陽炎の立つ頃に-陽炎型ミステリーゲーム-   作:遠野静

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1日目・第一の事件

 ――その部屋に入ってまず感じたのは、鉄の混ざった血なまぐさい匂いだった。

 111号室――つまり私の部屋のすぐ隣。

 事件は、そこで起きていた。

 

陽炎「うわぁ……これは」

 

黒潮「凄惨……やねえ」

 

 集まった姉妹達は、部屋の中を見て一様に顔をしかめる。

 それはそうだろう――なにしろ姉妹の一人。

 

 ――谷風が、部屋の中心に出来た血の池の中を、仰向けに倒れ伏していたのだから。

 

舞風「の、野分ぃ……」

 

 震える舞風が私の袖を掴む。

 私は大丈夫ですと笑いながら、彼女に微笑み返した。

 ……そう、大丈夫なはず。何故ならこれは――

 

陽炎「ち、ちょっと谷風! 大丈夫!?」

 

谷風「大丈夫じゃないよー。死んでらぁ……」

 

 そこはかとなくアンニュイな声が死体から響き、同時に姉妹達に安堵の息が漏れる。

 

陽炎「……で、『GM』さん? 状況を説明してもらいましょうか?」

 

秋雲「怖いってば姉御……よし、じゃあ『GM』として状況説明しよっかぁ」

 

秋雲「状況は……まあ見ての通りだね。第一の殺害が起きました。栄えある犠牲者第一号は、どうやら谷風の模様。谷風姉は……死んでる?」

 

谷風「死んでまーす」

 

秋雲「つーことなので、これから谷風姉は『死者』として扱われるよ。余計な発言は慎むように」

 

陽炎「そうじゃなくて……この部屋中の血……血糊? これはなに?」

 

秋雲「そいつは『GM』――つまり私が用意した演出さね。

 いやほら、いくらゲームで私の解説があると言っても、想像だけじゃ限度があるでしょ?

 だから、可能な限り死体の状況は再現するよ!」

 

秋雲「死者を見つけたの、秋雲さんが最初だったからね。死者に状況を聞いてからごりっと演出しました。これも『GM』のお仕事なのさ。ちなみにこの血糊とかは夕張さんに用意してもらいました! いえい!」

 

陽炎「……じゃあ、これは『犯人』じゃなくて『GM』であるあんたの仕業なわけね。

 オーケー、とりあえず合点がいった」

 

秋雲「あ、今回は『GM』である私が『死者』から状況を聞いて血糊を演出したけど、各部屋の冷蔵庫に血糊は入ってるんで、今後は『死者』との共同作業で犯行現場を演出してね」

 

陽炎「あの冷蔵庫、そんな物が入っていたの……だからkeep outって」

 

秋雲「そゆこと。あの冷蔵庫は、ゲーム中では『ない物』としてあつかってちょーだい。あくまで『舞台道具』だからね。

 ……もちろん、冷蔵庫の血糊の量とかで推理するのは無しだよ?」

 

 秋雲がこちらを見て呟く。

 私はそれに頷き返してから、谷風の『死体』に近づいた。

 気乗りはしない……が、『探偵』である以上、やらなければならないのだろう。

 

野分「とりあえず、現場検証でしょうか……あと、舞風離れて。この血は作りモノですから」

 

舞風「う、うん……」

 

 舞風、青ざめているな……本当に大丈夫だろうか。

 確かに、この現場は真に迫り過ぎているけれど……。

 

陽炎「……まっ! とはいえゲームだからね! ほら野分、アンタが『探偵』でしょう?

 仕切りなさいな」

 

野分「む……そうですね」

 

谷風「あたしゃいつまで倒れてりゃええんかね?」

 

秋雲「色々終わったタイミングで人形と置き換えるよ」

 

谷風「おけおけ。じゃあ野分、さっさと終わらせてくんない?」

 

野分「分かりました……では――」

 

 ふう。と息を吐いて、私は谷風――ではなく、秋雲の方を見た。

 

野分「――『GM』、質問があります。現場の状態は見た通りですか?」

 

秋雲「お、まずはこっちに聞くかい。……そだね、ほぼ見てのとおり。今回の殺人に関しては、別に『GM』から補足することはないかなぁ。谷風が、実際は死んでいないことを除いて」

 

野分「分かりました。では谷風、貴女に問いかけます。まずは貴女の状態を教えてください」

 

谷風「んーと……全身血だらけになって死んでるよ? 身体中に包丁かなんかで刺したあとがあるね。あと、ところどころに身体をぶつけた打撲跡も」

 

野分「……具体的な個所は?」

 

谷風「刺し傷はお腹、首、胸。顔。右腕、左足って感じ。打撲は頭とか腕とか……? あと、両腕と右足かなぁ……あ、胴体に打撲はないよ」

 

 ……ん? と、谷風の証言に、軽い違和感を覚えた。

 

谷風「他に質問は無いかい? いい加減血糊が固まりそうで嫌なんだけどさぁ」

 

 それがなんなのか、思案するのはもう少し後にした方が良いだろう。

 

陽炎「…………」

 

野分「分かりました……では『GM』、凶器について、『死者』に質問することは?」

 

秋雲「『死者』が答えることが出来るのは、死体が語れることだけさ。

 ……つまり、自分の状態ってこと。凶器が何処に行ったかとかを死者に聞くのは、ルール違反さね」

 

野分「……了解です。では『GM』。聞くまでもないですが……改めて現場説明をしてくれますか? 特に、今私達が見ている物と、『ゲーム中の現場状況』の差異について」

 

秋雲「りょーかい。それが『GM』の仕事だしねえ。

 ……とはいえ、今回は殆ど見た通りだよ。部屋の中央に倒れている谷風と、その周りに血糊がどばっと広がっている。さながら血の池地獄って感じ」

 

野分「谷風の背中は……失礼、これは谷風に聞いた方がいいでしょうか?」

 

秋雲「まあどっちでも構わんよ。……しかし、いい着眼点だねぇ? その通り! 谷風の背中側の床には、血は広がってない!」

 

野分「もう一つ。これは本当に谷風の血ですか?」

 

秋雲「そこまでは分からないんじゃない?」

 

野分「なるほど……ありがとうございます」

 

 谷風の背中側には血が広がっていない。

 つまり、血糊の上に谷風を放置したという可能性は薄い。

 今広がっている血――暫定では谷風の血は、谷風が床に倒れてから、周りに広がった物ということだ。

 

野分「では現場の検証を続けたいと思います。犯人は凶器を指定している筈ですね。『GM』、それは貴女に聞けば分かりますか?」

 

秋雲「さてさて……『凶器らしき物』が見つかったからって、それが正しく凶器かどうかなんて分かんないでしょ? 『GM』からは答えられないね」

 

野分「ふむ……」

 

 呟きながら、軽く現場をあさってみる。

 

野分「あっ……と」

 

 ベッドの下に目をやると、そこには昨日キッチンで見た鮪包丁が落ちていた。

 ――血糊べったりで。

 

天津風「うわ、それ昨日磯風がめっちゃテンション上げてたやつ……」

 

磯風「な、なんだ!? 私を疑っているのか!?」

 

野分「ええと……随分とずさんではありますが……。『GM』、死体の切り傷と、この刃を照合することは出来ますか?」

 

秋雲「野分は出来る?」

 

野分「……自信はありません。他の方々は」

 

 全員、首を横に振った。

 

秋雲「じゃあ出来ないだろうねえ」

 

野分「……ふむ」

 

 状況を整理する。

 『死者』は谷風。発見現場は11号室。

 包丁でめった刺し……ついでに打撲跡も。

 死体の周囲には、切り傷から流れたと思われる血が広がっていた。

 

 ……凶器は、おそらくキッチンから持ち込まれた包丁か?

 包丁は11号室のベッドの下に落ちていたが……これはブラフの可能性もある。

 ……現場検証としては、これで十分だろう。

 

野分「分かりました……では、各自の昨夜の行動と、谷風を最後に見た人物を――」

 

谷風「ちょっと野分ぃ……あたしはいつまで死体でいりゃあいいんだい?」

 

野分「ああ……そうですね。生きてるんですもんね。……あまり現場を動かしたくはないんですけど」

 

秋雲「そう言うと思って、はいっ! 全員分の等身大人形を、明石さんに作ってもらいました!」

 

秋雲「谷風姉が倒れていたところにこいつを置いて死体の代用ってことで! じゃ、谷風姉は服を脱いでこの人形に着せて!」

 

谷風「うぉう。気が利くねぇ! ……え、服脱ぐの? 下着も?」

 

陽炎「アンタの服も証拠になり得るんだから当然でしょ? ポッケに何か入ってるかもしんないし」

 

谷風「ぐげえ! で、でも……恥ずかしいだろぉ!?」

 

陽炎「姉妹同士で恥ずかしいもなにもないでしょ! 良いから脱ぎなさい!」

 

谷風「ぎゃー!」

 

~~~

 

陽炎「……ポケットには何もなし、と。――あ、このくらいの調査はいいわよね?」

 

秋雲「いいよん。死体に触れるのは当たり前だしね」

 

野分「私も確認していいですか?」

 

 陽炎姉さんからまだ温かい谷風の服を借りて、入念に確認する。

 だが、特に証拠になりそうな要素は無かった。

 

野分「ありがとうございます」

 

秋雲「おけおけ。そんじゃあどうする? 現場検証してもいいけど、秋雲さんはお腹が減ったなー」

 

陽炎「そうね、とりあえず朝ご飯の支度をしないとね……あまり気乗りしないけど。

 まったく、朝からスプラッタなもん見せるんじゃないわよ……」

 

 姉妹全員、連れだって部屋を出ていく。

 向かう先は食堂だ。

 舞風がずっと私から離れないのが、少し困るけど。

 

舞風「あ、ごめ……ちょっとびっくり。あんな本格的にするんだね」

 

野分「『GM』が凝り性ですからね。にしても、血糊まで用意するとは思いませんでしたが」

 

陽炎「あ、そのことで……」

 

 陽炎姉さんが何かを言いかけて、止まる。

 

野分「? なんですか?」

 

陽炎「……ん~、やっぱ今はいいわ。とりあえず、朝食の後で皆のアリバイを聞いて回るのよね?

 なら、その時話すわ」

 

野分「はあ……」

 

陽炎「あと、出来るだけ相手が一人の時に聞きなさいよね。でないと、『犯人』が他の人の証言に合わせて、口裏を合わせたりするかもしれないわよ?」

 

野分「む」

 

 確かに、それは考えてい無かった。

 

 さて……とりあえず当面の行動指針は固まった。

 谷風の最後の発見者--そして犯行時刻と思われる深夜帯の、それぞれの行動を確認する。

 

 ――その前に。

 

野分「……まずは朝食にしましょうか」

 

舞風「…………うん」




現場検証は以上。
次頁から各人の証言ターンです。
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