私はおととい風邪をひきました。
舞香〜!ナポリタン作って〜!
舞香の献身的な世話の甲斐あって、野崎浩介、完全復活!
そしてデルタ班は
世はまさに、海水浴の季節!
「と、まあこのように浮かれる気持ちも分かるが、今回はあくまでも海での“任務”なのではしゃぎすぎないように」
弟切が言う。
現在、フォネティックコーズの支部がある俵田から海のある房総半島まで弟切が運転する車で向かっている最中なのだが、デルタ班の三人は早朝だと言うのに眠たげな様子も見せずに弟切の話を聞いている。
窓の外に流れる建物や山に興味を惹かれ目を少々奪われるがそれでもしっかりと話を聞いている雰囲気を保っているようだった。
「司令〜任務は何日目までやりますか?」
「3日間の2日目午前までにしといたから、1日と12時間死ぬ程仕事して残り死ぬ程遊ぼう!」
「「「了解!」」」
「おい舞香!あれキョンじゃね?」
「シカだろ」
「野崎は行きたい所とかあるの?」
「九十九里浜でいわし博物館行ったり貝殻採取したりしたい」
予想よりも華のない答えに千鶴は少し驚いた。
野崎は異性にしっかりと興味を持っていたし友達と猥談を楽しんでいる姿を見た事もある。
千鶴としては海で野崎は水着の女性を見る事が目標だと考えていたこともあり、少々驚いたのだ。
田園風景と山林が高速で窓の外を流れていく。
キョンに興味津々な生き物少女とその横でクールな反応を続ける柴犬系少女が窓に反射する姿を見ながら、千鶴は眠りについた。
今回の任務は房総半島近海に現れる“積荷不明の船”の調査と場合によっては鎮圧だ。
積荷不明。中に誰が何人居るのかも不明。
その積荷は盗品か、武器か、はたまた薬物や人間…いや、ヒトか。
ともかく何を運ぶ船か分からず、寄港している時も目撃例が稀有な2件きり。
この船は何者か。
デルタ班はその調査に駆り出されたのだ。
「で、だ」
「うん」
「そのいつ現れるか分かんない船を探すと?」
野崎は甲板で弟切と話していた。
「そう」
「このアホほど広い海を?」
「しょうがないじゃないか!何処居るか分かんないんだし!」
「それに、何で今日船を出したんだ?港で待てばいいだろ」
「それはね…」
弟切が野崎の顔の前に紙を差し出す。
そこにはボールペンで今日の日付けが書いてあり、その下は何処の言葉かは分からないが書き殴った様な書体や中指の絵、大きく描かれた髑髏から恐らく宣戦布告の様だ。
「これ…どうやって手に入れたんだよ…」
「フォネティックコーズのチラシと英語の予告文…『仕事なので戦って下さい。』って書いた紙とその船の写真を瓶に入れて蛍光色の浮きに括り付けておいたらその瓶に、バラバラになったチラシと一緒に入ってたんだよ」
「あーそいつはいかんなぁ」
少し緩い口調で野崎が言う。
「にしても遅いねぇ…そろそろ時間なんだけど」
その瞬間、外洋からあり得ない程大きなエンジン音と共に高速で海上を走るボート…いやその数7隻にも及ぶ船団がやって来た。
船団は陣形を一列にし、デルタ班の乗るボートの周囲を回転しながら取り囲んだ。
「随分と景気が良いなこいつら」
「怒らせちゃったみたいだね〜」
周囲のモーターボートが2、3周程した瞬間だった。
側面にあった窓のうち4つから黒光りする銃口、形からしてブローニング機関銃であろうそれが顔を出した。それ以外の3つの窓は未だ閉じたままだが、何が出るか分からない伏魔殿と化していた。
撃たれるより先に舞香が飛び出した。
手には両刃の長剣が握られており、素早く飛び移った一隻の天井を思い切り貫いて機関銃の射手を戦闘不能にし、デルタ班の船へと戻ってきた。
「流石舞香。まるで壇ノ浦」
「どこだっけそれ」
軽く会話を交わすと、今度は野崎も飛び出した。
両手にカスタムされたドイツ製の拳銃モーゼルC96を握り締め、弾丸を掻い潜りながら船を狙う。
壁や銃身を蹴り、空中へ舞い上がると、野崎は引き金を引いた。
2発の弾丸が射手へ的確に撃ち込まれる。
窓から数滴の血が飛び散り、海に消えていった。そのまま離脱していく船を蹴り、舞香と共に残りの一隻を狙おうとした時だった。
銃口が途端に火を噴き、嵐の様に弾丸が撒き散らされた。
その内十数発は野崎達の船に当たり、金属製の船体に穴を開けた。
操縦席の弟切は大急ぎで舵を切り、弾から逃げる。
逃げ回る過程で、一度船体同士が大きく近付いた。
すれ違う形で接近した2隻。その片方、機関銃を積んだ船はデルタ班の船の横で制御を失い止まった。
すれ違い様に千鶴が投げた槍が操縦手の両肩を貫いた様だ。
機関銃も千鶴が破壊した様で銃撃の嵐は止んだ。
残る3隻は一度退散する様に逃げていった。
その船を追い、降伏を促した。
その時、船達は一斉に側面をこちらへ向けた。
残りの窓が埃を伴って開く。
そこから覗いていたのは…
「相棒、海楽しいね」
「こっちはいつものアレが持てなくて不安だよ」
「大丈夫、アタシ居るから」
「オメーさっき一人で行動した挙句溺れてたろ」
「だから浮き輪借りたんじゃん」
「そういう事じゃないよ、離れないでくれって言ってるんだ」
「あぁ、そういう事ね」
「そうだよ」
「かわいい私と離れたくないって事でしょ?」
「違う!なんかあったら戦えないから頼むぞって言ってんだよ!」
「顔赤くない?」
「赤くない!」
珍しく帽子もトレンチコートもホルスターも着けていない水着姿のタカヒロが言う。
深緑色のラッシュガードは暑かったからか前が開けられており、銃創や傷跡が覗いている。
一応気休めとしてリボルバー型の水鉄砲をラッシュガードのポケットに入れているが、職業柄恨みを買いやすいタカヒロとしては不安な様だ。
レルネは一般的な布面積のビキニとフード付きのラッシュガードを着用し、浮き輪を小脇に抱えている。
いつも通りの縦長の瞳孔は周りを見渡している。
見え見えの好奇心に少しの警戒を織り交ぜれば、それ相応に経験が無ければ気付けない。
怪しい男も八割方横を歩くタカヒロを見て去っていくので警戒すべきはタカヒロへの視線だ。
警戒を張り巡らせていると、タカヒロが唐突に足を止めた。
「レルネ、聞こえる?」
「聞こえないね」
「5キロ位沖から機関銃の音…ブローニングっぽい音が聞こえる」
「本当に耳がいいね。相棒」
「好きだからね」
「急に好きだなんて…大胆だね…」
「悪いけどJKは世間体的にNG」
「残念ながらアタシもうJKじゃないんだよねぇ」
「知ってる」
「じゃあなんでそんな冷たいんだよ〜!」
レルネがタカヒロの脇腹をつつく。
「なんていうか…妹に似てて…」
「お前弟しか居ないだろ〜!」
「あっちょっやめ」
二人が砂浜でいちゃついている最中、沖では火花散らす激闘が繰り広げられていた。
窓から覗くのは大きな大砲…ではない。
水鳥の狩猟用に開発された大型ライフル、“パントガン”だった。
超大型のライフルであり、飛び立つ大量の水鳥を散弾で撃ち落とすために開発されたものである。
それが3丁此方へ向けられている。
そもそも弾丸が何かも分からない。
パントライフルだからと言って、連中がスラグ弾(※散弾に対し、1発の大きな弾丸を使う銃弾)を開発していない保証がなかった。
あの大口径ライフルから来るスラグ弾など当たれば即死、当たらずとも船内のエンジン、モーター、バッテリー等に当たれば帰還する手段が無くなってしまう。
この状況で生き残る為には、相手に撃たせず相手を撃てなくさせる他ない。
3隻ある船を3人で同時に殲滅するというのは中々に難易度の高い話だ。
先程やってみせた様にデルタ班の3人ならば1人で船1隻を制圧できる。
しかし同時に、船を撃ち壊す為に引き金を引こうとする相手に撃たせずに倒すとなれば話は少し変わってくる。
誰かが一瞬でも遅れれば機関部を壊される。
相手は現代の海賊だ。
船の構造も熟知している筈だ。
撃ち合いとなればこちらが3発の弾丸でスクラップと挽肉にされるオチだろう。
そんな時、舞香は敵の銃口へ向けて何かを投げた。
途端に銃身と船の半分が吹き飛ぶ。
「何あれ!?」
「炸裂弾だよ。上手く入って良かった」
「よく思いついたな」
「だろ?」
他の二隻は一瞬で一隻が吹き飛んだ事に驚き、警戒から未だ発射してこない。
野崎はその隙を突き、振りかぶって何かを投げた。
空を切り、船へ飛んでいくそれは、銃口…ではなく、その横の窓へ飛び込んだ。
炸裂すると思った射手は両手で顔を覆い、せめて生き残ろうとした。
しかし、いつまで経っても投げ込まれたそれは炸裂せず、いつまでも変わらない。
それどころか、表面に何かが彫ってある。
こちらを指差すマーク。
後ろを振り向こうとした射手は殴りつけられて気絶した。
千鶴が残る一隻を狙う中、周囲を銃声の様な爆音——エンジン音が響いた。海賊の船だ。
操縦席を見ると、野崎が操縦手を脅している。
『千鶴!この船は無事だ!使ってやろう!』
「使ってやる!?」
『あぁそうだ!撃ってみようぜ、“パントガン”』
「オッケー」
千鶴は口角を上げ、海賊船へ飛び乗った。
操縦手は怯えた顔で操縦桿を握っている。
後頭部に触れ続けるひんやりとした金属。
恐らく逆らえばこの金属の様に冷たい死体にされると察した男は、野崎の指示を必死に聞き取り、歯を食い縛りながら操縦を続けた。
ドリフトの様な動きをし、先程から後ろについていた残党を振り切る。
そのままUターンし、すれ違う形になった。
高速ですれ違う一瞬、千鶴が引き金を引いた。
轟音と共にエンジンが爆発した。
廃船とその船員たちはその後海保に捕えられ、知っていた事を洗いざらい吐かされたらしい。
この船団のボスは既に本土へと入っているらしく、この場には居ないらしい。
それに、ボスと共に“商品”も降ろして来たらしい。
何を取り扱っていたかは未だ不明なままだ。
ここから先はフォネティックコーズではなく他の組織が行う為、ここで野崎たちの任務は終わった。
そして、今回世話になる宿へとやって来たのだった。
街中にある五階建てのホテル。
ピンク色のライトアップがされ…ているホテルの隣に建っている無愛想な見た目をしたホテル。
「5人同じ部屋か?」
「別にいいんじゃない?」
「弟切は?」
「いいだろ」
「いいんだ…」
そんなやり取りをして、この遠征で泊まる513号室へ向かった。
部屋は広く、内装も綺麗で居心地が良い。
しかし、一つ問題があった。
ベッドが四つしかないのだ。
ソファーを使おうにも横になると肘置きで首が持ち上げられてしまうので使い難いのだ。
「僕が床で寝るよ。若い子は寝ないと」
弟切が言う。
「待てって。司令こそしっかり寝てくれよ」
「そうだよ!いつも仮眠室の硬いベッドで寝てるし!」
「でも…」
「じゃあ、誰かと誰かが添い寝ってのは?」
もみじが言う。片手には既に空になったビール缶が握られている。
「それなら俺が舞香と寝ます」
「待て野崎」
「ここは間をとって私じゃない?」
「千鶴は女性だし…俺の心臓が持たないよ。それにさ、俺寝相悪いし」
「そうだな。野崎と俺が寝るのが一番安定か。」
「野崎く〜ん、私と寝る?」
「遠慮しときます」
こうして夜は更けていくのだった。
「オーナー。デルタ班の皆様がいらっしゃいました」
ホテルマンの男は言う。
「そうか…そいつは良かった」
通話の繋がる先はこちらから見えない。
しかし、太い声からその向こうにいるのが体格の良い男であることは伺える。
「どう致しますか?」
「新人君に挨拶がしたい。通話の準備をしてくれ」
「了解致しました」
男は513号室前へ向かった。
私もゴールデンウィークに房総へ行きました。野崎君と同じ事をしたんですよね。
是非行ってみて下さい。イワシと貝が美味しいですよ。