「おい血塗れ。起きてるか?」
「起こすんじゃねぇよ…明らか寝てんだろ」
「軽口叩けるくらいにゃ元気で良かったよ」
「よく見ろよ。こんな状態だぞ?
「何も見えねぇよ」
「…そうじゃん」
2人は縛り上げられたまま、真っ暗なコンテナで話をしていた。
その空間は、木漏れ日のように入る月明かりが、一寸先が見えない程度の明るさで照らしている。
「どう逃げっかな」
「…撃たれた傷が酷い。応急処置はしたけど…」
「あぁ、俺も手を縛られてて何もできない」
そう言ったところで、2人は顔を見合わせた。
「俺、袖にナイフ仕込んでるんだ」
「俺も、任務用にリジェネーターを渡されてる」
「舞香もやられちゃった…」
別の車両に飛び乗り、攻撃を仕掛けていた千鶴は、蜂の巣のようになったコンテナの上で道の先に目をやった。
「きっと酷い目に遭ってるはず…私、班長失格かもなぁ」
迎えにきたユニフォームのドライバーが、落ち込む千鶴を呼ぶ。
「小野さーん!まだ追いつけますよー!」
「本当?」
「乗ってみれば分かりますよ」
一方その頃。
「おい手ェ滑らすなよ!」
「うるせぇよバーカ!」
「痛っ!切れた!今切れたよ!」
「こちとら手ェぷるぷるなんだから仕方ないだろ!」
「それこそ丁寧にやるべきだろ!」
「丁寧にやってます〜」
「「はははははははは!」」
2人の様子など知る由もない千鶴は、自責の念に駆られながら、野崎たちを追っていた。
俯く視界に映る手は、街灯の色に照らされている。
『千鶴ちゃん、聞こえてる?』
ヘッドセットから、ジョナサンの声がした。
「ジョナサン?急にどうしたの」
『君に話しておきたい事があるんだ』
「話しておきたい事?」
『デルタ班のみんなが着けてる、ヘッドセットの話さ』
そう言われた千鶴は、自分のヘッドセットに手を当てる。
「これがどうかしたの?」
『それが何故、武器や道具を作り出せるのか。疑問に思わなかったのかい?』
「疑問に思ったところで、班の特殊技術なんて大体訳わからないものだし。そんなに」
『だから今、種明かしをしたいんだ』
「種明かし?」
『このヘッドセットの仕組みが、重要になるかもしれないんだ』
「…聞かせて」
『そのヘッドセットは、君たちの脳波を読み取った後、それを電気信号に変換するようになってる。その信号から、武器を作る仕組みになってる訳さ』
「それが種?」
『まだ前置きだよ。信号を特殊な鉱石に通す工程があるしね』
「特殊な鉱石?」
『
「一気に色々言い過ぎてて何が何だか…」
『あ、ごめんごめん。まぁ、続きは後でいいさ』
そう言うと、こちらが通信を終えようとしたところで、付け足すようにジョナサンは言う。
『まだ君達は、そのヘッドセットを十分に活用できていないよ』
「は?」
攫われた2人が再会してから、すでに5分と25秒が経過していた。
2人の両手は自由になり、舞香の体は傷ひとつない状態になっている。
「ヘッドセット持ってたりする?」
「持ってる訳ねぇじゃん」
「だよな」
コンテナの中は暗く、冷たい。
そんな真っ暗闇でも、使えそうなものがないのは一目でわかる。
「舞香、ブリーチングをしよう」
ブリーチングとは、閉じられたドアを開けるために、暴力的な手段を持って錠や蝶番を破壊することである。
基本的にはショットガンや爆薬、ラムなどが使用される。が、ここにそんなものはない。
「マジで言ってんのか?あれ結構大変なんだぞ」
「後で菓子くらいなら買ってくるからさ」
「ったく、今回だけだからな」
そう言うと舞香は、ドアの前に立った。
大きく息を吸い込み、足に力を入れる。
「たぁっ!」
舞香の強烈な蹴りで、鋼鉄製のドアが歪む。
「…破断はしてなさそうだな」
もう一度構えた舞香は、慣性のままに後ろへ吹き飛ばされた。
「舞香!」
「ってて…急停止しやがった」
「勘付かれたか!」
野崎が構えた途端に、フロントガラスが砕ける音がした。
「事故か?」
「いや、襲撃と見た」
「なるほど」
舞香は歪んだ扉へと追撃を与え、暗いコンテナの中に光を注ぎ込む。
「千鶴ならいいんだがな」
「だな」
そう言う2人は、信じ難い光景を目にした。
装甲車の下から無数の蛇が洪水のように湧き上がり、数トン以上になるタチャンカを持ち上げているのだ。
「…一体全体どうなってやがんだか」
舞香がそう言う横で、野崎は自分の記憶を辿っていた。
「…レルネ」
「れるね?誰だそれ」
「シエラと戦った時に、ちょっかいをかけてきた外部の奴がいたんだ」
「は!?外部からか?」
「おう。それで、やけに俺に構ってきたもんでな。気があるのかと思ったくらいだ」
「…気がある、か。なら、敵じゃないのか?」
「多分な。ただ、まぁ」
野崎の腕目掛けて、蛇が飛びついてくる。
「ここのところ、異性にちょっかいをかけてばっかだったからな」
「…お前が浮気性って言われないのは、隣に誰もいないからだもんな」
「な!誰が…」
2人が話している所に、少女が1人降り立った。
「野崎くん。その子は…誰かな」
「同僚だ。こんなだが、同性だ。気にしないでくれ」
「私も、同性なんだけど」
「…あ」
野崎は、咄嗟に盾を構えようとする。
しかし、ヘッドセットがない今、その手には何も握られていない。
野崎が受けれない状態であるのを見たレルネは、咄嗟に放とうとした攻撃を引っ込める。
「…どうしたの?武器を出さないと…あれ、いつも着けてたやつは?」
野崎が事情を説明するのを眺めていた舞香は、レルネの後ろに立つ怪しい男の姿を目にしていた。
コートにハットの様相で、ブーツにはピザカッターのような金具が取り付けられている。何より、コートの腰や背中に妙な膨らみがあった。
「レルネ!いきなり走っていくから…心配したんだよ?」
口調は穏やか。低く柔らかな声が心地よい。
しかし、日頃嗅ぐことのない匂いが鼻をつく。
「そこの人、ポケットのものを見せてもらいたいんだが」
「…わかる?」
「分かるさ。火薬臭いんでな」
野崎がそう言うと、男は腰からSAAを2丁抜き取った。
「カーリービル・スピンはしないよ。好きに見てくれ」
「…警戒してたところだ。安心したよ」
「
「自動式拳銃は薬莢が詰まるので」
スライド式の宿命、と言ったところで、早撃ちをすると、排莢された薬莢が詰まってしまう事がある。
「…ガンマンってのは大変だな」
二人が話していると、レルネが野崎を呼んだ。
「…ヘッドセット、持ってかれちゃったんでしょ?追わないの?」
「正しく言えば、追えないんだ。武器なしじゃ勝てない」
「…ふーん。そんな強いんだ、あの二人」
「あぁ。凄腕のガンマンとか、俺に優しい女の子とかいれば別かもだけど」
「ホント、いやらしい誘い方するんだから」
「オセロトルはいつ着くって言ってるんだ?」
「あと一分だってさ。でも…」
「落ち着け。ヘッドセットもない状態なら、殆どただの小娘だ」
そう言うグルーシの後ろから、青年が話しかけてくる。
「…追ってきたか、カウボーイ」
「ガンマンですよ。よく間違われるんですけどね」
「悪かったな。それで、何の用だ?」
「そのヘッドセットを、返して頂きたいんです」
口調は丁寧で、どこかに余裕がある。
「そいつは無理だ」
「交渉決裂、ですか」
「そうなる」
そこまで行ったところで、グルーシは銃を抜いた。
追い払う為の小道具程度のつもりだった。が、場合によっては撃つことも視野に入れねばならない。コートの裏には確実に何かが仕込んであるだろう。あのガンマンは…
思考が、わずかに遅れた。
グルーシの手元で、激しく火花が散る。
じわりと汗が滲む中、後ろに目を向けた。
確かにホルスターから引き抜いたはずの銃が、5メートルほど向こうまで吹き飛ばされているのが見える。
超近接戦にて、剣と銃では剣の方が速いとする説がある。
しかしながら、現実とはその限りではない。
時にその射撃は、人間の知覚すら飛び越える。
早撃ち。抜き放たれたリボルバーは、グルーシの手に握られていたRSH-12を正確に狙い撃ち、静かな夜道で5メートル後ろまで吹き飛ばしたのだった。
「なかなか上手いじゃないか。どこで習った?」
「説明書を読んだんですよ」
「次は正直なところを聞かせてもらうぜ!」
そう言うと、グルーシは隠し持っていたマカロフPBで威嚇射撃をして、夜の闇へと逃げ出した。
逃げるグルーシに向けて、タカヒロは数発発砲した。が、何か別のものに当たったのみだったようだ。
「野崎〜!舞香〜!」
やっと事が収まろうとしたところに、千鶴が駆け寄ってくる。
「無事!?なんか変なこととかされてない!?」
「無事だよ。落ち着け」
「落ち着いてられないよ!怪我なさそうで良かったけど…」
「まぁ、そこら辺はな。ただ…」
野崎は困り顔で耳を揉んだ。
「ヘッドセットなら、心配要りませんよ」
タカヒロが後ろから声をかける。
「レルネから、『奪われたらいけない』と言われたので…逃げる際の数発で主要そうなコードを切っておきました」
「…はい?」
「…まさか、撃っちゃダメなものでしたか?」
「い、いえ。奪われた方がまずいので問題ないんですけど…」
(街灯程度の灯りで、逃げる相手が持つヘッドセットのコードを撃ち抜くって…何なの?ビリーザキッドか何かなの?)
戸惑う千鶴の耳に、弟切からの通信が届く。
『2人とも無事そうで良かったよ。取り敢えず戻ってきて欲しい。文句も、不満も聞くからさ』
「なぁジョナサン。俺はジョナサンを庇って捕まったわけだ。そして、それを助けようとした舞香も捕まってしまった。故に、ヘッドセットの責任は…」
野崎が早口で捲し立てる。目を閉じて、冷静そうに見えるが、手は恐ろしく震えているし、汗が吹き出ている。
「あぁ、別に気にしなくてもいいよ。殆どただのヘッドセットだし」
「へ?」
「大事なのは“一部分だけ”だからね!」
ジョナサンが明るく言いながら、ヘッドセットのスペアを取り出す。
「その一部分が向こうに伝わったら、こっちとしたら半分負けみたいなものだからさ。なるべく避けたいわけ」
そう言いながら、ジョナサンはカバーのプラスチックを取り外す。
中は普通のコードが通るばかりだが、その中に真っ黒な箱がある。
「これがその大事な“一部分”。異郷の鉱石を封じ込めた…いや、神とも言える存在を封じたものさ」
ジャパンスネークセンターにお邪魔しました。
爬虫類好き。