私、高町なのは。●●歳 作:軟膏
暗闇の中に、一人の少女が静かに降り立った。
夜風が吹き抜け、少女の金色に輝く髪をたなびかせる。
手には黄金の宝玉のついた黒い斧を持ち、背には髪と共にはためく黒いマントを羽織っていた。
傍らに赤い毛並みの狼を従えて、少女はネオンが瞬く夜の街を見下ろした。
「ここが海鳴市……母さんの言っていたロストロギアは……この付近にある」
少女は確認するかのように、探し物を口にする。
「形態は青い宝石、一般呼称はジュエルシード」
右手に持つ斧の、刃の根元にある黄色い宝玉がキラリと光った。
「そうだね……直ぐに手に入れるよ」
そして少女は飛び立つ。
「待っててね、母さん」
直ぐに少女の姿は見えなくなった。
――オオオオオオオオオンッ!!――
静かに眠る海鳴の街に、狼の遠吠えが響いた。
「~♪」
なのはは上機嫌だった。
店は破壊されてしまったが、大地震であったため保険は降りる方向で話が進んでいる。
昨夜抱きしめて一緒に眠った大魔王は、とても美味しかった。
そして今、なのははもっと笑顔になっていた。
「ふふっ……うふふふふっ……」
いつものなのはを知っている人が見たら、気持ち悪いと言いたくなるような、不気味な笑みを漏らしていた。
始まりは今日の朝。
なのはの携帯電話に掛かってきた一本の電話だった。
『もしもし、なのはちゃん?』
「あ、すずかちゃん。どうしたの?」
なのはの携帯に掛けて来たのは、なのはの幼馴染であり、親友である月村すずかだった。
『どうしたのじゃないよ。なのはちゃん、お店壊れたんだって?』
「さすがに早いね」
『だからなのはちゃん、落ち込んでるんじゃないかって』
「うん、確かに落ち込んだよ……」
一晩たった今でも、なのはの内には未だ消化しきれていない、強いストレスがグルグルと渦を巻いていた。
『そんな落ち込んだなのはちゃんを元気づけようかと思って、家にご招待しようかと思うの』
「すずかちゃん……ありがとう」
なのはを慰めてくれようとしているすずかに、なのはは込み上げてくるものを感じる。
「あ……でも私、店の後片付けとかあるから今日は……」
『そう? 残念だな。お仕事の関係でお酒を貰ったんだけど、私はあまり好きじゃないから。
珍しいお酒みたいだから、なのはちゃんにどうかなって思ったんだけど』
「……何て名前?」
『えっと、ちょっと待ってね……』
ごそごそと何かを探す音が、携帯を通してなのはの耳に伝わる。
『あったあった。えっと、「村尾」って書いてあ――』
「行く」
そしてなのはは、いつものようにタクシーに乗って、移動していた。
時折含み笑いを零すなのはの姿を、不気味そうに横目で見ながらタクシーの運転手は尋ねた。
「えらいご機嫌やね、店長」
「そう? わかる?」
ふふふと笑うなのはに、運転手は汗を流す。
「な、なあ店長。店が壊れたのは悲しいことやと思うけど、自暴自棄になったらあかんよ? 確かにローンとかまだ残ってるんかもしれんけど、人生長いんやし、まだまだこれからで……」
「ちょっとちょっと、そんなんじゃないよ。確かに、お店が壊れたのは悲しいけど、いつまでも引きずる訳にもいかないからね。今日は別の件だよ」
「……なんや、わたしの取り越し苦労か。びっくりさせんといて」
「ごめんね、八神さん」
その言葉に、運転手がひとまず安堵のため息を吐いた。
リアクションは大げさであるが、ハンドルを握る動きに淀みはない。
変わらずの安全運転を続けながら、彼女はそういえば、と明るい声で話しかけた。
「これから行くとこって、あの馬鹿でかい屋敷持ってる月村さんちやろ? 店長がそんなとこと繋がりがあるなんて思わへんかったわぁ」
高級住宅街に差し掛かり、車の往来が少なくなった道を悠々と走りながら、なのはに疑問をぶつける。
「あそこに住んでる人とは、小学校からの付き合いなの。それに、私のお兄ちゃんが婿入りしてるから、親戚になるのかな」
「へぇ……。小学校ってことは、ここらでいうと、聖祥大附属かな?」
「そうだよ。高校まで一緒だった」
「なるほどなぁ。幼馴染さんやったか」
運転手は羨ましそうに、自虐的に笑った。
「わたしは公立やったからなぁ。もしわたしが聖祥に通っていたら、わたしもセレブにお茶を飲めたんかなぁ」
「どうだろうね。でも八神さんなら、きっと仲良くなれると思うよ」
なのはは苦笑する。
明るく話しかけてくれる目の前の彼女だが、車の運転以外にも読書が好きなことを知っている。
人気の漫画から、なのはが普段読まない難しい本まで読破している筋金入りだ。
幼少期にそんな彼女とすずかが出会っていたら、すぐに親友になれただろう。
「そういえば店長は、これからどうするん? 店が壊れたんやったら、そのままやとニートまっしぐらやろ?」
「しばらくは本店の方を手伝うことにするよ。でも厨房には入らせてもらえないから、レジ打ちとウェイトレスくらいしかないと思うけど」
「厨房に入らせてもらえないって……仲悪いん?」
なのはは首を振る。
「いや、仲はいいよ。でもお母さ……本店の店長はね、お菓子を作るのが好きだから、自分の仕事を取られるのが嫌なんだよ。私も同じだから、その気持ちはよく分かるしね」
「そうか。仲がええんやったら、それでええんよ。やっぱり家族は、仲よしさんが一番やからな」
なのはの言葉に嘘が無いと知り、運転手は笑った。
「そろそろ着くで、店長」
「いつもありがとう、八神さん」
「気にせんでええよ。それより……」
「うん。言ってたとおり、お代はケーキの無料券でいいかな? お店があんなだから、しばらくは使えないと思うけど」
「オッケーや。店長のとこのケーキは美味しいからな。それぐらいどってことない。それにここまでの運賃と翠屋のお高い方のケーキセット比べたら、ケーキの方が高くつくしな」
運転手はグッと拳を握り、親指を立てる。
翠屋のケーキは基本リーズナブルな価格で売られているが、目玉商品として強気な値段設定で販売しているものもある。
予約必須のケーキと比較すれば、確かに運賃の方が僅かに安い。
「……でもいいの? やっぱりお金払った方が健全だよね」
「何のための個人タクシーやと思っとるん? お店があんなことになってるんや。今は少しでも節約いるやろ? これからも御贔屓に、ってことで」
「少なくともタクシーのバーターがケーキになるのは、ちょっと変な気もするけど……」
なのはは正直に言われた言葉に、思わず赤面する。
「でもありがとう。おいしいって言ってくれる人がいるなら、また頑張ろうって気になるから」
「その意気やで、店長」
そして月村の屋敷に着いたなのはは、タクシーから降りて、運転手に窓越しに話しかけた。
「それじゃね、八神さん」
「ああ、わかっとるよ。客が居らん暇な時は、翠屋の近くの駅周辺で待機しとるから、いつでも呼んで。ほな」
「うん、またね」
去っていったタクシーに手を軽く振る。
そしてなのはは覚悟を決めた顔で、月村家の大きな門を見上げた。
「待っててね、すずかちゃん。『村尾』」
どうやらなのはの中では、親友と酒は同列に扱われるようだ。
ついにフェイトが登場します。
あと今回、あの人らしき人が出てきましたね。