私、高町なのは。●●歳 作:軟膏
なのははレイジングハートを、待機状態のまま片手に握り締め、屋敷の外へ出る。
ジュエルシードの反応は、極めて近い場所にあった。
おそらくはこの広い月村邸の敷地の中にあるだろう。
探知した励起反応に動きはなく、小さく脈動するように断続的に魔力波が出ていた。
ここならば前回のように、人が手にしたことで大惨事になることもない。
アルコール臭い吐息を漏らしながら、のろのろとなのはは歩く。
「ゆっくりやろうかな?」
複数回経験したが、固有の願いが含まれていない場合、暴走したところで、生まれるのはただの毛玉の形をした思念体のみ。
もう何度も封印を成功させたことから、当初の緊張感はなく、なのはには随分と余裕が生まれていた。
魔法の扱いにもそれなりに慣れてきたのだし、なのはが焦ることなどなかった。
お楽しみの時間を邪魔された苛立ちや面倒くささも若干含まれており、足取りは重い。
本来ならば。
「やっぱり早く終わらせよう。すずかちゃんを待たせることになるし」
『Setup.Barrier Jacket』
森の中に入ったなのははレイジングハートを起動させる。
歩きながら一瞬でバリアジャケットが展開され、いつもの翠屋の制服に切り替わった。
手に持つ赤い宝玉は、虚空から金属をその周りに召喚し、先端が四つ付いた泡立て器の形に姿を変える。
「さて、ジュエルシードはどこかな? 出ておいで~」
見た目は普通にしていても、酔いが回っているのであろうか。
なのははヘラヘラと笑いながら、まるでかくれんぼの鬼でもやっているかのように、草むらを掻き分けてジュエルシードを探す。
その時、草むらからなのはの目前へと、小さな子猫が現れる。
「あれ? 君はさっきの……」
その子猫は、先程なのはが酒の匂いを嗅がせて、驚かせて逃げられたあの子猫だった。
子猫はなのはの顔を見ると、踵を返して再び逃げ出した。
なのははそれを見て苦笑する。
「あ~あ、嫌われちゃったなぁ……」
当然だろうと思いながら、子猫を見送る。
自分が何を探していたのかさえ、一時忘れて。
『マスター、そちらの方角は……』
「え……っ!? 待って! そっちは行っちゃ駄目!!」
子猫が走り去った後に、その先には励起状態のジュエルシードがあったということに、遅まきながら気付く。
慌てて子猫を追いかけて走り出した。
しかしなのはの願いも虚しく、青い光が空へと立ち上った。
「ああ、遅かった……」
ジュエルシードは既に発動してしまった。
それも、あの子猫に取り憑く形で。
なのはは変な遊び心を出したことを、後の祭であるが後悔していた。
光が収まり、子猫に取りついた暴走体が現れる。
「……あれ?」
目の前には、先ほどの子猫より、二回りほど大きくなっただけの普通の猫がいた。
「えっと……この子猫の願いは大きくなりたい、だったのかな?」
通常なら暴走してしまうはずだが、それにしては普通に願いが叶っている。
子犬の時のように、行き成り襲い掛かって来ることもない。
大きくなりたいという願いなら、てっきり山のようにサイズ自体が大きくなるものだとなのはは警戒していたのだが、これではただの成猫ではないか。
「ナ~オゥ……」
「うわ、声ひっく……」
大人になり低くなった声で、猫が鳴く。
しかも、先ほどまでなのはから逃げていたのに、今はなのはの足に頭を擦りつけて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
首に付けていた鈴が、なのはに擦りつける頭に合わせて、カランコロンと鳴る。
毛並みも成長したことで、フカフカとした触り心地になっている。
「なにこれ、普通に可愛い……」
手を伸ばすとじゃれつくようにゴロゴロと転がる元子猫。
わしゃわしゃと腹を撫でて気持ち良さげに声を出すお猫様になのはが癒されていると、この可愛い生き物に、今から封印処理を行うということに躊躇いが生じる。
凶悪な外見をしていた子犬の暴走体は、封印をすることに躊躇いはなかった。
なのはの店を破壊したあの植物は、怒っていて封印などどうでもよかった。
けれど、それなりの判断力を持った今の精神状態で、子猫を痛めつけることに抵抗を覚えるのだ。
今のところ幸い、この猫はただ成長しただけで、暴走するような気配は欠片も感じられない。
これが封印されたくないジュエルシードの意思だったのなら、その目論見は成功していたかもしれない。
「このままでも……いいかな……?」
そんな考えがなのはの頭をよぎった。
その時、
『マスター!』
レイジングハートが警告を告げる。
慌ててなのはが顔を上げると、なのはの周りが灰色になっていた。
いや、なのはの周りだけではない。
なのはの認識する世界が、色褪せたかのようにモノクロへと塗り替わっていく。
その中で色を持っているのは、なのはと、なのはの足元にいる猫だけだった。
「これは、いったい何?」
『結界です、マスター』
「結界? これが……」
確かユーノが言っていた、周辺に被害を与えないための魔法だった、となのはは思い出す。
「いったい誰がこれを――」
『マスター、警戒を――』
手に持つレイジングハートから、再び警告が響く。
なのはが最後まで言い切る前に、なのはの耳に少女の声と、男性的な電子音が伝わる。
「バルディッシュ。フォトンランサー、連撃」
『Photon lancer.Full auto fire』
次の瞬間、なのはへ向かって、複数の金色の光弾が飛んできた。
「きゃぁっ!」
『Protection』
慌ててレイジングハートを掲げ、プロテクションを発動させる。
とっさに張られた桜色のプロテクションは、金の光が激突しても最後まで主を守り切った。
しかし魔法の直撃は避けられたものの、いきなりのことにバランスを崩し、激突の衝撃でなのははそのまま吹き飛ばされる。
主を守り切ったプロテクションが、桜色の粒子となって霧散した。
「なに!? いったいなに!?」
吹き飛ばされたが特にダメージを受けていないなのはは、突然のことに戸惑う。
そのなのはの眼前に、黒い衣を纏った金の髪をした少女が、樹の上にふわりと音も無く降り立つ。
少女がなのはを見つめ、小さく呟いた。
「ミッドチルダ式の防御魔法を使う魔導師……私よりも先に来た、ロストロギアの探索者か」
「君は……?」
なのはが突然現れた少女に問いを返そうとする。
なのはが片手に持つレイジングハートのグリップに付けられた宝玉に、少女は目をつけた。
「今のは完全な奇襲だったはず。バルディッシュと同じ、インテリジェントデバイスだね」
「バル、ディッシュ……?」
おそらく、少女が手に持つ黒い斧が、そのバルディッシュなのだろう。
少女の声に反応するように、斧の刃の根に付いた黄色のデバイスコアが煌めく。
「ロストロギア『ジュエルシード』」
『Scythe form.Setup』
無機質な声が響き、斧の刃が上を向き、金色の光刃が発生する。
大鎌へと変化を果たした魔杖を両手で構え、なのはに向ける。
そしてあたかも死神が死の宣告を告げるように、少女は宣言した。
「申し訳ないけど、頂いて行きます」
「あ……」
寂しげな瞳をした少女は、こうしてなのはの前に現れたのだった。
フェイト登場、次でフルボッコですね。どっちが、とはいいませんが。