フォネティック・コーズ   作:山本電柱郎

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新生活とは難しいものですね。


Delta 21:ハイウェイ・ロードムービー

「野崎!」

珍しく声を張り上げて舞香が入ってくる。

そこに野崎の姿はない。

ご丁寧に閉められている奥の扉を、惨状を覚悟の上で開けると、そこには弟切とジョナサンが居た。

「…ジョナサン?」

「舞香ちゃん…」

「野崎はどうしたんだ!」

ジョナサンの襟を掴んで、舞香は声を荒げる。

「攫われたよ。僕の代わりになってね」

「…!」

舞香は悔しそうに唇を噛む。

「…弟切。ヘッドセットのGPSから居場所を探れない?」

千鶴が上っ面だけの冷静さを見せながら弟切に訊く。

「もうやってるさ。ここからもう10キロ以上離れたところだけどね」

「十分。車は?」

「今ユニフォームの方に応援を要請した。直ぐに着くだろうさ」

そう言ったところで、駐車場からクラクションが聞こえた。

「頼んだよ。二人とも」

「…後で、帰ってきたら色々聞かせてもらうからな」

 

 

 

「GPSの反応からして、国道を北東へ登って行ってるでしょうね。どうします?」

千鶴と舞香が車に乗り込むと、運転手として応援にきたタクシー運転手風の男が、機器越しに指示を待っている。

乗り込んだ二人を見ると、安全運転という言葉が恋しくなるほどの急発進をし、ガラガラの国道へと入った。

『真後ろに付くのはあまり良くないだろう。横はいけるか?』

城澤の落ち着いた声がスピーカーから響いた。

「お任せを」

そう言うと、機器越しに指示を受けた男はアクセルを勢いよく踏み込み、真夜中の国道を飛ばし始めた。

「お仲間が攫われたと聞きました。それもかなり大事な方が、と」

「班の技術者を庇ったんだ。バカだよ、あいつは」

「バカとはいえ、最善策かも知れないですよ」

フォネティック・コーズが持つ、各班の特殊技術。

それは班の特性や戦法を決める、極めて重要なものだ。

それを手掛ける技術者を失うのは、班全体、ひいてはフォネティック・コーズ全体の危機とも言える。

「…あいつ、連れ帰ってきたらぶん殴ってやる…」

舞香が、静かに呟いた。

 

 

 

「なぁ、こいつ…」

「ジョナサンってことにしといて」

「こいつがぁ?冗談だろ?」

「冗談じゃないよ。ちゃんと理由もあるし」

「…そうかよ」

 

 

 

「近づいてきました。準備を」

舞香はナイフを用意すると、サイドドアから飛び出して装甲車へ飛びついた。

「舞香!」

「さっさと行こうぜ。アジトの場所は吐かせりゃいい」

「…確かにね」

荷台の上に立った舞香は、冬の夜風に髪を靡かせながら、金属製のコンテナにナイフを突き立てる。

コンテナの材質は主に鉄板だ。普通なら、人間の力で貫通し得ない。が、しかし、舞香に限って話は別だ。

ヘッドセットで作り出した、高い強度を誇る武装と、時に恐ろしい程の力を発揮する人間。

二つが組み合わさる時、それは分厚い鉄板すら貫通し得るのだ。

「なんだァ!?」

まるでナイフで缶を開ける様に、刺し貫いた穴が次第に増えていく。

重い金属音と共に、コンテナの上を破って舞香が落ちてくる。

「野崎、いや、“ジョナサン”は何処だ!」

「言うか!」

飛びかかった雑兵の全身から血が噴き出す。

「太めの血管と内臓は外した。言えよ。ジョナサンの場所を」

「う、撃てぇ…!こんな奴、ロシアにだっている…!殺せぇ!」

そう掠れた声で叫ぶ雑兵を足蹴に、AKを構えた集団に飛び付く。

ライフルを弾き飛ばした勢いで、全身を切りつける。残り5人。

こちらに向けて撃ってくるも、全て外してしまう。弾倉交換の間も無く、前腕が使い物にならなくなる。残り4人。

銃剣を構えて突撃してきたものの、投げ飛ばされ、両掌を刺し貫かれる。

それでも屈せず蹴りかかるも、腿の腱を切られて転倒。顔を蹴り飛ばされて失神する。残り3人。

AKを乱射し、十字砲火で舞香を追い詰めようとする。しかしその弾幕は易々と通過され、AKは両断される。

やけになって殴りかかった拳を割られ、痛みに怯んだところで舞香がナイフを投げる。

胸に隠されていた拳銃に当たったことでナイフは止まったが、戦える様な精神状態ではない。残り2人。

恐れ慄く余り逃げ出そうとするも、後ろは壁。

持っていたAKを投げ捨てて、ロシア語で降伏の言葉を叫ぶ。

舞香はその2人を一瞥すると、コンテナをザクザクと切り開いて運転席へと向かった。

窓の外に張り付く少女に驚いた運転手は、こえをあげる間もなく意識を飛ばされ、操作を明け渡す。

「弾の代わりには十分そうだな」

そう言うと、舞香は勢い良くアクセルを踏み込んだ。

トラックにしては素晴らしい加速をして、夜景が次第に速くなる。

舞香の目の前に、野崎が乗せられた車が近付く。

鈍い衝突音と、ガラスが砕ける音が響いた。

 

 

 

「あの娘、イカれてやがるぜ…」

後方にあるトラックは、黒い煙と炎をあげて停止している。

コロブチカの2人が用いている装甲付きトラック、『Тачанка(タチャンカ )』。

その装甲はバレットM82の12.7×99mm弾の直撃すら耐え、大統領専用車両であるビーストに負けない程強靭なタイヤを搭載した、重装甲の怪物である。

自身らの部下が乗るトラックなんぞとは一線を画すその装甲は、衝突しても難なく走行を続けていた。

「まさかトラックを乗っ取って突撃してくるだなんて、人ってのは変わらないものだな」

そうグルーシが呟く。

夜風が車体を撫で、衝突の衝撃で歪んだパーツが規則的なリズムを刻む。

しかし、何かがおかしい。

響いてくるのは、後ろではなく、運転席の真上からだったからだ。

「やられた!」

天井から貫通してきたナイフが抜けるより先に、ヤーブラニが舞香の肩を撃ち抜く。

舞香は顔すら歪めずに、ナイフを一振りした。

ヤーブラニの白い髪が夜空に散る。

「乙女の商売道具に何をするんだい」

「死人には不要だ」

()()()め…!」

そう言うヤーブラニは、ひらりと身を翻して荷台の上に立つ。

「君はクソ生意気だし後ろの野崎くんみたいな可愛げもないけど、君にも死んで貰いたくは無いからね」

舞香の耳を弾丸が掠めた。

「これ以上怪我したくなければ投降を勧めるよ。出来れば…2分以内にね」

「ほざけ!」

舞香はナイフを荷台に突き立て、それを足場にして、陸上競技のスターティングブロックを用いたように加速した。

ヤーブラニはそれを躱すと、無防備な舞香の背中を撃つ。

よろめきながら立ち上がる舞香は、またナイフを足場にして突進しようとする。が、ナイフを構える手が震えていた。

(撃たれすぎて貧血気味になってきたか…まずい…)

口の中に滲む血にすら腹を立てながら、最後の力を振り絞って、舞香は突進した。

その動きは恐ろしく速かった。

人間は視覚刺激に反応するために180ミリ秒ほどを要する。

それすら超越する、人体の限界級の加速。

ヤーブラニの元へ、文字通りの人間砲弾が飛び出した。

 

 

 

『グルーシ、ジョナサンは捕まえられたのか?』

通信の向こう側から、ノイズまみれの声が来る。

「ええ。この手でしっかりと」

『そうか。よくやってくれた』

「しかしながら、まさかジョナサンがフォネティック・コーズの処置を自らしていたとは思いませんでしたよ」

グルーシは、あたかも野崎がジョナサンであるような口振りで語り始めた。

『どう言うことだ?』

「貴方が戦ったと言うノザキという日本人は()()()()()んです」

「ジョナサンは性別も、顔も、背格好まで変えて、こんな傭兵の真似事遊びをしていた訳です。こんな狭苦しい島国でね」

『よくそこまで見抜いてきた。ヘッドセットは破壊してきたか?』

「あの技術は私の元でジョナサン(アイツ)が作ったもので。親機が壊れればもう使えなくなるんですよ」

『親機は何処に?』

「ジョナサンと共に輸送してますよ。我々の商品には、信頼も含まれてますからね」

『頼んだぞ。コロブチカ』

そういうと、擦れた声の通信は終わった。

運転席で、グルーシは深く紙巻きタバコを吸い込む。

ため息ごと煙を吐くと、窓の外を駆け抜けていく街灯の灯りが、線のように見えた。

「信頼は、金じゃ買えねえんだよ。若造」

ぼやきも、吐き出していたらしい。

 

 

 

舞香の突進は、今までのように空を切るわけではなかった。

鈍い音が響き、小さな呻き声が漏れる。

夜空を身体が舞い、荷台から落ちそうなところでその手を掴んで引き摺り上げられた。

「あーあ、言った通り5分以内にやめとけば良かったのに」

気絶しているのは、舞香の方だったのだ。

時間は、10秒前まで巻き戻る。

 

舞香の突進は人体の限界を超えた速度にまで達していた。それ故に、避けるのはほぼ不可能と言うべきだった。

しかし、ヤーブラニは上へと飛び上がったのだ。舞香が動くより先に力を込め、目で捉えるより先に足を離していた。

ヤーブラニの後ろから迫り来るのは、荷台の高さスレスレの道路標識。

視界を埋める青に、舞香は赤いシミを作りながら吹き飛ばされたのだった。

 

「可愛い顔してたのに、結局全身血塗れか」

屋根を2回小突くと、タチャンカは次第に減速した。

「君は人質かな。じゃ、明日の未明にでも」

笑いながら、ヤーブラニはコンテナの中へと舞香を寝かせる。

ドアを閉めたところで、五感のほとんど封じられた暗闇が訪れた。

 




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