めた。
「…俺の娘が、先に入って行った」
「娘?」
「林檎の花の様な、白い髪をしているんだ。目は空の青さを閉じ込めている」
「凄い言うじゃん。何急に」
「
グルーシは、千鶴の顔を見上げる。
「俺達はお前達の仲間、ジョナサンという男を取り戻しに来たんだ」
「取り戻す、ねぇ」
千鶴の目がいっそう冷たくなる。
「生憎渡せないよ。金のガチョウは」
「渡せなんか言わないさ。もう済んだ話だしな」
そう言い残すと、グルーシは気絶している部下を荷台に詰め込み、車のエンジンを回した。
「じゃあなお嬢さん方。ガチョウ小屋を点検した方がいいぞ」
その言葉で、千鶴は嫌な予感に身を震わせる。
直後に、その予感は現実となった。
「あんた、何者だ?」
鼻血を垂らした野崎は、目の前の白い顔を睨む。
仰向けにされ、疲れもあって身動きが取れない。
冬の底冷えが、野崎の背筋を冷たくなぞる。
「商人さ。君らとは場数が違う」
「言ってくれるな」
「そりゃ言うよ。現に君は、地面に倒されて動けない状態だしね」
「…まぁ、何も言い返せねぇよ」
諦めの籠った野崎の目をヤーブラニがじっと見つめる。
「…何のつもりだ?」
「少し、提案があるの」
「提案?」
「…野崎くん。ジョナサンのフリをしてくれない?」
「…は?」
「君がジョナサンのフリをして連れ帰られれば、君達にとって何より大事な技術は守られる」
野崎は考えを巡らせる。
この女をいかにして騙して逃げるべきか。はたまた、従ってジョナサンのフリをするか。
「フォネティック・コーズが顔や性別を変える薬品を使用しているのも、私達は知っている」
「不思議は無い、か」
野崎は弱々しく、手を上へ伸ばした。
「連れてってくれよ。立てないんだ」
ヤーブラニは野崎を担ぎ上げると、風の様に走り去る。
夜の静寂が、廊下に満ちた。
お気に入りの目出し帽が行方不明です。
萎え萎え。