フォネティック・コーズ   作:山本電柱郎

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お待たせしました。
本当に…お待たせしました!!


Delta/Sierra 2: 衝突と旗

「やぁ野崎くん。来てくれてありがとう」

「お招き頂き感謝します、愛咲さん」

野崎が瑛楽に会釈する。

目は笑っておらず、お互い睨みつけ合っている。

「ホントいつ見てもいい目してるね。潰してやりたい」

一触即発の空気に、一昨日その場に居なかった弟切が慌てる。

「ちょっ、何事?」

「昨日からああなんだよ、多分今日のやつで落ち着くからほっとけ」

止めに入ろうとした弟切を舞香が右手で制止する。

二人の勢いも緩やかに落ち着き始め、やっとまともに会話ができるようになった。

「今日の模擬戦は『フラッグ戦』だ」

瑛楽がにこやかに言う。

フラッグ戦、それはお互いの陣地に刺したフラッグを抜いた方が勝ちという単純にして地の利がある方に有利なルールである。

相手のメンバーを全員倒せば勝ちにもなるが、いかんせん山中では勝ち筋が薄すぎる。

野崎は少し考え事をし、小声で何かを弟切に問いかけた。

「…で出来る物って…出せる?」

「え?まぁ、結構出せるけど…」

弟切がそう答えると野崎はいつもより数段邪悪な微笑みをした。

 

 

瑛楽達と別れて自陣と言われた場所へ向かう野崎達。

山の腐葉土に青色の旗が突き立てられている。

周囲は木に囲まれており、光は通るが決して広くないその場所は山林を丸く切り抜いたようになっている。

「野崎、さっきいつもの五倍くらい悪い顔してたけど何考えてたの?」

千鶴が問いかける。

それに対し、また先程の邪悪な笑顔を浮かべながら地面に落ちていた枝を拾い上げ、ペンを回すように回転させる。

「少し下らない事を考えていただけさ。見せようか?」

その問いかけに二人が頷くと野崎は持っていた木の枝を振り上げた。

同時に、ヘッドセットが強く輝くと、周囲の木々に何かが擦れる音が響いた。

木々の幹を指ほどの太さのワイヤーが縛り上げ、蜘蛛の巣のように網を張った。

有刺鉄線なども混じっており、見た目は大分禍々しい。

拒むように網を張るワイヤーの中、幾つかの道は穴が空いたかのようにワイヤーが通っていなかった。

舞香が言う。

「野崎、穴空いてるけど」

それに対して、野崎はニヤけながら切り株に腰掛け、話し出した。

「ワイヤーに穴が空いていればそこを通りたがるのは人の性だよ、舞香。ただ今回は二本を除いてバレバレな罠を仕掛ける」

「バレバレな罠?なんで?」

「罠がある道は通りたくない。皆んなそう思う。そしたら攻めてくる奴らは罠のなさそうな二つのルートを通ってくるはず」

そこまで言うと、野崎は斜面に面した浅い窪みを指差した。

「罠を仕掛けないルートはあそこの窪みから直線上にある。そこを通ってきたらあとはもうカモの筈だ」

二人が納得した時、野崎が口を開いた。

「ただ、あの伊東とか言うのは危ないよな、今朝は狙撃銃持ってたし」

伊東は瑛楽とよく一緒に居る上、あの身のこなしからしてそれなりの手練なのが野崎にも分かった。

加えて、今朝伊東はウィンチェスターM70を持っていた。

狙撃を警戒しておいて損はない。そう野崎は考えた。その時。

野崎の靴先が破裂音と共に削れた。

スコープの反射光が一瞬だけ野崎の網膜に映った。

 

 

ウィンチェスターM70。かの天才スナイパー、カルロス・ハスコックも使用したとされるウィンチェスター社製の名銃だ。

とは言えども、それは1964年前の話。

1964年以降、大量生産が始まったウィンチェスターM70は精度が悪くなり、64年以前に作られたM70をpre'64、64年以降に作られたものをpost'64と呼ぶ。

その中でもpre'64は高値で取引されているのだが、伊東が所持しているのはそのpre'64なのだ。

「…って伊東先輩、その話もう5回は聞きましたよ?」

「アハハ、ごめんごめん。いっつも反応がいいから面白くって」

伊東は笑いながら自身を先輩と呼ぶ少女と話している。

中性的で冷淡そうな見た目とは裏腹に銃を撫でながら楽しげに話している。

「伊東先輩、デルタ班ってどんな(とこ)なんですか?」

「ん〜何というか、とんでもない奴らが集まっちゃった…みたいな?」

「とんでもない奴ら?」

「基礎スペックがイカれてる舞香に、経験豊富な千鶴。野崎くんはよく分かんないけど、瑛楽が冗談でも班に欲しがる位だから強いんだろうね」

前瑛楽に見せられた戦闘時の映像、そして前支部へ行った時の三人の様子を思い出しながら、伊東は小柄な話し相手を撫でつつ話す。

「なんか聞いただけで不安になってきました!どうしましょう!」

「大丈夫だよ、小梅ちゃん」

小梅、と呼ばれた少女は伊東を見上げて可愛らしい目を感動で潤ませる。

感情が表情に出やすいのだろう。

「伊東先輩…」

「小梅ちゃんには、心強い『おじいちゃん』がついてるでしょ?」

伊東にそう言われた小梅は明るく笑う。

「はい!」

この時、野崎たちはまだワイヤーを張り巡らせていなかった。

 

 

 

「舞香は一緒に前線へ!伊東は陣地に近付けさせないようにするぞ!」

「分かった。千鶴、頼んだよ」

「任しといて!」

千鶴を残し、迎撃を始めたデルタ班。

走り出した野崎を、スコープ越しに伊東が見つめていた。

「野崎くんは瑛楽にやらせてあげたかったけど…来ちゃったからには殺んなくちゃなぁ」

引き金を引くと、サイレンサーによって殺された破裂音が小さく響く。

(いた!)

瑛楽のいる高台を回るようにしながら縹を投げ続けた。

そのどれもが伊東に当たることなく高台へと刺さり続ける。

段々と、螺旋状に。まるで、階段のように。

高台の周囲を旋回する野崎に気を取られ、伊東は一つ気付いていないことがあった。

「背中がお留守だぜ?伊東」

伊東の頬を冷や汗が伝った。

舞香が後ろで笑っている。

野崎の投げた縹を足場にして野崎と反対の方向から昇ってきたのだ。

舞香の手にはケペシュというエジプト由来の短剣が握られている。

鋭い刃と峰に涙目の自分が映り、伊東は驚いた時になった放心状態から心を取り戻した。

間合いに入った舞香を片足で蹴り飛ばす。

足を切られても、もう片足が一瞬でも長く残るように。

蹴りを防がれこそしたものの、足は切られず、十分な隙が手に入った。

腰に付けていたトマホークを握りしめ、舞香に向き直る。

「やってやるよ。かかっておいで」

「…後悔すんなよ?」

 

 

 

陣地に隠れ、罠に誰かがかかるのを待つ千鶴。

掘った穴に外から見ればどこからか分からない胸から下を入れ、肩から上を出して野崎から渡されたトンプソンSMGを構えている。

風で周りの木の葉が擦れ、ザワザワと音を立てている。

張られたワイヤーの中を通り、旗の立てられた陣地へと誰かが入り込んだ。

(瑛楽…ではないし…伊東は入って来ない筈…)

侵入者は深緑の布を頭から被り、その上から翁の能面を身につけていた。

骨格からして女性、しかもまだ千鶴と同年代の少女である彼女は細く白い手に大振りな鉈を携えている。

ただ一つ、彼女は離れた位置にいる千鶴が見ても分かる程濃密な“恐怖”を纏っていた。

「…旗、みーっけ」

直ぐに逃げられない位置。それでいて旗を取られない位置に来るまで待とうとした。その時だった。

十歩ほど離れた位置にいた筈の少女が、旗の真横まで瞬間移動でもしたかのように近付いていたからだ。

驚いた千鶴は、威嚇射撃と言わんばかりに引き金を引いた。

破裂音が連鎖して林の中に響く。

弾は一応非殺傷のゴム弾に替えておいたが、それ相応の痛みはある筈だ。

甲高い悲鳴を聞く覚悟は出来ていたが、硝煙と発火炎(マズルフラッシュ)の中から、悲鳴と違う音が聞こえた。

硝煙が晴れた時、旗の周囲には斬られたゴム弾が散らばっている。

「避けた…?」

その途端、ワイヤーに何かが当たり、ワイヤー同士がぶつかり合いながら弦楽器のような高い音を立てる。

その音に気付き、千鶴は素早く銃口を向けた。

ヒヤリ、と首に冷たいものが触れる。

首の左側を垂れているのは己の冷や汗。

首の右側を撫でるのは無骨な鉈。

「今日は13日でもなけりゃ金曜日でも無いってのに、怖いね」

「凄腕戦闘員の千鶴さんも流石に怖がるんだ」

皮肉混じりの掛け合いの中、激戦の火蓋が本格的に切り落とされた。




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